3、手合わせ
魔力共有のイメージは水が入っているポリタンクが2つあって、1つが満タンでもう1つが少ない状態だとし、その2つを弁付きのパイプで繋ぐようなもの。
繋ぎ始めは中身の多い方の水(術者の魔力)が少ない方(対象者)へ一気に流れるため負担が大きいが、自然回復もあるので徐々に負担も軽くなっていく。
強度は繋ぐパイプの太さの違いである。
ラルド「正直なところ応急手当みたいな感じで使ってるから詳しい仕組みなんていちいち考えてないけどな」
「……さん……兄さん、起きてよ兄さん。」
朝の日差しとエメルの呼び声に、徐々にラルドの意識が覚醒する。焼けたパンの匂いがしたので、エメルは朝食を済ませたのだろう。
「…おはよう、エメル。」
「おはよう、もう9時だよ兄さん。今日学校ないからいいけどこんなところで寝てるなんて、あの人と何かあったの?」
昨夜あったことを物こそ言わなかったが、紋章の刻まれた右手の甲をエメルに見せた。
「それって、中強度の魔力共有の紋章…。兄さんがそこまでするなんて珍しいね。」
「別に…、あんな状態で放置するわけにもいかないだろ。それとエメル、アイツに飯持っていくから用意してくれないか?」
「はーい。」
エメルは言われた通り、テーブルに残っていたパンなどをお盆に2人分載せた。
そう、2人分。自身と合わせて3人分、初めからエメルは用意していた。それは兄がいくら人を信じれなくても困っている人は見捨てない、優しさを持ち合わせていることを知っているから。
ラルドがソファで眠っていたことが病人を追い出していないことの証拠でもある。その心意を知ってか知らずか当の本人はラザエルの分の食事も頼んでいた。
一方ラルドは、未だ体が重い感じは残っていたが、動けないというほどではなかった。用意してもらった料理を持ち、ラザエルのいる自分の部屋に向かった。
エメルは「手伝おうか」と心配したが、ラルドは自分一人で行くことを告げた。
部屋の前に着くとお盆を片手で持ち、戸をコンコン、とノックした。
「おーい、起きてるか?」
しかしながら部屋の中からの返答はなかった。まだ寝ているのか、と思ったが朝食だけでも置いておこうとラルドは戸を開けた。カーテンが開いていたので一瞬日の光で目がくらんだが、徐々に視界が開けてくる。
ただその光景に違和感を覚えた。ラザエルのシルエットがどう見てもベッドの上で、槍を携え片膝立て座っていた。さながら、戦地で休息する兵士のように。
ラルドが困惑している間に翼の女性はうっすらと目を覚ました。
「…あ、おはようございます、ラルドさん。」
「おはよう。飯持ってきたから食事、といきたいがとりあえず聞かせてくれ。なんでそんな態勢で寝てるんだ?」
「え?……そういえばいつの間にこんな格好で…。でもこの方が寝やすかったんです。」
本人ですら気づいていない様子だった。
なお持っていた槍はシンメトリーな白銀の刃をしており、金色のラインが刻まれ、中央に赤い魔水晶が組み込まれていた。見方によればに刃が翼のようにも見えた。
槍ではあるが、突くというよりも切ることを目的とした作りであった。
「ふーん、そんなものなのか。それとさ、物騒だから飯食う間くらいその槍、反召装魔法でも使って仕舞ってくれないか。」
召装魔法が存在するくらいだから、槍を何もないところから出したこと自体には驚きはしない。
ラルドも常時大剣を身に付けているわけではない。普段は反召装魔法を使い、大剣を異次元に収納している。
食事の邪魔になるだろうからと言ったのだが、ラザエルはきょとんとした様子で答えた。
「反召装魔法?…なんですか、その魔法は。」
「…………?」
反召装魔法は召喚魔法と同時に覚える魔法である。知ってて当然だと思っていただけに、少し理解が遅れた。
だがラザエルは記憶喪失である。反召装魔法を覚えていなくても無理はないと自分を納得させた。
「じゃあ無意識のうちにその槍を出したって言うのか。」
「ええと、そういうことなりますね。」
記憶にはいくつか種類がある。手続き記憶やエピソード記憶、長期記憶といったように。
一般的に「体が覚えている」と表現されるのはこの手続き記憶にあたる。
つまりラザエルは習慣的に、この魔法を使っていた事になる。
