悪戯
「このあたりはすっかり変わった」
「私が物心ついてからさえ、ずいぶん家が増えたもの」
ドクはそういい左右を見回した。首の動きに連れて長い髪が揺れる。
「ぼくの高校時代はずっと雑木林でね。リスがいたし兎もいた。いろんな小鳥の鳴き声も楽しめた。コゲラも来た。カッカッカッと」
「ふんふん」
「カッコウも来た。あの初夏のカッコウの鳴き声ときたらたまらんね」
「カッコウ!」
ドクがいきなり大きな声で鳴いた。沙織さんによく似た澄んだ声である。前を歩く学生らしいふたりが驚いたように振り返った。
「おじ様。ウグイスの巣はみつかった?」
ドクはそういってにいっと笑うと、私の腕に自分の腕を差しこんできだ。二の腕に胸の膨らみが強く押しつけられ、私は慌てて体を離した。
「あら、どうしたのかしら」
「お行儀が悪いよ、ドク」
「はははは。お行儀、というのがいいわねえ」
この種の悪戯(本人は遊びというのだが)はドクの昔からの半ば癖である。家族も悩まされたようだが、私はとりわけ格好の標的だったらしい。しかし今日の遊びにはかなりハイなものを感じる。無理もない。最愛の、そして唯一の肉親だった母親が亡くなったのだ。
「この感触をおじ様に思い出させてあげようと思って」
「・・・沙織さんの? まさか。そういうことするわけがないじゃないか」
「ホントカシラー」
すれちがう人の多くが、腕を組んで歩く私たちに驚いたような視線をよこす。
「みんな見るわね。恥ずかしい?」
「いや、全然。みんな、きれいな娘と歩く幸せな父親だとみてるよ。そういう目だ」
「おじ様と私、似ているものね」
「そうかな。でも、お父さんとぼくはよく似ていたからな」
「だから似ている・・・でも、そうでないのかもしれない」
「なんだい、それ」
「あとで」
今日は逆らわないでおこう。さりげない話を続けながらゆっくりと歩き、ほどなく動物園に着いた。
「おお、これは凄いな。満開だ」
見頃だというのに週日のせいか人出は思ったほどではない。小学校や保育園のこどもたちとその付き添いの人たちが多かった。売店の横に丸いテーブルが並べてある。
「コーヒー飲もうか」
「アグリー」
私とドクは熱いコーヒーが入った紙コップを手にしてそこに掛けた。