8話 新たな人生
場所も弁えず叫んだリベラさんは、ハッとしてすぐにテーブルに突っ伏してしまいました。
何を考えているかは分かりませんが、勧誘を断っていい理由がわかりました。
「リベラさんはショタコンなのですね?」
「······ショタコンがどんな意味かは分からないけど、言いたいことは察したわ」
日本語で得た知識をこちらの言葉で話しても通じるわけがありません。
しかし流れ的に察してくれたようです。
とりあえず落ち着いてもらうためにネタばらしくらいしておきましょうか。
「落ち着きましょう。防音の魔法を発動させてあります。周りには何も聞こえていませんよ」
「······えっ?」
リベラさんは顔を上げ、他の席の客の顔色を見ています。
魔法の発動に気付けなかったため、私の言葉を信じられずにいるようです。
魔力を閉じ込めたインクでテーブルの裏側に念写したのです。
しかも魔法発動に必要な分しか、インクから魔力が供給されないので、魔力が刻印魔術から漏れ出ることはありません。
加えて今回の防音は風ではなく光の属性に存在する、結界系の魔法を選びました。
発動してからこれに気付くのはなかなか難しいと思います。
「光属性の結界で作った防音の空間です。周りを見て分かる通り、注目されていないところから効果の程は察してください」
「······ねぇ、あなた何者?」
「警戒しないで下さい。私と知人に手を出さない限り、女性であるリベラさんを殺すことはありませんから」
リベラさんは見てわかるくらいに表情を固くしました。
流石にこの状況でも言われている意味は理解できたみたいですね。
「つまり私はあなたの脅威にならないと思われているのね?」
「思っているのではなく、純然たる事実ですよ」
「舐めないでよ! これでも厳しい訓練を生き残って、今では魔王軍の一部隊を任されている隊長なのよ!?」
リベラさんは思い切りテーブルを叩いて立ち上がりました。
譲れないものがあるのでしょう。
プライドもあるでしょうし、あまり酷いことはしたくないのですが、現実を知ってもらいましょうか。
「ばーん」
私は右手を銃の形にして、銃口に見立てた人差し指から、魔力を1滴発砲しました。
何をされているか分からないリベラさんは、気付くことなく滴を額に受けました。
「リベラさん、どうしていきなり背筋を伸ばして微動だにしなくなってしまったのですか?」
「······(えっ、声が出せない!?)」
私が魔力に込めたのは『気をつけ』という一言のみ。
単純であるがために1滴の魔力で最大限の効果を発揮した。
「魔力をリベラさんに向けて撃ったことに気付けました?」
「(さっきのおふざけはわかりやすくするためのポーズだったわけ!?)」
「動揺具合から勝手に推察して話します。私は魔力に命令を乗せて相手にぶつけるだけで、簡単に生物を操ることができます。命令が単純で、相手が弱ければ弱い程強制力は高まるのです」
「(ダメね、何も出来ない。動けないし魔力も動かせない。思考も弱まっている気がするし、私は何を相手にしているの?)」
「ちなみに朝の魔力には殺意を込めて村全体に放ちました。最短で5時間後に気絶から目が覚めました。わかりますよね? 大したことがなければ気絶で5時間も寝ていられないんですよ」
流石にリベラさんが可哀想になり、言い切ってから効果を解除してあげました。
この小技の不便なところは、解除にも魔力を使うことです。
遠隔操作で開放することができなければ、使い道が限られてしまいます。
時間を指定して命令を出せば成功するでしょうか。
自由になり倒れ込むように座ったリベラさんは、疲れを滲ませた声で問いかけます。
「君、そう言えば名前を聞いてなかったね」
君、と呼ばれていたので気付きませんでした。
「申し遅れました。私はライトと申します。歳は10で、性別は男。職業は勇者です」
リベラさんは勇者と聞いた途端に戦闘態勢を取ろうとし、諦めて大人しく席につきます。
無駄なことだと理解してくれたようです。
「それと、特技は刻印魔術です。もしこれから魔王軍に帰るつもりなら、この情報を魔界中に広めてください」
「逃がしてくれるわけ? 勇者が魔族を」
「ええ。私はイレギュラーな勇者ですから。この世界の勇者のあるべき姿を知りません」
「この世界の、ね」
わざわざ言ってみましたが、反応を見るに召喚された勇者がいる可能性は高いですね。
異世界人と勇者の要素に驚いた様子を見せません。
ありふれているのか、そのような歴史があるのか、どちらの理由かは分かりませんが。
「諸々の事情は分かっていただけたようですし、今回のお話の結論を。申し出は有難いのですが、勧誘はお断りさせていただきます。政策とメリットを携えて出直していただければ、その時はまた考えますね」
「えっ。ちゃんとした勧誘なら受けるの!?」
リベラさんは何処か抜けててレベッカに似ています。
いや、どちらかと言えばマーレでしょうか。
「ええ。魔王さんが悪でないなら殺す理由はないと考えています。私も転生させていただいた関係上、1度は魔王さんを倒さなくてはいけませんが、それ以降は決まっていませんので」
「じゃあじゃあ! もし魔王軍に来てくれたら、私と一緒に戦ってくれる?」
「その戦いに大義があるのなら戦ってもいいですね。とりあえずは誰もが納得できる理由を持って来てくださいね」
私はそこまで言って防音の魔法を消します。
そして遅ばせながら店員さんを呼び、大銅貨2枚を握らせました。
「注文遅くなって申し訳ございませんでした。軽く摘めるものと飲み物を2人分お願いします。あ、お釣りは要りませんので」
店員さんは何事も無かったように笑顔で去っていきます。
