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刻印魔術復興依頼  作者: 単色蓬
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9話 新たな人生

 翌朝、昨日の疲れもあって日が登ってから目覚めた私は、隣で眠るマーレを起こして身支度を整えます。

 マーレがゆっくりと準備をしていたので先に部屋を出ると、扉の脇にはセイダーさんが控えていました。


「昨夜は遅くなってしまいまして、心配をかけたと思います。食事時に1人にしてしまってすいませんでした」


「いえいえ。そのお気遣いとお言葉で十分です。何事もなく起きてこられて安心しました」


 やはりセイダーさんは素晴らしい人です。

 早いうちにお金を稼いで、セイダーさんのことも正式に雇いたいです。


「セイダーさん。マーレを起こして支度をさせていますので、もう少し待っていてあげてくれませんか? 私はレベッカに会いに行ってきます」


 セイダーさんは無言でお辞儀をして見送ってくれました。

 健闘を祈るとか、後輩をお願いしますとか考えているのでしょうか。

 私は会釈を返して井戸に向かいました。


「あっ、やっと誰か来てくれた! どなたか存じませんが、助けを呼んでくれませんかー!」


 私は普段から足音を決して歩くような、隠密行動の訓練はしていません。

 だから井戸に向かって歩いていれば、音で気付かれてもおかしくないでしょう。

 ええ、気付いた相手が井戸の奥底に落ちていても。


「アポート」


 日本では物を引き寄せる魔法や超能力とされていたアポートも、本物のファンタジーでは人でも引き寄せることができます。

 2度目なら特に手間取ることもありません。

 脱水と乾燥、清浄まで流れるように発動させます。

 今回は井戸水にも清浄をかけて、レベッカがいた痕跡は綺麗さっぱりなくなりました。


「またですか。1日何回落ちれば気が済むんですか」


 呆れもありますが、笑顔で話しかけます。

 レベッカも誰に何をされたか理解したようで、ほっと一息ついています。

 

「いきなりはやめてよねー。他のお客さんかと思って焦ったじゃない」


「問題はそこではないです······」


 しばらく見つめ合い、どちらともなく笑いだします。

 しばらく笑って落ち着いてきた頃に、アポートにより座った状態で出てきたレベッカに手をかして立たせます。

 魔法により綺麗にはしてますが、気分の問題でしょうか、レベッカは服を払って居住まいを正します。

 

「ライト、3回も助けてくれてありがとね」


「私の自己満足で助けただけです。下心に感謝するのもおかしな話です」


 下心と言っても下世話なものではありません。

 これからも仲良くしていきたいと思ったので助けたのです。

 もし全く知らない他人が襲われていたら、目の前で襲われない限りは放っておくでしょう。

 何から何まで助けるような主人公基質ではありません。

 ······本当に私は勇者なのでしょうか。


「下心······もしかして、私のこと好きなの?」


 両手を胸の前で組み、胸元を強調するようなポーズをとります。

 しかしレベッカは私と同じく子供です。

 背伸びしてそんなポーズをしても似合いません。


「はい。普通に好きですが、そのポーズはやめてください。正直な所似合ってません」


「えっ! ······えっ?」


 なるほど、無意識にやっていたのですね。

 好きと言った時に驚いて声を上げ、似合ってないと言われて声が漏れていました。

 なんのことだか分からないらしく、きょとんとしてしまいました。

 

「レベッカにはもう少し子供らしさがあった方がいいと思いますよ」


 至って真面目にアドバイスしたのですが、レベッカはからかわれていると感じたのでしょう。

 怒って顔が赤くなっています。


「私もう14歳だもん!」


 この世界では成人が15歳らしいのでその主張は正しいのでしょう。

 ですがあえて言いましょう。


「お互いまだまだ子供ですよ」


 レベッカがぽかぽか叩いてくるのを黙って受け止め、落ち着くまで頭を撫でてあげるのでした。


──────


 結論で言うとレベッカはついてくることに決まりました。

 オーナーとムーラは最後まで渋っていたようですが、子供の行動を制限する程強情でもなかったようです。

 そのうち行動で理解してもらいましょう。

 今はレベッカと離れないで済んだことを喜ぶべきですしね。

 ······いつかはレベッカをどうしたいのかハッキリしなくてはいけません。

 ですが今は子供ということで濁させていただきましょう。


「次はどこに行くの?」


 レベッカの実家の村を出て、馬車に揺られること3時間くらいでしょうか。

 お昼くらいになったので、セイダーさんには申し訳ないですが持ち込んだ保存食で軽食をとっていました。


「目的地は王都です。野宿はなるべくしないで済むように、夜までにはどこかの村について宿を取る予定です」


「レベッカちゃんも落ち着いて休みたいでしょ?」


 マーレが言うと、レベッカも納得して食事を再開しました。

 この世界に来てからというもの、自己研鑽だけでなく他人と接する機会が増えました。

 元々学生という身分なのだから勉強だけしていればいいと、自分のことしか考えずに生きてきた私です。

 気配りなどまだまだ歳相応なレベルでしかできません。

 前世の自分を叱りつけたい気分ですが、マーレとセイダーさん、レベッカという家族のように近しい人達がいるのです。

 感謝の気持ちを忘れずに、助けてもらいながら頑張りましょう。

 

