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その1「告白」

 放課後。体育館裏でそれは起こった。

「先輩。ずっと、好きでした」

 静かに聞こえてきた恥じらいの声が茜空へと吸い込まれていく。

 生まれて初めての体験に俺はとまどい、ただその純粋な瞳を見つめ返すことしかできないでいた。

「先輩、三角公園の砂場のこと、覚えてますか?」

 三角の形をした家の近所にある公園のことを、俺たちはそう呼んでいた。

「……砂場?」

 幼少期のことだろうと記憶を辿ってみるが、特にこれといったものは思い当たらない。

「覚えて、ませんよね…」

 肩を落とす後輩に、俺は小さく首を縦に振った。

 少しの沈黙の後、後輩が口を開く。

「砂場で山を作って、一緒にトンネル掘りをしたんです」

 そんなこともあっただろうか、と腕を組む。

「でも、思いのほか山を大きく作りすぎちゃって、なかなかお互いの手に届きませんでした」

 口に手を当てて微笑する後輩。

「二人とも頑張って肩まで手を入れて、そして――」


 繋がったんです。


 まっすぐ俺を見る。

「先輩の指に触れた瞬間、自分は先輩のことが好きなんだって気付きました」

 そのあまりに率直すぎる眼差しに、俺はどう答えたものか考える。

 そして、ついにその言葉が俺の耳へと届いた。

「優介先輩、付き合って下さい」

「茜……」

 名前を呟くだけで精一杯だった。

 俺の一学年下の後輩、三日月茜みかづきあかねは、妹と同学年で、さらにお隣さんということで、幼少からの幼なじみだ。もちろん、数え切れないほど一緒にも遊んできた。そして、妹と茜が後輩として高校に入学してきてからは、小・中学の頃と同様に今でも3人一緒に登下校をしている。