そのことを知り、ラルドはあることを試したくなり一つの提案を持ち出した。
「なぁもし体の調子が良かったら、この後少し付き合ってくれないか。」
「えぇ、私は構いませんが、いったいどこへ」
出かける仕度を始めるラルドに、その意図がわからずラザエルは問うた。
「アンタを見つけたあの公園、俺の特訓場だよ」
公園に行くにあたり、ラザエルの服装は昨日の薄着のままなので、どうにかサイズの合う服を探すところから始まった。
幸いにもラルドと服のサイズが近かったのでラルド自身のあまり着ていない、伸縮性の効く白い二本のラインが入った赤いスウェットを借りることになった。
そのままでは翼が邪魔をして着づらそうだったので、翼用に2ヶ所の切れ込みを入れることにした。
服を借りる身であるラザエルはその過程を見ていたため、「いいのですか。」と言ったが、構わないと言わんばかりに服を差し出されそれ以上は問わず、ただ一言「ありがとうございます。」とだけ言った。
エメルには「ちょっとアイツを連れてあの公園に行ってくる。昼食前までには帰るよ」とだけ言って、二人はラルドの特訓場でもある公園へとやって来た。
誰もいないわけではないが、相変わらず人気の少ないのは変わりない。
公園に到着するなり、ラルドはあることを申し出た。
「病み上がりの体に無理を言う様で悪いが、軽く手合わせを願いたい。」
「私が...あなたとですか?」
「無論だ。」
おそらくラザエルには疑問しか浮かばなかっただろう。介抱してくれて、服まで貸してくれた人がいきなり手合わせなどと言っているのだから。
「俺はアンタの実力が知りたい。記憶がなくても魔法で武器を出せること、そして鍛えられた体がアンタが今まで幾度となく戦ってきた何よりの証拠だと俺は思っている。」
「そんなこと言われても、私に戦える力があるかどうか...」
「心配すんな、アンタも本調子じゃないだろうから加減はする。アンタのできる動きを見せてもらえればそれでいい。」
加減する。いや、厳密には違う。
魔力共有の影響で体に思うように力が入りきらないため、加減せざるを得ないのだ。
だがその事を悟らせないようにし、自分の黒い大剣を呼び出し構える。
そして呼応するように、ラザエルも白銀の槍を構えた。
「遠慮せずかかってこい、アンタの力、受け止めてやるッ!」
「では……参りますッ!」
ラザエルの目付きが変わり、体勢を低くし一気に距離を詰めに来た。
「はあぁッ!!」
槍は地面すれすれを滑り、ラルドの左脇腹を目掛け襲ってきた。
ラルドも不意を突かれたとはいえ、切り上げの一撃を剣の刀身で受けとめた。
「ぐっ...ううッ!」
予想以上に重い一撃だったが、足の踏ん張りを利かせなんとか耐えきることができた。
数秒、刃と刃がぶつかり合い、ガチガチと金属の擦れる音が続く。が、突如外力のベクトルがなくなり僅かにラルドは体勢を崩した。
「え...なっ!」
目に飛び込んで来たのは、自身の頭の高さからがら空きとなった体の右側へ蹴りを打ち込んで来ようとする、ラザエルの姿だった。
「せぃああッ!」
大剣自体で守るのは間に合わないと感じとり、咄嗟に剣を左手に持ち替えラルドは右腕でその一撃を受けた。
「くっ……う、うおおおああ!!」
ミチミチと骨の軋む嫌な音が体に響く。これ以上はいけないと思い、左手で大剣を振り回しラザエルに否応にも距離を取らせた。
一方のラザエルは剣の動きを勘づき、すぐさま左脚を引っ込め後方へのステップ、その勢いのままバック宙で大きく距離を取る。
その様は、体操選手のように柔軟で重力というものを感じさせないほど鮮やかであった。
「ふぅ、痛てて。なんつー威力だよ。」
手を数回握ったり腕を振ったりして、腕は無事であることを確認する。
だが腕を休ませる暇などなかった。
綺麗な放物線を描き距離を取ったラザエルが、着地と同時にすぐにまた間合いを詰めてきたからだ。
「げっ、マジかよ!?」
槍を振りかぶり、再びラルドの左側から斬撃を加える。
「はああぁぁッ!」
ガキンッ!と武器どうしが激しくぶつかる。
今度は槍の軌道が似ていたため、体全体を使わずとも防ぐことはそれほど難しいことではなかった。
(……?)
