3話 新たな人生
刻印魔術で戦闘をまともにこなすまで時間がかかると思っていましたが、敵にすらならない相手には無双できるようです。
「ライト君、盗賊全員捕まえちゃったの?」
「はい。陽動の5人と別働隊13人全て拘束済みです」
「ライト様、ここから次の村まではまだまだかかります。馬車だけならば夕方に着きますが、彼等を連れてとなりますと······」
「ふむ、運搬の手間ですか」
私は長年練習してきた魔力操作を試すことにしました。
魔力は不可視のエネルギーのようなものです。
体外に放出しても、魔法という事象に変換されない限り、目視することはできません。
私はそれを認識するために、魔力を感じ取る訓練をしてきました。
今では自分の魔力に限り、位置をはっきりと感じ取ることができます。
他人のとなると、魔力が放出されているか否かの判断しかできませんが。
「確か無属性に拘束魔法が······バインド、これですね」
私はインクに見立てた魔力を指先に集め、空気中に刻印魔術を描きます。
今でこそ何でもないように使えますが、高度な技だったりします。
マーレとセイダーさんに話した通り、刻印魔術は作業中は微細な魔力によって暴発します。
描いた後であれば意識しない限り発動しませんが、今は魔力を漏らすことができません。
できるようになるまでかなりの訓練を必要としました。
インク扱いの魔力を拡散しないように制御し、体からは魔力を漏らさないようにします。
別々にこなせば大変なんでしょうが、魔力を体に纏うことを覚えてからは簡単でした。
体表面に薄らと魔力の膜を張ることで、そこから外に漏れることがなくなったのです。
インクの方も同じ要領で問題なく刻印魔術を描くことができるようになりました。
これに気付くまで何度も暴発しました······。
「個別に拘束しますか。魔力の無駄ですが、傷だらけで引き渡すわけにも行きませんしね」
空気中に魔力で描かれた刻印魔術に、過剰な魔力を供給します。
1つの発動にかかる魔力を超えれば、自動的に2つ目の魔法が発動します。
これは刻印に使ったインクによって変わります。
今回は魔力を用いたので、私が解除するまでは刻印魔術の効力は続きます。
例えばこれが紙にインクで手描きした刻印魔術を使ったとします。
その場合は魔力が刻印を通った時に、インクが掠れてしまい、効力を失ってしまいます。
使い捨ての刻印魔術ということです。
「セイダー、ライト君が空中から縄みたいなの出してるんだけど······」
「マーレ様、ライト様は紛うことなき天才ですよ」
「いえ、ちょっとしたズルから始まったただの人ですよ」
私は話をしながら、念写で盗賊達の服に刻印魔術を施します。
系統としては無属性の重力に作用する魔法、アンチグラビティです。
ちなみに刻印魔術の中では高等魔法に分類されますが、神のおかげで手軽に使えます。
インクはまたも魔力。
その魔力から発動最低限だけ魔力を消費すれば、隣村まで馬車に引き摺られても怪我はしないでしょう。
「お待たせしました。盗賊全員の移送準備完了しました。このまま馬車で引き摺って行きましょう」
「ええっ!? ライト君! いくら何でも死んじゃうよ!」
「大丈夫ですよ、彼等は大した怪我をしません」
私はバインドの刻印魔術を馬車の後部に貼り付け、セイダーさんに御者を頼んで馬車に乗り込みます。
マーレは未だに心配そうな顔をして私のことを見てきます。
「落ち着いて下さい。私はあなたの息子ですよ? マーレが嫌がる事をする親不孝な息子だと思いますか?」
マーレはなぜか少し頬を赤らめました。
赤くなった理由は分かりませんが、考え直してくれたみたいですね。
何かを考えながら、時折頷いて私をチラチラ見てきます。
息子を見るのにこそこそする必要があるのでしょうか。
そんな親子のコミュニケーションを、御者台から眺めるセイダーは、娘と孫を見るような穏やかな表情を浮かべていました。
──────
村についたのはセイダーの言った通り夕方でした。
村の門番に盗賊達を引き渡し、馬車を止められる宿を取りました。
「マーレ様、ライト様、私は盗賊達を捕縛した報酬を受け取りに行ってきます。お2人はお部屋でごゆっくり」
セイダーさんは衛兵の詰所に1人で向かって行きました。
宿の1室に取り残された私達は、半日馬車に揺られた疲れを取るべく、リラックスした時間を過ごすことにしました。
マーレは早速ベッドに横になってゴロゴロしています。
私は日課の魔力操作の訓練をしつつ、やっと判明したスキルについて考えていました。
「マーレ、私のスキルは見せた方がいいですか?」