リベラさんは今から未来に思いを馳せているようで、時折だらしない表情を見せています。
まずは私から逃げ帰って情報を持ち帰る危険について考えてくださいよ。
私は食事が来るまでに、こっそり2つの刻印魔術をリベラさんに施しました。
──────
軽食を終えた私達は、店を出てすぐに別れました。
リベラさんはもう少し村を見てから仲間と集合すると言っていました。
港は王都より北にあるので、場合によってはまた会うことになるでしょう。
それにしても勇者が魔王さんとの戦いを望んでいるという情報は、さほど重要ではないのでしょうか。
私なら真っ先に報告しようと急いで帰還しますが。
それとも帰って報告する必要が無いのでしょうか。
常識が元の世界に寄ってますね。
物語はあくまで創作物です、異世界の文化は遅れていると決めつけるのはいけません
考え直しましょう。
ここは異世界です。
日本のようにネットの設備や携帯などはありませんが、魔術というものが存在しています。
魔術を使った道具があるのかもしれません。
それに不思議と転移魔法を使っている人は見ませんが、通信の魔法はあるかもしれません。
そう考えるのなら、今この瞬間にも魔王さんに目をつけられている可能性があるわけですね。
これならリベラさんに施した保険は無駄になるかもしれません。
「それにしても10歳の私が奢ってお茶をするとは。言葉にするとなかなか酷いものですね」
たかが大銅貨2枚と思うでしょうが、私からすればなかなかの大金です。
4食分のお金で軽食と飲み物を頼んだのです。
Gランクの依頼では最低でも2回分の報酬になります。
見ず知らずの魔族の女性をナンパして、脅迫して、奢って談笑。
危ないヤツまっしぐらです。
マーレに不良に思われないよう、少し気を引き締めなければと思いました。
──────
あれからギルドで依頼を物色し、マーレの依頼が終わる時間まで雑用依頼をいくつかこなしました。
あまり時間がかからないものを選んだので、一番早く終わる討伐依頼をいくつも受けました。
人手不足故に許される今のうちに稼いでおくのもいいと考えたのです。
先程の結果もあり、苦労なく依頼を受けることができました。
討伐と言っても猪や熊といった凶暴な動物が相手です。
サーチアンドデストロイですぐに片付きました。
依頼の合間合間にマーレの職場を覗き、仕事が終わる頃を見計らって、マーレを迎えに行きました。
お店の前で少し待っていると、すぐにマーレが出てきてくれました。
2人でギルドまで行って報酬を貰い、セイダーさんとレベッカの待つ宿に帰ってきました。
もう遅い時間だったので、宿の食堂で夕飯にします。
なぜか隣にレベッカが居たのですが、オーナー達に何も言われなかったのでいいのでしょう。
セイダーさんは食事を終えていて、珍しく私達の前に姿を見せませんでした。
迷惑をかけすぎて疲労が溜まっていたのでしょう。
明日に備えてしっかり休んでくれるといいんですがね。
セイダーさんのことを考えながら、食事を終えて部屋に戻る時、オーナーが近寄ってきました。
レベッカのことで話をしたいのでしょう。
私はみんなを先に行かせて、食堂に残りました。
「話はつきましたか?」
オーナーさんは席について、1つ大きなため息をつきます。
「レベッカが思ったより強情で、この歳まで育ててきて初めて反抗されました」
反抗されたと言う割に、嬉しそうに話してきます。
「今回の件、私がレベッカを雇いたいと思ったのとは別に目的があります」
少々怪しく聞こえたみたいで、オーナーは眉間にシワを寄せます。
「私は彼女から雑談の合間に悩みについて聞きました。人間諦めたと言っても希望は捨てきれないものです。目だけは悲しげに話してくれましたよ」
「悩み、ですか?」
近くにいた両親は気付けなかったのでしょう。
何でもないことのように振舞うことが日常になっていたのですから。
「彼女は自分のドジを諦めてました。直す努力ではなく、失敗を許される相手に嫁ぐなんて言ってましたよ」
「そこまで思い詰めていたんですか······」
「それを理由にわがままを正当化するつもりはありませんが、機会を与えてあげてくれませんか?」
オーナーは少し考えてから、ムーラと相談すると言って席を離れました。
私も部屋に戻りますか。
──────
扉を開けると裸で体を清めるマーレがいました。
私は昨日見ていたので動じませんが、マーレはそうはいかないようです。
「えっ、まって! 心の準備がっ······!」
「昨日全て見てますよ。酔ったあなたを介抱したのは私なんですから」
マーレは顔だけでなく、全身がピンク色に色付いてしまいました。
昨日のセリフを聞いているので親扱いだけでは拗ねてしまいそうですが、恥ずかしさでそれどころじゃないようですね。
「わ、私の体、醜くなかった?」
恥ずかしさが振り切れたのか感想を求められてしまいました。
母親の体について適切な感想など分かるわけがありません。
ここは勢いに任せて押し切るしか無いですね。
私はマーレのすぐ近くまで寄って、耳元で一言だけ感想を述べます。
「······とても綺麗でしたよ」
流石に私も自己嫌悪で悶えたくなりますが、女性として扱ったのは正しかったようです。
ビクッと震えた後、すぐに体の力が抜けました。
気絶してしまったようですね。
私は途中だったマーレの体を拭いて着替えさせ、ベッドに寝かせました。
あわよくば記憶をなくして、私に世話をさせるということを思いつかないようにして欲しいです。
あとを引くと厄介な問題ですからね。
こんな出来事があったせいか、肉体的にはそれ程ですが、精神的にどっと疲れが出ました。
セイダーさんに挨拶できなかったのは申し訳ないですが、今日は休ませてもらいましょう。