6話 新たな人生
「ほぅ、レベッカに何らかの危機ですか。私の推理が正しければあの2人ですねぇ」
私は平和な国で育ってきた一般人のつもりです。
しかし刻印魔術の練習で魔力に意思を乗せることができるようになりました。
そして魔力を増やすための訓練は、意識的に魔力を使えるようになってからずっとやってきました。
この村程度の大きさなら全てカバーできるんですよ!
「そこで待っていなさい。今、会いに行きますから」
その日、村を覆い尽くす殺気によってほとんどの人間が気絶した。
──────
私は自分の決めたことを基本的に曲げません。
レベッカに防御の刻印魔術を施したのは、守る対象として選んだことに他なりません。
つまり守ることは確定なのです。
場所が遠いならカバーできるだけの力を放ちます。
それが無理なら転移して助けにいきます。
もし万が一間に合わなかったのなら、蘇生か時間を戻すでしょう。
今回は運が良かったようですね。
村民の気絶程度で済むのですから。
まだ正気を保って対応できる分、無関係の人間を巻き込むことはないでしょう。
「あまり待たせても可哀想ですね、急ぎますか」
私は視界内最大規模に身体強化の刻印魔術を念写します。
魔力を巡らせるだけの魔力強化とは違い、刻印魔術による強化魔法は強化の度合いが段違いです。
魔力強化を極めたところで、世界魔術の強化魔法と同程度の効果しか得られません。
世界魔術の強化魔法を1とした時、契約魔術の強化魔法は5、今私が展開している刻印魔術の強化魔法は10に相当するでしょう。
世界魔術で強化魔法を施した魔術師が全力で走るのは、この規模の強化魔法を施した私の牛歩と同じレベルです。
つまり強化魔法がかかってから軽くジャンプするだけで、すぐに宿の目の前に着地してしまうのです。
なかなか調整が難しいんですがね。
「場所は······また井戸ですか。レベッカは落ちてないでしょうね?」
歩いていけば庭に転がる人間が5人。
見覚えのある盗賊の2人はいいとして、オーナーと隣にいる女性はレベッカの母親ですかね。
そして当のレベッカは、防御の刻印魔術がまた発動して殺気から守っていますね。
私の殺気にも反応するとは、刻印魔術は優秀ですね。
展開されてる魔法陣はレベッカの正面だけなのに、よく全方位の殺気から守れますね。
これならひっそりと同じ刻印魔術を施しておいたマーレとセイダーさんは大丈夫でしょう。
殺気を出すことに夢中で、2人の刻印魔術が発動したことを見逃したのは内緒です。
それにしても助け終わってしまいました。
突然のことにキョトンとしているレベッカと、下手したら部屋で寝たままの2人に事情を話しましょう。
あ、盗賊2人は縛っておくだけにします。
目の前で見ていたり、目に見える被害がなかったので殺しはしません。
盗賊なんで殺してもいいんですがね、世界的な決まりとして。
──────
レベッカをお姫様抱っこで、私の泊まっていた部屋に連れていきます。
部屋の前にはセイダーさんが控えており、私の帰りを待っていたようでした。
そのままではなんですので、レベッカとセイダーさんを連れて部屋に入りました。
そこには私が朝に抜け出したベッドで、気持ちよさそうにマーレが眠っていました。
······マーレ、もう少し危機感を持ってください。
「マーレ、起きてください」
「ね、ねぇ、ライト。とりあえずおろし」
「ライト様、マーレ様は私めにお任せ下さい」
「早くおろ」
「セイダーさん、よろしくお願いします。揺すって起きなければ言ってください。水でもかければ起きるでしょう」
「おろ」
「ライトくぅぅぅん!」
「······ぐすっ」
面白そうだと途中からわざとでしたが、泣くとは思いませんでした。
最後のマーレの寝言は流石に読めません。
レベッカを椅子に座らせて、頭を撫でながら謝ります。
「すいません。レベッカの抱き心地が良くて、つい手放したくなくなって意地悪してしまいました」
「ライト様っ! それはっ!」
「ライト君っ! お母さん許しませんよ!」
「······ふぇっ!? ······ふあっ!?」
レベッカは真っ赤になったと思ったら、背もたれに体を預けてぐったりとしてしまいました。
これ気絶してないですよね?
