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透明人間の手記  作者: 宝積 佐知
舞台裏の小話
67/68

舞台裏

 ⑴機械仕掛けの神様

 常盤霖雨と神木葵


「御勤め御苦労様です」

「うるせーよ」

「ははは。何にしても、良かったよ」

「良かった?」

「ああ。俺が和輝を引っ張り出さなければ、お前は死ぬまで彼処に入れられていたんだぞ」

「感謝して欲しいのか? 感謝は支払われるべき義務であるが、誰であろうとそれを期待する権利はない」

「別に感謝しろとは言わないけどさ、良かったなあって胸を撫で下ろしたって、バチは当たらないだろ」

「お目出度いね」

「何で?」

「御人好しって言うべきなのかな。俺は時々、解らなくなる。何処から何処までが、筋書きだったのか。勧善懲悪はこの世の定理だ。弱肉強食が自然の摂理であるように」

「解らない」

「俺は勧善懲悪の三文芝居の登場人物だったのかな」

「……さてね。それこそ、神のみぞ知るって奴じゃないかな」

「俺が本当に恐ろしいと思うのは、その神様が実は身近な人間なんじゃないかって事だよ」

「和輝の事?」

「俺にとっては、和輝は神様みたいなものだったよ。でも、もしかすると、そのヒーローを創った人間がいるんじゃないかな」

「全ては神様の掌の上か……」




 舞台演者の葵と、観客の霖雨。

 可能性、或いは希望的観測。



 ーーーーーーーーーーーーーーー


 ⑵「何が正しかったと思う?」

 白崎匠と蜂谷裕



「なあ、親父さん。貴方は、何処まで予測していたんですか」

「何の話?」

「惚けないで下さい。神木葵の事ですよ。貴方は如何して、和輝が神木葵を釈放するように嗾しかけたんですか」

「嗾しかけただなんて、人聞きが悪いなあ。息子が落ち込んでいたら、励ますのは当然だろ?」

「神木葵が隔離されていても、貴方にも和輝にも、何の問題も無かった。態々、リスクの高い選択をする必要も無い。まさか、只の人助けなんて言いませんよね?」

「慈善事業は好きだよ。当たり前の事をしているだけで、感謝されるんだから」

「慈善事業のつもりですか」

「お前の指す慈善事業の定義にもよるけど、神木葵の釈放は必要な手段だった」

「どういうことですか」

「和輝はヒーローになりたかったんだ。一番手っ取り早い方法を教えただけさ」

「そんな事の為に?」

「お前の正義が、世界の正義と思うなよ。この世は需要と供給なんだ。和輝は人を救うヒーローになりたかった、神木葵は自分を救ってくれるヒーローが欲しかった。二人の利害関係は一致している」

