第二十一話 冗談嫌い(?)のブリジッタ
ローザ・キャバリエーレの通路を、一輝とブリジッタは歩いていた。
白い水着は、後ろの部分が大きく開いているから、少女の美しい背中が露わになっていた。
輝くような金色の髪の合間から覗く綺麗に浮かんだ肩甲骨、真っ直ぐに通った背骨のくぼみは、幼く華奢な腰の辺りまで伸びていた。張りのある白い肌はつやつやで、幼い輝きに溢れていた。
張りのある小さなお尻、さすがに着換えるのが早すぎたのか、歩いているうちに微かに食い込んでしまっている水着の淵の部分に、ブリジッタは、ほっそりとした親指を入れて直した。伸縮性に富んだ布地はゴムのように伸びると、指を離した瞬間、彼女のマシュマロのようなお尻にパチンと当たって音を立てた。
「それにしましても、不審船の正体はなんなんでしょうか? 司令はどのようにお考えですの?」
「んー、そうだな。何らかのトラブルで立ち往生してる船……、とかだと安心なんだけど……」
それは、あまりにも楽観的な推測というものだろう。
「やっぱり現実的なことを言えば海賊船か、あるいはテロリストって可能性が高いかな」
「そのような不逞な輩はわたくしが蹴散らしてごらんにいれますわ!」
どん、と薄い胸を叩くブリジッタ。その青く可愛らしい瞳には、強気な光が宿っていた。
それを見た一輝は、ほんの少し不安をおぼえる。
――ちょっと気負い過ぎなんじゃないかな。ちょうどいい緊張感ってのがあるし……。
刹那の黙考、その後、
「もしくは、本当に幽霊船という可能性もあるかな」
軽く冗談を言ってみる。
少し肩の力を抜いてもらうことが狙い……だったのだが、それを聞いたブリジッタは、ぴくっと肩を震わせて、
「わたくし、そう言う冗談は嫌いですわ」
ちょっと怒った声で言った。
……どうやら、逆効果だったらしい。
「あー、えっと、ごめん。冗談が過ぎたね」
真っ直ぐな性格のブリジッタにはこの手の冗談は禁物、と心のメモ帳に書き入れつつ、一輝は少女の幼い背中を見た。
――リラックスさせるよりは、このやる気を上手く発散させてあげるようにするのが正解かな。
「では、司令席に座って、お待ちいただけますかしら?」
艦橋について早々、ブリジッタは言った。それに従って、司令席に座ろうとした一輝は……、そこで固まった。
司令席に――、小さな犬が座っていたからだ。
コミカルに舌を出し、愛嬌をふりまく白い犬。それは、数年前に流行ったアニメのキャラクターを模したぬいぐるみだった。
基本的に、魔法戦艦の内部構造は統一規格で作られている。
もちろん、各艦ごとに設計コンセプトが異なるのだから、それに伴う変更はあるものの、艦橋の作りなどは同一のものなのだ。
しかし、このローザ・キャバリエーレに関して言えば、他の艦と明確に違う部分がある。
それが、辺りに飾られた数々のぬいぐるみである。
意外なことに、四人の艦橋魔女の中で、一番女の子らしい感覚をしているのがブリジッタだった。
動物の可愛らしい壁紙で飾られた彼女の部屋は、淡いピンク色のベッドと、可愛いけど機能性が低そうな勉強机、オシャレな文房具と無数のぬいぐるみに占領された、実に女の子っぽい部屋なのだ。
その延長線上にあるローザ・キャバリエーレであるから、他の艦とは、なんというか空気が違うのだ。
ほのかに甘い香りが漂っているというか……、少なくとも厳格な戦艦という雰囲気はまるでない。他の少女たちの艦にしても、通常戦艦と比べて清潔な印象はあれど、この艦に関しては、また違った異界感がある。
ちなみに、ぬいぐるみならばミシュリも、持ってはいるらしいが、規模がまったく違う。
ミシュリの持っているものがせいぜい分隊レベルだとするなら、ブリジッタは師団、ないし軍団規模のぬいぐるみを保有しているのだ。
一輝の様子に気づいたのか、首を傾げつつ、ブリジッタがやってきた。
「どうかなさいまして………………あっ」
小さく声を上げたブリジッタは、慌てた様子でぬいぐるみを抱き上げ、それから、真っ赤な顔で、恥ずかしげに声を震わせた。
「こっ、これは、違いますの。この子は、その、置場がないから、置いているだけであって、別に司令官代理扱いとか、お人形遊びとか、そう言うのしてたんじゃないんですのよ? 戦艦なんですから、別に、一人で寂しいとか、そういうことではなく、ですわね、ですから……」
