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第十七話 兵器の評価を決めるもの

 その夜、司令官室で翌日のスケジュールを組んでいるところに、ルーフィナが訪ねてきた。

「艦隊司令官の部屋にしては、狭い部屋でありょうすな」

 きょろきょろとあたりを見まわしながら、ルーフィナが言った。

 接客用のソファに、ちょこん、と腰を下ろし、ほっそりとした脚を組む。浴衣のような特徴的な服の裾が微かに持ちあがり、艶やかな太ももが露わになる。

 頬づえをつき、気だるげな表情を浮かべるルーフィナに、一輝はねぎらいの言葉をかける。

「お疲れ様です。コーヒーでも飲みますか?」

「どちらかというと酒の方が好ましいでありょうすが……」

 どこからどう見ても幼女な彼女に、そんなことを言われてしまうと、微妙に抵抗を覚えてしまう一輝である。

 幼形成熟をはじめ、宇宙には様々な人種がいるとは知っていても、やはり、育まれた常識からはなかなか自由になれないものである。

「すみません、俺が酒を飲まないもので、部屋には置いてないんですよ」

「それは、残念。ぜひ、司令殿と酒を飲み交わして、親睦を深めんと思っていんしたのに」

 幼い唇にほっそりとした指を添え、妖しげな笑みを浮かべる。その顔は、魔女の名にふさわしい妖艶さを放っていた。

「なれば、コーヒーよりは紅茶の方が好みでありょうす。ジャムがあればたっぷりと、不心得にもないのなら、砂糖とミルクを多めに頼みんす」

「ロシアンティーが好きなんですか。地球文化に詳しいんですね」

「そなたらの星はなかなかに興味深いんす。わらわのこの格好も、そなたらの星の民族衣装に習いんして、作ったものでありょうす」

 浴衣の裾をちょこん、と持ち上げ、足を組みかえる。幼い裸足につっかけた雪駄が、ちょこんと揺れた。

 手早く二人分のロシアンティーの準備をし、ルーフィナの真正面に腰かける。

「それで、どんな感じですか?」

「ふむ? どんな、とは、どういう意味でありょうすかえ?」

「紗代たちです。さっき食堂で検査かなにかやったんですよね?」

「魔力回路の具合をすこぅし確かめただけでありょうす。ああ、記録映像も撮りんしたが、司令殿も見るでありょうすか?」

 軽く差し出した手の平の上、光の板のようなものが回っていた。

「それは、俺が見ておいた方がいいものですか?」

「特に必要はないでありょうす」

「なら別にいいですよ」

 歓迎会とか、集合写真とかならともかく、検査の写真なんか見ても楽しいとも思えない。

「ふむ、なるほど。司令殿は倫理感がしっかりしているか、年増趣味のようでありょうすな」

「……いまいち、何を言ってるのかよくわからないですが、痣とか怪我してるとかないんだったら、別にいいですよ」

 短い期間だが、彼女たちと一緒に過ごして、仲の良さはよくわかっている。仮に陰で暴力を振るわれてるとかあるんだったら問題だけど、イジメとかも、たぶんないだろうし、それならば、彼女たちのプライバシーを侵害することもないだろう。

「……なるほど。そう言えば、司令殿は、つい最近、司令官に任命されたのでありょうしたな? ということは、彼女たちに施された魔力回路の手術などについては、よく知らぬのでありょうすな?」

「資料で読んだ程度しか知らないんですけど。ああ、あと、戦艦と接続した際に痛みが発するというのも一応は知ってます。あれはなんとかできたらいいんですけど」

「ふむ、それは、なかなかに難しいでありょうす。幼いころより魔法を使い慣れているアーリストンの民ならばいざ知らず、彼女たちの場合には体の魔力回路が未発達のために、どうしても戦艦に合わせて広げてあげないと、魔力が途中で詰まってしまいんす」

 ルーフィナは腕組みして、続ける。

「かといって、魔力回路が戦艦を動かせる程度まで成長したころには、地球人の場合には、感情に含まれる魔力自体が減少してしまいんす。まぁ、一人の乗り手で戦艦一隻を動かそうという考え方自体、わらわには無理があるように感じるでありょうすが……」

