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第七話 幼い脅迫者

「一輝さん、待ってください!」

 歓迎会が終わり、通路に出たところで、紗代から呼びとめられた。

「どうかしたかな? 紗代」

 立ち止まると、一輝は出来るだけ優しく見えるような笑みを浮かべて、紗代の方に振り返る。

「私たちの歓迎会、気に入らなかったでしょうか?」

 随分とストレートだな……。

 一輝は、表情を動かさずに、首を傾げて見せる。こう見えてもポーカーフェイスは苦手ではない。

「いや、楽しませてもらったよ」

 それは、別に嘘ではなかった。

 紗代たちが用意してくれた歓迎会は、大人のような完璧さは無くても、十分に手が込んでいた。

 途中で入った出し物に関しては、お遊戯会めいていて少しばかり困ったけど、要は、彼女たちが頑張って用意してくれて、自分を歓迎しようとしていることがよくわかったから、一輝としては純粋に嬉しかったのだ。

 一番、敵対的だったブリジッタも話してみれば、ただ単に紗代を心配していただけのようだし、案外、ノリが良くていい子だった。

 しかし、いや、だからこそ、一輝は不機嫌だった。

 それを隠すのには、結構な忍耐力と自制心を必要としていた。実のところ、それで隠し切れていると思っていたのだが……。

「じゃあ、どうしてそんなに不機嫌そうな顔をしているんですか?」

「不機嫌そうな顔? そんなことは……」

「いえ、してます」

 逃亡を許さない断固とした口調で言う。

「困ったな……、んー……」

 小さくため息を吐くと、辺りを見まわした。

「とりあえず、そうだな。司令官室に行こうか」


 第七艦隊司令官室は、補給艦の艦長室を改造したものだった。

 立派な執務用デスクと、応接用のソファテーブルのセットが置かれている。そのソファを指示しながら、

「ソファに座ってて、今、飲み物でも……」

「いえ、それは大丈夫です。それより、質問に答えてください」

 ソファのふちに小さなお尻をちょこん、と乗せて、紗代が言った。ぴっちりと綺麗に揃えた膝小僧が、すべすべときらめいて見えた。

「答えてください、一輝さん」

 有無を言わさぬ口調で、もう一度。

 観念して、一輝はソファに腰を落ち着けた。

 さて、どう答えたものだろう……。

 頭を悩ませていると、

「気に入らないでしょうか? 第七艦隊が……」

 おずおずと、紗代が口を開いた。

「そうだね……、うん、気に入らない」

 嘘や誤魔化しでどうにかできると思えなかったので、正直に答えることにする。

 一輝は、確かに、この艦隊のことが気に入らなかった。

「私たちが子どもだからですか? 部下が子どもしかいなかったから、馬鹿にされたとお考えですか?」

「んー、そうだな。前半の質問はイエスだけど、後半についてはノーだよ」

 別に部下がどんな人間でも、構いはしなかった。正直、能力が低かろうが、新米だろうが、関係なかった。そもそも、自分だって艦隊司令とは名ばかりの新米士官なのだから、文句を言えるはずもない。

 ただ……、

「子どもが戦艦に乗せられて戦わされるなんてこと、許せるはずがないだろう」

 戦争の形は変わった。

 相手の剣を折るための戦い。ソードブレイクウォー。

 現代の戦争は、厳重に施された安全措置のおかげで、大国同士の戦いであったとしても死傷者が出ないことの方が多い。

 けれど、危険が完全になくなったわけではない。

 学校に通い、普通に生活している子どもと比較すれば、やはり、危険性が高くなるのは事実なわけで、例え少ない確率であっても、年端もいかぬ少女たちを余計な危険にさらすことは許されるべきこととは思えなかった。

 さらに言えば、宇宙艦隊の仕事は、惑星国家同士の戦争だけではない。

 航路の安全を守るため、宇宙ギャングなどの犯罪者を相手に戦うことの方が、むしろ多いぐらいなのだ。

 そのようなケースでは、交戦規定が守られることもなければ、人命や人権が保障されることもない。死傷者も毎年一定数は出ているのだ。

 第七艦隊は実験艦隊だから、実戦に投入されることはないのかもしれないけど、どちらにしろ、紗代たちのような年端もいかぬ少女が関わって良い事柄ではない。

「でも、それは、仕方ないことなんです。安定してもっとも高い魔力を発揮する地球人は、十代前半の女子、そう統計データが出ています。魔法戦艦の実験には、どうしても私たちでなければならなかったんです」

