前編第10章 「鳴らせ、金打の誓い!」
まんまと引っかかった私の間抜けっ振りがよっぽど面白かったのか、マリナちゃんは上機嫌で笑っている。
「ひどいなあ…」
そんなマリナちゃんを恨めしそうに見つめながら、私は不平を漏らしていたの。
相も変わらず、頬をブックリと膨らませながらね。
「まあまあ、吹田さん。満更悪い事ばかりでもないのではありませんか?吹田さんの敬礼は、元化22年春期入隊者の中でも、特に美しいと評判ですよ。」
そんな私を窘めてくれたのは、スパークリングワインのボトルを運んできたかおるちゃんだった。
腰に差した日本刀が案外邪魔にならない事に気付いたのか、かおるちゃんは料理やドリンクを運ぶ方にシフトしたみたいだね。
「そう言われると、悪い気はしないんだよね…」
照れ臭そうに左手でツインテールをいじくった私は、かおるちゃんに注いで貰ったスパークリングワインを一気に飲み干したの。
どうやら私も、ピッチが速くなりつつあるみたいだね。
「それにしても、枚方さん…いよいよ、『皐月の演舞』は明後日ですが、自信の程は如何程ですか?」
かおるちゃんは私のグラスに2杯目を注ぎ終えると、すぐさま京花ちゃんに向き直ったの。
この「皐月の演舞」というのは、つつじ祭最終日の目玉イベントの1つで、第2支局に所属する特命遊撃士や特命機動隊曹士が、日頃の訓練の成果として武術の型を披露するんだ。
そして、今年の「皐月の演舞」に京花ちゃんは、居合い抜きで出演する事になったの。
「うん…やれるだけの事はやったよ。かおるちゃん、練習に付き合ってくれてありがとう。後は、それをいかに出し切れるかどうかだね。今はこうしてリラックスして、コンディションを整えているの。」
スパークリングワインをグラスに注いでいる淡路かおる少佐に向けて、京花ちゃんが爽やかにお礼を伝える。
レーザーブレードを個人兵装として選択した京花ちゃんにとって、日本刀を使う居合い抜きは未知の領域だから、かおるちゃんに手解きをつけて貰っていたの。
何しろ、かおるちゃんの個人兵装は「千鳥神籬」という日本刀だからね。
この練習には英里奈ちゃんとマリナちゃん、そして私も携わっているんだ。
夕闇迫る御子柴高校の校庭でミッチリと練習をして、夜は第2支局の宿直室でお泊まりして。
運動部の合宿って、こんな感じなのかな?
小5の春休みに養成コース編入となって以来、「防人の乙女」一筋の私としては、運動部への入部どころか体育の授業も受けていないから、完全に想像だけど。
「それが一番ですよ、枚方さん。今は英気を養い、当日に備えるのです。残念ながら、私にはメイドカフェのシフトがあるので、明後日の『皐月の演舞』の観覧は叶いません。せめて、枚方さんの健闘を祈らせて頂きますよ。それでは枚方さん、御武運を!」
ここまで言い終えた淡路かおるちゃんは、帯刀した千鳥神籬を腰から外すと、少し刀身を出して京花ちゃんに示すのだった。
「うん!任せてよ、かおるちゃん!御子柴1B三剣聖の異名に賭けても、必ずやり遂げてみせるから!」
かおるちゃんの意図を察した京花ちゃんは、レーザーブレードの柄を逆手持ちにするや、かおるちゃんの持つ千鳥神籬の鍔と軽く打ち合わせるのだった。
いわゆる「金打の誓約」って奴だね。
刀身同士を打ち合わせる方式がポピュラーだけど、京花ちゃんの個人兵装は刀身が実体じゃないから、鍔を打ち合わせる方式にしたみたいだね。
ちなみに、個人兵装がレーザーブレードの遊撃士同士で金打をやる場合も、鍔に該当する部分を打ち合わせるんだよ。
こういう剣士同士の誓いっていうのも、これはこれで風情があるよね。
「当日の応援は、観覧される吹田さん達に一任しますよ。それでは枚方さん、貴女色の居合いを示して下さいね。」
他のお客さんのオーダーを取るためか、かおるちゃんはそれだけ言い残すと足早に去っていった。




