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第四話 超空間酔い

 最初に、地球に存在を明かした惑星国家があった。

 地球とは比較にならないほど進んだ文明を持つその星と地球が、外交を結んだきっかけが、一人の少年と少女との恋愛だったことは、鳩ノ巣一輝にとって実に痛快な話だった。

 経済や軍事などといった散文的でつまらないものと比較して、その話には夢があった。

 その惑星のお姫さまだった少女は密かに地球にやってきて、それで、一人の地球人の少年と恋に落ちる。一度は分かれた二人だったが、少女は再び地球にやってきた。

 自らの星の存在を明かし、さらに同盟諸惑星をも説得して地球と外交を結ばせてしまった少女の動機は、ただ、少年と結ばれたいというものだった。

 あまたの国家が時に軍事力で、時に政治的圧力で、あるいは経済力によって勝ち取ってきたどんな利益より、ただ一組の少年少女の恋愛によって得られた利益の方が勝ってしまったというのは、即物的な利益のために血を流し続けてきた地球人類にとって、これ以上ない痛烈な皮肉だった。

 ところで、そんな宇宙人たちから供与された技術の中で、最も有益なものは何だったかということには色々と議論の余地がある。

 しかし、あえて一つは上げろと言われれば、恐らく多くの学者がこう答えるだろう。

 すなわち、超光速航行法――すなわちワープ技術、と。

 かつて、生涯を賭けても到達するかわからなかった他の太陽系の星々が、今や一時間程度で行き来できるようになったのだから、その技術的価値は言うまでもないことだろう。

 そんな超光速航行だが、一つだけ欠点があった。それは……。


 ――何度、経験しても慣れないな、この感覚は……。

 指揮官席に座り、一輝はじっと瞳を閉じていた。

 ありとあらゆる感覚が、変調をきたし、悲鳴を上げていた。

 下手に視覚情報を入れてしまうと酔ってしまいそうだったから、絶対に目を開けることはしない。

 もっとも、それも最初のうちだけで。数分もすれば感覚も戻ってくるはず……。

「あの、一輝さん、大丈夫ですか?」

 すぐそばで、聞こえた声。可愛らしくも優しげなそれが、紗代のものだということに、少し遅れて気づく。

「あー、はは。すまない。ワープ酔いだ」

「す、すみません。環境恒常性の設定が甘かったでしょうか?」

「いや、気にしないでくれ。ただの体質だ」

 込み上げてくる吐き気を飲みこみ、一輝はようやく目を開けた。

 すぐ目の前に、こちらを覗きこむ紗代の顔が見える。その顔からは、どこか怯えの色のようなものがうかがえた。

「本当、気にしないでくれ。普通の宇宙船でもこうなるから。それに、すぐ治るから。ほら、もう……」

 アピールするように立ちあがって見せ……、ようとして。

 ぐらり、とバランスが崩れる。

「あっ、危な――ひゃんっ!」

 直後、ふにょり、と……。頬に走る感触。微かに鼻先をくすぐるのは、爽やかな石鹸の香りだ。甘い香りは、どこか幼い印象を受ける。

「ぐっ、く……」

 目を開くと、顔の横に肌色のものが見えた。すべすべとした傷一つない、きめ細やかな肌、これは……?

「あっ、あ、あの、一輝、さん?」

 頭上で微かに震える声が聞こえて……、

「あっ、と、すまない」

 一輝は、ようやく、そこで紗代の太ももに受け止められていることに気づいた。

 ちょうど、尻もちをつくようにして、後ろに手をついている紗代。伸ばした足の、ちょうど太ももの部分に、横から頭を預ける格好になっていた。

「すまない、今、離れるから……っと!」

「きゃっ! ぁっ」

 慌てて起き上がろうとするものの、ぐるん、と視界が回る。

 再び、頬にやわらかな感触をおぼえたところで、

「あの、一輝さん、大丈夫ですから、そのままでいてください。無理をすると転んでしまいますから……」

 上から戸惑いがちな声が降ってきた。

「しかし……」

 反論しようとするが、未だに目が回った状態だった。無理に起きあがろうとして、紗代ごと床に叩きつけた、などということになったら、目も当てられない。

 それに、相手が妙齢の女性だったら問題だろうけど、子どもだしな……。

 小さく息を吐き、一輝は体から力を抜いた。

「……すまない。じゃあ、お言葉に甘えることにするよ」

「あっ、は、はい。どうぞ」

 ……微妙に気まずい。

 目を開けると、ぐわぁん、と歪んだ周囲の景色の中、紗代の、困惑しきった顔が眼に映った。罪悪感から逃れるように視線を転じると、頬のすぐ横、柔らかくも微かに硬さを残した、幼い太ももの表面で輝く光の刺青が見えた。

「そう言えば、操舵中にあの水槽から出ても大丈夫なのかい?」

「あ、はい、そうですね。魔法回路の接続は、この船の中にいればどこでも大丈夫なんです。それに、操舵も、今は超空間にいますから、問題ありません」

 紗代は何か考えるように少し間を置いてから、

「自動航行の間も外に出ていることが多いですね」

「ふーん、そういう時は、指揮官シートに座ってるのかい?」

「いえ、そんなことは……」

 言い淀んだ紗代だったが、すぐに頬をほんのり赤くして、

「えと、三回ぐらいしか、やったことないです」

 だよな、子どもならやりたくなるよね。

 偉そうに、指揮官シートにふんぞり返る紗代の姿を想像する。

 しっかり者っぽく見える彼女だけど、やっぱり子どもなのだ。

「それにしても、本当にこの船には君しか乗務員がいないんだね?」

 艦橋は、船の中心部といってもいい。にもかかわらず、ここにいるのは彼女一人だ。

「はい、補給の少なさは、魔法戦艦の強みの一つですから」

 確かに、戦艦の補給物資には、当然のことながら、乗務員の食糧や生活必需品が含まれる。百人の乗務員を抱える戦艦などでは、その量は馬鹿にならない。それが一人で済むというのだから、画期的と言えるだろう。

 それに、燃料自体が彼女の発する「魔力」なるものだとするならば、まさに、この船は超省エネの戦艦といえるだろう。が……、

 ――小さい女の子一人に戦艦を操らせて、戦わせるというのは、やっぱり納得しづらい物があるよな……。

「あと十秒で超空間を抜けます。五、四、三……」

 耳許で紗代の可愛らしい声を聞きながら、一輝は目を閉じた。

 超空間から通常空間に出る時にも、また、急激な違和感が生まれるものである。

 感覚の変調を押さえこもうと、ぎゅっと目を閉じて……、

「通常空間に復帰。大丈夫ですか、一輝さん」

「どうかな……。いつもだったら、一分もすれば元に戻るんだけど……」

 一輝は恐る恐る、といった様子で目を開けて……、

「……あのぉ、なにしてますの?」

 いつの間にか、前方のモニターに一人の少女の顔が映し出されているのを見つけた。


拙作の世界観をほんのりと混じらせております。読んでる人はニヤリとできると思うのですが、拙作を読んでる人がいるのかといわれると、いささか疑問が残りますね。汗


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