「需要と供給とか、利害関係とか、そういうことではないでしょう!」

「そういうことなんだよ。お前と和輝だって、そうさ。人の心は目に見えない。善悪の基準だって、曖昧さ」

「そんな考えは、何時か痛い目を見ますよ」

「世の中は勝てば官軍だ。勿論、負けるが勝ちということもある。俺は、息子に生きる術は叩き込んで来たつもりだよ」

「全部、予定調和ですか。神木葵の診断は、瑣末な問題だった?」

「さあね。事実は幾らでも捏造出来る。例え負けても、次は勝てばいい」

「歪んでますよ。貴方も、和輝も」

「何方が歪んでいるのかなんて、誰が判断するんだい?」

「時代が、結論を出す」

「じゃあ、その時代を変えるまでの事さ」




 脚本家の裕と、評論家の匠。

 ヒーローの完成形。全ては予定調和。



 ーーーーーーーーーーーーーーー


 ⑶知らぬが仏

 白崎匠と蜂谷和輝


「深煎りはいらないからな」

「アメリカンが良いの?」

「頼むから、そのままでいてくれ」




 舞台演者は何も知らない。

 何時か出会う不条理に備えて、ヒーローは作られて行く。



 ーーーーーーーーーーーーーーー


 ⑷翡翠の石言葉

 名前の無い誰かとヒーロー


「やあやあ、めでたいねえ。夢が叶ったねえ」

「誰?」

「俺に名前は無いよ。好きな名前を付けてくれ」

「何だか、ふざけた奴だなあ」

「ふざけてないよ。お前と同じで、真面目さ」

「……何か用なの」

「お前に訊きに来たのさ」

「何を?」

「例えば、目の前に途方も無く高い壁があって、助けの手の望めない孤独な道しか無かったとしたら、如何する?」

「俺は目指したものを途中で投げ出さないよ」

「投げ出す事も許されなかったら?」

「そうだねえ。その時は、まあ、口笛でも吹きながら行くさ」

「そっか」

「……やっぱり、お前の名前を教えてくれないか?」

「俺に名前は無いよ。でも、もしも俺に会いたくなったら、こう願うと良い。ーー死にたい、と」

「じゃあ、これでお別れだね」

「そうかもね。俺は何時も、お前を見ているよ」




 主役だったかも知れない和輝と、演出家の誰か。

 翡翠の石言葉は、調和。



 ーーーーーーーーーーーーーーー


 ⑸優しい悪魔

 黒薙灯と香坂晋作


「今頃、神木葵と蜂谷和輝は飛行機の中だな」

「ああ。蜂谷君が担当医である以上、葵は付いて行くしかないからな」

「飼い主が見付かって良かったじゃないか」

「どっちが飼い主か解らないがな」

「神木葵は精神病を患った不運な一般人だった。蜂谷和輝がいる限り、道を踏み外す事は無いだろう」

「随分と彼を買っているんだな。……俺は時々、蜂谷和輝こそが元凶なのではないかと疑念に襲われるんだ。全てはヒーローを作り上げる為の予定調和だったのではないかと」

「考え過ぎだろ」

「ヒーローは正義の名の下に弱きを助け、強きを挫く。しかし、善悪の基準は曖昧だ。ヒーローは自分の正義を信じて葵を選んだが、一方で何かを切り捨てたことになる」

「何を?」

「俺には解らない。だが、もしかすると、これから切り捨てるのかもな」




 傍観者の二人はヒーローを危険視し、警戒する。

 人を救う為にヒーローがいたのか、ヒーローが成立する為に悲劇が用意されたのか。後者であったのならば、悲劇はまだ終わらない。悲劇が存在しなければ、ヒーローの意義は失われるからだ。



 ーーーーーーーーーーーーーーー


 ⑹連帯責任

 蜂谷和輝と神木葵


「神木さん」

「何か用か、ご主人様」

「その呼び方は止めろ。聞いている人が不審に思うだろ」

「じゃあ、お前もその他人行儀な呼び方を止めるんだな」

「他人行儀も何も、お前と俺は、只の患者とその担当医だよ」

「別に構わないだろ。他人の前でお前を呼ぶ事なんて無いんだから。それとも、先生とでも呼んで欲しいのかい?」

「ご主人様よりは、先生の方が良いな」

「先生とは、自分が師事する人に対する敬称だ。俺達の関係性は犬と飼い主の方が本質に近い」

「世間体の話をしているんだよ」

「世間に出ることは無いよ。少なくとも、俺はな」

「面倒臭い奴だな。じゃあ、もうそれで良いよ」

「妥協を覚えたようで何よりだ。それで、何の用だよ」

「ああ、そうだ。お前の当面の住む所なんだけど、俺の目の届く範囲にして欲しいんだ。バイトを始める時や住居が決まった時は、俺が保証人になるから」

「お前の目が何処まで届くのか解らないんだが」

「住居が決まるまでは、俺の家か勤務先の病棟に泊まってくれ」

「目くそ鼻くそだな」

「なんてことを言うんだ」

「俺はどっちでも良いよ」

「甘えたこと言うな。そのくらい、自分で選んで決めろ」

「はいはい。… …ところで、お前の記憶は戻ったのか?」

「目処は立っていない。生涯戻らないかもね」

「不安にならないのか?」

「別に。自分で責任の取れないことを、俺はしないよ」

「大した自信だな」

「今現在、生活に支障を来している訳でもないからね。それに、俺が覚えていないことは、お前や霖雨が覚えていてくれるんだろ。それでいいじゃないか」

「勝手な奴だな。ーーまあ、それでもいいか」




 あの日無かった希望の光。

 始まりの日をもう一度。


 ーーーーーーーーーーーーーーー


 お前が望んだものではなくても、

 お前が選んだものなんだよ。

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