風見鶏
一色沙織さんの家は仙台市西方の丘陵にある。
駅前からタクシーに乗った。タクシーの窓から市街を眺めていると仙台の街も随分変わった。丘陵の上もすっかり変わった。雑木林を伐採して造った宅地には新しい住宅が建ち、道路も拡幅されてコンビニ、マンション、病院、銀行、郵便局などが並んでいた。
しかし、四十年変わらなかった確かなものもある。
タクシーを民間テレビの送信所で停めた。そこはかつての面影をとどめる少ない一画で送信所脇の道を百メートルほど歩むと平屋で屋根に風見鶏の有る家がそうだ。
何日か前までは目を伏せた多くの人々がしめやかに訪れたはずであるが、今はひっそりと静まりかえっていた。
「お忙しいのにおいでいただいて」
一色志保は畳みの上に手をついて頭を下げた。長い髪は後ろに束ねている。
「いいんだ。役員は先月末で退任したんだ。お母さんの亡くなった日だよ」
「それじゃ、今は?」
「顧問というんだ。閑職さ。あの日は秘書課の連中が花束をくれたんだが笑顔を作るのが大変だったよ」
「そうだったの」
「ドク。大変だったね」
ドクは沙織さんの一子、志保の愛称である。ここ十年ばかり私も沙織さんもドクという以外の呼び方をしていない。
「十日ほど前までは、毎日びっくりするほど大勢の人が来てくれて」
「そうだろうな」
「お知らせが遅れたのは母のいいつけだとは電話で話したけど、私、おじ様とふたりだけでお話がしたかったから。やっぱり母ね」
「そうか」
沙織さんは中陰壇の上の小さな箱に収まっていた。白木の位牌と遺影がその前にある。遺影はいつごろ撮ったものだろう、身分証明書用にでも真っ直ぐにこちらを見ている。切りそろえた前髪、細い三日月形の眉、その下にある小さな目、細い鼻筋と小さな口元。その昔私の母が評した美人コケシそのままであった。
「この写真、ドクと一緒にうちに来てくれたときに竜が撮ったものだろう?」
「そうよ」
「いい写真だ」
「そう? よかったわ」
線香をあげて掌を合わせた。向き直るとドクが背筋を伸ばした姿勢で私をみつめていた。
「泣かないのね」
「ああ」
「泣かないとは思ってだけど・・・キッチンに、お紅茶とサンドイッチを用意してあるからあそこでお話しましょう。ここはお線香の匂いが染みついてて。それに裏の林が今とてもきれいなのよ」