第十五話 対面
「ところで、あの船は、アーリストン製の船なんですか？」
「ああ、あれは、わらわのオリジナルでありょうす」
事もなげに言う。
「なるほど、ルーフィナさんが設計されたということですか。あれも、群体宇宙船なんですか？」
「いんや、違うでありょうすよ。あれは……」
そう言うと、ルーフィナは手の平を一輝の前に差し出し……。
「わらわが魔法で作った宇宙船でありょうす」
次の瞬間、手の平の上に、小さな懐中時計が現れた。
「これ、この通り」
かちこち、と時を刻む時計。それは宇宙船と同じように、透明で、恐ろしく精巧な作りをしていた。
こんな細かい物を一瞬で造り上げた魔女を前に、一輝は彼女が言っていることを理解して、言葉を失う。
魔法で、宇宙船を作る。
言葉で言うのは簡単だ。
そもそも、アーリストン人の言う魔法とは、感情をエネルギーとする技術体系だ。
例えば、怒りの感情のままに炎を生み出す、などという物理法則に反した奇跡をも簡単に起こすことができる、科学とは一線を画する技術だ。
けれど、万能であるかと言われれば、そんなことは決してない。
現にアーリストン製の魔法戦艦は、魔法をエネルギー源にしているだけであって、船体を形作るのは、科学文明と大差ない技術によるものだ。ネジもバネも、モニターも、装甲も、魔法でパッと生み出した、などというものはない。
魔法で、鉄やアルミを生み出すことは、あるいは可能かもしれない。それを使って剣を作るぐらいならばできるのかもしれない。
けれど、それを組み合わせ、宇宙戦艦を作るというのでは、話が別だ。
魔法で生み出した物質を用いて宇宙船をくみ上げるというのは、おそらく難易度的に言えば、一人で宇宙戦艦を組み立てるよりも難しいはずだった。
仮に材料がそろっていたとして、いったいどれほどの技師に、そんなことが可能だろうか。
「大して驚くことではありんせん。この頭の中にある設計図を、魔法で形にしているのでありょうす」
つまり、彼女は一から宇宙戦艦の機能を造り上げることができるということだ。
動力源は魔力で賄うとして、推力ジェネレーターや、二酸化炭素フィルター、照明装置に、優秀な耐熱、耐衝撃装甲……、そのあらゆる設計図が彼女の脳内にあるということだ。
からからと、艶やかな笑みを浮かべるルーフィナに、一輝は畏敬の念を抱く。
「でも、それなら、どうしていちいち解体してしまうんですか？」
「魔法を物質化、固定化させるのは大変なんでありょうす。王族の方々の中には、その秘法が伝わっているということでありんしょうが、わらわには、せいぜい一時的に物質のようなものに変化させることで精いっぱい」
彼女の言葉を証明するかのように、その手に乗せられた懐中時計は、溶けるようにして消えていった。
「まぁ、一回一回、自分が組んだ設計図がまともに動くか、試験ができて、ちょうどいい、趣味みたいなもの、実を言うと、生身で来た方が楽なぐらいなんでありょうすえ」
小さく舌を出しておどけるルーフィナ。一輝は苦笑いを返すしかない。
魔法を使う種族と言っても、宇宙を単身で、生身で移動できるとは尋常なことではない。
目の前にいる魔女が、正真正銘、超常の存在なのだと、改めて実感してしまう。
そんなことを話しながら、一輝たちは食堂に到着した。
食堂には、すでに紗代たち四人が集まっていた。
ルーフィナと引き合わせるために、急きょ集まってもらったのだ。
今日の業務は午前中のみで終わりにしていたため、みな私服だった。
「えっと、一輝さん、そちらの方が？」
はじめに口を開いた紗代は、可愛らしいワンピースを着ていた。膝丈のスカートから覗くほっそりとした脚はつやつやと、健康的な輝きを放っていた。
もしかすると、お風呂上がりだったのだろうか？ その髪はしっとりと湿って、ほのかにシャンプーの香りが漂っていた。
「ああ、こちらが、ルーフィナ・ソフィーヤさん。地球統一宇宙軍から派遣された技術士官だ」
一輝の紹介を受けて、ルーフィナが一歩前に出た。
「ルーフィナ・ソフィーヤでありょうす。お見知り置きを、小さな魔女の皆さま方」
ルーフィナは、ドレスのスカートのように浴衣の裾をちょこんと掴んで、それから小さく頭を下げた。
と思った次の瞬間、
「ひゃんっ！」
突如、紗代の悲鳴が響いた。
一瞬、何が起きたのかわからず、固まる一輝。
その目の前で、ルーフィナが、紗代のスカートの裾に手をかけると、そのまま持ち上げていた。幼い太ももの半ばまでが露わになってしまっている。
瞬間、その白い肌の、美しい輝きに目を奪われそうになるも、
「あっ、かっ、かっ、一輝さん！」
紗代の悲鳴でハッとする。
必死にスカートを押さえつつ、助けを求めるかのように、困り顔でこちらを見つめてくる紗代。その瞳はほんのり潤んでいた。
「ちょ、ルーフィナさん、何やってるんですか」
「魔力回路の具合を見ていんす。大人しく任せていればいいでありょうすよ」
言ってから、ルーフィナは、ほっそりとした指で、紗代の太ももをなぞった。
その指に合わせるように、その肌に青白い刺青が浮かび上がる。
「ひゃぁっ！ あっ！」
声を上げると同時、紗代の体がびくっと震えて、のけ反る。その体を縫い止めるように、全身に魔力の刺青が浮かび上がった。
「ふむ、これは……、ナノマシンで魔力回路を広げているんでありょうすか。回路が未熟なので仕方のないこととは思いんすが……」
微かに眉根を寄せて、ルーフィナが言った。
「あまりいいやり方とは思いんせんが……」
