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幕間 憎悪の魔術師と、魔法星国のメイド騎士

今回は幕間なので、ヒロインたちが登場いたしませぬ。あしからず。

 ラツティナ・バシリニコフの祖国は、一年中雪が降り続く国だった。

 痛くて、冷たくて、残酷なだけの白……。それが彼女が祖国に抱くイメージだ。

 和やかな連帯感も、誇らしさも、郷愁も、なにもない白い監獄。

 愛国心なんてものは、抱きようもなかった。

 国家も、周りの大人たちも、貧しい彼女の家族に、手をさしのべることはなかった。

 父も、母も、兄妹も、白に埋め尽くされた日々に消え。

 残ったのは、彼女一人きりだった。

 やがて、大人になった彼女は、ただ生きるために軍人になった。


 狭く薄暗い室内に集まった者たち。

 その顔触れを見て、ラツティナはシニカルな笑みを浮かべた。

 くすんだ金髪を静かにかきあげつつ、灰色の瞳には、やや呆れの色をにじませる。

 ――ほんっと、すごいメンバーよね。

 米国人、日本人、中国人、イギリスにフランス人……、かつて対立関係にあった大国の要人たちが狭い部屋に集い会談をする日が来ようとは、数十年前までは考えられもしなかった。

 およそ、すべての人間に歓迎されるような変革は存在しない。

 地球に無限の富をもたらした宇宙人との外交もまた、例外ではなかった。

 かつて、富を占有していた先進国の軍人や政治家、大企業の経営者、さらに、古い枠組みを愛する強硬な国粋主義者たち……、変化の流れに逆らおうとする者たちは枚挙に暇がなかった。

 そこに(うごめ)く旧時代の遺物を見る時、ラツティナは、なんとも言えない疲労感に苛まれる。

「そうか。魔法戦艦の構想は、どうやら白紙に戻す必要がありそうだな」

 その場で、座長的な位置を占めるのは、元米国陸軍中将、チャック・アランだった。

 岩石のようなゴツイ顔と盛り上がった筋肉、大国アメリカの威厳を体現したようななりをした男だ。

 皮肉なことに、軍人らしい軍人である彼のような人間には、宇宙軍での居場所はなかった。

「上手くゆけば、外宇宙の連中に対抗しうる武器を手に入れられるかと期待していたのだが」

「だから、最初から言ったではないか! 女子供にしか扱えぬ部隊など、信用がならんと!」

 声を荒げたのは、初老の日本人だった。名前は亞桜新華(あさくらしんか)

 ――確か、元政治家、いや、経済界か、圧力団体の関係者だったかしら?

 日本と惑星国家連合との関係は悪くない。むしろ、恩恵を厚く受けていると言っても良いほどで、先進諸国の中では、不満を持つ者も少ないはずだ。

 にもかかわらず、彼のような国粋主義者は、大いなる不満を抱いている。

 それは、地球が単一の国家と見なされることになったためだ。

 自らが神とまで崇め、愛してきた「国」が、単なる地球上の一地域の単位として扱われている現状が許容できないのだという。

 ――くだらない価値観ね……。実利を失っているというのならば、ともかく、あれだけの恩恵を受けて不満なんて……。

「でも、魔法という着眼点は悪くなかった、そうは思わない?」

 ラツティナの思考を中断させたのは、年若い少年の声だった。

 室内でひときわ異彩を放つ人物。異様なほどに黒いローブに、その身を包んだ少年、その姿は、まるで……、

「魔術師、なにがいいたい?」

 そう、魔術師……。

 銀河の彼方、魔法星国アーリストンから追放されてきたというその少年は、その名に恥じぬ妖しげな笑みを浮かべて、歌うように言った。

「知れたことさ。君たちと志をともにする者は、圧倒的に少数。もし仮に君たちが、宇宙軍の標準艦を入手したとして、それを動かす人員が用意できるのかな?」

「不可能、であろうな」

 苦々しげにつぶやくチャックに、少年は愉快げに笑って見せる。

「ね? 君たちが逆転できるとしたら、魔法にでも頼らないと、どうにもならないんじゃないかなぁ、って、ボクは思うわけさ。そこで……」

 少年が、懐から何かを取り出した。

「それは?」

「魔法星国の失われた魔法道具(アーキファクト)とでも言っておこうかな」

 それは、赤黒い紋章の描かれた角笛のようななにかだった。

「これは、夜の女王の呼び(ダ・ラールシャンナーク)。かの原初の魔女によって作り出された黒き艦隊を呼び出す、特別な道具さ」

「黒き艦隊?」

「そう。持ち主の意志通りに動く三三三隻の魔法戦艦さ」

 その言葉に、場の空気がザワつく。

 それはそうだろう。その小さな道具一つで、宇宙艦隊の三個艦隊に匹敵する武力を持つことができるのだから。

「だが、地球人で魔法が使えるのは、十代前半の女子のみなのだろう?」

「いやいや、ところがね、そうでもないのさ。ボクらの使う魔法は、アーリストンのとは違ってね、ただ一つの感情さえあれば使えるんだ。そして、ボクの見たところ、君たちはみんな、その感情を持ってるよ」

