第五話 二人目の艦橋魔女
「これは、13式補給艦、かい?」
マナライダーから延びた接舷チューブの中をくぐりながら、一輝は首を傾げた。
チューブの向かう先にあったのは、楕円形の巨大な建造物だった。
「はい、スィートポテトシップのさつまさんです」
紗代は小さく微笑んで言った。
エクスカリバー級戦艦の三倍から四倍近い大きさを誇るそれは、13式補給艦と呼ばれる艦艇だった。新型の24式補給艦が登場したここ数年で第一線からは姿を消しつつあるものの、宇宙艦隊の黎明期以来、艦隊を支えてきた支援艦は、親しみを込めて、「スィートポテトシップ」と呼ばれている。
――スィートポテトだから、さつまさん、か。そのまんまだな。
苦笑いを浮かべつつ、一輝は首を傾げる。
「じゃあ、君たちの艦隊は新造の魔法戦艦四隻と補給艦一隻で編成される艦隊、ということでいいのかな?」
「いえ、さつまさんの移動機能は故障しているんです」
「え?」
「重力に抗って、現在の位置を維持することはできるのですが、戦艦と一緒に行動することは不可能です。なので、私たちは拠点として使っています。私たちの家みたいなものですね」
それは、考えるまでもなくおかしな話だった。
通常、艦隊が拠点とするのは、宇宙軍の軍事基地だ。それがどこかの惑星上にあるか、もしくは、ムーンステーションⅢのような宇宙ステーションの形を取っているのかはともかくとして、少なくとも移動能力を失った補給艦がその役割を果たす、などということは、まずあり得ない。
――もしかして、第七艦隊の待遇はあまり良くないのか?
「? あの、一輝さん?」
心配そうに、こちらを見つめてくる紗代。それを見て、一輝は首を振って見せた。
「ああ、いや、なんでもない。大丈夫だよ」
ともかく、あそこが艦隊の拠点だというなら、ほかの隊員もいるだろうし、詳しい事情を聴くこともできるだろう。
さまざまな疑問を飲みこんで、一輝はスィートポテトシップ「さつまさん」に足を踏み入れた。
内部に踏み入れた途端、体に重みが戻ってくる。
生活圏の重力の確保は、長期宇宙滞在の基本だ。この技術の確立によって、筋力低下を防ぎ、予防措置としての運動に時間を割かずに済むようになった。
これがなければ、今でも、一日数時間の筋力トレーニングが義務付けられていたことだろう。
「先にお部屋に荷物を置かれてから、みんなに紹介しようと思いますけど……」
「うん、任せるよ。といっても、そんなに荷物もないんだけどね」
マナライダーから運び出したカバンは一つ。それが一輝の全持ち物だ。
重たいカバンを持ち上げて、
「じゃあ、行こうか……」
「ちょっと、あなた!」
直後、凛とした鋭い声に打たれて、一輝は動きを止めた。
「えっ?」
通路の奥、ずかずかと、一人の少女がこちらに歩いて来ていた。
豪奢に揺れる黄金の髪、西洋人形のように端整な顔には、怒りの表情を湛えて。少女はまっすぐ一輝のそばまで来ると、おもむろに紗代を自分の後ろに押し込めた。
「きゃっ!」
突然のことに驚きの悲鳴をあげる紗代。それに構わず、少女が、どん、と足を踏み鳴らして、一輝の方を向いた。ふわり、とスカートが翻り、しなやかな幼い太ももが露わになる。
その白く美しい肌に見とれる間もなく、
「はじめまして、鳩ノ巣司令。わたくし、第二魔法戦艦 ローザ・キャバリエーレ 艦橋魔女のブリジッタ・ベルナドットと申しますわ」
スカートの裾を小さく持ち上げ、礼をする少女。一輝はやや気圧され気味に頭を下げ、
「はじめまして、鳩ノ巣一輝です。よろしくお願いします」
なんとか、それだけ言う。
「で?」
「うん?」
「先ほどの質問に、まだお答えいただいていないですわ」
「質問……? ああ」
それを聞いて、思いだす。
そう言えば、先ほど、艦橋に通信を入れてきた人物、彼女こそ、このブリジッタだったのではないか、と。
「ブリジッタちゃん、ちょっと……」
「紗代は黙っておいでなさい。さぁ、お答いただきますわ、鳩ノ巣司令。先ほど、いったい紗代と何をなさっていたんですの? ご返答次第では……」
瞬間、彼女の髪がふわり、と逆立つ。ぶわ、っと、足もとから赤い炎が顔を出した。
炎は蛇のように、彼女の華奢な脚を伝い、細い体から、滑らかな二の腕を経て、小さな手の平に玉となって凝縮する。
「許しませんわ」
――あれが、魔法か。返答次第によってはあの炎の玉が飛んでくるってわけか。
警戒心も露わにこちらを睨みつけてくるブリジッタを見返して、一輝は数瞬考えて……。
まぁ、正直に言うしかないか。
「実は超空間酔いでね……。介抱してもらってたんだ。お恥ずかしい限りだよ」
別に隠すようなことでもない。軍人からしたら恥ずべきことなのかもしれないが、あいにくと一輝には軍人としての矜持などありはしないのだ。
「本当ですの? 紗代に意地悪をしていたんじゃなくって?」
なおも攻撃態勢を解こうとしないブリジッタ。その手に、横から紗代が自らの手を重ねた。
「あっ!」
危ない、と言おうとした瞬間、じゅ、と音を立てて、炎がかき消えた。
「やめて、ブリジッタちゃん」
そう、ブリジッタを押さえる紗代の掌は、青く輝きを帯びていた。
「……紗代が大丈夫なら、それでいいですわ」
しぶしぶと言った様子で、ブリジッタが体から力を抜く。
それから、一輝の方に頭を下げて、
「失礼いたしましたわ。鳩ノ巣司令。非礼をお詫びいたします」
「ああ、いや、別に気にしてないよ。それと、俺のことは下の名前で呼んでくれるかな。なにしろ、宇宙艦隊には鳩ノ巣がいっぱいいるから……」
安心させるように笑って見せるが、ブリジッタはにこりともせずに、仏頂面で答える。
「此度のことのお詫びはいたしますが、もし、あなたがわたくしたちに酷いことをしましたら、わたくし、容赦いたしませんから。そのことだけは覚えておいていただきたいですわ、鳩ノ巣司令」
そう言うと、ブリジッタは優雅にくるり、と踵を返した。
握手に差し出した手を無視されたような気まずさに、一輝は思わず苦笑いを浮かべる。
「んー、ちょっと気難しい子、なのかな?」
「すみません、一輝さん。たぶん、緊張してるだけだと思うんですが」
困り顔でそう言う紗代に、一輝は再び肩をすくめた。
「別に気にしてないから大丈夫だよ。それより、部屋に案内してもらえるかな?」