だがラルドは攻撃を受けた時、違和感を覚えた。
すぐその違和感の正体が、音のわりに一撃に重みがないことだと認識した。
ゆえに防御が容易だったのだが、そこでもう一つ気づく。
先ほどの流れに似ていることに。だとするとラザエルは初めからこの攻撃で決めるつもりはなく、本命は二撃目以降...!
その段階に思考が至った時には、すでにラザエルは身をねじり先ほどと同じく反対側から、遠心力をつけた槍の攻撃を仕掛けてきていた。
「なめんなぁ!」
今度は腕ではなく、二撃目も剣で防ぐことができた。
さすがにラザエルも思いの外早い大剣の動きに驚きはしたものの、その攻勢は止まることを知らない。
振りかぶり勢いをつけた二撃目を打ち込んできたが、しかしながら先ほどと同じで重みがない。
(また軽い...)
すると三撃目は上から槍を振り下ろしてきた。受けた二撃ともが軽かったため、ラルドのガードは甘くなっていた。
そこを見越してか今度の一撃は、今までと違いズンッと重いものだった。
「うおっ!?」
膝を付きそうな衝撃に押されながらも、体全体の力で必死の抵抗をみせ、なんとか耐えきる。
一撃目二撃目と違い、槍から押し切ろうというラザエルの気が伝わってきた。そのためすぐに刃が離れることはなかったが、押し切るのが困難と分かると、また多方向からの槍のラッシュが始まった。
軽い攻撃を何度も繰り返し、途中重い一撃を混ぜ込むことでリズムが崩そうつもりであっただろう。
だが、ラルドも受けの態勢をいつまでも取っているつもりはない。
「俺だって...受けてばっかじゃあ、ねえッ!」
「…ッ!」
続く槍の猛攻の内の一撃を、ラルドは守るのではなく大剣で弾き返す。
今度は武器を弾かれたことでラザエルが体勢を大きく崩した。
「次は、こっちの番だ!」
ラルドは大剣を振り上げ一気に叩きつけ、ズドンッ!と音と共に砂ぼこりが舞う。余裕がなくなってはいたが、ラザエルもこれをバックステップでかわし距離を取る。
「逃がすか!」
すぐさまラルドは剣を携え、ラザエルに迫った。
大振りの遅い攻撃などかわされることは承知の上。だから避けたあとの着地直後を狙ったのだ。
「うおおぉらああ!!」
渾身の力を込めた大剣の振り回し。降り下ろしより振り回しを選んだのは技の出の早さを見てのこと。多少威力は落ちようとラザエルの槍を飛ばせるのならそれで良く、ましてや受けても耐えきれないだろうと思っていた。
だがラザエルの力はラルドの予想を越えていた。
ガッキイイィィンッ!!
