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第二十話 ブリーフィングと旗艦当番

 宇宙は存外狭いものだ。そう地球文明が実感するようになったのはいつのことだっただろうか。

 無論、空間という意味において、宇宙は確かに広い。数多の知的生命体の惑星文明の連合体をもってしても、その全てを管理、把握することなど到底不可能である。

 けれど、こと「生命体にとって意味がある場所」という考え方においては、宇宙は、さほど広くはない。

 かつて、領土という考え方があった。領海という考え方があり、領空という考え方があった。国家という枠組みの利益を守るため、それらは絶対的な価値基準の一つであった。

 複数の惑星を手中に収めるようになった人類は、当然のように、その基準を宇宙空間にも適応させようとした。

 いわゆる「領宙(りょうちゅう)」と呼ばれる概念の誕生である。

 当初、太陽系の惑星全て、並びにその軌道上の空間全てを領宙として主張していた人類は、けれど、すぐさまパラダイムシフトの必要に迫られることになった。

 宇宙は、人が支配するにはあまりにも広すぎたからだ。

 これは前述の考え方と矛盾するようで、その実、整合性のとれた考え方である。

 宇宙空間はあまりにも広い。仮に火星から内側に限ったとしても、その空間全てを常に、管理し、防衛することなど不可能であるし、それ以上に意味がないのだ。

 それゆえに、領宙は支配下にある惑星、衛星、人工天体とその近隣宙域、並びにそれぞれを結ぶ航路を中心に考えられている。

 そして、人類にとっての宇宙とは、つまるところそこに限定されるのだ。

 それゆえに、宇宙は狭いのだ。

 さらに、領宙外の宙域は、大まかに分類して三つに分けることができる。

 一つは、未開拓宙域。数年後、あるいは数十年後には、領宙に含められる予定だが、まだ開拓が進んでいない宙域だ。資源採掘が見込める惑星などが確認されているものの、未だ手つかずの地域である。

 一つは、未調査宙域。なにがあるのかまるでわからない場所。資源があるかもしれないし、ないかもしれない。無人探査艇による調査を行っている宙域である。これは、太陽系圏内には、ほぼ存在していない。

 そして、もう一つは、開拓放棄宙域。これは、読んで字のごとく、資源採掘が見込めず、居住空間として環境適応(テラフォーミング)などをするには手間がかかり過ぎ、危険過ぎて航路としても使えない宙域のことである。

 人類にとって意味のある宇宙の広さというのは未開拓宙域のことである。未調査領域も、未開拓宙域になりうる可能性を秘めているので、そこに含めても良いのかもしれない。

 けれど、他の宇宙文明からもたらされた情報からわかってきたことは、開拓を放棄せざるを得ない宙域が、宇宙にはあまりにも多く存在しているということだった。

 それゆえに、今現在、我々は知っているのだ。

 宇宙は想像していたよりも狭いものであるのだ、と。

         

         ヒトの認識しうる宇宙空間の狭さ~領土から領宙へのパラダイムシフト~   より


 ルーフィナの話を聞いて、一輝はすぐに姉に通信を入れた。

「なるほど、開拓放棄宙域に、幽霊船か……」

『それも、追手のすぐ目の前で消えたんだから、そりゃそういう噂も立つわね。けど、ま、迷惑な話よね。たぶん海賊船とかだと思うんだけどねぇ。そう考えるには、ちょーっと場所が悪いのよね』

