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花曇り  作者: 伊藤むねお
2/16

一色沙織

 低く刈り込んだ生垣を越してみると落葉樹がそのまま浅い谷に落ちこんで、見下ろすと梢の間から東北大学のキャンバスが透けて見えた。

「あれは大学だろう? 工学部かな」

「そうよ。初めてなの?」

「いつも葉が茂っていたから、理学部はまだ片平かい」

「工学部の左うしろに新しくできたわ。ここからじゃちょっと見えないけど」

 かつて理学部の受験を二度も失敗した私は、しばらくはその名前を聞くのも疎ましかったものだ。

「昔、あそこを落ちたんだ」

「お互い、恨みのインフルエンザね」

「そうか、ドクもやられたんだったな。しかし、お互いとはいってもドクは次の年は立派に合格した」

「おじ様の励ましがありがたかったわ。母もとっても感謝してた。思い出すわ」

 そうだね。

 さすがにしんみりとして、暫くはふたりで黙って木々を眺めた。

「おじ様。お茶を飲んだら桜を見に行きましょう。動物園の桜が満開のようよ」

「いいね」


 コートを着てそろって家を出た。時は四月の半ばである。花曇りというのだろう、外は空も地上も煙るように白い。


 四十余年にわたって、私の最高最良の友人だった一色沙織さんが膵臓癌で死んだ。まだ六十四才である。

 母はもう駄目です、とドクから電話をもらい、仙台の病院に沙織さんを見舞ったのはひと月前であった。そして昨日ついに電話が来た。ドクからだった。

 ――母が死にました。

(そう・・・いつ?)

 ――おじさまが見舞いにこられた日から半月あとの朝。

(そうか、三月三十一日の朝・・・か)

 私は溜めていた息を吐いた。

(ドク。なにもしてあげられなくて済まなかったね。大丈夫か)

 ――大丈夫。もう落ち着いたわ。お知らせが遅くなってごめんなさい。でも、これ母のいいつけなのよ。おじ様には一切が片づいてからお知らせしてねって。

(そうか。ぼくにも、もう来ないで、といったからなあ。お骨は?)

 ――ここよ。

(明日、お線香あげに行っていいかな)

 ――是非。母が待ってるわ。午前中に来られるのでしょう? お昼はうちで召し上がってね。



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