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透明人間の手記  作者: 宝積 佐知
奇跡の真価
37/68

⑺扉を叩く者

 闇の中を蠢く気配がする。

 昆虫が地中で春を待つように、ライブハウスの中は無数の観客で埋められていた。彼等は開幕の瞬間を待ち侘びて、今にも風船のように破裂しそうだった。


 葵の手元にはタイムスケジュールがある。

 透明人間と呼ばれる程に存在感の希薄な自分が、スポットライトの下に立つということは理解し難く、現実感を帯びなかった。


 知る人ぞ知るインディーズのロックバンドが、複数でライブハウスを貸し切っている。彼等は希望を糧に、夢を生きている。未来を見据える彼等の目は、夢を持つ者特有の輝きを放ち、力強く、一方で酷く儚く見えた。


 夏の僅かな期間、命を振り絞るように生きる蝉に似ている。長い間、地中でその時を待ちながら、今を叫ぶ彼等の行く末は、冷たいアスファルトの上なのだろう。


 才能のある者は生き、無い者は消える。

 シビアな世界だ。


 酸素を奪い合い、互いの夢を食い散らかし、それでも尚、声を上げる。希望がある、希望がある、希望がある、と。


 葵の隣には、白い蛍光灯に照らされた霖雨がいる。

 縒れた黒いTシャツに、褪せたジーンズ、血の気の無い面は荒廃的な雰囲気を漂わせている。非生産的なこの場に見合った佇まいだ。

 対照的に、和輝は白いシャツに紺色のチノパンを履いて、まるで自宅のようにリラックスしている。


 タイムテーブルによると、自分達の順番は大体折り返し地点にある。盛り上がりの絶頂期に、自分達のような中途半端な人間が参加して良いものなのか疑問だ。

 霖雨は、舞台袖から演者を見ては、頻りに掌の汗をジーンズで拭っている。緊張しているのが傍目にも解る。今にも倒れそうな顔色をしているが、グレンよりはマシだろう。


 葵は、背後を振り返る。

 暗がりの中で、闇に溶ける真っ黒なTシャツを着たグレンがいた。まるで、これからダイナマイトでも抱えて火口に飛び込もうとしているかのような覚悟を決めた顔だ。襟の伸び切ったTシャツから覗く喉元が白く浮かび上がっている。顔色は最早、今際の際の如く蒼白だった。




「グレン、大丈夫か」




 和輝に問い掛けられ、グレンが弾かれたように言い返す。




「如何いう意味だ! 大丈夫に決まってるだろ!」




 大丈夫そうに見える人間に、わざわざ問い掛ける筈も無いだろう。

 二人の間抜けな遣り取りを後方に、葵はステージを見た。


 暗転。眩いステージは薄闇に包まれた。演者の退場を惜しむ声と期待を綯い交ぜにした奇妙な空気の中、何かの覚悟を決めたらしい霖雨の掛け声が聞こえた。


 よし、演ろう。

 自分に言い聞かせただろう声を合図に、葵は足を踏み出した。

 薄闇の中で、葵はドラムの定位置に座った。

 緊張はしない。ステージから客席は見えない。自分は会場の空気なんて気にせず、定められた楽譜の通りにスティックを振るえば良いだけだ。


 客席の最前に立つ和輝が、マイクの電源を確認し、振り向いた。ステージを照らす僅かな明かりの下で、和輝は笑顔を浮かべていた。

 緊張とは程遠い呑気な顔をして、和輝はメンバーの顔を順に見た。


 場違いな自分達は、MCなんてしない。

 葵はスティックを翳した。


 カウントダウン。葵のバスドラムとフロアタムが二つ低い音を鳴らし、演奏が始まる。ソリッドなエレキギターが追い掛ける。

 客席から嘆息にも似た声が上がり、ステージはぱっと明るく照らされた。


 最前に立つ和輝の声がメロディに乗って走り出す。

 吐き出されるのは母国の言葉だった。それは葵の刻むリズムに乗って、客席を津波の如く呑み込んで行った。


 葵はピラミッドのような緻密な計算の上に成り立つリズムを刻み続けた。グレンのザクザクしたギターリフを、骨太な霖雨のベースが支えている。音の波を乗り熟し、和輝がマイクを握る。


