第二十三話 次元潜航式超光速航法(じげんせんこうしきちょうこうそくこうこう)
次元潜航式超光速航法。
地球に革新をもたらした超光速航法、それは、2,273次元域と呼ばれる空間まで潜航することによって、超光速航行を可能とする技術である。
そもそも、次元を区切るものはなにか? 一次元と二次元、あるいは三次元の違いとはなんだろうか?
一次元とは簡単に言えば長さである。それを縦軸として横軸を加えたものが面、二次元である。さらに縦軸と横軸に高さを加えたものが三次元だ。
次元とは、ベクトルの数によって区別され、それは本来きっちりと割り切れるものだった。その次元に、中間という概念を加えたのが、宇宙人たちがもたらした次元を数値で測る考え方、「絶対数値的次元論」である。
例えば次元係数1から10を一次元とする。その数値に1を加え11からが二次元、21以降を三次元、と、このように、数値いくつ以上いくつ以下を○次元と定義する。これにより、三次元の中にも、より三次元的なものと、二次元に近い、次元係数が小さなものが存在すると見るのが、この考え方の最大の肝だ。
少しわかりづらければ、一つの角を下にした逆正三角形を想像すればわかりやすいかもしれない。
下にある角に向かえば向かうほど、上方の二つの角を結ぶ辺は短くなっていき、最終的には下の角、すなわち点に収束していく。
上辺が辺の状態がN次元、下の角に収束されたものが(N-1)次元。
(N-1)次元に近づけば辺は短くなるが、辺であることに変わりはない。N次元は、N-1次元に近づくほど小さくなるが、N次元であることには変わりはない。
同一次元でありながら、大きなものと小さなものがあるのだ。
次元潜航式超光速航法というのは、この考え方を応用し、二次元に近い、数値の小さな三次元空間を移動する技術なのである。
数値の小さな三次元、例えば十分の一の大きさの縮小宇宙空間を移動すれば、通常空間に浮上した際には十倍の距離を移動したことになる。一キロ移動する時間で十キロ移動することになる。こうして光速を超えることが可能になるのである。
次元潜航式超光速航行 序論より
「鳩ノ巣司令……、起きてくださいまし、鳩ノ巣司令!」
「ぅ、んっ?」
ゆさゆさ、と体が揺すられる感覚。鼻先を、微かにくすぐる甘いシャンプーの香り、可愛らしい声に呼ばれて、意識が浮上していく。
ぼんやりとかすんだ視界、そこに黄金の髪を持った少女の姿が映りこむ。
上目づかいにこちらを見つめてくる碧眼、そこには不安げな光が揺れていた。
操縦槽から出て、まだ時間が経っていないのだろうか。幼い肢体はしっとりと濡れていた。ぴっちりと肌に張りつくような白い水着、そこから、一筋、水滴が少女の内またを伝う。内股気味のほっそりとした脚の、その幼く繊細な肌を撫でるように、微かに粘度を持った接続用の溶液が伝い落ちる。すべすべの膝小僧、その下の、まだ女性らしい丸みを帯びる前の幼いふくらはぎを通り、ぽっこりと綺麗に膨らんだ踝に。
可愛らしい裸足が踏みしめた床には、小さな水たまりができていた。
「ブリジッタ……?」
「あっ! 司令、よかった。大丈夫ですの?」
ぱぁっと、恒星が輝くような笑みを浮かべて、ブリジッタが言った。
「ああ、なんとか……」
微かに痛む頭を押さえながら、辺りを見まわしてみる。
静まり返った艦橋内、戦闘中、などということはないみたいだけど……。
「いったい何が……?」
「どうやら、亜空間に入りこんでしまったようですわ。次元深度計は、2、89次元域をさしていますわ……」
次元潜航式超光速航法は、二次元に近い三次元宇宙を航行する技術である。けれど、どの次元域でも移動できるか、と言われると実はそうではない。
ほとんどの次元域は不安定で断絶しており、航行に使用することはできない。
それは、イメージとしては、地底に出来た空洞に似ているかもしれない。
ある一定の深さまで潜れば、移動に適した広い空洞が開いているが、そこまでは小さな空洞しかなく、だから、移動には使えないのだ。
そうした、閉じられた狭い次元域は亜空間と呼ばれている。
それに対し、安定した次元域、いわゆる2,273次元と、2,992次元のことを超次元と呼んでいるのだ。
モニターに映し出されたのは、狭く閉じられた空間だった。上方には虹に似た奇妙な明かりが、オーロラのようにきらめいていた。
「ウロボロスの虹、か。はじめて見たな」
特異な発光現象「ウロボロスの虹」は、亜空間で例外なく見られる現象だ。キラキラとした輝きは、綺麗ではあるもののどこか不気味でもあって、この空間の異質さを表しているようだった。
「潜航に移る直前に攻撃を受けたから、中途半端な亜空間に迷い込んでしまったということか」
