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第二十七話 黒い戦艦の中枢部

 ブリジッタに手を引かれて、一輝は先ほどまでいた元の空間に移行する。

 元の空間と言っても、そちらも亜空間なので微妙にわかりづらいが、ブリジッタによれば、より通常空間に近い場所らしい。

 一歩、たった一歩で次元移行が行われる事実に、一輝は改めて驚愕する。

 再度の感覚の混乱と喪失。その後、一番に戻ってきたのは、珍しいことに嗅覚だった。

 ほのかに甘い石鹸の香り、それがなにかと気づく前に、顔全体に柔らかな感触が走る。極上のマシュマロに顔を埋めているかのようなそれは、しかし、つい先ほど、ブリジッタを抱きしめた時に感じたものと似ていて……。

「大丈夫ですか? 鳩ノ巣司令」

 気遣うような声、頭上から降り注ぐそれに、一輝は思わず問い返す。

「……大丈夫だけど、どうして、俺はブリジッタに頭を抱きかかえられてるんだい?」

 目の前に見えるのは、ブリジッタの水着の生地だった。少女の胸に抱きかかえられているという状況から、バランスを崩したところを彼女に抱きとめられたのか? と状況を推測するが……、

「いえ、重力が消失しておりましたから、姿勢を安定させるためですわ」

 澄まし顔で言って、ブリジッタは腕に込めた力を緩めた。

「感覚に異常をきたした状態では危険と判断いたしましたので」

「そうか……。ありがとう」

「いえ、それより……」

 と、ブリジッタはあたりを見まわして、眉をひそめた。

「随分と、様変わりしてしまいましたわね」

 彼女の言うとおり、船の雰囲気ががらりと変わっていた。

 先ほどまで無機質な光沢を放っていた廊下は、ところどころ赤茶色の錆が浮き、虫食いのように穴が開いていた。

 だらりと垂れさがったコード、朽ち果て崩れ落ちた手すり、割れた照明装置……。

 目の前に広がっていたのは、まさに幽霊船もかくやと言った光景だったのだ。

「俺たちを驚かせてやろう、ということではないと思うけど……、これっていったい……」

「その件に関してなのですが、わたくし、一つ、司令にご報告しそびれていたことがございますの」

「? なんのことだい?」

「この船から……、微かではありますが、魔法力を感じるのですわ」

「魔法力……って」

 首を傾げる一輝を見て、ブリジッタは近くの船体に手の平を当てた。

 直後、赤黒い光とともに、船体の一部が飛び散った。

「見ての通り……ですわ」

「なるほど、船体が魔力で出来てる、ということか……」

 頭に浮かんだのは、ルーフィナの船のことだった。あれと同じように、稼働に必要なエネルギーのみならず、船体そのものが魔力で造られた船であるとするならば……。

「エネルギーである魔力の供給が断たれたがゆえに、環境維持システムのみならず、船体そのものが消えかかっている?」

「まぁ、わたくしも司令も宇宙服ですから、外に投げ出されてもさして問題はございませんが、船の調査をするなら急いだ方がよさそうですわね」

「そうだね、行こう」

 

 床を蹴り、通路を進むブリジッタ。その姿は、さながら蹴伸びをする子どものようだった。その横に並ぶようにして、一輝も進む。

「魔力は、こちらの方が強くなっておりますわ」

「ルーフィナさんに、何かしら情報を持ちかえることができればいいんだけど……」

 まるで、紙に垂らしたインクのように周囲の腐食が、徐々に進んでいた。それにつれて、不気味さは一層引き立ってくる。前方の角からふいっと化物が顔を出しても、おかしくはない雰囲気だった。