 この会場にいるどのくらいの人間が、彼の言葉を理解出来るのだろう。歌詞に込められたメッセージなんて誰も理解していないのではないだろうか。


 グレンの気取った造語もスラングも、綺麗な母国の言葉に変換されている。


 此処は完成された箱庭だ。

 美しいものだけが残り、不明瞭なものは取り払われている。霖雨の作った美しい文章が会場を埋め尽くす。


 その中で、零れ落ちる砂を掬い取るようにして、霖雨が翻訳した歌詞にグレンのメッセージを乗せて、和輝が振り絞るようにして歌い上げる。

 グレンの未熟さや身勝手、十代の危うさや命の強さは、全て青春の瑞々しさに変換されている。だが、文章の美しさに消えたアンバランスな叫びは、和輝の染み入るようなボーイソプラノによって具に拾い上げられていた。


 多少音を外すが、不正解には聞こえなかった。葵は寸分の狂いも無く、楽譜通りのリズムを刻みながら、その声に聴き入っていた。


 観客の一人ひとりに語り聞かせるような真摯な歌声には、その誠実さが表れている。感情の全てを言葉で表現出来るのなら、人は歌など作らなかった。彼は選ばれた者で、正解だけを奪い取って行く三寸芝居の主人公だ。

 才能の壁を乗り越える者であり、栄光の扉を開く者だ。努力は報われるもので、才能は開花させるものだと信じている。彼のそういうところが、葵は死ぬ程、嫌いだ。嫌悪感に吐き気がするくらいだった。


 彼が死ぬ時は、その目玉を刳り貫いてやるつもりだった。彼が死ぬのなら、その時は自分が殺す。葵は常々そう思っていた。


 けれど、死なせるには、余りに惜しい。

 この魂を揺さぶる特殊な声の響きが失われると思うと、手を下すことは躊躇われる。


 会場中の人間を惹き込んだ演奏は、グレンの剃刀のようなギターソロで終わった。

 囃し立てるような口笛が聞こえる。スポットライトが絞られて、ステージの中央を仄かに照らしている。


 振り返った和輝と目が合った。

 だが、互いに交わす言葉は無かった。

 再び客席に向き直った和輝は、頬を伝う汗を乱暴に拭った。


 葵は黙ってドラムを叩いた。

 我ながら、定石通りのリズムに、既存の曲をさり気無くアレンジした継接ぎみたいな安っぽいメロディだ。だが、其処に和輝のきれいごとが乗って新しい歌に生まれ変わる。


 1セントの希望。

 夢を目指して現実と闘うグレンの為に作った応援歌は、夜明け前の空に似たしっとりとしたバラードだった。

 血液の沸騰するロックンロールの中、その歌は一陣の風を連れて会場を吹き抜けた。狂気を鎮め、理性を取り戻す鎮魂歌に似ている。


 最後の一曲の前で、霖雨がわたわたとステージを見回していた。最後はグレンの作ったあの歌の予定だった。

 ギターボーカルを務めるグレンの代わりに、和輝はステージの隅でタンバリンを叩いている筈だったのだ。葵は冗談のつもりだったが、真に受けた和輝が意外にも熱心に練習していたので、放って置いた。