「マーレ、レベッカ。私は気配りが苦手なようです。迷惑かけると思いますが、これからよろしくお願いしますね」


 考えて気付いたから言いたくなっただけで、特に深い意味はありませんでした。

 しかし2人には思うところがあったのか、やけに優しそうな顔をして見てきます。

 

「「ライト(君)は私がいないとだめなんだからー」」


 同じことを同時に言ってきました。

 2人も顔を見合わせて驚いていますが、すぐに納得したように頷き合います。

 

「ライト様、次の村が見えてきました」


 私はセイダーさんに心の中で感謝して、話を村にそらします。


「ありがとうございます。村に少し寄っていきますよ。降りる準備をしてください」


 私の悪あがきなどお見通し、と言わんばかりに見てくる2人は無視して、次の村に思いを馳せていました。


──────


 私は気付きました。

 異世界に転生したとあって、どこかで期待していたのだと。

 物語によくある問題の連続や、出会いと別れ、仲間達との絆のような数々のイベント。

 そのようなものに憧れを抱いていたのです。

 しかし現実は何も起こりません。

 なぜなら私は問題を起こさないからです。

 安全な馬車道。

 魔物や盗賊、貴族の陰謀による権力者への闇討ち。

 そんなことは起こりません。

 出会いはレベッカで経験しましたが、仲間の別れはありません。

 唯一経験したのがガイルとの別れです。

 マーレとセイダーさんとは冒険者仲間ではありますが、活動は個別でした。

 セイダーさんに至っては依頼を受けたこともありません。

 レベッカはそのうち登録しましょうね。

 以上を踏まえて言いたいことは1つです。


「「 暇 (ですね) 」」


 タイミングよく同じことを思ったのか、マーレが同じ言葉を漏らします。

 レベッカはセイダーさんに習って御者の練習をしており、乗せて運ばれるだけの私とマーレは暇を持て余しているのです。

 それも仕方の無いことでしょう。

 レベッカを連れ出してから早8日、変化がなければ退屈な道のりです。

 普通の馬に引かれる私達は、順当に行けばあと11日かけて王都に向かうことになります。

 レベッカの村では2日滞在しましたが、他の村では1泊だけで済ませていました。

 暇を暇のままにしては時間の無駄と、刻印魔術を用いて馬車を魔改造してみましたが、空気中に漂う魔力だけでは振動軽減と軽量化の刻印魔術がギリギリ発動するだけで、空間拡張や防御結界の刻印魔術には量も質も全然足りませんでした。

 振動が減って軽量化したことで、加速してもストレスの少ない馬車にはなりました。

 けれどそれだけです。

 マーレも魔法の練習をしようとしていました。

 初めは私と同じようにして魔力を増やそうとしたり、精密操作を身につけようとしていました。

 魔力を使い切って気絶したマーレは、半時たったくらいで目を覚まします。

 魔力は確実に増えているはずですが、実感を得られないようで首を傾げていました。

 私も最初の頃は無我夢中にやり続け、いつしか上昇が実感できるようになりました。

 マーレも魔力を感じ取る訓練をして気絶を繰り返せば、いつか増えている実感が得られるでしょう。

 3日坊主には向かない訓練ですね。

 魔力の精密操作に関しては、元々使えた魔術の性能向上を目標に取り組むことになりました。

 刻印魔術しか扱い方を知らない私には、マーレの練習を見てあげることしかできませんが、発動する魔法に様々な変化を与えて実験しています。

 マーレの使う魔法は水に偏っています。

 ちゃんとした教育機関ではなく、生活魔法の一環として教わっただけのようで、気に入った魔法しか覚えていなかったのです。

 とてもじゃないですが戦闘用には使えません。

 やることはあってもやり方がわからない。

 行き詰まりを感じていました。

 困った時に質問できる先生もいない。

 私は今更ながらに学校に対する未練が湧き上がってきました。

 

