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第八話 良心にかけて

「……参ったな」

 紗代を退室させてから、一輝は、くしゃっと髪に手をやった。バリバリと髪を掻きまわしながら、己のふがいなさに沈みそうになる。

「教師になりたいなんて言いながら、感情に任せて、当の子どもを追い詰めるとは……。我ながらなんとも……、考えが足りない」

 それから、デスクの通信システムを起動する。

 連絡先はもちろん……、

「無事についたようだね、鳩ノ巣少尉」

 モニターの向こう側、中佐は腕時計を確認してから、

「というか、時間から考えるに、子どもたちの歓迎会が終わったところかな?」

「なかなか、やってくれましたね。リンカーン中佐」

 モニターの向こう側、不遜(ふそん)に笑う中佐の姿を見て、一輝は深くため息を吐いた。

「その様子なら、事情はある程度聞いたようだな」

「ある程度、です。行き場のない孤児を集めて、軍がろくでもないことをしてるとか、そんな程度です」

 吐き出す皮肉にも、どこか力がない。

「貴官のことだ。艦隊を潰すとか、てっきりそんなことを怒鳴りこんでくるのではないかと思ってたが……」

「そのつもりだったんですがね。さっき紗代本人に止められました」

 困ったように笑って、一輝は言った。

「自身の未熟を嘆いてるところですよ」

「いいんじゃないか。反省・成長が効率的にできるのは若いうちだけだというしな」

 ふん、と鼻を鳴らしてから、中佐は皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「まぁ、それは努力するとして、それより聞きたいことがあるんです」

「なにかね?」

「この艦隊が魔法を動力とした新型戦艦の実験運用艦隊だというのはわかります。そのために子どもたちの協力が必要というのも感情的にはともかく、理屈としては理解できます。ただ」

 一度言葉を切ってから、一輝は腕組みして、

「隊員が子どもしかいない、というのは、どういうことでしょうか?」

 いかに彼女たちが戦艦を操れるからと言って、隊員が子どもだけというのは明らかに異常だ。

「ふん、そうだな……」

 中佐は、組んだ両手の上に顎を乗せ、

「貴官の前任の第七艦隊司令は少佐だった」

 唐突に、話を始めた。

「艦隊の拠点は第五艦隊拠点、木星衛星のイオ基地を間借りする形で設営、人員も整備班、医療班、技術・研究班、炊事班のスタッフなどを含めて、千人程度の隊員数を誇る部隊だったんだ」

「なるほど、常識的な範囲ですね」

 実験艦隊としては、一般的な人員配置だったのだろう。

 司令官の階級にしても、(おおむ)ね無難といってしまえる。

「そう、ごく一般的な部隊だった。ところが、その司令官の男が少々問題でな。軍部内では、まぁ、優秀な方だとみなされていた男だったが……」

 モニターの向こう側、リンカーン中佐が肩をすくめて、

「私に言わせれば無能もいいところだ。評価システムの不備だな」

切って捨てた。

「野心家と言えば聞こえはいいが、自身の能力の低さを客観的に評価できない愚物でね。しかも、その責任を部下に押し付けるという、まぁ、ガキみたいなメンタルの持ち主だったわけだ」

 リンカーン中佐は、口元を歪めて続ける。

「思うような結果が出ないと彼女たちを恫喝(どうかつ)し、怯えさせた挙句さらに成績が落ちる悪循環。それでも、彼女たちは努力した。なんとか司令と打ち解けようと歓迎会を開こうとしたんだ。だが、それが火に油を注ぐ結果になった」

 一輝は、先ほどの歓迎会を思い出す。

 手作りの、子供会のような歓迎会。一輝にとっては温かで、優しいと感じられたあの雰囲気は、けれど、プライドに凝り固まった軍人にとっては、愚弄(ぐろう)と映っても不思議はないのかもしれない。

「詳しいことは省くが、歓迎会をぶち壊しにした挙句、艦隊を解散させるとまで喚き散らした少佐に、ラックハート少尉たちも冷静さを失ってね。魔法で施設が損壊、少佐は骨を折るなどの重傷を負った」

「自業自得ですね」

 言いつつ、先ほどの紗代の様子を思い出す。もし彼女が魔法を放っていたら、結構危なかったかもしれない、とほんのり背中が寒くなる。

「結局、少佐は軍を去ることになったが、同情はできんね。けれど、無論、処分はそれだけで終わらなかった。隊員の側も当然、責任を問われることになったんだ。上官への暴力と施設の破壊だ。寛容とは言っても統一宇宙軍は軍隊組織だ。その罪を問わないわけにはいかない」

「それは……」

 感情的には納得はいかない。

 けれど、上官に反抗してケガまで負わせたのに、未だに軍に居続けられることは、むしろ統一宇宙軍の寛容さを表すものといえるのかもしれない。

「結局、第七艦隊は半ば隔離されるようにして、拠点に封じ込められた。科学者や整備員も削減されて、彼女たち、艦橋魔女だけが、おんぼろの補給艦に閉じ込められたのさ」

 再び、肩をすくめてリンカーン少佐は続ける。

「もともと、魔法戦艦に対しては安定性に疑義を唱える連中もいてね。そこに今回のトラブルだ。処分としては、まぁ、妥当なところだろうな」

「だけど、彼女たちだけでやっていけるものでもないでしょう。病気にでもなったら……」

 特別な力があると言っても、彼女たちは幼い子どもに過ぎない。過酷な宇宙で、子どもだけが生活していけるものなのだろうか?