「確かに。通常航路からは遠いし、拠点にするには手間がかかる。人目にはつかないだろうけど、メリットに比してデメリットの方が大きすぎるか」

 海賊と考えるには、違和感がある。合理的理由の考えつかない場所に出現する国籍不明の不審船、だからこそ、幽霊船と呼ばれるようになったのだろう。

『目的がわからないのが、ちょっと不気味よね。特に、時期が時期だけに、ね』

「VIPの警備で手いっぱいの時期に、目的不明の不審船が出現した、か」

『ご名答。こっちとしても、警備シフトの変更とかやってる余裕ないのよ。かといって放置は愚策……。気になり過ぎてストレスで胃に穴があくわ』

 心臓に毛が生えていそうな姉は、平然とした顔でそんなことをのたもうた。

 それを華麗にスルーして一輝は腕組みをする。

「だから、正規艦隊として計算に入ってない俺たちに話が回ってきたってわけか」

『楽に手柄をたてようっていうあんたのプランとは外れるかもしれないけど……』

「まぁ、楽かどうかはともかく、安全性だけは徹底したいな」

『そりゃ、司令官の指揮次第でしょ? 女の子たち、大事にしなさいよ?』

 けらけら、からかうように笑ってから、

『ああ、それと、本当に幽霊船って可能性もあるから。女の子たち怖がらせないように気をつけなさいよ』

 そう付け足して、鳩ノ巣一華は通信を切った。


 ブリーフィングルームには、すでに少女たちが集まっていた。

 椅子に座り、本を読んでいる理香。先日、プレゼントした本……、ではなく、別の本だった。

「あの本、もう読み終わったの? それとも、つまらなかった?」

「いえ! 違います!」

 理香にしては珍しく、びっくりしたような顔でこちらを見上げてきてから、

「あの、あの本は……大事に読まなきゃいけないからって……、汚さないようにカバーをして部屋でだけ、読むことに、して……ます」

 微かに頬を赤くして、うつむいてしまう。

「そっか……」

 一輝は優しい笑みを浮かべて、理香の頭に手を置いた。サラサラの髪をゆっくり撫でる。と、ふわりと香り立つ甘いシャンプーの匂いが、鼻先をくすぐった。

「けど、読み終わったら新しいのをまたプレゼントするから、そこまで大事にしなくってもいいんだよ?」

「……はい」

 理香は、小さく頷きかけて、でも、すぐに首を振った。

「でも、すみません。やっぱり、あの本は、大切にしたい、です」

 理香が、真っ直ぐにこちらを見つめてきた。

 自分がしたいと思う事を素直に口にしてくれたことが嬉しくって、一輝は小さく笑みを浮かべた。

「そっか。うん、わかった。大事にしてね」

「……はい」

「あの、鳩ノ巣司令、よろしいでしょうか?」

 そこで背後から、声がかけられる。

 ――っと、いかん。少し長く話し過ぎてたかな。

 視線を転じると、背後にブリジッタが立っていた。気が早いことに、すでに水着になっている。

 軍支給の物だけあって、そのデザインは機能重視の物で、まるで小学校のスクール水着のようだった。その色は純白で、だから、負けないぐらいに白い少女の肌との境目を一瞬見失いそうになる。

 すべすべとした張りのある太もも、その白さは、けれど、よく見れば健康的で、あふれる生気の輝きに満ちていた。その足の付け根、体と太ももとを分かつ微かにくぼんだラインから上を覆う白い水着、最新の技術を取り入れたその生地は、肌に張り付くように薄い。小さなおへそのくぼみまで見えてしまっているから、なんとなく目のやり場に困ってしまう。

 制服の下に着る際の着心地を意識したためなのだろうが、レジャー施設などに着ていくには、あまり適さないものだろう。

 ブーツに水着というアンバランスな格好をした彼女は、勇ましく足を踏み鳴らし、

「出撃とお聞きしましたが……」

 強い視線を送ってくる。

「そうだね。じゃあ、早速、ブリーフィングと行こうか……」

 気を取り直して、一輝は任務の内容を説明した。

「幽霊船……ですか?」

 全てを聞き終えた少女たちの顔に浮かぶのは、一様に怪訝そうな表情だった。

 ブリジッタに至っては、どこか憮然とした顔をしている。気合いいっぱいに来てくれただけに、バカにされたと怒っているのかもしれない。

「あー、一応言っておくけど、幽霊船っていうのは、あくまでもそれっぽいからってだけで、本当は不審船の調査だからね」

「わっ、わかっておりますわ……。ですが……」

 なにやら、言いたげなブリジッタ。やっぱり不満なのだろう。けど、ここは我慢してもらうしかない。

「では、一輝さん、出撃は一時間後ということで了解しましたけど、旗艦はどうしますか?」

 顔を曇らせるブリジッタの隣から、紗代が話しかけてきた。

「ん? うーん、そうだね」

 基本的に、第七艦隊の旗艦は決まっていない。現在は、日直当番のように順番に、少女たちが持ち回りでやっている。が……、

「今回は、訓練ではなく任務ですから、マナライダーに乗りますか?」

 確かに、超空間酔いで指揮が取れないなんてことがあっては、シャレにならない。

「そうだね、じゃあ……」

「いえ、旗艦係は、わたくしの番ですわ」

 一歩、足を踏み出してブリジッタが言った。

 やはり、初任務によほど気合いが入っているのだろうか。

「ぜひ、鳩ノ巣司令には、ローザ・キャバリエーレにいらしていただきますわ」

 鼻息荒い少女を前に、一輝は苦笑いを浮かべた。

「まぁ、そうだね。じゃあ、今回はブリジッタの艦に乗ろうかな」

「そうですか……。わかりました」

 それを聞いた紗代は、なんだかがっかりしているように見えた。

今回からブリジッタ編になります。

強気っ子のブリジッタとどうやって親睦を深めていくのか……。深めていけるのか?

楽しんでいただければ嬉しいです。

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