5話 新たな人生
ギルドは宿から歩いてすぐのところにあります。
レベッカの悲鳴を聞き流したあと、すぐに建物の前に着きました。
感覚ですが5~6時くらいの時間です。
かなり早い時間ですが冒険者ギルドは絶賛営業中のようです。
出入りしている冒険者は、ほとんどが軽装で驚きました。
私も一応冒険者になったのです、気後れしていても仕方ありません。
さぁ、社会勉強の時間です!
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寝始めは若干の暑さはありますが、春の明け方は大抵寒いものです。
しかし冒険者ギルドの室内は、冒険者達の活気によって気持ち室温が高くなっていそうです。
どんな依頼があるか確かめに来たのですが、クエストボードは冒険者が殺到しています。
私は子供ゆえの小さな体を活かし、冒険者達の足の隙間を掻い潜って、クエストボードの前まで行きました。
子供が冒険者になる制度があるからでしょうか、高い所から低くなるにつれて依頼の難易度が下がるように工夫されていました。
発育はいい方ですが、まだ身長1.4メルです。
クエストボードの一番低いところが目線に来ます。
私は少し背伸びをしてFランク以下の依頼を探します。
冒険者のランクはFから始まりAまで存在し、パーティーを組んで到達できるランクを表しています。
個人の冒険者のランクには、Aの上にSランクが存在し、1人ではどうにもならないとされる魔物を討伐したりするとなれるようです。
今は各国に1人ずつしかいないようです。
神の知識によると世界は6つの勢力に分かれており、そのうち人間の治める地域は5ヶ所になります。
つまりSランク冒険者は全部で5人いることになります。
いつかは私もそこに立たなくてはならないのですが、神も10歳の内には期待していないでしょう。
今は下積みと考えて、マーレとセイダーさんと一緒にパーティーを組んでランクを上げましょうか。
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「おや、レベッカが依頼ですか?」
私は1つの依頼書を見つけて詳細を読みます。
難易度はGランク。
内容は井戸の水汲み。
依頼者の名前はレベッカ。
場所はなんと私達が泊まっている宿の名前です。
これで同名の可能性は無くなりましたね。
報酬は銅貨5枚となっていますが、これは妥当なのでしょうか。
私は近くにあった別のGランク依頼を探します。
果物の配達を5ヶ所する依頼の報酬が銅貨8枚。
レベッカの所とは違う宿の薪割りが銅貨3枚。
買い出しの間のベビーシッターが銅貨10枚。
どの依頼も厳密には記載されていません。
例えば配達が村の中とは書いてありませんし、薪の量や買い出しの所要時間がありません。
これではどの程度の仕事で報酬を指定しているのかが、依頼書から判断することが出来ないのです。
たまたま目に入ったFランクの依頼には、山菜採りの護衛というものがありました。
時間は2の鐘以降3の鐘までと、元々アバウトな時間判別ですがしっかりと指定されています。
報酬は大銅貨5枚と、安全な地域の護衛にしては割高です。
昨日の料理を見たところ、1品銅貨5枚程度でした。
宿の朝食も銅貨5枚だったと記憶しています。
目に付いたもので断じるわけにはいきませんが、ランク1つで10倍の報酬になると考えると、子供のうちは簡単には稼げないとわかりますね。
とりあえず目星をつけて、受付で詳細を聞いてみましょう。
子供の冒険者は私しかいないので、Gランクの依頼書ならば持っていっても問題ないでしょう。
私は数枚の依頼書をクエストボードから引きはがして、またもや空いていたおばさんの受付へと向かいました。
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おばさんから話を聞くと、依頼書にはない詳細を聞くことが出来ました。
なんでもいつも出ている依頼で、人が捌けてから依頼にあぶれた冒険者が受けているようです。
レベッカ、水汲みは自分でやりましょう。
とりあえずおばさんに話を聞いた限りでは、宿の朝食までには終わりそうなので、さっき見つけたGランクの3つの依頼を受けることにしました。
近場から終わらせようと思い、レベッカに説教するべく宿に戻ります。
帰りは依頼とレベッカへの説教という2つの目的から、走って宿に向かったので3分くらいで着きました。
一応冒険者として来たので、オーナーに話を通してからレベッカに会いに行くべきですね。
宿の扉を開くと、すぐにオーナー──レベッカの父親──が小走りでやってきました。
「おや、昨日村に来たお客様でしたか。何か御用はございますか?」
「はい、冒険者として来させていただきました。ギルドの方でレベッカさんからの依頼を見つけましたので」
「レベッカが、ですか? ······まだ冒険者で旦那探しをしてるのか」