「…………」

「…………」

 しかし、正直言って茜が俺のことを想っていたとは気付かなかった。いや、微塵も気付けなかった。

 というのも、茜は、三日月茜は――


「ゆーくーんに――」


 男だからだ。


「手を出すなーーー!!!」


 突如のドロップキックに、茜が声にもならない声を残し、草むらへと吹っ飛ばされる。

 気が付けば、目の前には見事な着地を決める少女の姿があった。

「あたしのゆーくんに手を出すな!!」

 言いながら、少女は仁王立つと、

「あんた誰よ!?」

 と、すぐさま草むらに向けてびしっと指を差した。

 聞き慣れた声。見慣れたツインテール。

 見間違えようもない。そこにいたのは俺の妹、壱宮蒔苗いちみやまきなだった。

「い、たたた、なんだ、突然……」

 ようやく草むらから這い出た茜が身を起こす。

 二人の目が合った。

「え……茜……?」

 彫刻像のように見事な指差しをしていた蒔苗の表情が見る見る曇っていく。

 一方、その戸惑い声を聞いた茜は、自分を草むら送りにした張本人を黙視した途端、「ま、まきちゃん……」と、ばつ悪そうに視線をそらした。

「茜。なに、してたの?」

 蒔苗のその問いかけの直後、茜が俺を見る。

 俺は視線をそらす。

「はぅ」

 悲しそうに鳴く茜の心境を察する――つもりもない俺は、妹の肩に手を乗せる。

「帰――」

 えろうか。と続けようとしたが、妹のため息がそれを遮った。

「やっぱり、そういうことだったんだ……」

 一人納得した蒔苗は俺の手をそっとはずすと、幼なじみのもとへと歩み寄り、膝をついて、優しく頭に手を乗せた。

「茜。やっぱり、ゆーくんのこと好きだったんだね」

「ま、まきちゃん……」

「あたし、知ってたんだ。茜の気持ち。だって、見ればわかるもんね」

 微笑む蒔苗。

「うん、うん……」

 茜の頬に涙が伝う。

「あたしさ、茜の素直な気持ち、ずっと知りたかったんだ」

 そう言いながら茜色の空を見上げる蒔苗。

「でも、これであたしも素直になれるよ」

 空を見上げながら、蒔苗は目を閉じた。

「うん、ありがとう……まきちゃん」

 頭に乗せられていた蒔苗の手を取る茜から、さらに大粒の涙がこぼれ落ちる。

「おお……」

 生まれて初めての『友情』に目の当たり、俺はいつの間にか感嘆の声を漏らしていた。

 たったよわい16にしかならない二人の友情がこんなにも美しいものだとは……この世の中も案外捨てたもんじゃないのかもしれない。そんな壮大なスケールが感じ取られた。

「茜……」

「まきちゃん……」

 二人は見つめ合い、互いの存在を認めあう。

「おぉ……」

 俺は、より深い『友情』が育まれるこの時を見逃すまいと、瞬きをするのも忘れて固唾を飲んだ。


 しかし、その時――


「……ま、まきちゃん……?」

 視線の先にいる蒔苗に何か異変が生じたのだろうか、茜が戸惑いの表情を浮かべた。

「……も……しの……んに…………な」

 蒔苗が何かを呟いたようにも聞こえたが、声が小さすぎて俺にはほとんど聞き取れなかった。

 しかし、蒔苗の手を握っている茜にはその内容が聞き取れていたのか、今は何故か、悪夢を現実に見てしまったかのような顔をしていた。

 俺もさすがに心配になった。

「お、おい、蒔苗?」

 そう言って、妹に手を伸ばそうとし――

「よくもあたしのゆーくんに手を出したな!」

「いっ、たたたた!」

 妹の怒声と茜の悲鳴が同時に響く。

「ま、待って! まきちゃ――」

「うるさい!」

「うっ、ぐぅ……」

 強烈に握りしめていた茜の手を解いたかと思うと、蒔苗は猛烈なスピードで茜にヘッドロックを決める。

「く、る……し……」

「だまれ!」

 あんたの声なんか聞きたくない、と言わんばかりに茜の発言を阻止し続ける蒔苗。

 そして、

「あたしのゆーくんに! あたしのゆーくんに!!」

 この発言で俺は目前で繰り広げられている異常な状況に、ようやく自分を取り戻した。

「お、おい! 蒔苗! やめろ!」

 駆け寄り、妹の腕を力付くでこじ開ける――いや、開けようとするが、力が強くてなかなか開かない。

 茜も必死にギブアップのサインを送り続けている。

「あたしのゆーくんに!」

「し、ぬ……」

 尚も続くヘッドロックが、茜の意識を失墜させつつあった。


 これは、本当にやばいかもしれない――


 本当に…………?

 ……いや、しかし、どうだろう……


 今朝、靴箱に入っていた差出人が記されていないラブレター。

 人生初めての出来事に胸高鳴る俺の期待感。

 放課後、呼び出し場所に来て、相手を認めた時の絶望感。


 そして――本当に『そう』だった事への、虚無感。


 よくよく考えてみると、これはこれでいいんじゃないだろうか。いや、むしろ、当然の報いだと取るべきだろう。

 グッバイ、茜。

 お前との思い出は今この瞬間ときに置いてゆこう。未来永劫、思い出すような愚行は犯さないだろう……


「あたしのゆーくんに!」

「も……だ、め……」


 そう。そして、俺はたった一人の妹を大切にし――


「あたしのゆーくんに!」

「せん……ぱい……」


 妹、蒔苗を、生涯愛し続けよ…………ん?


「あたしのゆーくんに!」

「…………」


 …………? 

 ちょっと待て。『あたしの』ってなんだ? 聞き間違いか?


「あたしのゆーくんにーーー……うあぁぁぁぁん」

 どさっ……


 んー、合ってるなぁ……えーっと、ちょっと待てよ。

 俺、壱宮優介(17)。

 妹、壱宮蒔苗(16)。

 よしよし、名字一致で、年の差一つ。兄妹で間違いないみたいだ。よし、クリア。


「わぁぁぁ、ゆーぐんーーーー」

 ごす、ごす、ごす……


 それから、俺は愛の告白っていうのは今日の『アレ』が一応初めて――まあ、ノーカンだが――だったな。それに、俺から告白なんてのもしたことがない。

 つまり、俺に彼女なんていた試しもないってことになる。よし、クリア。


「あぁぁぁぁぁん」

 どご、どご、どご……


 えー、すなわち、俺は≪フリー≫な存在って訳で、実の妹と『頂けない関係』な訳がない、って結論に落ち着くな。

 よしよし、クリアクリア。


「……ん」

 俺は腕組みをしていた。

 何かいろいろと道徳的に許されない妄想に耽っていたようだが、もう大丈夫だろう。

 そして、よくよく目の前の様子を確認してみると、先ほどまでとは随分様子が変わっていた。

 妹の蒔苗は地面にヘたり込み、泣きながら腕を振るい続け。そして、幼なじみの茜は――

 茜は――

「ぜん……ばい……」

 弱々しく手を伸ばしてくる。

 比較的均整の取れていたはずの顔は、見るも無惨な紫色に変色し、学校指定の制服は土と草にまみれ、所々破れてもいた。

「茜……」

 見下ろし、状況把握に約5秒――

「蒔苗! やめろ!」

 妹を殺人者にするわけにもいかず、俺はすぐさま蒔苗を羽交い締めた。

「うぇぇぇ……ゆーぐーん」

 羽交い締めた直後、蒔苗はすぐに俺に向き直り、胸に飛び込んでくる。

「蒔苗……」

 尻餅を付いた俺は、妹の頭を撫でた。


「ぜん……ばい……」


 コイツは、まあ……


「ぜん……ばい……」


 自業自得だろ……。

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