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第十六話 艦名の由来

「とりあえず、全身の魔力回路を見せてもらいんす」

 ひょいひょいっと、紗代の服を剥いていくルーフィナ。見る間にワンピースが消え、肌着が消え、白い裸体に浮かぶ、青く輝く魔力の刺青が露わになっていく。

 その手際の良さに、思わず目を奪われかける一輝だったが、

「かっ、一輝さん、たっ、助け……、今日、水着、着てな……」

 涙目で、助けを求めてくる紗代に、ようやく冷静さを取り戻す。

「ちょっ、ルーフィナさんっ、いくらなんでも……」

「んん? あー、これ、司令官殿、なにをのんきに見ているんでありょうすか? 乙女が恥ずかしがっているじゃありょうせんか?」

 いや、恥ずかしがってるのは、別の理由なんじゃ……、などと思いはしたのだが、それを口にする前に、ぽーんっと、ルーフィナの魔法で部屋の外に出されてしまう。

「だっ、大丈夫なのか、あれ……」

 心配にはなったものの、さすがに一度出されてしまうと、改めて室内には入れない。

 中からかすかに漏れ聞こえる紗代の悲鳴を聞きながら、

 どうしたもんか、と、しばしドアの前でやきもき。

 このまま突っ立っていても仕方がないと、通路の壁に寄り掛かり、気持ちを落ち着かせる。

 と、ふいに、ドアが開いた。

 中から現れたのは、理香だった。一輝に気づいて小さく頭を下げると、そのまま隣までやってきて、壁に寄りかかるようにして通路に座りこむ。

 華奢な脚を体育座りのように中途半端に曲げて……、持ち上がったスカートの裾、その下に覗くほっそりとした太ももに、小脇に抱えた分厚い本を乗せて、開こうとする。

「あ、あの、理香、紗代の様子どう? 大丈夫だったかな……」

「……?」

 きょとん、と小首を傾げた理香だったが、すぐに頷いて、

「……特に問題ないのではないかと」

 あっさりと言う。

「そっか……。まぁ、ブリジッタもいるしな。そんなにひどいことはしないだろうけど……」

 話が終わったと思ったのか、理香は再び、分厚い本を開いた。

 いつも通りの無表情だったが、心なしか、どこか嬉しそうに見えた。

「その本、もしかして姉さんのところの本かな?」

 邪魔をしたら悪い、と思いつつ、ついつい話しかけてしまった。

 理香は顔を上げることなく、小さく、こくんと頷いた。

 ――夢中だな……。楽しんでくれたらいいんだけど……。

 熱心にページを追う様子が微笑ましくって、子どもらしいその姿が嬉しかったから、一輝は、理香の隣に座って、なんとなくその横顔を見つめていた。

 可愛らしい瞳が上下するたびに、フルフルと動くまつ毛、熱中するあまりなのか、雪のように白い頬には、微かに朱が差していた。

 どれぐらいそうしていただろうか……。

 キリがいいところまで読み終えたのか、ほぅ、と小さく息を吐いて、理香が顔を上げた。そうして、隣に一輝が座っているのを見つけて、びっくりしたように、瞳を小さく見開いた。

「……すみません。なにかご用がありましたか?」

 一輝がまだいるとは、思っていなかったらしい。

 そんな彼女に、一輝は優しく微笑みを浮かべて首を振った。

「いや、ルーフィナさんが出てくるのを待ってるだけだよ……。その本、楽しい?」

「はい。とても」

 ほのかに頬を上気させて、理香は言った。それから本に、幼い指を挟み、何ページか戻して、

「……ここの、主人公の悩みが、すごく、興味深いです。どうして、こんなことを考えられたのか……」

 と、そこまで言ってから、ハッとした顔をして、

「……申し訳、ありません。私、ネタばれを……」

 まるで、この世で最も罪深い行為に手を染めた大罪人であるかのように、理香は申し訳なさそうな顔をした。どうやら、彼女はほんの少しでも読んでいる本のネタを割られたくないタイプらしい。

「ああ、えっと、大丈夫だよ。それ、読んだことあるから」

 安心させるためにそう言ってやると、理香の顔が、ぱあっと輝いた……ように見えた。微かに頬をゆるめて、長いまつ毛の下の瞳をキラキラ輝かせて……。

「……では、この部分、どう、思いましたか? 私は……」

 それからしばらくの間、理香は語った。

 主人公の葛藤を、彼の恋心と、それに気づかないヒロインとのもどかしい恋愛を、二人を引き裂く運命と、それに立ち向かう勇気を……。

 嬉しそうに、かすかに弾んだ声で語り倒した。

 珍しく饒舌な彼女に驚きつつも、一輝は、嬉しく思った。

 資料映像の中、無表情に実験機器につながれていた彼女が、あまりにも過酷な環境に閉じ込められていた彼女が、きちんと、その小さな胸の中に、豊かな感性を育んでいたことが、嬉しくて仕方なかった。

「理香は本当に本が好きなんだな」

 思わずつぶやいたその言葉に、理香は、不思議そうに首を傾げた。

「あ、そういえばさ、理香の魔法戦艦の名前って、自分で付けたのかい?」

「……はい、そうですが……、それがなにか?」

「いや、Jミルトンって、ジョン・ミルトンのことかな、と思ってさ」

 ジョン・ミルトンは、著名な詩人である。言論の自由に関する論文などが有名ではあるが、それ以上に有名なのは旧約聖書の創世記を題材とした一大叙事詩「失楽園」である。

 欧米などでは、かなりの知名度を誇る作家ではあるが、日本においては、知っている人は知っているという、ある種、渋い作家と言えるだろう。

 そんな人物の名前を選ぶ辺り、読書好きの理香らしくって、一輝は思わず笑ってしまう。

「……はい。失楽園、はじめて読んだ本です。とても興味深い本でした。司令は、読んだことありますか?」

「いや、読んだことはないな。欧米なんかではすごくメジャーな本だよね」

 そんなことを話していると、再び食堂のドアが開いた。

「あっ、理香ちゃん、次、理香ちゃんだって。ルーフィナさんが呼んでるよ」

 ミシュリに呼ばれた理香は、すぐに立ち上がり、それから、一輝に小さく頭を下げて行ってしまう。

 最後に向けられた視線に、ほんの少しだけ名残惜しそうな色が見えたように感じられて、

 ――よし、折を見ていろいろ本の話を振ってみるか。

 そんなことを思う一輝だった。

魔法戦艦J・ミルトン

愛読しているラノベのシリーズに登場する戦艦名がシェイクスピアで、それが格好良かったから、作家の名前にしたら格好いいかなぁ、と思った次第……。成功してるかは微妙。

失楽園と言ってしまうと、不倫小説の方を思い浮かべる人が多そうで、不安ではありますが。

いや、そもそも、そっちも知らない人のほうが多いのだろうか。時の流れるのは早いですね。

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