激しい音が響くものの、 剣の重さに遠心力が加わった攻撃をラザエルは受け止めたのだ。ただし完全に押し勝っているわけではなく、地面には足の擦れた2本の跡が刻まれていた。
それでもラルドにとって初めての経験だった。これだけの威力を受けたにも関わらず、体の軸がブレていない。ガタイのいい相手ならまだ分かるが、あろうことか女性に止められたのだ。
だがラザエルの方も決して余裕があるわけではなかった。少しでも気を抜けばやられると確信していたがため、歯を食いしばり、懸命に耐えていたのだ。それは辛そうな表情からも読み取れた。
力のぶつかり合い、その短い中ではあったが推測は確信へと変わりラルドは静かに口を開く。
「……やっぱりアンタの実力は本物だよ、俺の推測に間違いはなかった。」
「…………!?」
ラザエルは困惑した。ただし、自分が予想外に戦闘スキルがあったことでも、そのことをラルドに認められたからではない。
笑っていたのだ、ラルドが戦いの最中で。
それは家族に向ける優しいものではなく、喜びの笑顔。中々合わないパズルのピースがようやくはまった時のような、そんな笑顔。
「一度、休憩しようか」
その後何度もぶつかり合い、押し付けていた剣を地面へと突き刺し、これ以上戦う意志がないことを示す。同時に二人が放つ張りつめた空気が解きほぐれた。
公園内のベンチに腰掛け、二人は暫しの休息を挟む。
「やっぱり強いな、アンタ。これ飲みな。あとタオルも。」
ラルドは持ってきてきた荷物入れから、ストローと共に白い容器、そしてタオルを投げ渡した。また、ラルド自身も薄汚れた容器を取りだし中身を飲み始めた。
「中身は特製のスポーツ飲料だよ、俺が飲んでるのと同じやつ。」
容器を渡されたまま固まっていたラザエルに安全性を伝えるとようやく飲み始めた。
「なあ、これからも俺の特訓に付き合ってくれるなら暗黒魔法?だっけか。それを一緒に集めてくれるヤツが見つかるまでなら、ウチに泊めてやってもいいぜ。エメルには俺から話をつけておくからさ。」
「あ、はい。ありがとうございます、ラルドさん。」
少し明るく提案を出し、それにラザエルも賛同してはいるが表情は晴れきっていない。お礼を言ってはいるものの、その声には感謝と残念な気持ちの混ざっているのをラルドは薄々感じ取っていた。
(ラザエルの頼みには応えてやりたいが、確証がない。仮に暗黒魔法収集の話にのったとして、学校には何て言うんだ。誤魔化したところですぐにバレるのが目に見えている。それにエメルはどうする。俺のわがままでエメルを一人にさせるのか。)
様々なことがラルドの頭を駆け巡り、思考を乱す。だが最終的には...
(一人で決めるなんてできるわけがない。家に戻ってからエメルにも話そう。相談すれば少しは気が楽になるだろう。)
心配事でぐちゃぐちゃになった頭をリセットするため、一度自らの両頬を叩いた。
「もう少し休んだらさっきの続きをしよう。ちょっと武器取ってくる。」
そう言って立ち上がり、ラルドは地面に突き刺したままの武器を回収しに向かった。
体を動かしているときは戦うことにだけ集中できる。余計なことを考えなくていい。
さっさと引き抜いてラザエルの元へ戻ろうと、剣の持ち手を握りしめた...
その時だった。
「ッッッ!!??」
背筋が凍りそうなほどの鋭い殺気がラルドを貫いた。いや、飢えた獣にも似た高圧的なプレッシャーを放つ魔力の持ち主が近づいて来ている、と言った方が近いのかもしれない。
慌てて剣を引き抜いて振り返り構えたが、ラザエルのものではなかった。その証拠に、ラザエル自身も驚いた様子で辺りを何度も見ていた。
「アイツのものじゃないならこの魔力は一体誰の……」
その答えはすぐに明らかになった。
「ラ......ルド...ッ!」
「「!?」」
二人揃って重々しい声のした方へ視線を向けた。そこにいたのはラルドが知る人物。だが様子がおかしい。明らかに雰囲気が、別人とさえ錯覚するほど禍々しかった。
魔力は生命エネルギー、故にその保有量は強さや潜在能力に直結する。それをオーラのように出すのは容易だが、可視できる濃さにするためには鍛える必要がある。
それが今、黒くはっきりと見えている。だがあり得るわけない、そこまでの力がないことを先日知ったばかりなのだから。
(なんだよあれ...あれがアイツの言ってた黒い魔力、暗黒属性の魔力なのか?)
以前のものとは明らかに違う魔力に圧倒され狼狽えたが、それを悟られまいとラルドはいつもより強気に応対した。
「一体何の用だ、そんな殺気まで出してッ!」
「ラル...ド。君を、潰...す。僕…が、潰すッ!」
一度負けているにも関わらずその者はラルドに勝つつもりでいた。よほど自信があるのか、はたまた執念が突き動かしているのか定かではないが、相手がその気ならラルドの答えは決まっている。
「なら...かかってこいよ、ケイン先輩!俺も今度は全力でアンタを叩き潰してやるッ!」
覚悟を込めた剣の切っ先をケインに向け、ラルドは吠える。模擬戦などではない、本気の勝負に挑む自分を鼓舞するために。