「それなら、魔法戦艦なんてものを開発する必要なんかない」

 子どもの犠牲がなければ開発できないというのなら、そんなものはいらない。

 なるほど、魔法を動力にした戦艦というのは、かなり有用といえるのかもしれない。なにしろ、エネルギー源は少女たちの発する魔力だ。

 科学とは全く別系統である魔法には、およそ科学的な法則が通用しない。

 その中で最も顕著なのは質量保存の法則だろう。

 魔法戦艦は、少女一人の持つ力によって戦艦としての能力を発揮する、究極的なエコを実現した戦艦と言える。補給物資は子ども一人の生活物資のみ。積み荷を満載すれば、一年や二年、補給なしで活動を続けることも、もしかしたら可能かもしれない。

 さらに、その技術系統が既存のものと異なることも、恐らくは大きいのだろう。

 現在、地球の宇宙艦隊が保有する戦艦は、他の惑星の技術供与によって製造されたもの、いわばお下がりのようなものだ。

 出来あがった戦艦は革新的で、その性能には文句のつけようもなかった。

 にもかかわらず、軍部の一部にはこんな考え方があった。

「他の国家に、易々と兵器の技術を受け渡すわけがない」

「だから、この技術や戦艦は、最新のものではなく、一世代、ないし二世代前のものなのではないか?」

 と。

 軍上層部は恐れたのだ。何かの事情があって他の惑星国家と戦争になった際、彼ら自身から供与された技術のみを頼りに戦う事を。

 だからこそ、求めたのだ。

 彼らとはまるで異なる設計思想によって生み出された兵器を。

 そうして、白羽の矢が立ったのが魔法技術だった、ということだ。

 正直なところ、一輝としては、現在同盟関係にある惑星国家と戦争になるかもしれない、という発想自体がいまいち納得しがたいものではあるのだが。

 それでも百歩譲って備えが必要になるとしても、子どもをこんなことに関わらせて良い理由になるはずがない。

「魔法戦艦なんか、必要ない。君たちみたいな子どもが、犠牲にならなきゃいけないなら……」

「……勝手なこと、言わないでください」

 一輝の言葉を遮って発せられたのは、絞り出すような声だった。

 思わず驚き、紗代の方を見る。

 その小さな手が握りしめられて、小さく震えていた。

「なにも知らないくせに、勝手なこと、言うな!」

 上目づかいにこちらを睨んでくる紗代。その切れ長の瞳には、怒りの色が揺らいでいた。

「紗代……?」

「鳩ノ巣司令、私たちは、あなたになにも期待していません」

 その声は、今までの彼女からは想像できないほどに冷めきっていた。

「どうか、与えられた仕事を、普通にしてください。もし、それが聞き入れられないなら……」

 と、紗代は唐突に、胸元に手をやった。パーカーの襟元のファスナーに手をかけると、一気にそれを引き下ろした。

「……は?」

 一瞬、一輝は目を疑った。

 中から現れたのは、シャツでもなければ、肌着でもない。むき出しの少女の肌だったからだ。膨らみの見られない幼い胸、その輝くような白い肌が目に焼きついた。

 さらに、止める間もなく、彼女はホットパンツのボタンに手をかけた。一気にそれを引き下ろすと、現れたのは、やはり、幼い肌だった。おへそから下腹部に至るまで、傷一つない繊細な肌が、目の前に晒されていた。

 今の紗代は、軍支給の膝丈のブーツのみを身に着けた、なんとも背徳的な格好をしていた。

 ここにきて、ようやく、一輝は紗代の思惑に気が付いた。

「……なるほど、その脅迫は確かに効果的だね」

 小さなつぶやき、それに被せるようにして、

「……要求が通らなければ、あなたにヒドいことをされたって言います」

 上官によるセクシャルハラスメント。平時の軍隊において、それは強力な脅迫材料になる。

 その相手が幼い少女であった場合、男を社会的に殺すのに、これ以上の材料はない。

 思えば、彼女は歓迎会の時に、この格好に着換えて来ていた。あの時から、こうなることを想定していたのだろうか。

「もしそうなれば、あなたも困るのではないですか? あなたのお父様は、宇宙軍の総司令 鳩ノ巣博次さん、ですよね?」

「うーん……」

 確かに一輝の父は、宇宙軍のトップだ。ついでに言えば姉も第二艦隊の参謀を務めている。名誉ある家系といえるし、普通に考えれば、不祥事は起こしたくない立場といえるだろう。