「マーレ。学校ってないですか?」


「王都にならあるよ。貴族のボンボンが行くような嫌味なやつが」


「まーれ、きゃらがぶれてますよぉ」


「ライト君こそ。いつもよりゆるゆるしてる」


 私達は今日も問題なく旅を続けています。


──────


 あれから5日。

 訓練も兼ねて魔改造した馬車に魔力を注ぐことにしました。

 空間拡張は便利で、空気中の魔力では足りなくても、少しでも人から漏れた魔力なら発動することがわかりました。

 結界の方は魔力に比例して硬度が変わるので、遠慮せずガンガン魔力を持っていかれます。

 敵のいない馬車道、唐突に気絶する私。

 暇を持て余したマーレ、たまに2人で私に迫るマーレ&レベッカ。

 レベッカが御者モドキをできるようになり、休憩の時間を取るようになったセイダーさん。

 4人(実質2人)でローテンションを組んで日々を無為に過ご······満喫していました。


「王都の近くに来ても魔物が少ないとは。まるっきり予想外です」


「逆に王都こそ安全な場所にと考えたのではないですかな?」


 今はセイダーさんの休み時間。

 ずっと休み時間な私とマーレは、セイダーさんの休みにも関わらず絡みます。


「では私の村が安全だったのは」


「もとよりガルドラークが魔国から1番遠いですからね」


「セイダー、魔物って魔国にいるだけじゃないよね?」


「その通りです。五芒星に配置された人間の国の中心。そこにある大密林には大昔から存在する地下ダンジョンが今も魔物を生み出していると伝えられています」


「ダンジョンですか、いつか行ってみたいですね」


 このようにセイダーさんから話を聞いて夢想する。

 そんなループができていました。

 私は神の知識により、正確な情報を得る手段があります。

 ですが問題を知らなければ答えは検索できません。

 先達から話を聞いて学ぶ大切さが身に染みてわかるので、このような機会は大歓迎でした。

 勉強が嫌いではなかった私は、セイダーさんのことを先生のように尊敬していました。

 話の中にはセイダーさん自身の体験もありました。

 聞けば戦闘の経験はないけれど、護身術程度の体術ならできると言っていました。

 空間拡張をしながら運動して魔力供給が途切れると怖いので、軽く型を教えてもらい、反復練習をすることにしました。

 セイダー先生による体育の時間です。


──────


 文字からしてわかりそうなものですが、本物を見るとやはり思います。

 王都、大きいですね。


「ようやく着きました。王都に」


「ここまで長かったですね。ライト様のおかげで2日短縮できたので、19日間で済みました。ありがとうございます」


 私は珍しく御者台に座り、王都の4つの大門の内の1つ、東門の入国審査の列に並んでいました。

 なぜ私が御者台にいるのかと言うと、セイダー先生の授業中だからです。

 セイダーさんは体育の授業の一環で馬の扱いについて教えてくれました。

 この世界では馬が主な移動手段です。

 魔力が今の3倍くらいあれば遠くても飛んで行くのですが、遠距離の移動には馬が必要不可欠になります。

 覚えておけばいつか役に立つと言われ、素直に習うことにしたのです。

 恐らく初めて行く王都をいち早く見せるために、わざわざ御者台での授業にしてくれたのでしょう。

 難しい話はせずに基本事項を確認するような授業で、王都が見えてからは雑談に変わったのが何よりの証拠です。

 

「マーレ、レベッカ。着きました、王都ですよ」


 御者台から声をかければ、2人揃って小窓から外を眺めます。


「「おぉー!」」


 どうでもいいことですが、マーレは28歳、レベッカは14歳なのにやけに息があってます。

 マーレが子供っぽいせいか姉妹のようです。

 

「セイダーさんはマーレの家の場所を知っていますか?」


「ええ、存じ上げております。なので入国できましたらすぐに向かいます」


 まだ王都に入っていないのに気が早い話ですが、初めての王都にはしゃいでいるだけではありません。

 初めて会うマーレのご両親に緊張しており、それを隠そうとハイテンションになっているのです。

 この世界では祖父母にあたりますが、気持ちとしては結婚のお伺いに来た彼氏の気分です。

 そんな事実は欠片もないので、私が1人で盛り上がっているだけなのですが。

 御者台でソワソワしていると、徐々に馬車は門に近寄っていきます。

 王都は出ていく人が多ければ、入る人もまた多いです。

 門番の手際の問題もありますが、長く見えた列もあと数人で私の番というところまできました。

 マーレとレベッカも小窓に張り付いて、興奮を隠しきれていません。

 マーレ、あなたは王都出身です。


「次っ! ······っ!」


 はて、目が合った門番さんに全力で顔を背けられました。

 この人は何を隠しているのでしょう。


「門番さん。私のことご存知なんですか?」


 問いかけると、無視してセイダーさんに手続きを求めます。

 しかしセイダーさんも見ていたようで、私の邪魔をしないように黙って御者台に座っています。

 

「おいっ! 王都に入るんだろ! 早く身分証を提示しろ!」


 セイダーさんに詰め寄る門番。

 声の大きさをセーブできない程には焦ってるようです。

 何故か私に怯えてるようにも見えます。

 怪しさしかありません。

 少しいたずらしてみましょう。


「門番さーん」


 私は右手を銃の形にして構えます。

 それを見た門番さんは、全力で王都の中に逃げ込みました。

 徹底してますね、何もしないのに。

 仕方が無いので、私は反対側で別の人の入国審査をしていた門番に告げました。


「すいません、魔族が門番をしてて逃げていったのですが」

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