セイダーさんは、ハッとした表情で固まっており、マーレは飛び起きたと思ったら女の子座りで号泣してしまいました。
カオスですが、私は匙を投げません。
「セイダーさん。私の言葉は純粋にそのまま受け取ってください。裏を読む必要はありません」
「はっ! 大変申し訳ございませんでした。もう大丈夫です」
セイダーさんはすぐに落ち着きを取り戻してくれるから、話が通じやすくて好きです。
おっと、口に出てましたね。
お年寄りの照れ顔もなかなか乙なものです。
イメージとしてはおじいちゃんのような感じですね。
「マーレ。私はマーレを愛しています。この愛が無くなることはありませんよ。落ち着いてくれませんか?」
「そっ、そうよね。ライト君は私を見捨てたり、悪く扱うわけないよね」
言っていることは悲しげですが、表情は満面の笑みです。
ガイルのことがあって無意識のトラウマになっているようです。
息子として最大限の愛情を示していきたいところです。
「レベッカ、私が刻印魔術を施したのは守りたいと思ったからです。今日初めて話した程度の仲ですが、これからも仲良くしていきたいと思っています」
「あっ、えっと、······うん。ライトのおかげで助かったよ。魔法ほんとだったんだね。正直今の状況はよく分からないけど、かっこいいと思う」
気絶しているかもと思いましたが、意識はしっかりしていたようですね。
今回のことは元々村の衛兵なんかを信じた私が馬鹿だったのです。
魔物も少ない危機感の薄い村にいるような衛兵が、盗賊のようなずる賢い連中をまともに拘束できるわけがありませんでした。
そうなるとレベッカをこの村に残して王都に向かうのは賢くないですね。
······雇いますか。
「1つ提案があります。レベッカを雇って王都に連れていきたいです。マーレとレベッカに判断は委ねますが、私の誠意をここで示したいと思います」
私は深く頭を下げます。
「マーレには大変な迷惑をかけますが、子供のわがままと思ってどうか考えてみてください。レベッカ、私は他人の人生を左右できる程偉くありません。ですがこんな守りの薄い村においておくなんてできません。わがままに付き合ってくれませんか?」
私は姿勢を変えず、一息に言い切りました。
雇うことになれば私は冒険者としての稼ぎから給料を出すつもりです。
そしてこの3人のことは私が全力で守ります。
これから先の人生、この決意を曲げるつもりはありませんでした。
もしレベッカが残る選択をしても、危機には必ず助けに行くと、刻印魔術を施した時点で決まっていたことなのですから。
「ライト君が決めたことなら、私は反対しないわ。親として応援します。······女として嫉妬はするけど」
マーレは本当にできた親です。
息子として益々の研鑽を積まねばなりません。
ちなみに強化魔法は解けてないので聴力はかなり上がっています。
殺気により村民が気絶している中、頑張ったマーレの小声も、邪魔なくはっきりと聞こえていました。
······ライトとしては無理ですが、私としてはマーレも魅力的な女性なんですよね。
私はできる限りマーレを女の子扱いしようと心に決めました。
「私はライトと離れたくない······と思う。ドジな私でも働き手として雇ってくれるなら頑張りたい。けどやっぱり私は子供だから、1度両親に相談したいかな」
当然ですよね。
守る約束はしましたが、婚約者というわけではありません。
むしろ雇い主と従者のような関係です。
ご両親には反対されてもおかしくありません。
それでもレベッカのついて行きたいという意思が聞けたことは、純粋に嬉しく思いました。
返事を聞いた私は頭をあげました。
正面にはとても魅力的な笑顔を浮かべる2人がいて、胸が高鳴りました。
そう言えば日本では恋愛をしたことがありませんでした。
女性に現を抜かす程、暇を感じたこともありません。
この転生は既存の知識を存分に活かすことができますが、新たに学ぶことも多そうだと感じました。
まずは最難関と言われる乙女心について、勉強してみたいと思っています。
私は強化魔法を解いて、気絶した村民が意識を取り戻すまで、四人で親睦を深めるのでした。
──────
お昼の時間、レベッカがマーレに教わりながら昼食を作ってくれることになりました。
情けないことにこの村には、魔力量の多い方はいないようです。
世界魔術は魔法の威力を超・上・中・下に分けており、超級魔法を3回撃てる魔力を持っていれば、殺気で気絶までいかなかったでしょう。
3回は無理でも1回でも撃てるならすぐに目を覚ますでしょう。
5時間近く起きてこないのは、魔法がほとんど使えないような魔力量になります。
冒険者もいるはずですし、流石に情けなく思います。
そもそも魔力は努力で増やすことができるものです。
素質云々と言い訳している人は、無知を宣伝しているようなものです。
······この世界ではまだ判明していないなんてことはないですよね?
