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第三話 艦橋魔女(ブリッジウィッチ)

 魔法――それは、感情からエネルギーを生み出す技術体系。

 かつて、奇跡の総称のようにして使われていた言葉は、近年、すっかり意味合いを変えてしまった。それは確立された技術体系の一つとして、現在では考えられている。

 そして、その魔法技術を中核に据えた文明国家こそ、魔法星国アーリストンである。

 アーリストンの名を聞いて、多くの人が思い浮かべるのが、魔法のアイドル、セノン・アーリストンだろう。魔法を使った幻想的な演出を武器に、たった数年でアイドル界のトップに躍り出た少女が、アーリストンの姫君だというのは有名な話だ。

 逆接的に言うならば、地球人にとって魔法とは、それだけ馴染みの薄いものだ。他の宇宙人の超発達した科学技術も馴染みがあるとは言い難いが、それでも、それは、自分たちが文明の基幹に据えてきた科学の延長線上にあるものだ。

 対して、アーリストンのは“魔法”だ。近代では、フィクションでしか見ることがなくなっていたものだから、それは当然と言えるのだが。


「魔法戦艦……か」

 先ほど、中佐の口から唐突に出た「魔法」という言葉。

 いったいどんな関係があるのかと思っていたが、まさか、ここまで直接的に関わってくるとは思っていなかった。

「それで、艦橋魔女っていうのは?」

「魔法戦艦の操者にして、動力炉、でしょうか……」

 ちょこん、と指を頬につけ、紗代は言った。

「えっと……、つまり、この船は君の魔力を動力源としていて、君の意思通りに動く……、ということ?」

「はい、そうです。どうぞ、こちらです」

 紗代の後について、狭い通路を歩く。

 辺りに人影はない。

「通常戦艦より小さいみたいだけど、この船の乗組員はどのぐらいなんだい?」

「一人です」

「…………はっ?」

「着きました。ここが艦橋になります」

 戦艦の中枢部、艦橋も通常の艦船とはかけ離れた造りをしていた。

 開けた空間に、指揮官席がぽつんと一つ、据え付けられている。それ以外には、なにもない。

 いや、厳密に言えばもう一つ、目立っているものがあった。

「これは……、水槽?」

 艦橋の中央部、円筒形の水槽のようなものがあった。

 まさか、水族館みたいに魚を入れるわけではないだろうが、内部は液体で満ちていた。

「先ほど、お聞きになりましたね。私の服のこと……」

 後ろを見ると、紗代がジャケットを脱いでいた。腰のあたりにあるホックを外して、スカートを脱ぐと、水着のような衣装に包まれた小さなお尻が現れる。

 その上に揺れる白いワイシャツ。細い指がボタンを一つ一つ丁寧に外していく。

 すべすべの幼い肩、肩ひもを持ち上げる華奢な鎖骨は、繊細な銀細工のように美しく見えた。

「……、ああ、なるほど。そこにいつでも入れるように水着、ということか」

 軍支給のブーツを脱ぎ棄て裸足になると、紗代は小さくうなずいた。

「はい、この水槽は艦橋魔女の接続操舵槽です。船を操縦する時はこの中に入り、船と魔術的回路を繋ぐんです」

 横についたハシゴを上り、水槽のふちに腰かける。

 小さな裸足が、とぷん、と液体に触れ……、次の瞬間、紗代は水槽の中に身を躍らせた。

 粘性のある液体なのだろうか、ゆっくりとした速度で紗代のほっそりとした体が落ちて行く。

 華奢な両腕、両脚を開き、紗代は小さくつぶやくように言った。

「魔力回路、接続開始」

 瞬間……、彼女の幼い体が、小さく震えた。

 そのきめ細やかな、滑らかな肌の上に、稲妻のような光が弾ける。

「んっぁ……」

 薄く開いた唇から、苦痛をこらえるかのような呻きが漏れる。

「だっ、大丈夫か?」

「ぁっ、はい、問題、ありません。接続する時に、少し痛みがあるだけ、ですから」

 薄っすら涙ぐんだ瞳でこちらを見てから、紗代は軽く唇を噛みしめた。

 すっと伸びたつま先、小さく可愛らしい足の指先に、ふいに光が走った。光は、すべすべとした足首、綺麗に膨らんだくるぶしから、ふっくら柔らかげなふくらはぎ、傷一つない幼い膝小僧を経由して、華奢な太ももに走って行く。

 光が通った後には、薄ぼんやりと、刺青のようなラインが走って行く。

 幼い少女の生脚に刻まれたそれは、美しくも、痛々しく、さらにはどこか淫靡(いんび)ですらあって、見ていると背徳感を覚えそうだった。

 むき出しの両腕や首筋ではもちろん、肌に張り付く薄い生地を透かして輝く光の刺青、彩られた紗代は、艦橋魔女の名に相応しい、人間離れした妖しい魅力を放っていた。

「お待たせしました。魔力接続終了いたしました」

 微かに消耗した顔で、紗代が言った。

「この服を着ている理由、わかっていただけましたか?」

「あ、ああ、それはわかったけど、大丈夫なのか?」

「はい、大丈夫です。ちょっと痛いだけですから。操舵のように強い魔力が必要な場合には、魔力回路を少し広げないといけないようで、その痛みみたいです。体に影響は特にありませんから」

 腕の部分をさすってから、紗代は、はにかむような顔で続ける。

「あの、心配してもらってありがとうございます」

「別に当たり前のことにお礼なんか言わないでいい」

 むすっとした顔で、一輝は答えた。

 小さな女の子が痛がっていたら、心配するのは当たり前のことだ。にもかかわらず、紗代を謝らせた環境に、微かな怒りを覚える。

「それで、本当に、乗組員は君一人なのか?」

「はい。魔法戦艦は、艦橋魔女一人で運用する戦艦なので。もっとも……、今日は一輝さんも乗務員ですけど」

 紗代は、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。

「それでは、部隊に合流します。一輝さん、指揮官席の方にどうぞ」

 促されるまま、席に着く。と、すぐに目の前にモニターが浮かび上がる。

「それで、艦隊はどこに?」

「土星の衛星軌道上に待機中です。航路の指定はありますか? 最短コースで行けば三〇分ほどで着きますけど……」

「任せるよ。危険な宙域を避けてくれればいい」

「わかりました。それでは、艦隊に合流します」

 そう言って、紗代は、自らの周囲に浮かんだ光のパネルに触れていく。

 触れた瞬間、パネルははじけて光の粒子になって消える。

「こちら第七艦隊所属、第一戦艦マナライダー。出港の許可を求めます」

「了解。出港を許可します。マナライダー、良き航海を」

 眼前の、特殊ガラスを通して見える星空。それがゆっくりと横へと流れていく。

 船の方向が変わったのか、すぐ脇にムーンステーションⅢの灰色の外観が見えてくる。

 離れるにつれて、巨大な壁だったものが、徐々に球形を取っていき、その反対側に、青く輝く地球の姿が見えてきて。

「これより、超光速(ハイパー)航行(クルーズ)に入ります」

 紗代の声が聞こえた刹那、それが一気に見えなくなる。

 星々の、光の点が線になり、そして……。

 ぐにゃり、と世界が歪んだような気がした。


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