 魔術師は、かぱっと口を笑みの形にして、

「いいかい、こいつはね、憎悪、憎しみの感情をエネルギーとして動く魔法道具なんだ」

 ――憎しみ、ねぇ……

 ラツティナは、いかにも怪しい話を聞いた、とばかりに顔をしかめた。

 確かに、この場にいる全員に共通する感情は、憎しみだ。ラツティナ本人も、その感情でいいのならば、十分に持ち合わせている。三百隻どころか、十万隻の戦艦を動かしてなお余りあるほどに。

 それは、ほかの面々も同じことで、

「これがあれば地球統一政府の奴らにひと泡吹かせることも……」

 みなの顔が一様に喜びに染まるのを見て、ラツティナは不安を覚える。

≪悪魔は、気の良い友人のような顔をしてやってくる≫

 祖国に伝わる古い格言をふいに思い出す。

 思えば、この魔術師の目的をラツティナは知らなかった。

 いや、それを言うなら、この少年がいつの時点で現れたのか……、そう言えば思い出すことができなかった。

 ――こいつ、いったいいつから、ここにいる? 誰が連れてきた、どんな素性のやつだ?

 無邪気に微笑む少年に、ラツティナが話しかけようとした、まさにその時……。

「あっ、やば、見つかった」

 少年がつぶやく。直後、彼が立っている場所に風が吹き抜けた。

「なっ!」

 思わず絶句するラツティナの、すぐ目の前、

「ちぇ、外したっすか……」

 次の瞬間に現れたのは、一人の少女だった。

 身の丈ほどもある巨大な剣を肩に背負った、少女、その姿は……。

「……メイド? いや、騎士?」

 よく熟れたトマトのような赤髪、くるりとカールした髪を押さえつけるのは、白いヘッドドレスだった。すらりと細い体を覆うのは、紺色のメイド服、そしてその上には武骨な甲冑を身につけている。

「あはは、アーリストンの近衛騎士かぁ。その珍妙な格好は、騎士団長の“あの女”のデザインかな?」

「大臣からメイドまでこなしてこその、アーリストンの近衛騎士っすから」

 言いつつ、騎士の少女は身の丈ほどもある巨剣を振るう。白銀の刃が煌めくたび、魔術師が踊るように身を翻す。ふわり、ふわり、と舞うような動きに、思わず目を奪われそうになる。

「けどさ、君らの団長って、人間じゃないじゃない? だからこそできることだと思うんだけどなぁ、それって」

 からかうように笑う魔術師。それを追って、メイド騎士の少女が走る。

 どん、と音がするほどの踏み込み、ふわりとスカートが翻り、白いタイツに包まれたしなやかな脚が露わになる。

 細身の体が回転し、それに合わせて白銀の剣撃が(きら)めいた。

「あの人って、ボクらを討滅するために作りだされた魔動人形とかだったでしょ? 化物だよねぇ、まぁ、アレの義理の姉とかも大概化物だから、つり合い取れてると思うけど……」

 それを聞き、メイドの少女の顔に、嫌そうな表情が浮かぶ。

「一応、忠告っすけど、それ言ったら、団長に殺されるっすよ。ってか、英雄ってのは、多かれ少なかれ、化け物じみてるもんなんじゃないっすか、ねっ!」

 膝を曲げ、爆発的な突進。直後に剣閃がまばゆく瞬く。

 一度、二度、三度。

 複雑な軌道を描く太刀筋を、魔術師は口笛混じりにかわしていく。

「ちぇっ、魔術師のくせに、フットワークいいっすね」

「君らに追いかけまわされてるもんでね。よっと」

 魔術師が腕を振るった瞬間、視界を強烈な光が焼いた。

「目くらまし? いや、転移呪文っすか!」

「合わせ技。安全でいいでしょ? ああ、そうそう、ついでに、陰謀家の諸君もサービスで転送してあげようかな。こわーい近衛騎士にご用心ってね」

 言葉の直後、ラツティナは奇妙な浮遊感に襲われた。

「なっ……」

 意識が遠のく感触、次の瞬間には、彼女は、宿泊しているホテルの自室に立っていた。

「なっ……今のは……」

「それとね、とりあえず、それは君にプレゼントしておくよ。疑い深いお姉さん」

 耳許で囁くような声。

 気づいた時には、ラツティナの手の中には、黒い角笛があった。

うへへ、実はこの話、本編のプロットにはなかった話なんだぜ……。

ということで、友人から動きがなさ過ぎてスぺオペ的につまらんとご指摘をいただき、急きょストーリーラインを追加しました。急きょ追加ってことで、この悪役たちが何をやるのか現時点で未定。恐ろしい!

ということで、スぺオペ的環境での日常的コンセプトでやる予定だった話が、ちょっとだけ壮大な陰謀物の様相を呈してまいりました。

当面は、一週間おきに投稿していく予定です。

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