「はーいできましたよー。レベッカちゃんが頑張って作ってくれました!」
「うぅ、言わないでぇ。ドジにドジを重ねてできた料理だから自慢できないのよー」
どうやら昼食ができたようです。
厨房から漂ってきていた匂いは美味しそうでしたが、どのようなドジをしたのか怖く感じます。
「ドジって言う程ミスしてないでしょー? 精々塩の分量間違えて作る量が倍になったくらいよ」
「マーレ、おおらかなのはあなたの魅力ですが、それは十分なドジです」
「言わないでよ、反省してるんだから」
マーレは重く捉えていませんが、レベッカは落ち込んでいます。
量が増えたぐらいそこまで深刻な問題ではないと思いますがね。
自分のミスを真摯に受け止める姿勢はとても好感が持てます。
「私達のために作ってくれた、それだけでとても嬉しいです。ありがとうございます、マーレ、レベッカ」
「私からもお礼を。ありがとうございます、御二方」
私の考えを察して、セイダーさんが感謝の言葉を述べます。
するとマーレは満面の笑みを浮かべ、レベッカは暗い表情を笑顔に変えました。
どうやら折り合いをつけてくれたようです。
「それでは、せっかく作ってもらった料理です。温かいうちに頂きますね」
私はお椀になみなみ盛られたポトフのようなスープに口をつけます。
なぜか他の3人は私のことを見つめて食べようとはしません。
グルメリポートでも求めているのでしょうか?
「ほっ。野菜の味がよく出ていますね。煮込まれた根菜も柔らかくて食べやすいです」
とりあえず感想を言って顔を上げてみれば、「まだあるよね?」と言わんばかりの真剣な眼差しで、女性2人が見つめてきます。
セイダーさんはと言えば、難しそうな表情をしています。
恐らく言葉が足りていないことを嘆いているのでしょう。
「2人とも、とても美味しいです。マーレはいいお母さんですし、レベッカはいい奥さんになりますね」
昔このようなことを言われたがる女性が多い、ハーレムものと呼ばれる作品を読んだことがありました。
マーレに関しては苦しいかもしれませんが、私にできるのはここまでです。
さぁ、正解ですか?
「······それでは私もいただきますね」
マーレとレベッカは赤くなって固まってしまいました。
セイダーさんはそれを見て、一言断って食べ始めることにしたようです。
反論がない以上、今回は正しかったと言うことでしょう。
それにしても、毎回言うことじゃないセリフですよね?
毎食いいお嫁さんなどと言うのはおかしいと思うのです。
もしかして余計なことを言われたから固まったのでしょうか。
「セイダーさん、乙女心はどこで学べますか」
スープを飲もうとしていたセイダーさんは、私の変な質問に動じることなく答えます。
「ライト様、乙女心は親しい女性から経験で学ぶものですよ。身近な女性を大切にしていればそのうち分かります」
私はセイダーさんをまた尊敬することになりました。
仕事以外にも人生の先達として優れた方です。
今回の食事で、1番セイダーさんの好感度が上がったことは秘密です。