「全部揃ってるんだよ。スィートポテトシップは優秀なんだ。メディカルボックスに、自動調理システム。生活に困るなんてことはない。唯一、いないのは人間、大人だけさ」

 生きていくのに問題ない環境。でも、それは、あくまでも、それだけのものだ。

 少なくとも、そんな環境が子どもの成育に良いものであるとは思えない。

「それが、人道的に許されると思いますか?」

「おいおい、正気かね? そいつは、軍隊の対義語だろ? 本来、敵を殴りつけて屈服させる兵士が人の道を説くのか? やめてくれ、寒気がするよ」

 リンカーン中佐の声は、いつになく皮肉の苦みを帯びていた。

「ちなみに、一応言っておくと、彼女たちには軍隊を抜ける権利だってある。選択肢がないわけじゃない」

 恐らく、それは、彼女たちの権利を守るための処置ではない。

 なぜなら、孤児である彼女たちは、恐らくどこにも行けないだろうから。

 だから、実質的に彼女たちに選択はない。にもかかわらず、彼女たちの自由を保障していると見せる理由は……。

「マスコミ対策、ですか?」

「世論対策だよ。民衆の関心を操作するのなんか簡単だ。嫌なら辞めればいい、という論調にしてしまえば、この件がマスコミに漏れたとしても、なんの問題もない」

 辞めた後に彼女たちが見る地獄に目をやる者などほとんどいないだろう。

 "辞めるよりはマシだから" という選択を “彼女たちが好きでやってる” にすり替えてしまうのだ。

 ここがなくなれば、どこにも行くことはできない。

 紗代の切実な訴えが、頭をよぎる。

「だから、貴官を司令にした。適材適所だと思わんかね?」

 してやったり、という顔で微笑む中佐に、一輝は一瞬、言いよどむ。

「ちなみに、もし、俺が断ったらどうなるんですか?」

「どうもならないよ。処遇が変わることもない。彼女たちが魔法を使えなくなって、お払い箱になるまでは、今のままじゃないか? もしくは、魔法戦艦の画期的性能が認められて、積極的に戦場や賊の捕縛に駆り出されるか。どちらにしろ、別に、貴官ががんばろうが、頑張るまいが、大して変わりはしない」

「それは……」

 実に卑怯な言い方だった。

 君しかいない、などと退路を断たれるわけではなく、君ならばできると煽られるわけでもなく。

 どちらでもいい、というスタンスで提示されたことで、

「つまり、問題は、貴官の良心、ということになるな。教師志望だった鳩ノ巣一輝少尉」

 子どもの教育を志し、その成長を何よりも貴い物と考えるお前の良心は、あの子たちを放っておくのか? と、中佐は、そう問うているのだった。

 先ほどの紗代のものとは打って変わった老獪な手口に、彼は盛大なため息をこぼすのだった。


「さて…………」

 通信を切り、改めて考える。

命題(テーゼ)、子どもが軍隊に関わるのは、看過できない」

 口に出してみる。

 それは綺麗事かもしれないが、動かしようもない真実でもあった。

 軍隊とは、どこまで行っても汚れ仕事であり、ゆえに子どもが関わるべきではないと、少なくとも一輝はそのように信じていた。

 だからこそ、簡単に曲げるわけにはいかない。

反命題(アンチテーゼ)、しかし、第七艦隊は彼女たちの居場所だから、つぶせば彼女たちは行き場を失う」

 理想を追求すれば、傷つく子どもたちが目の前にいた。

 それゆえに、話は単純ではなかった。

 口に出した命題と反命題は、どちらも重たくて、天秤(てんびん)は容易に勝敗を判断してくれない。

「ここに変わる居場所を作ってやる、ってのは単純すぎて、ジンテーゼにはなり得ないんだろうなぁ」

 しかし、現在のところ、必要条件を満たす方法はそのぐらいしかなさそうで……。

「ともあれ、金は必要だよなぁ、やっぱり」

 大昔の人が夢を託した星の海の中で、頭を悩ませる内容が金のことなのかと思うと、なんだか悲しくなってきた。

「あー……、まぁ、寝るか……」


こうして、鳩ノ巣一輝の艦隊司令一日目は、過ぎていくのだった。


というわけで、起のフェイズはこれにて終了です。

そして書き溜めていたものも出し切りました。

今後は少し間を置いて、週一投稿ぐらいで行けたらいいなぁ、と思っております。

気軽にお待ちいただければと思います。

それでは、ありがとうございました。


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