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第二十四話 ブリジッタの怖いもの

「なんか、変だな……」

 黒い戦艦に入ってすぐに、一輝は違和感をおぼえた。

「なっ、なにがですの?」

 一輝のひとりごとに、ブリジッタがびくり、と肩を震わせた。

 ふぁさり、と揺れる黄金の髪は、まだほんのりと湿っていて、微かだがカルキっぽい匂いがした。

 ……プールの授業後の教室みたいだな。

 一輝は、思わず苦笑する。

 ちなみにブリジッタの格好は、教室というには、いささかエキセントリックだった。

 一言で言うと、その格好は魔法少女のような格好だ。

 しっとり湿った黄金の髪、それを押さえるように、白銀のティアラが輝いている。

 丸みを帯びた幼い肩を覆うのは、半透明の翼のような半そでだった。むき出しだった肩が、透けるベールに彩られたことで、どこか色っぽく見える。

 つるつるの脇の下、その下の肢体を覆う白い水着、おへそのくぼみの少し下に、ハート形のバックルが可愛らしいベルトが巻かれていた。

 ベルトからは虹色に輝くミニスカートが広がっていた。綺麗に折り目が付いたプリーツスカートは一見するとおしとやかに見えるが、半透明の生地を透かして見える幼いシルエットは新体操をする少女のようで、彼女のアクティブな雰囲気を表しているようだった。

 ――どこからどう見てもコスプレ、だよなぁ。

 もちろん、実際にはコスプレではない。

 こう見えて、それは、魔法星国の技術を取り入れた最先端の宇宙服なのだ。


 かつて宇宙船の事故と死とは極めて近しい関係にあった。

 宇宙空間は過酷である。言うまでもなく、人間は生身では宇宙空間で生きていけない。宇宙船の隔壁によって外界を隔て、生存環境を確保しなければ生きられない繊細な生き物なのだ。

 そして、そんな宇宙船を壊し合うのが戦争である。

 戦争が命を奪い合うものであった時代は、まだ良かった。

 けれど、ソードブレイクウォー、殺人が禁忌となった現在の戦争形態において、宇宙服が格段の進化をしたことは、必然ともいえることだった。

 今や、地球の宇宙服は、皮膚の表面をナノマシンで覆うタイプのものが主流になりつつある。酸素の供給、放射線の遮断、気圧の調整などをすべて行いつつ、一切、装着感がないという……、なんともとんでもないものだ。

 宇宙戦艦が轟沈された際に、宇宙服に着替える時間があるとは限らない。だから、宇宙服に一番に求められるのは、日常的に身につけていても不都合がないことだった。

 ――まぁ、あんまりに感覚がなさすぎて、ちょっと怖くはあるんだけど……。

 それはさておき、霧状ナノマシンを体に吹き付ける地球式の宇宙服とは違い、ブリジッタのものは、アーリストン魔法星国のものだった。

 操縦槽に入ると自動的に装着されるものらしく、魔力の供給が止まってもしばらくは起動し続けられるすぐれものらしい。

 ――けど、この魔法少女っぽいデザインは、魔法星国だからなのだろうか?

「どっ、どうして、黙るんですの! 鳩ノ巣司令!」

 いつまでも答えなかったからか、ブリジッタがちょっと怒った声を上げた。

「ん? ああ、ごめん。ちょっと考えごとをね、えっと、なんだっけ……」

「この船が、どこかおかしい、とか、そんな話ですわ」

「ああ、そっか。いや、ブリジッタは変だと思わないかな、この船」

「いえ、別に……。普通ではございませんの? ローザ・キャバリエーレともさほど変わらないと思いますけれど……」

 目の前に広がる通路、幅を三メートルと言ったところだろうか。つるつるとした床と両方の壁には、行く手を照らすように、薄い水色の明かりが灯っていた。

 作りから言えば、ごくごく一般的な通路だ。宇宙ステーションや、地球の一般的な艦船とそう変わりはない。のだが……、

「うん、そうだね。確かにローザ・キャバリエーレと同じような造りだ。だからこそ、無人艦(・・・)としてはおかしいんだ」

「…………っ!」

 ブリジッタもようやく気付いたらしい。

 そう、この船には生体反応がない。無人艦であり、機械で動いている戦艦のはずなのだ。

 にもかかわらず、有人艦と大差ない通路がある。無論、無人艦だからと言って、完全に人が入れないようにするべきではない。整備などもあるし、緊急の場合には人員を収容する可能性だってある。

 けれど、この通路のスペースの取り方は過剰だ。中に乗りこんだ人が快適に過ごせるような配慮が見られる。

 だからこそ、おかしいのだ。

 無人艦の設計としては、明らかに違和感がある。

「これでは、まるで……」

「昔は人が乗っていた……。確かに幽霊船みたいだよね」

「ひっ……」

 ブリジッタが、小さく息をのむ。微かに近づいた少女の体、その体温を感じて、一輝はブリジッタの様子がおかしいことに気付く。

「そ、そのような、冗談、嫌いだと私、言いましたわよね? 言いましたわよね?」

 微かに潤んだ瞳で、抗議をしてくるブリジッタ。それを見ていて、ふいに、姉から言われたことを思い出す。

 ――そう言えば、忘れてたけど……、

「……あー、ブリジッタ、こんなこと言うのはどうかと思うんだけど……」

「なっ、なんですの?」

 警戒するような顔をするブリジッタをじっと見つめてから、一輝は言った。

「もしかして、怖かったりする?」

 その質問は、明らかにブリジッタを動揺させたようだった。

「そっ、そそ、そんなことあるはずございませんわ。なにをおっしゃいますの! いっ、いまどき、幽霊船などバカバカしいというだけのお話です、それだけですわ!」

 慌ててそんなことをいうブリジッタ。どうやら、怖がっていると思われたくないようだ。

「そうか……」

 いったん考えてから、一輝はそっと手を出した。

「なっ、なんのつもりですの?」

「いや、手、つながない?」

「でっ、ですから、私は怖がってなどいないとっ!」

「うん、わかってる。けど、暗いからさ。司令官をエスコートしてくれないかな?」

 その言葉に、一瞬、きょとん、としたブリジッタだったが、

「そっ……、そう言うことでしたら、仕方ありませんわね……」

 ほんの少し顔をうつむかせてから、おずおずと一輝の手を取った。

 ふんわりと柔らかな手の平は、微かに汗で湿っていた。

「よし、とりあえず、艦橋(ブリッジ)に行こう」

 そう言って、一輝は歩き始めた。

 しばしの静寂。かすかに聞こえるのは、ひそめた息遣いのみ。

「あっ、あの、司令?」

 ふいに、ブリジッタの声が聞こえる。

「うん?」

 視線を向けると、ブリジッタは何度か息を吸っては吐いてを繰り返してから、上目遣いに見つめてきた。

 ふるふる、と震えるまつ毛、その下に、薄っすら潤んだ碧眼が見える。

「わっ、私、別に、幽霊が怖いというわけでは、ありませんの」

 意を決した、といった様子で、ブリジッタが言う。

 まだ意地を張っているのか、と思ったが、どうやらそういうわけでもなさそうだった。

 一輝は黙ったまま、言葉の続きを待つ。

「わっ、私が怖いのは……あっ」

 その時、ふいに、辺りの明かりが消え、目の前が暗闇に染まった。

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