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第十八話 プレゼント

「ああ、そうそう。それと、これを渡すのをうっかり忘れていたでありょうす」

 そう言うと、ルーフィナは両手をぱちん、と叩いた。

 瞬間、彼女の手のひらの上に、どさどさ、と本の山が現れる。

「それは……、もしかすると、姉に頼んでおいたものですか?」

「そうでありょうす。察するに、古里理香へのプレゼントでありょうすか?」

 机の上に本を積んでから、ルーフィナは首を傾げる。

「しかし、すでに言ったとおり、それは、兵器としての魔法戦艦の能力向上にとっては有害でありょうす。せよと言うなら、こちらで処分いたしんすが?」

 一輝は、思わず考えこむ。

 本をプレゼントすることは、理香の感情から安定を奪い、魔法戦艦の安定的な運用の障害になる。それは、彼女たちに手柄を立てさせて、一刻も早く除隊させるという目的から言えば、マイナスになる。

 でも……。これじゃあ、パーフェクトドールと、やっていることは同じじゃないか?

 思考に沈みかけた一輝を、来訪を告げるチャイムが現実に引き戻した。

『……失礼いたします。古里特務少尉、出頭いたしました』

「理香?」

 どうして、理香がこんな時間に?

 咄嗟の疑問に対する答えは、すぐ近くからもたらされた。

「ああ、そうでありょうした。本のこと、早く話した方がいいと思いんしたから、後で司令室に来るように言ってあったのでありょうす」

 しれっとした口調でそう言うと、ルーフィナは、

「第七艦隊を強くするためでありょうす。ここはきっぱり命令を出す方がよろしいのではありょうせんか? お邪魔かと思いんすので、わらわは姿を消しておくとしんしょうか」

 ふぅっと、空気に溶けるようにして姿を消した……、滅茶苦茶である。

「……失礼します」

 驚いている暇もなく、理香が入ってきた。

 お風呂上がりだったのだろうか。その長い黒髪は、しっとりと濡れ、ほのかにシャンプーの匂いを発しているようだった。幼い体には、薄手の生地でできた浴衣を身につけている。どうやら、理香は寝間着に浴衣を使っているらしい。