「んー、親であってもスキルは見せなくていいんだよ? ライト君にお任せ」
どうやらスキルは完全に自己責任で管理するもののようです。
家族ですら知らないとは、力を得た子供を導く者がいないということになります。
日本と比べるのもおかしいですが、この世界は暴力的な面が少なからずあります。
加えて魔法やスキルと言った超常の能力まで。
身の危険について常に気を配る必要がありますね。
「そうですね、マーレには見せておきたいです」
「わかった。あ、ごめんね。私の鑑定書は実家なの」
「機会があったら見せてもらいますね」
私は日本語で書かれた部分を教えながら、スキルについて相談し、これからの予定について話しました。
──────
私はセイダーとマーレを連れて、酒場が併設された冒険者ギルドの前に立っていました。
宿で話をしていた時、所持金の話になりました。
養われている身で言えることでもありませんが、呆れことにセイダーの私財だけでの引越しのようでした。
嫁入りしてから働いていなかったマーレは、へそくりと言ったお金をくすねるようなことはしたことがありません。
マーレは純粋ないい子なのです。
その分このような事態には何もできないのですが。
「ライト君、ほんとに入るの?」
「ライト様、10歳では流石に早いと思います」
「いつまでもセイダーさんにおんぶに抱っこではいけません。好意に甘え続けていてはダメ人間になってしまいます」
この辺で魔物は滅多に出ません。
しかし雑用であれば依頼があるでしょう。
冒険者として登録しておけば小金くらいは稼げると考えたのです。
「一応保護者として付いてきて欲しいと思いますが、多少の荒事は覚悟しておいて下さいね」
「荒事、ですか?」
私の不穏な言葉にセイダーさんはすぐに反応します。
「はい。マーレのような可愛い女性が居るんです。絡まれる可能性は考慮しておきませんと」
今まで言及してきませんでしたが、マーレはかわいい系の女性です。
背は低めで160ないくらいでしょう。
顔立ちは整っており、マーレから受け継いだ茶髪は私のお気に入りです。
俗っぽい言い方をすれば、可愛いロリ巨乳ってやつです。
加えて性格もいい。
日本ならばまずお目にかかれない素晴らしい女性です。
マーレの子供として、多少ですが美形に産まれたことは誇らしいです。
「ライト君! お母さんにそんな事言っても、愛情しか出ませんからね!」
「褒めて愛情を貰えるのは十分な見返りになるのでは?」
「ライト様、恐らく質が違います」
質とはなんのことでしょう?
マーレは顔を真っ赤にしてセイダーさんをぽかぽか叩いていますが、家族の愛情はそんなに照れることでしょうか?
とりあえず警告はしました、そろそろ入りましょう。
「お2人とも、じゃれ合いも程々にしてそろそろ行きますよ」
西部劇に出てきそうな両開きの扉を開きました。
──────
夕方に村についたので、ギルドに入った今はもう夜と言えるでしょう。
宿で休んでいた時間が長かったようです。
冒険者達が依頼を終えて、酒場で飲んだくれているのも仕方のないことでしょう。
カウンターは小さな村故に3ヶ所しかなく、受付嬢が冒険者に絡まれていました。
美人と言える受付嬢はいませんが、そこそこ整った女性2人がナンパされているようです。
そのうちの1つ、年配のおばさんがいる受付は空いていました。
私はこれ幸いとその受付に行きました。
「あら、小さなお客さんが来たもんだ。依頼かい?」
「いえ、目的は登録です。念のため保護者も連れてきています」
私の言葉を合わせたわけではないでしょうが、タイミングよくマーレとセイダーさんがやって来ました。
「登録って······。お姉さん、この子の歳はいくつだい?」
「申し遅れました、ライトの母のマーレと申します。10歳で今日スキル鑑定を終えたばかりです」
「必要ないでしょうが一応。私は執事のセイダーです。ライト様のこと、宜しくお願いします」
2人がおばさんと挨拶を終えます。
マーレが母と言った時は、おばさんは驚いて私と見比べていましたが、すぐに落ち着きを取り戻しました。
流石はプロです。
「それでですね、家族のために小金だけでも稼ぎたいんです。冒険者として登録はできないでしょうか?」
「狙ってやってるんじゃないでしょうね? 大人2人からの推薦、家庭のための登録、スキル鑑定済み。子供が冒険者になるための抜け道について知ってなきゃ、こんなに簡単に準備できるもんじゃないんだけどねぇ」
どうやら偶然が重なって、私が冒険者になる条件を満たしていたようです。
マーレが姉だったら大人2人にならなかったことでしょう。
とんでもない偶然です······偶然ですよ?