「大丈夫? ブリジッタ、怖くないかい?」

「問題ありませんわ。司令がいらっしゃいますし……。一人で行けと言われれば怖いかもしれませんが、そんなことはされないでしょう?」

 ちょっと上目づかいになって聞いてくる。

「そうか……」

 可愛らしくつきだされた頭に、ついつい、一輝は手を伸ばして撫でてしまう。

「だから、大丈夫ですわ」

 気持ちよさそうに微笑みながら、ブリジッタは言った。

「もうすぐですわ。鳩ノ巣司令、あの角を――っ!?」

 途中で遮られる言葉。物陰から伸びる影。

 タコの触手のような、それは……、

「ブリジッタっ!」

「えっ……ぁっ!?」

 少女の華奢な四肢に、細い首筋に、一瞬で絡みつき、捕える。

 驚愕に見開かれた瞳、その美しい碧眼と視線が交わる。

「ブリジッタっ! 手をっ!」

 伸ばした腕、けれど、その指先をかすめるようにして、ブリジッタの体が奥へと消えていく。

「くそっ!」

 床を蹴り、急いで角を曲がる。続く細い通路を、ひたすらに前へ、前へ。

 無重力なのが、こんなにもどかしいとは思わなかった。まるで、いくら走っても前に進まない悪夢のように、体は遅々として進まない。

 ただ一つ、救いがあるとするならば、通路が一本道であるということ。迷うことなく一心に、ブリジッタを追いかける。

 腰に下げたブラスターを抜きつつ、一輝は懸命に通路を進んだ。

 唐突に、視界が開ける。

 大きく開けた空間、その中央に、巨大な水晶玉のようなものが光っていた。

 淡い輝き、それは見覚えのある……、紛れもない魔力の光。

 艦の中枢部……。それが、直感でわかる。

 水晶玉からは、無数の触手のようなものが伸びていた。その触手に、吊るし上げられるようにして……、

「……ぁ、鳩ノ巣、司令……」

 ブリジッタが捕らえられていた。

 両腕を大きく頭上に上げた格好、幼い両腕は手首から肘、柔らかげな二の腕にかけて、毒々しい触手が絡みついていた。すべすべとした脇の下の白さと、赤黒い触手がコントラストを描き、倒錯的な美しさが感じられた。

 ほっそりとした首筋に絡みついた触手は、幼く平らな胸元を経て、脇腹から背中へ、抵抗を排するように、胴体を固定している。

 ピンと伸ばされた両脚、軍用のブーツは脱げてしまい、つま先から太ももまでが晒されている。細い足首からふくらはぎ、傷一つない膝小僧を経由して太ももへ。子ども特有のきめ細やかな肌に食い込むほどに強く、触手が締め上げている。

「き……、危険、ですわ……。司令、はやく、に、逃げて……、ああぁっ!」

 ずぐん、と触手が大きく伸縮する。それは、まるで、なにかを吸いとるかのように。

と同時に、ブリジッタが悲鳴を上げた。歯を食いしばり、懸命に声を飲みこむ彼女の顔は、苦痛に歪んでいる。

 彼女の体にうっすらと浮かびあがる魔力回路。その光度が強まっていき、それが飽和した瞬間、その上を稲光のような閃光が弾ける。

 そのたびに、小さな体が跳ね上がり、苦痛から逃れようと手足がバタバタと動く。

 けれど、非力な少女の抵抗など、無数の触手の前では無意味なものだった。触手は、むしろ、彼女の努力を嘲笑うかのように、一層、締め付けを強め、それに合わせて、稲光が大きくなっていく。