 温泉旅館に置いてありそうなデザインのそれは、和風美人の理香にとてもよく似合っていた。

「ごめんね。理香、もう寝るところだったかい?」

「……いえ、早めにお風呂に入って本を読むつもりでした」

 ほんの少し、嬉しそうな顔で言う理香。それは笑みとも言えないほど微かで、儚げで、簡単に壊れてしまいそうなほどに、繊細に見えた。

 それを見ていて、ふいに、一輝は思う。

 なんだ、最初から考えるまでもないじゃないか、と。

「……それで、なにか、ご用でしょうか? 鳩ノ巣司令」

「いや、昼間、本の話が途中だったからね。まだ、少し話したりなかったからさ」

「……え?」

「ごめんね、呼び出してまですることでもないかな、と思ったんだけど……」

「いえ、そんなこと、ないです。あの……、お気づかい、ありがとうございます」

 それから、短い時間だったけど、理香と本の話をした。

 話をしたというか、聞いたというか。

 たどたどしくも楽しげに話をする理香を、なんとなく眺めながら、一輝はつい微笑んでしまう。

「……あの?」

「いや、頑張って読んでるなと思ってね」

 ソファから立ち上がると、一輝は、机の上に置いてあった本を、理香の前に置いた。

「そんな理香にご褒美」

「……ぇ?」

 何を言われたのかわからない、とばかりに、瞳を瞬かせる理香。

「ご褒美、というか、プレゼントかな。理香は本が好きそうだからね」

「……あ、あの、え、え……っと」

 どうすればいいのか、わからないのか、きょときょと、辺りを見まわしてから、本に視線を落として、それから、もう一度、一輝の顔を見つめる理香。

 空気を求めるかのように、ちょっこりとした唇がパクパク、開いたり閉じたりする。

 だが、それも考えてみれば当たり前なのだ。彼女は今まで、恐らくプレゼントなどもらったことはないのだろうから。

 姉にもらった本が、もしかしたら、はじめてのものだったのではないだろうか。

 そう言う意味では、理香のはじめてを姉に譲ってしまったのが悔しくはあるのだが……。

 理香は、しばし、本と一輝とを見比べていたが、やがて、小さな声で言った。

「……あ、ありがとう、ございます」

「うん。とりあえず、全部持って行くのは大変だろうから、何冊か欲しいのだけ持って行くといいよ。残りはここに置いといていいから」

「……はい!」


 理香が部屋から出るのを待って、ルーフィナがこちらを見つめてきた。

「あれで、よかったのでありょうすか?」

 その目は、まるで、一輝の挙動を観察しているかのような、一歩引いた冷たさを感じるものだった。

「と、思います」

「そなたは感情を優先して、合理性を捨てた、と、そう言う理解でいいのでありょうすか?」

「それは、ちょっとだけ違います」

 一輝は、紗代のことを見た時にルーフィナがこぼした言葉を思い出していた。

『あまりいいやり方とは思いんせんが……』

 恐らく、ルーフィナは、艦橋魔女たちの境遇を、あまり良くは思っていない。だから、たぶん、彼女の言う通りに理香から本を取り上げるのは正しくはない。

 だが、である。

 ただ、それだけであるならば、それはただ善良なだけだ、賢くはない。

 感情によって、合理性を否定するのは、賢者を名乗る彼女の求める答えではないような気がする。

 だからこそ、一輝は理香が本を読んでも良い合理的な理由を、ルーフィナに示さなければならない。

「ほう、違う、ということは、わらわの見立てを認めぬと、そう言っていんすかえ?」

「いえ、ルーフィナさんの見解を否定する気はありませんよ。だけど、一つだけウソがありますよね?」

「ウソ……、でありょうすか? はて、なんのことやら……」

「これは俺の推測なんですが、魔法戦艦の強みは確実性にはないんじゃないですか?」

 通常、兵器に求められるのは確実性だ。けれど、それが確保できたからと言って、魔法戦艦が目覚ましい活躍ができるとは思えない。

 第七艦隊の目指すべき場所は、魔法戦艦の最適の運用法は、通常のものとは全く違うところにあるのではないか、と一輝は思い始めていたのだ。

「魔法戦艦の最大の強みは、艦橋魔女の感情が盛り上がっている時に出る、限界知らずの能力なんじゃないですか?」

 感情に依存する性能、その強みは安定にではなく、不安定にこそあるのではないか。

 となれば、むしろ、理香には本を読ませ、感受性を養ってもらった方が、艦隊のためになるのではないだろうか。

 それが、一輝の答えだ。

 しばし、沈黙を守っていたルーフィナだったが、

「ふぅん、ひとまずは合格、と言っておきんす」

 やがて、あっさりと言った。

 久しぶりに、テストの返却を待つ学生気分を味わった一輝は思わず、苦笑をこぼす。

「魔女は試す者……。俺は試されたということですか?」

 対して、ルーフィナは、妖しげな笑みを返した。

 それは無知を嗤うような、あるいは、子どもを諭すような、なんとも言い難い笑みだった。

「おぼえておくといいでありょうす、司令官殿。しがらみに一切縛られることのない超越者と言うものは、自分の感じるままに、振る舞う、その特権を持っているのでありょうす」

「つまり、気に入らなければ、ここを出て行くと?」

「……わらわは気持ち一つで地球と敵対しんすし、艦隊をただ一人で相手取ることも可能なだけの力は備えている、ということはおぼえておいて損はないと思うのでありょうす」

 冗談めかすでもなく、淡々と当たり前のことを言うかのように、ルーフィナは平然としている。その彼女の態度を見ていると、一輝は、改めて、異星人と言う存在について考えざるを得なくなる。

 ただ一人で戦艦を動かせるという、魔法戦艦の性能は確かに大したものだと思う。

というより、そもそも宇宙軍の戦艦だとて、それ以前の地球独自の技術と比べれば格段の進歩があるものなのだ。

 けれど、目の前にいる人物は、それを相手取ってすら、なんとかできると豪語する怪物である。それがただのブラフであったならばいいが、もし事実なのだとしたら……。

 ――やめよう。心配しても仕方がない。

 心配してどうにかなるなら、それも悪くはないのだが、どうにもならないのであれば、脳のリソースの無駄である。

 せいぜい、相手を敵に回さないように立ちまわるしかない。

「さて、それでは合格な司令官殿に一つ教えておこうと思いんすが……」

 ルーフィナは、ほんの少し不快げな顔をしてから、

「あの小さな魔女たちは、成長を止められていんす」

 想像もしていなかった言葉を口にした。

「……どういう意味ですか?」

「言葉通りの意味でありょうす。地球の少女たちが強い魔力を発するのは、十代の前半。だから、その時期をできるだけ長くできるように、なんらかの処置が施されているのでありょうす」

 なぜ、彼女が不快げだったのか。なぜ、彼女が少女たちの現状を快く思っていなかったのか。

 一輝はようやく理解できた。


くぅ……、カープ二連敗。日本一が遠い……。

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