意識を失う直前、船が大きく揺れたのが思い出された。
何らかの影響があったと考えても不思議はない。のだが……、
「……そう、ですわね」
微妙に歯切れが悪いブリジッタ。なにか、他に思い当たることでもあるのだろうか。
「ともかく、早いところ通常空間に移行して……」
「あの、そのことなのですが、鳩ノ巣司令、一つご報告がございますの」
「うん、なに?」
ブリジッタは、静かに右手を振った。手の平の魔力回路が輝きを帯びると同時に、前方のモニターが切り替わる。そこに映し出されたのは、
「なっ……」
不気味な、黒い戦艦だった。
「あの幽霊船、ついてきてしまったようですの」
「次元潜航に巻き込んだってことか……」
恐らく、無人艦だから、亜空間に入った際に指令信号が切れたのだろう。
黒い戦艦に動きは見られない。
「まぁ、なんにせよ、チャンスと言えばチャンスだな」
「チャンス? なんのことですの?」
「いや、ちょっと様子を見て来ようと思って」
「……様子を見てくるって……、なんのですの?」
「あの黒い船の中を……」
「……は?」
ぽかん、と口を開けたブリジッタだったが、直後に、
「い、いけませんわ、そんなの。危険ですわ。幽霊船ですのよ? 呪われでもしたら、大変ですわ!」
悲鳴のような声を上げた。
「いや、呪いって……」
「だって、生命反応がないんですのよっ! それなのに動くなんて、幽霊船以外考えられないじゃありませんかっ!」
「いや、それは、リモートコントロールの無人艦だから……」
「それだけじゃありませんわ。それだけじゃありませんわっ! こちらのセンサー類に一切反応なく、あんな艦隊が現れたんですのよ。幽霊船以外、あり得ませんわっ!」
身を乗り出し、必死な顔で訴えてくる。どうやら、ガッツリ、幽霊船を信じてしまっているらしい。
――正直、幽霊船の方がマシなんだけどな……。
少なくとも、幽霊の呪いで殺されたなんて人間を知らない一輝としては、こちらの警戒網に引っかからずに、艦隊規模の戦艦群を送りこめる方にこそ、脅威を感じてしまう。
素直に怪談を怖がれなくなったのが、なんとなく寂しく感じる一輝だった。
「わかった。じゃあ、ブリジッタは残って、いつでも船を動かせるように準備しといて。向こうには俺だけで行くから……」
そう言って、艦橋から出ようとした一輝の服を、むんず、と掴むブリジッタ。
「どっ、どうしても行くというのであれば、わっ、私もついていきますわ」
「え? いや、怖いんなら、別に無理しなくっても……」
「こっ、こっ、こっ、怖くなんか、ありませんわ。よ、よくよく考えれば、幽霊とかいるはわけ、ないですし……。あっ、い、言っておきますけど、別に、ここに一人で残るのが怖いとか、そう言うわけじゃないんですのよ。あくまでも、鳩ノ巣司令が心配なだけであって……」
ぶつぶつ言いながら、置いてあったブーツを履こうとするブリジッタ。だったが、体がまだ湿っているせいか、なかなか上手く履くことができない。
ぴょん、ぴょん、と飛び跳ねるようにして、ブーツを引き上げようとする。
「あせらなくっても、待ってるから、大丈夫……っと!」
「きゃっ!」
突如、ブリジッタがバランスを崩した。転びそうになった少女を、危ういところで後ろから抱き止める。
とす、っと音をたて、小さな頭が胸の下に当たる。しっとりと湿った金髪が揺れて、ほのかにシャンプーの香りが漂う。
首の下に回した腕、手の平に、むき出しの少女の肩の感触が走った。
すべすべとした、まるで上質な絹をなでているかのような手触り、そこに、子ども特有の高い体温が合わさり、なんとも言えない心地よい感触だった。
「気を付けて。急がなくていいから」
「あっ、あの、あ、ありがとう、ございますですわ……」
焦ったように振り返り、真白い頬を微かに赤くして、ブリジッタが言った。
「とりあえず、体拭いて。ゆっくりでいいよ。置いて行ったりしないから」
そう言うと、ブリジッタは、一瞬、瞳を見開いた後、
「……はい、わかりましたわ」
小さくうなずいた。
言うまでもないことですが、この小説はなんちゃってSFなので、科学考証とか、そういうのはハナッから投げております。ええ。
ですので、次元を数値で図るとか、トンデモもよいところですから、お友達に自慢気に話したりすると恥ずかしい思いをすること請け合いです。
でも……、トンデモ科学って楽しいじゃないですか? 私はネッシーやUFOや雪男がいる世界の方が理屈が通った世界よりエンタメ性に富んでますよね。
……ってことで、科学的に間違ってます! というツッコミはしない方向で、一つ。
以上、言い訳でした。