 如何やら、そのタンバリンが見当たらないらしい。


 慌てる霖雨はそのままに、明転したステージで、グレンが和輝に歩み寄った。

 二人は互いに拳をぶつけ合い、ーー役割を交代した。

 グレンがマイクを握り、和輝がエレキギターを抱える。

 グレンは兎も角、和輝がギターを弾くことなんて聞いていない。けれど、彼が遣ると言うのなら、遣るのだろう。


 スタンドプレーにはもう慣れた。

 葵は黙ってカウントを整える。霖雨ばかりが心配そうに二人を見ていたが、当の本人達は気にもせずに前だけを見ている。




「俺達、実は、即席メンバーなんです」




 此処に来て突然のMCだ。

 予定に無いことをすると、順応力の無い霖雨が気の毒になる。

 グレンはマイクを握り、何処か遠くを見ている。




「俺には本当の仲間がいたんですけど、俺が酷いこと言って、解散みたいになっちまいました」




 照れ隠しみたいに鼻の頭を掻いて、グレンが笑った。客席は風の吹き抜けた林のように静かな笑いに揺れた。




「今日、ボーカルをやってくれた和輝と、ベースの霖雨、それから、ドラムの葵が、助けてくれた」




 グレンの紹介に応えるように、和輝と霖雨がアクションを起こした。歓声と囃し立てる指笛が響き渡る。

 葵は無表情で座っていた。自分が誰かに認識されることなんて、有り得ないと解っている。視線はドラムセットに向かったが、歓声は上滑りして、消えてしまった。




「こいつ等、大人の癖に、すぐ如何しようもない喧嘩するんですよ。それなのに、三人仲良く同じ屋根の下で暮らしてる。お互いに干渉し合わないとか言ってた癖に、俺が誰かを馬鹿にすると、自分のことみたいに怒るんです」




 過去を振り返って、感情まで蘇ったのか、グレンの声は熱を帯びていた。




「俺のバンドが解散したのは俺のせいなのに、和輝は責任取るみたい言って、霖雨も葵も文句も言わずに一緒に練習してくれた。俺はガキだから、上手い言葉なんて掛けられなくて、和輝にも酷いこと言った。そうしたら、無関係な筈の霖雨と葵が怒るんですよ。自分達が馬鹿にするのは良いのに、俺は駄目なんだって。変な奴等でしょ?」




 グレンの戯けるような言葉に、観客がどっと笑った。

 グレンは一つ咳払いをした。




「でもね、俺はそれが、すげー羨ましかったんだ」




 会場が、しんと静まり返る。

 グレンは尚も語り続けた。




「これから歌うのは、俺が作った歌なんです。あんな天才のバラードの後じゃ遣り難いなあ。セトリ間違えたかなあ」




 不安そうに、グレンが手元のマイクを弄ぶ。

 ハウリングがくわんと鳴り響いた。

 会場が静まり返る刹那、何処からか声が響き渡った。




「歌えよ、グレン!」




 見覚えのない青年が、客の間を強引に割って入る。これが爬虫類ならば、確実に毒を持っていると解るような奇抜な染髪の男だった。




「グレン!」

「グレン! 聴かせろよ!」

「お前を見る為に此処まで来たんだ!」




 グレンの元チームメイトだと、和輝が耳打ちした。

 客席に紛れて見ていたらしい。罵詈雑言でも浴びせるつもりだったのか、自分を慰める為に失敗を祈っていたのかは解らない。だが、わざわざ客席の最前列にまで割って入って来たのは、グレンの等身大の歌を聞く為なのだ。




「グレン!」




 しんと静まり返る会場で、グレンは目を閉じていた。

 そして、其処から刃のような危うさを秘めた双眸が現れた時、葵は奇妙な錯覚を覚えた。

 人を惹き付ける存在感。これは、まるで、ヒーローのようだ。

 件のヒーローは復習でもしているのか、指を押さえる位置を確認している。暗がりでは見えなかったが、彼の指先はテーピングで覆われていた。葵の知らぬところで、随分と熱心に練習したのだろう。


