第一話 新世代の戦争概念
――一人の兵士を殺せば、その恨みは数世代に及ぶ。けれど、無人兵器を百機破壊されたからと言って、人々の記憶にとどまるのはせいぜい数年。もし、戦争というものが外交の一形態であると仮定するなら、それに命の奪い合いを絡めることは極めて不合理だ。本来、建設的に交渉されるべき事柄に、感情という極めて非建設的な要素を絡めることになるのだから――
とある辺境惑星の英雄の言葉
ソードブレイクウォー。
それは、士官学校の教科書の最初に載っている新世代の戦争概念だ。
近代以降、ほぼ例外なくあらゆる国家において、人命はなにより尊い物、尊重されるべきものとされてきた。
倫理、道徳、宗教、哲学、さまざまな思考の積み重ねのはて、命の価値は惑星に匹敵するとまで言われるようにすらなった。
それゆえに――あるいは、より原始的な衝動によってかもしれないが、人を殺すことを生業とする者、すなわち兵士は悩まされてきた。
殺人というストレスは兵士の心を傷つけ、蝕み、殺してきた。
けれど、時代は変わった。
今や、兵士は敵と戦う使命と、人命尊重の倫理感を天秤にかける必要がなくなった。
戦争は“殺し合い”から兵器の“壊し合い”へ変質した。
それを可能にしたのは、今から十二年前に起きたある事件だった。
高度な科学技術を持った宇宙人とのファーストコンタクト。言ってしまえば、それだけのこと。
複数の惑星国家からなる銀河連邦との同盟を結んだ地球は、様々な技術供与を受けた。
光速を超える星間航行技術、万能のナノマシンを用いた医療技術、惑星環境を改変するテラフォーミング技術……、供与される数々の革新的な技術の中に、ソードブレイクウォーと、それに沿って作りだされた兵器技術があったのだ。
高度に発達した生命維持技術と万全な防御能力。
それにより、戦争は明確に形を変えた。
奪い合うものは、互いの命ではなく、戦うための力。
互いの戦う力、『剣』を折り合う戦い。それこそがソードブレイクウォーである。
「ということを踏まえた上で、聞こうか。鳩ノ巣少尉、聞くところによれば、貴官は軍隊が嫌いと聞くが、それは本当かね?」
地球統一宇宙軍、中央局に呼び出された鳩ノ巣一輝は、入室して早々、辟易していた。
笑っていれば好青年に見えなくもない顔に、心底から不機嫌な表情を浮かべて、彼は答えた。
「いえ、嫌いではなく、大嫌いです」
目の前に座る女性、人事部所属のクリスティーナ・リンカーン中佐は苦笑いを浮かべつつ、一輝に言った。
「前時代的な軍隊組織だったら、二、三発殴られてもおかしくない返答だな」
「中佐が暴力をもって規律を守ろうとする愚鈍な上官でないと信じるところであります」
かしこまって言ってはいるが、おちょくっていると取られても仕方のない言い回しだった。
「私が、というより、宇宙軍そのものが、その手の暴力には厳しくなってるからな。そんな暴力を振るったらスキャンダルだよ。まぁ、それは置いておくとして、一応軍隊嫌いの理由を聞かせてもらおうか?」
組んだ両手の上に顎を乗せ、中佐は続ける。
「人命を尊重するという倫理と上手く折り合いを付けた軍や戦争をどんな理由で嫌うのかね?」
「正直不毛だと思うんですがね」
「不毛?」
「資源やエネルギーを使ってすることが、破壊だなんて、不毛以外に言いようがありますか?」
労力を使い、なにかを壊す。古くなった建物を、新しい建物を作るために壊すのとは全く違う。
戦争は、ただ壊すために壊す。まだ使えるものを、使えなくするために壊すのだ。そんなものは浪費以外の何物でもない。
今でさえそうなのだから、資源やエネルギーを用いて人命を奪う、かつての戦争など、一輝に言わせれば異様。狂っているとしか言いようがないことだった。
資源もエネルギーも労力も、なにかを造るため、建てあげるために使うべきだ。
「本当は教師になりたかったんですよ」
未来を作る子どもを育てる。これ以上に力を注ぐべきことはない、というのが一輝の信条である。
「それが何を間違えたのか、代々軍人を排出してることだけが自慢の家に生まれてしまったばかりにこんなことに……うん?」
