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花曇り  作者: 伊藤むねお
13/16

父娘(おやこ)

 私の結婚から半年後、沙織さんも結婚した。婿養子をもらったのである。

 相手の修三さんは私より八才年上の春風駘蕩を地でいったような快男子であった。会った瞬間に恋をし熱烈に求愛し続けたのが実ったのだそうである。私は心の底からふたりを祝福した。

 一年ほどののち、私は東京本社にもどり、さらに一年ほどたつとわが家には竜が生まれた。わずか一週間ほどおくれて沙織さんもドクを出産した。互いに家族のスナップ写真を交換しあい、親密な家族ぐるみの交際が始まった。麻子は、交際中に話していたから沙織さんのことを知っていたが、そのことを気にする様子はなかった。それどころか沙織さんに会うやすぐに信奉者になってしまった。

(すごい人ね)

 それが麻子の評だった。さっぱりとした気性の麻子はその代償のように女性としてはやや情が薄いのがいささか物足りないのだが、沙織さんに関して、私たちの仲を疑ったり嫉妬したりということが一切ないのはありがたかった。人は時代の子であるという私の持論を敷衍すれば、私より七年遅い時代に成長したことが私とはちがった異性感を持たせているのかもしれない。


 修三さんが心筋梗塞で急逝したのは、私が米国本社で長期研修を受けている時であった。

 弔問にいった麻子は、沙織さんは喪服がスッゴク似合っていたと、自分も早くそうしてみたいのではないかと勘ぐりたくなるほど、繰り返してそれを語った。


 一色家には不幸が続いた。その後の十年ほどの間に、同居していた沙織さんの両親が相次いで亡くなったのである。ふたりともまだ七十代で現代では早すぎる死であった。その結果、ドクが医学部に進んだころには、一色家は母子ふたりだけの家になってしまった。

 私は折りをみては訪れ、なにかと相談にも預からせてもらった。沙織さん同様、修三さんにも近い親戚がなかったから、私も少しは頼りにされたのであろう。沙織さん母子も折々の墓参りなどで上京するときは必ず私の家に寄ってくれた。日程に余裕があるときなどは、二、三日滞在していってくれたりもした。


 おかしいのはドクと竜である。ひどい悪態を吐き合いながらも体を絡ませるようにして遊び歩くのが、なんともおかしかった。あげく、(竜ちゃんのこどもができちゃった)と告白してみせて、私たちを仰天させた。むろん、ドクの遊びである。


 私は正宗の騎馬像を初めてみた。

「これがそうか。戦争中に供出を余儀なくされ溶かされてしまったとばかり思われていたんだ」

「知ってるわ。その間は石の立像だったんでしょう」

「うん。今は岩出山に移されてるよ」

 ドクがくすりと笑った。

「眠っている正宗ね。母から聞いたわ」

「え? ああ、あれか」

 私は苦笑した。仙台の高校に入学したその春、私は、雑木林の道を通ってひとりで青葉城にいってみた。そこでのことである。


(見上げたら正宗が目をつむっているんです。どうしてわざわざ眠っている像などを作ったのだろうと不思議でした。しかし右に移動してなにげなくまた振り返ったら、今度は正宗は目を開けているんです。あれ、起きてるじゃないか、とまたびっくりしました。独眼流という言葉を忘れていたんです)


「お馬鹿さんなのねえ、お父様は」

「そういいなさんな。硫黄臭い山の中から出てきたばかりの十五才の少年だったんだ。・・・またお父様といったね」

 私は、動物園を出るときにドクがいったお父様という言葉を覚えていた。

「気がついていたのね」

「気はついていたけど」

「だったら、私とおじ様が似ているという話のとき、あとでいうといったのも覚えている?」

「覚えているとも」

「似ているのは当然なのよ」

「当然? どうして?」

「父娘だもの」

「オヤコ?」

「私の父親は南東午。母が遺したものというのは、おじ様との間に生まれた、この私のことよ」

「また・・・」

 なにをいいだすのだ。

 私はドクの顔をみて笑おうとした。ハーフタイムを終えて後半の遊びに入ったのだと思ったからである。しかし、私の笑いは止まってしまった。ドクの様子がそれまでとはちがっていたからである。

「あそこのベンチに掛けましょう」

 ドクは眉こそ寄せてはいないものの強ばった顔でそういうと、柵の前のベンチに腰をおろした。私も少し離れてすわった。

「どういうこと?」


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