ブリジッタの小さな体が大きくのけ反る。

 耐えきれなくなったのか、口を大きく開け、声にならない悲鳴が上がる。見開かれた瞳には、薄っすらと涙が浮かび、白い頬は、ほのかに紅潮していた。

「待ってろ、ブリジッタ、今助ける」

 ブラスターを近接戦闘用の高周波ブレイドモードに切り替え、一気に距離を詰める。

 向かってくる触手は、数は多いものの、速さはそれほどでもない。

 不意を突かれさえしなければ、捕まることはない。

 まるで雑草を刈るかのように、刃を振るう。

 少女の首筋に絡みついているもの、腕を捕らえているもの、順番に切断していく。

 ――くそっ、まさか、軍用格闘術をありがたいと思う日が来るとは思ってなかったな。

 舌うちしつつも、体は教わった通りの動きをする。

 足運び、敵との間合いの取り方、剣の無理のない振り方……。

 身につけた技能を最大限に活かして、一輝は触手をすべて刈り取った。

 落ちてくる少女の体を受けとめる。

 くったりと脱力した体、腰に腕をまわし、密着させると同時に床を蹴って後退。追いすがってくる触手を刀身でいなしながら、通路に戻る。

「ブリジッタ、大丈夫か? ケガは?」

 ブラスターを仕舞い、片腕を背中に、もう片方の腕を膝の裏に入れて、いわゆるお姫様だっこの格好になる。

 別に格好つけているというのではなく、この方が彼女の顔が見えるし、体の状況も見やすいからだ。

 一見したところ、大きなケガはない。触手に絡みつかれたところは、痛々しい痣になっているようだったが、出血などは見えない。

「だ、いじょうぶ、ですわ……」

 喘ぐようにして呼吸を繰り返してから、弱々しい声でブリジッタが答える。

「たぶん、ですが……、魔法力を、少し吸われましたわ」

 軽く腕をさすっているブリジッタだったが、

「……少しすれば、元に戻りますから」

「わかった。ともかく船に戻ろう。それと、ごめん……」

「えっ?」

「やっぱり、艦内探索は迂闊だった。俺の判断ミスだ」

 危機意識の欠如は、明らかだった。

 ソードブレイクウォーの概念に基づいて作られた兵器群は、基本的に安全性を重視している。宇宙服一つとっても、滅多なことで命を落とすことはない程度には、固い防御性能を誇っている。

 けれど、それとても絶対ではない。

 未知の攻撃手段に対しては思わぬ脆弱性を晒してしまうということを、失念していた。

 少女たちを危険に晒さないことが絶対条件だったはずなのに、それを軽視して、目の前の状況に流された自分自身に吐き気がした。

「いえ、大丈夫ですわ、司令……」

 そんな一輝に、ブリジッタは、憔悴(しょうすい)した顔に無理やりな笑みを浮かべることで答える。

「本当に大丈夫ですから。むしろ、助けていただいて、感謝いたしますわ」

 言って、ブリジッタは、そっと、一輝の首に腕を絡めた。

 今さらながら、恐怖に捕らわれたのだろうか、幼い体は小さく震えていた。


 ローザ・キャバリエーレに移動して数分で、黒い戦艦に異変が起こる。

 その船体が端の方から、光の粒子と化していき、数分で全てが消え散ってしまった。


SF好きの回顧録


更新、遅くてすみません。ちょっと、いろいろ立て込んでおりまして……。

さて、突然ですが、あとがきになにも書かないのもなんなので、SFについてのコラムっぽいことを書いてみようかと思います。

が、とりあえず、大前提として私はSF作家ではありません。

それを名乗るのはおこがましいし、そもそもSF自体ろくに読んでないです。

そんな私がSFについて下手に語ったりすると、きっと詳しい方からは注意を受けてしまうと思うのですが、しかし、それでも、あえてこんなことを書くのは私がSFが好きだからです。

SFというか、スペオペと言うか……。私は宇宙船や宇宙ステーションが好きです。無重力空間でふわふわするのが好きだし、エアロックとかに痺れるわけですな。

原色に光るビームとか、実に格好いいと思いませんか?

タイムマシンも好きです。恐竜の世界を冒険したり、過去の偉人にあったりするのはやっぱり楽しいです。海底も良い。空中都市も良い。近未来的な街並みも実に素敵です。

ロボットが出てくるのも忘れてはいけません。哲学的なのも嫌いではないですが、主人公が謎のロボットに乗って戦う昔ながらのアニメも大好きです。

原理とか知らんですし、宇宙ヒモ理論とか、素粒子理論とか相対性理論とか、頭が割れるのですが、SF作品全般が描く世界観が大好きなのです。

だから、まぁ、好きなのは確かなんだから、ファンとして、消費者として語るのは良いよね? ってことで、書いてみようと思っております。

別にSFについて語れるほど詳しくないし、自分で書けるほど頭がよくはないのだけど、語りたいという熱情だけで今まで見た印象深い作品(広義のSF作品)について書きつづってみようかと。分析とかしないで、ただダラダラだべる感じで。

まぁ、あとがき埋めるためだけなので、「そういうの別にいいです」という人は、本編だけ読んでもらえればと思います。


とりあえず、次回更新からやっていこうかと。

第一回は私の青春「機動戦艦ナデシコ」辺りについて書いてみようかなと思います。

ちょうど、3月にルリルリの抱き枕カバーが発売するという事ですし……。

ではでは。


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