 目覚ましの代わりにバスドラムを叩く。

 振り返ったグレンと和輝が、はっとしたように態勢を整えた。


 フロアダム、バスドラム、ーーシンバル。

 葵の紡ぐ正確なリズムに乗って、安定した霖雨のベースギターと、和輝の印象的なギターリフが冴え渡る。


 曲名は、no title。

 まだ見ぬ未来に希望を抱き、名も無いこの曲に意味を見付けることを願った祈りの曲だ。




「こんなことを言うのは、俺の柄じゃないけど」




 歌唱力と呼ぶのなら、それは優れてはいない。だが、特定の誰かの為に声を上げてる様は優秀な表現者、或いは、一人の立派なアーティストだった。




「お前等が必要なんだ。お前等じゃなきゃ駄目なんだ」




 等身大の願いを込めて、グレンが声を振り絞る。それは、雁首揃えて見守る嘗ての仲間に向けたメッセージソングだった。




「お前等、ごめん!」




 グレンの声を最後に、ギターの美しいカッティングが演奏に幕を下ろした。


 最後にマイクを奪い取った和輝が、客席を見て不敵に笑った。




「また、会いましょう」









 奇跡の真価

 ⑺扉を叩く者









 人気の無い川縁で、三人は腰を下ろしていた。

 遣り遂げたものも無い筈なのに、奇妙な倦怠感と達成感に包まれている。


 芝生の上を吹き抜ける春の風を感じながら、霖雨はつい先刻のライブを思い出していた。


 お前等、ごめん。

 そんな言葉で終わった自分達の演奏は、振り返ると滑稽だった。つまり、この一ヶ月、彼等の仲直りのために振り回されたのだ。


 掌で何かを弄んでいる和輝は、何を考えているのかぼんやりしている。葵はその隣で、同じように川向こうを眺めていた。


 彼等に振り回されて、霖雨はアルバイトを自粛していた。随分と忙しい毎日だったが、賃金の報酬は無いので、今月も生活費はカツカツだった。だが、この胸の中に残る温かさがその報酬ならば、それも良いかと思った。




「グレン達、良かったね」




 ぼんやりしたまま、和輝が言った。


 今回のライブの様子を見ていた音楽関係者が、彼等ーー厳密にはグレンをスカウトした。彼等は両手を上げて喜んでいたけれど、スカウトマンが着目したのはグレンと、和輝だった。和輝がやんわりと断ったので、繰り上げ当選したグレンが嘗ての仲間と共に日の目を見ることになっただけのことだ。


 彼等が何処までやって行けるのかは解らない。何時か本当の別れが来るのかも知れない。けれど、肩を抱いて喜び合う彼等を見て、それでもいいかと思った。




「楽しかったね」

「中々、面白かった」

「悪くはなかった」




 和輝、霖雨、葵が口々に言い合う。

 何だか可笑しくなって、霖雨は腹を抱えて笑った。

 葵は不審そうな目を向けていたが、無視した。




「さっきから、お前、何を持っているんだ?」




 葵の言葉に、霖雨は釣られるようにして和輝の手元へ目を向けた。

 和輝は弄んでいたそれを空中で捕まえると、目の前に提示した。オレンジ色の街灯を反射するそれは、1セント銅貨だった。如何やら、あの日、和輝が渡したものが返却されたらしい。


 葵は1セント銅貨を受け取って、改めてまじまじと見ていた。

 霖雨は話題が途切れたので、何となく、和輝へ話題を振った。




「そういえば、実習は如何だったの?」

「実習は色々勉強になったよ。外科や内科、精神科を学んで来た」

「日誌は?」

「日誌は地獄だった」




 そりゃ、そうだろう。

 母国の言葉は兎も角、英語もあやふやな和輝がドイツ語を理解出来る筈も無い。それでも、如何にかこうにかコミュニケーションを取って来たそうだ。彼は大学病院のような閉鎖的な世界よりも、孤島で唯一の医師をしたり、国境なき医師団のような世界が向いていると思う。


 日誌だけは追試として、郵送しなければならないらしい。落第として扱ってもいいのだが、現場では現職の医療関係者を圧倒する程の判断力と技術、コミュニケーション能力を披露していたというので、追試という救済策が取られたのだと言う。


 まじまじとコインを見ていた葵が気に掛かって、霖雨は問い掛けた。




「それ、和輝がグレンに渡した1セントだろ」

「そう」




 見てみろと手渡され、霖雨はコインを受け取った。

 一見して、何の変哲も無い2cm程の銅貨だ。表にはエイブラハム・リンカーンの横顔と、コインの製造年が刻まれている。裏面にはリンカーン・ユニオン・シールドが浮かび上がる。本当に、何の変哲も無い銅貨だ。