なんとなく、一人の時、犬のぬいぐるみで遊んでいるブリジッタを想像してしまって、思わず微笑ましくなってしまう一輝である。
「失礼いたしましたわ。改めて、お席に腰かけてお待ちくださいませ」
そう言いつつ、きょろきょろと、辺りに視線を迷わせるブリジッタ。どうやら、置き場所に迷っているらしい。あの犬の定位置は司令席のようだ。
「あー、ブリジッタ、それ、持ってようか?」
「えっ、いえ、そんなの、悪いですわ!」
そう言うと、ブリジッタはおずおずと、操縦槽のそばにぬいぐるみを置き、それから、そこにしゃがみ込んだ。
片膝を立てるようにして、ブーツの脇についたファスナーを下ろす。ゆっくりと、まるでバナナの皮のようにブーツが開き、中から白く輝くような脚が現れた。
脱いだブーツをきっちりと並べ、操縦槽にのぼると、つま先から、飛びこむようにして、その身を躍らせた。
「魔力回路、接続開始、ですわ」
ブリジッタの声に答えるように、操縦槽がぼんやりと輝いた。
広げた細い腕に、幼い両脚に、その華奢な肢体に、バラの蔦のごとく赤い光が絡みついていく。
つんと伸びたつま先、その小さな指先から、ほっそりとした足首にかけて、赤く輝く魔法の刺青が刻み込まれていく。ちょっこり膨らんだくるぶし、幼いラインを描くふくらはぎとすべすべの膝に、それぞれ、円形の魔法陣のようなものを刻みつけ、さらに、光は太ももを上がって行く。
「ん……く、ぅ……」
小さく唇をかみしめるブリジッタ。ルーフィナの話を思い出す。
なんとか、この痛みだけでも軽減できれば良いのだが……。
ブリジッタの苦痛など、意にも解さず、光は彼女の体に絡みついていく。
水着の白く薄い生地を透かすように、赤い光が走る。
おへそのくぼみを中心に一つ、幼い胸の形にそって、左右に二つ、同じように円形の魔法陣が描かれる。それは、さながら、彼女の体全てで、一個の複雑な魔法陣を描いているかのようだった。
赤い光がひときわ大きく輝いた時、
「ぁっ……」
押し殺したような小さな悲鳴、その直後、
「接続、完了、ですわ」
細く息を吐いて、ブリジッタが言った。
全艦から、接続完了の報告を受けて、一輝は出撃命令を下した。
「ところで、鳩ノ巣司令、隊形はいかがいたしますか?」
「あー、そっか。そういえばそうだね……」
魔法戦艦参番艦、ローザ・キャバリエーレは、突撃艦だ。
その最大の攻撃は、シールドを利用した質量攻撃、いわゆる体当たりである。
通常であれば先頭に配置して、敵の陣形を崩すことに使うのが、セオリーである。
逆に、中遠距離の砲戦は苦手としていた。接近戦にリソースを割きすぎているためビーム、レーザーといった装備を乗せる余裕がなかったのだ。ミサイルなどに関しても誘爆の恐れがあるため、やはり搭載していない。
一応は中距離用の砲を積んではいるものの、あくまでも、サブの兵装であり、威力は当然高くはない。
ゆえに、指揮のしやすい後方に配置しては、ほとんど仕事ができない。いわば、旗艦に最も向いていない船と言えるだろう。
――艦隊訓練の時には、紗代のマナライダーに乗ってたからなぁ。
ブリーフィングルームで、紗代に旗艦をどうするか聞かれたことを思い出す。恐らく彼女は、この辺りの事情をきちんと考えていたのだろう。さすがは委員長気質のしっかり者である。
「ふむ……」
しばし考えてから、一輝は口を開いた。
「よし、わかった。先頭はやっぱりローザ・キャバリエーレにしよう。その後にマナライダー、Jミルトン、ラブラドールの一列縦隊で行こう。Jミルトンは隙があったら、潜航、ターゲット艦の後背をふさいでくれ」
「「「「了解!」」」」
少女たちの声に一つ頷いてから、前方のモニターに視線を移す。
「……さて、何が待っていることやら……」
どうもこんにちは、餅月です。
ちなみに、私は割とギャップが好きです。
勇ましいことを言っていて中身は誰よりも女の子な少女、とか可愛いですよね。ブリジッタはそういう子なので、ぜひ可愛がってもらえれば嬉しいです。
そんなブリジッタですが、彼女の様子がおかしいのは、一輝が場違いな冗談を言ったからか、それとも……。
ということで、幽霊船追跡編、別名、ブリジッタ編、引き続きお楽しみいただければ幸いです。