「おいおい! こんなちんちくりんなガキが冒険者になれる訳ねーだろ!」
「成人してから出直しなぁー。坊やにはまだ早い業界だよぉ」
「子供相手では責任能力が疑われる。受けられる依頼もほとんど無いぞ」
ふむ、言葉遣いはともかく心配されているようです。
最初の1人は微妙ですが、好意で言ってくれていることが分かります。
しかし諦めるわけにはいかないのです。
「ご助言ありがとうございます。しかし家計が逼迫しておりまして、養われるだけでは罪悪感に押し潰されそうなのです」
私は酒場の方に体を向け、深々と頭を下げます。
好意を向けてくれた相手には誠意を見せます。
「······条件は整ってる。登録するならこの用紙に必要事項を記入して持ってきな」
後ろから声をかけてきたのは受付のおばさんです。
抜け道とは言いますが、登録されたら身分が保証されます。
おばさんに冒険者として認められたということです。
私は笑顔を浮かべ、おばさんにお礼を言いました。
──────
私達は大衆食堂に来ています。
あの後絡まれることなく冒険者登録を終え、Fランクの冒険者となりました。
Fランクとは言うものの、正規冒険者のカードとは違い、紙に書かれた冒険者カードです。
成人になるまでの冒険者は例外なく紙製のカードになるようです。
再発行にはお金がかからないらしいです。
正規冒険者は、材質が金属になり、再発行にはそれなりの金がかかります。
この世界では100枚単位で硬貨が繰り上がり、銅貨100枚が銀貨1枚、銀貨100枚が金貨1枚、金貨100枚が白金貨1枚になるようです。
ちなみにどの硬貨にも10枚分として扱われる大銅貨、大銀貨、大金貨が存在しているようです。
「何事もなく冒険者になれてよかったです」
「冒険者登録ってお金かからないんですね」
「いえ、最初の方は報酬から登録料が引かれるらしいですよ」
そう。
無料という言葉につられ、マーレとセイダーさんも冒険者に登録していました。
そして記念と称してちょっとした宴会をしに来ていました。
ガイルから解放された記念とは言わないあたり、マーレにも思うところがあるのでしょう。
「エール2つと水おまちー。料理もすぐ持ってくるよ」
ちょうど店員さんが飲み物を持ってきてくれました。
私は特に嗜好品に興味が無いので、栄養価の高い飲み物がないのであれば水を選びます。
2人はお酒で乾杯するようです。
「ライト君、セイダー、1日目お疲れ様でしたー! カンパーイ!」
「「乾杯」」
セイダーさんと私は大人しく乾杯し、マーレが浮いてしまいましたが、勢い良くエールを煽る当人は気付いていません。
「お待たせしましたー。追加注文はいつでも受け付けてますから、ごゆっくりー」
マーレの一気飲みの後、ちまちま飲んでいた水が無くなったタイミングで、店員さんが料理を持ってきてくれました。
私がいる事を忘れて注文したのでしょうか、つまみになるようなものばかりです。
私はセイダーさんに頼み、パンとサラダを付け足してもらいました。
栄養バランスは大事です。
この世界、魔法によって栽培が楽になっているのか、夜になっても新鮮な野菜が提供されます。
ドレッシングの味気なさは物足りませんが、素材の味を感じられる点、余分なカロリーを取らないという点で好ましいと考えることにしました。
マーレは酒に弱いのか、すぐに赤くなって、つまみを勢い良く食べながら愚痴をこぼします。
私はマーレに付き合ってくれているセイダーさんに、こっそりと頭を下げます。
セイダーさんはそれに気付き、優しく微笑みを返してくれました。
──────
その日満足いくまで飲んだマーレは酔い潰れ、セイダーさんに部屋まで運んでもらいました。
隣に部屋を取っていたセイダーさんと、明日の集合時間を決めて別れました。
私は2人分の手拭いと桶を借りてきて、自分とマーレの体を清めてからベッドに入りました。
シングルの部屋しか空いてなかったため、ベッドは1つです。
親子ですし、体を拭いたり一緒のベッドで寝たりしても問題ありませんよね?