オーナーは後半小声にして目頭のあたりを指でつまみます。
眉間にシワを寄せる様子は、徐々に力を貯めているように見えます。
「レベッカァァァ!」
オーナーが唐突に叫びます。
この声では寝ているお客様に怒られるのではないでしょうか。
「なによー、いきなり叫ばないでよねー」
どうやら井戸から無事に抜け出せていたらしく、レベッカは気だるげにやってきました。
髪までしっかり乾かしましょうね······。
「このお客様がお前の依頼を受けてくれるって言ってるんだ、依頼人としてしっかり対応せんか!」
オーナーはレベッカに叱りつけると、私に向かって深々と頭を下げ、「よろしくお願いします」と言って仕事に戻っていった。
「えぇっ。ライトって冒険者だったの!? 若過ぎない?」
「ええ。昨日登録したばかりの冒険者です。歳が歳だけに紙のギルドカードなのが恥ずかしいところです」
私は冒険者の身分証明として、ギルドカードをレベッカに見せます。
ギルドカードには、ランクと名前の他に性別と特技が記されます。
特技の欄には刻印魔術と記入したので、レベッカはギルドカードを見て首を傾げているのでしょう。
神から刻印魔術の復刻を依頼されたのです。
刻印魔術を隠して生活するのは神の意向に反することでしょう。
なのであえて堂々と宣伝して歩くことにしたのです。
「特技はさっき見せた魔法のことですよ。ダメと言うならやりませんが、もし良ければ魔法で簡単に水汲みしてみせますよ」
「んー、井戸の水を引き上げてくれるなら問題ないよ。魔法で作った水だと勝手が違うかもしれないから、水には干渉しないように気をつけてよ?」
私はレベッカと井戸に移動します。
そこには朝と同じく井戸があるだけです。
「汲み上げた水はあっちの大きな桶に入れてくれる? それとライトだから頼みたいことがあるの。本来の依頼だと桶3つで終わりなんだけど、少しだけ増やしてもいいかな?」
貯水用の桶が3つ並んでいるのはわかりますが、増やしても入れるものがないように見えます。
私は首を傾げました。
レベッカは私のことを見てこらえきれなかったかのように、クスクスと笑い始めます。
「なにかおかしかったでしょうか?」
「ごめんっ! 素直な反応が可愛らしくてつい! 水は両隣のお家に渡すのよ」
「なるほど。敷地内に井戸はありますが、近所の方も借りに来るわけですね?」
レベッカは頷くと、了承が取れたと思ったのか、そこそこの速さでどこかへ行ってしまいました。
話の流れ的に近所の方に声をかけに行ったのでしょう。
短い付き合いですがレベッカの思い込みの強さは理解しています。
とりあえず宿の分をやってしまいましょうか。
「操作系の術はどうして全部の種類があるのでしょう。私みたいなスキルを持っているならまだしも、雷の操作魔法などタイミングを合わせられるわけがないじゃないですか」
私は疑問を口にしながら、水を操作する魔法の効果範囲を広くするために、直径が2メルになるように刻印魔術を念写します。
操作系は対象に干渉して発動し、成功してからは術者の思考により操作します。
魔力は発動以降消費し続けますが、その量は大して多くありません。
相手に攻撃にさえ合わせられれば、とても強力な対抗魔法となるわけです。
私は井戸水を空中に球体にして留め、水の操作の応用で不純物を取り除きます。
朝から2度程レベッカの出汁を取っているのです。
綺麗な水と断言したくはありません。
決してレベッカが汚いと言いたいわけではないのですよ?
「ライトー! お隣さんと話つけてきたよ! って、凄いねこの水。宙に浮いてるし、いつもより透き通って見えるよ」
「レベッカが落ちたので、綺麗にしてみました」
私は軽く頬を赤く染めたレベッカにぽかぽか殴られつつ、無視して桶に水を貯めていきます。
不純物を取り除いた水は、多めに用意していたので、宿の分をとってもかなり余りました。
「それで、この水をどこに持っていけばいいのですか?」
宿は木材を地面に差し込み、視界を遮るように塀を建ててあります。
お隣に桶があったとしても見ることはできません。
「すぐ目の前が庭で、そこに桶があるんだけど······。正面から庭にお邪魔するしかないかな」
「面倒です、飛びますか。レベッカも水の行方を一緒に見てくださいね。」
私は1メルの刻印魔術を念写で地面に刻みます。
水の操作と同じく、発動から魔力を消費し続けるフライの魔法です。
隣のレベッカも対象にして発動させ、手を握って動きを誘導します。
さっきよりも顔が赤いのですが、熱でもあるんでしょうか。
「それで、左隣はあの桶ですよね?」
私は水を桶の目の前まで移動させます。
「あ、あぁ。あの桶であってるよ」
レベッカの答えを聞いてすぐに水を満たします。
反対側を見れば、桶の側に立って私達のことを見つめる男の人がいます。
遠くて表情まではっきり見えないのですが、ポカンとしているのは雰囲気からわかります。
レベッカを見て頷きかければ、首を縦に振ることで肯定の意思を示されます。