と、そこまで言ったところで、一輝は、おや、と思う。
結構、毒を吐いたつもりだったのだが、リンカーン中佐は穏やかな顔で聞いていた。
なんとなく、嫌な予感がする。
殴られはせずとも、口頭で注意ぐらいは受けてもおかしくないことは言ったつもりだ。にもかかわらず、おとがめなしどころか、むしろ満足げな笑みを浮かべてさえいるのだから。
「……それで、中佐、自分を呼んだのはなにゆえですか?」
遅まきながら尋ねてみる、と、
「ああ、そうだった。本題をすっかり忘れるところだったな。実は貴官の配属先なのだが……」
さも、今思い出した、とばかりに手を打つと、彼女はデスクの引き出しからファイルを取り出した。
「後方のデスクワークを希望とのことだったが……」
「はぁ、資料編纂とか、書類仕事とか……」
「却下だ。代わりに貴官にぴったりの任務を与える」
ファイルをぱさっと投げ捨てて、中佐は言った。
「単刀直入に言おう。貴官に新設された第七艦隊の司令官をやってもらいたい」
「…………は?」
瞬間、耳を疑った。
現在、地球にある宇宙艦隊は六つ。それらの司令官は、通常、少将以上が就任するのが慣例となっている。それが佐官さえ飛び越して、士官学校を出て間もない少尉に話が回ってくるなど、ありえることではない。
「それは……、もしかして、父が何か圧力をかけましたか? だとしたら……」
「いや、それは関係ない。疑問に思うのはもっともだが、間違いなく正式な辞令だ。というのも、その艦隊が少々特殊でな。貴官、魔法を聞いたことがあるか?」
と、そこで、話を遮るかのように、ノックの音が響いた。
「紗代・ラックハート少尉、出頭しました」
続いて聞こえたのは、幼い少女のような声だった。
「ああ、来たか。入りたまえ、少尉」
言って、中佐が立ちあがる。それを目で追いながら、一輝は考える。
――魔法、ねぇ。
ファンタジーやゲームでお馴染みのソレは一昔前までは空想の産物と考えられていた。
けれど、複数の宇宙人と国交を持つようになった現在、それは別の意味合いを与えられていた。
すなわち、魔法とは感情をエネルギーに変える技術体系である、と。
――確か、魔法星国アーリストンの技術だったよな……。比較的、活発に交流を図っていると聞いたことがあるが。
「鳩ノ巣少尉、紹介しよう。こちら、紗代・ラックハート少尉」
その声に、一輝は現実に引き戻される。
敬礼しつつ、視線を転じたその先にいたのは……、
「……、子ども?」
年端もいかない少女だった。
恐らく十代の前半、もしかすると、初等教育もまだ終わっていないのではないだろうか。
黒く艶やかなショートカット、美しい髪は、夜の闇を溶かして作り出したかのように、天井の明かりを受けて鋭い輝きを帯びていた。
ピンとした長いまつげ、その下に見える瞳には、幼く純粋な輝きが宿っていた。
可愛らしい顔にしかつめらしい表情を浮かべて、少女が敬礼をする。
「紗代・ラックハート特務少尉です」
「鳩ノ巣一輝少尉です。よろしくお願いします」
出来る限り友好的に見えるように笑みを浮かべて、一輝は続ける。
「失礼ですが、もしかして、外星人の方ですか?」
地球以外の惑星に住まう人々の中には、いわゆる幼形成体と呼ばれる進化をした者たちがいる。地球と最初に同盟を結んだ、最も近しい惑星国家の人々がまさにそれであり、かの星に住まう人々は成長が、あるいは老化が、小学生までで止まるという。
軍隊などという、子どもとはあまりに似合わない場所にいる以上、その可能性が最も高い、と思って言ったことだったが。
「いや、彼女は正真正銘地球人だ。ちなみに、年齢は今年で十一歳になる」
「なっ……」
答えたのは、中佐だった。
思わず絶句した一輝に、中佐は意地の悪い笑みを浮かべて続ける。
「子どもの教育が夢だった貴官には相応しい任務だろう?」
プロットを友達に見せたら、主人公はヤン・ウェンリー? と言われました。
いや、ヤンは人生の師匠の一人ではありますが、彼よりはもっと青臭い奴が書きたいのです。というか、ヤン・ウエンリーは私レベルでは恐れ多くて書けませんね。
土日はお休みです。また月曜日にお会いできれば嬉しいです。