 あいにくと一輝の場合、その辺りのことはどうでもいいと思っているのだが、それでも、子どもが考えたにしては、かなりクリティカルなやり方といえるだろう。

――確かに有効かもしれないけど、ちょっと危ないかな。

 有効過ぎる手は、相手の視野を狭め、追い詰める。そして、獲物を追い詰め過ぎると、思わぬ反撃を受けるというのは世の常だ。

「そうか。確かに、君にそんなことされたら、俺も終わりだね」

「じゃあ……」

 自分の要求が通ったと思ったのだろう。ほんの少しだけ、紗代が緊張を解きかけたところで、一輝は動いた。

 机に乗り出すようにして、そっと、紗代の肩を押す。

「えっ?」

 ぽかん、と口を開け、驚愕の表情を浮かべる紗代。その体がバランスを崩し、ソファに倒れる。その上に、覆いかぶさるようにして、一輝は、少女の細い腕を頭の上のところで固定する。

「どうせ濡れ衣着せられるんだったら、実際にいい思いしようと思うやつがいても、おかしくないと思わない?」

 顔を寄せ、イヤらしげに見えるような笑みを作る。驚愕のゆえか、紗代の目が見開かれた。

「ぁっ……やっ!」

 ようやく、自身の危機的な状況に気づいたのか、紗代が体をよじった。バタつかせた細い足が脇腹に当たるが、体格差があるので、拘束から逃れるには至らない。

「へっ、変なことしたら、魔法を、使います……」

 うっすら、涙で潤んだ瞳で、睨みつけてくる。彼女の乱れた感情に合わせるかのように、その手の平に青白い光が輝き始める。

 対して、一輝は、

「んー、いいけど、それをすると、君の希望は叶えられなくないかな?」

 言葉で、彼女の動きを制す。

「どういう、意味ですか?」

「もしも、魔法で上官を傷つけたとしたら、責任の問われるだろうってこと。仮に原因が俺の側にあったとしてもね」

 魔法は、抵抗の手段としては、恐らく強力すぎる。軽いケガでは、おそらく済まない。

 だから、もし一輝を更迭させることができたとしても、第七艦隊自体が無事で済むとは思えなかった。

 紗代も、そのことが理解できたのか、唇を噛みしめると、ぎゅっと瞳を閉じて顔を背けた。と同時に、手の中の輝きが徐々に高度を落としていく。

「ふーん、自分の体より、艦隊の方が大事なのか……」

 一輝は小さくため息を吐き、そっと体を放した。

「脅すのはいいけど、自分をもっと大切にした方がいいよ。危ないから、あまり一人で相手のテリトリーに踏み込まないこと」

 落ちていたパーカーを拾い上げて、紗代の方に放る。

「最低限、きちんとした反撃の手段と退路の確保が必要だね」

 傷つけず、拘束できるような手段が必要だった。あるいは、仲間の誰かが援軍で入ってくるのでも良かった。だけど、そういう備えをするより、危険を冒さないのが一番いいのだけど。

「それとね、この手の司令官室には、その手の対策として、隠しカメラが付いてることが多いんだよ。ほら」

 言って、一輝は壁際の絵をずらして見せた。そこには、確かに、壁に開いた穴から、レンズが光っていた。

 それを見て、紗代の瞳に、すっと諦めの色がさした。ソファに仰向けに倒れ、パーカーをお腹のところにかけたまま、動こうとしなかった。

「それで、君はどうしてこんなことを……?」

「私たちは、孤児です」

「えっ?」

 突然の告白。咄嗟に反応できない一輝を置き去りに、紗代は続ける。

「第七艦隊がなくなれば、私たちには行く場所がないんです」

 宇宙空間へと進出を果たし、銀河系の外にすら活動圏を広げた人類。けれど、技術の革新がすべての不幸を払しょくするわけではない。

 未だに飢餓があり、貧困があり、格差があった。

 それがまるで、人間本来の姿であるかのように、呪いでもあるかのように、解決できるはずの問題は放置され続けた。

 親を失った子ども、親から捨てられた子どもたちの行きつく苦境もまた、変わることはなかった。

「だけど、君たちは魔法が使えるじゃないか。その力があれば……」

 万能の力である魔法、それさえあれば、いくらだって居場所なんか作れるんじゃないだろうか?

「それはどこですか? それは、ここより素晴らしい場所ですか? その責任を、あなたが負ってくれるんですか?」

 パーカーを胸に抱きしめるようにして身を起こし、紗代が言う。

 薄っすらと涙の滲んだ瞳には、明確な怒りがあった。

 綺麗事も、理想論も、口に出すことを決して許さないような、鋭い視線に射抜かれて、一輝は一言もしゃべれなくなった。

 少女の切実な問いかけに答える術を、彼は持っていなかった。


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