男の人には申し訳ありませんが、さっさと仕事を終わらせたいので、水を入れてしまいます。
その後余った水で宿の掃除を遠隔で行い、依頼達成の木札を貰って次の依頼主の所へ向かいます。
水の操作で掃除ができることが分かったのは収穫でした。
水に溜まった汚れは大地に還元し、常に綺麗な状態で外観全ての掃除ができてしまいました。
残った水はバケツ1杯分でしたが、意外になんとかなるものですね。
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薪割りと配達については、規格外の魔法ばかりで、簡単に使える魔法が少なかったので、魔力を体中に巡らせて活性化させる魔力強化のみで依頼をこなしました。
薪割りでは台座にした切り株を両断し、配達では受取人の目の前で急停止して腰を抜かされてしまいました。
これからの反省点としてしっかり反映させていただきます。
私は全ての依頼を完遂し、ギルドにスキップしながら向かいました。
村の人達には微笑ましいものを見たような顔をされたので、愛想よく笑っておくことにしました。
笑顔はコミュニケーションの基本です。
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またも空いていた受付はおばさんの所。
3つの依頼の完了を示す木札を提示すれば、僅かな驚きを見せます。
まだ依頼を受けてから2時間経っていませんからね。
まぁこの後は訝しげにこちらを見るんでしょうが。
「一応聞くけど、ちゃんと完遂してきたんだろうね?」
言葉の通り訝しげですが、本気で疑っている様子ではありません。
Gランクの依頼で詐欺を働く者が冒険者などやっていけるわけがありませんからね。
特技の刻印魔術について理解されていないのが誤解の元でしょう。
「ええ。特技を活かしましたので」
私の言葉にギルドカードに記入した刻印魔術のことを思い出したのでしょう。
納得したみたいで、さらさらと何かの用紙に記入しています。
記入した用紙を受付の奥の職員に渡すと、しばらくして報酬を持って帰ってきました。
なるほど、報酬を渡すための審査員の役目を受付嬢が担っているわけですか。
「報酬は銅貨にして16枚だから、大銅貨1枚と銅貨6枚にしたんだけど、いいかい?」
「大丈夫です。わざわざお気遣いありがとうございます」
「丁寧で結構なことだ。そのまま純粋に育って冒険者を続けておくれ」
報酬を受け取り簡単な挨拶をした私は、思ったより早く終わって持て余した時間を活用するため、ギルドを出て門の方へ向かいます。
方向はミレントンのある、この村に入ってきた時の門です。
そこの近くには衛兵の詰所があります。
盗賊は20人いると言っていましたが、捕まえたのは18人です。
尋問かなにかでアジトを聞き出しているなら少しは安心できるんですが。
この問題を持ち込んだ者として、ここを出る前に義理は果たしておきたいと考えたのです。
冒険者ギルドもありますし、たった2人で何が出来るのかという考え方もできますがね。
この村はそこそこ広いと表現しますが、日本のスケールとは違い元々の国土がかなり広いです。
そこそこと言っても門から門まで歩いて10分かかるくらいの広さはあります。
冒険者ギルドを中央とすると、詰所は門のすぐ目の前で、宿はギルドと王都側の門との中間辺りにあります。
その位置関係からすると、ギルドから向かった私は、詰所まで4分くらいで着いてしまいました。
扉に向かって近づいてゆくと、兵士の出入りが多く、慌ただしく駆け回る方が数人いました。
それとは別に軽装の男の人も近くに数名立っています。
軽装の人達は兵士に比べて落ち着いているようです。
何らかの依頼を受けた冒険者でしょう。
兵士と一緒に盗賊の残党狩りにでも行くのでしょうか。
「おい! 見つけたのか!?」
「申し訳ありません! 未だ行方不明です!」
「おーい、いつまでここで待ってりゃいいんだ?」
「待ちくたびれたぜ」
「せっかく残党狩りって美味しい仕事につけたのによぉ」
「早くしないとお宝持って逃げられちまう」
残党狩りは予想通りでしたが、それとは別の理由で兵士の方達は慌てているようですね。
行方不明という言葉も聞こえましたし、あのメンバーですと後衛をしていた2人なら頭がキレそうですね。
脱走でもされましたか。
それにしても村の外に出たのではなく、中に隠れたみたいです。
なんとも厄介な。
騒ぎになっていなかったので今まで気付きませんでした。
盗賊が村の中にいる理由はなんでしょう。
万全だったら略奪でしょうが、全員が逃げ出したわけではないでしょうし。
逃げ出した2人がすることは、身の安全以外では復讐ですかね。
······確かマーレは顔を見られてましたね。
考えすぎかも知れませんが、1度宿に戻るべきでしょう。
私がそう判断して体を宿の方へ向けた時、朝方レベッカにかけておいた防御の刻印魔術が発動しました。