 アメリカ貨幣の中で最も安い、ペニーと呼ばれる1セント硬貨を投げ渡したとしたら、確かに喧嘩を売っているようなものだ。慌てていたとは言え、最早、弁護の仕様も無い。


 だが、葵は人形みたいな無表情で、コインを指差した。


 表面のエイブラハム・リンカーンの横、製造年が記されている。1943年と刻まれた製造年の下に、如何にか認識出来る程度の印があった。




「D?」




 葵は頷いた。




「1943時は、第二次世界対戦の真っ只中だ。戦備の為に銅は需要が高く、当時のコインは亜鉛メッキで製造されていた。だが、デンバー造幣局は、間違って銅貨で製造してしまったんだ」

「ふうん、そうなんだ」




 コインに詳しく無い霖雨としては、それ以上の感想を持ちようも無かった。日本硬貨のギザギザの付いた十円玉みたいなものだろうか。

 霖雨がそんなことを考えていると、真顔の葵が言った。




「コレクターの間では、このコインに170万ドルの価値があるとされている」

「170万!?」




 取り落としそうになり、霖雨は酷く慌てた。

 この小さな銅貨の価値が、170万ドルもあるという。

 つまり、あの日、和輝は偶然とは言え、170万ドルもの投資をしたことになる。巨大なスポンサーだ。感謝はされても、恨まれる謂れも無い。


 言葉を失くした霖雨の横から、和輝はコインを掠め取った。




「お前、今すぐそれ換金しろ。170万ドルだぞ!」

「170万ドルねえ」




 和輝は価値が解っているのかいないのか、ぼんやりとコインを見詰めていた。

 葵が、問い掛けた。




「お前、それ、如何するんだ?」




 和輝は、悪童のような笑みを浮かべた。

 嫌な予感しかしない。


 突然立ち上がった和輝は、お手本みたいに綺麗なフォームで、大きく振り被った。霖雨が止める間も無く、掌から離れたコインは美しい放物線を描き、川の闇の中へと沈み込んで行った。




「あああ……、なんてことを」




 川縁に膝を着いて嘆く霖雨はそのままに、和輝は何時ものように笑っていた。




「悪銭身に付かずって、言うだろ?」




 それにしても、勿体無い。

 川底に沈む170万ドルに思いを馳せていると、和輝が言った。




「こういうのは、野暮ってもんだよ」




 霖雨は一つ溜息を吐いた。

 慰めるように肩を叩く和輝を振り払って、霖雨はぼんやりと歩いていた。


 後日、グレン達がメジャーデビューすることを聞いた。CDショップで、硬派ながら新鋭を謳われる彼等のモノクロのCDジャケットを手に取る。

 三白眼で真正面を睨むグレンは、中々に迫力があった。


 バンド名はMOPという。何だか、売れなそうな名前だ。

 如何いう意味なのか解らず、霖雨は直接電話を掛けて訊いてみた。すると、グレンは当たり前みたいに答えてくれた。




『MOPは、Miracle of the Pennyのことだ』




 Miracle of the Pennyーー1セントの奇跡。

 覚え難いし、何だか売れなそうな名前だ。

 だが、霖雨の苦言が反映されるタイミングは最早無くなってしまった。彼等はこれから、未来を生きるのだろう。結果なんて、後から付いて来る。


 彼等は青春の真っ只中にいる。

 悩み、間違うことを許される時期。その意味を理解した時には、過ぎ去っている。


 才能の壁は歴然と存在する。それは選ばれなかった者にとっては途方も無く高い、強固な壁なのだろう。

 けれど、彼等は叩き続けるのだ。壁が扉に変わり開かれるその時まで、何度でも。

 和輝が葵の固く閉ざされた扉を、叩き続けたように。


 夢が潰え、希望が砕かれても、彼等は顔を上げる。

 希望がある、希望がある、希望がある、と。


 自分の過ごした青春時代を懐かしみながら、霖雨は何故だか彼等が羨ましくなってしまった。

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