 究極の省エネ宇宙戦艦。

 魔法戦艦が掲げるメインコンセプトだ。

 艦橋魔女と呼ばれる少女一人で戦艦一隻を操ることができれば、補給や維持費の面で極めて優秀な艦隊を造り上げることができる。

 それを実現するためならば、乗り手の痛みなど論ずるに値しない。命を縮めるわけでもなく、ケガをするわけでもない。衣食住の面倒を見てやっているのだから、ただ痛覚を刺激されるというだけであるならば、当然、我慢してしかるべきだ。

 性能の良い兵器を開発するためならば、甘受されるべき犠牲だろう。

 むしろ、犠牲としては小さい部類に入るだろう。

 そんな、思考が透けて見えるようで、思わず吐き気が込み上げてくる。

 ――どれだけ理性的であろうと、倫理的であろうと、軍隊は軍隊だな……。

 一刻も早く彼女たちを除隊させたいという決意を新たにしたところで、ルーフィナが口を開いた。

「もう一つ、確認したいのでありょうすが……」

 こちらを窺うように上目づかいに見つめながら、

「司令殿は、この艦隊を強くしたいと、そう言うことで間違いはないでありょうすな?」

「強くしたい、というか、使えると軍部に認識してもらって、彼女たちに手柄を立てさせたいんです」

 孤立した第七艦隊にいては、いつまでたっても、彼女たちの境遇は変わらない。給料は出るのだから、それを溜めて行って、魔力がなくなったら除隊すればいい、と思わなくもないのだが、それでは遅すぎる。

 十代の青春期をずっとこんな場所で四人だけで過ごすなど、到底許容することはできない。

「なるほど。ところで、軍人たる司令殿にこんなことをお聞きするのは失礼と思いんすが、兵器に求められる性能の、第一はなんだとお考えでありょうすか?」

「兵器に求められる性能……ですか」

 兵器の評価項目は一つきりではない。

 単純に破壊力のある重砲を積んでいればいいというわけではない。身を守る防御力に、戦場まで運ぶ機動力も必要になるし、一発砲撃を行っただけで壊れたのでは話にならない(そう言う使い道の兵器も無論存在するが)。戦闘をどの程度継続する能力があるのかも評価基準だ。

 さらには生産性や、整備のしやすさ、操縦のしやすさ、など、さまざまな能力が、その兵器の評価を定めていく。

 その中でも特に、重要視される要素というのが……、

「確実性、ですか?」

「ご名答でありょうす」

 ぱちぱちぱち、とルーフィナが手を叩いた。

 引き金を引いた時に確実に弾が出るということは大前提だ。

 操縦した通りに動き、カタログスペック通りに敵の攻撃を弾く。その信頼がなければ、とてもではないが、戦艦になど乗っていられない。

「あるいは、安定性ということもできるでありょうすが……、その点で、魔法戦艦はいささかの不利を抱えているでありょうす」

「魔法とは、感情をエネルギーとして用いた技術体系だから、ですか」

 ブリジッタの船に乗った時の事を思い出す。確かに、彼女の操艦に確実性は感じられない。操縦者の……、艦橋魔女たちの感情をエネルギー源としているのだから、それは当たり前のことだけど、兵器である以上、攻撃命令が出た時に砲撃が出来ない、などという事はあってはならない。

「その点で、もっとも優秀なのは古里理香でありょうすが……」

「どうかしたんですか?」

「古いデータと照らし合わせたのでありょうすが、最近の理香は若干、感情に波が見られるのでありょうす」

「感情の波……」

 脳裏に浮かぶのは、パーフェクトドールの資料。無表情に横たわる理香の顔。

 脳裏に浮かぶのは、先ほど、本のことを話していた理香の顔。頬を微かに上気させ、ほんの少しだけ嬉しげな顔。

「もしも、安定した艦隊運用を目指すのであれば、理香から本を取り上げることをお勧めしんす」

 ルーフィナの言葉が重く、一輝の耳に響いた。


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