2、魔力共有(エナジーシェア)
ラルド「俺らの名前って宝石から取ってるんだよな。」
エメル「そうみたいだね。名字もエルジュだし。」
コハク「アタシの名前も宝石といえば宝石かな?」
ラルド「そういや母さんも宝石の名前から取って…」
作者「おっと、それ以上は言わせないからね。」
ラルドは二つの意味で困惑していた。なぜこんな所に人がいるのかという事、そしてこんな非常時であるのにその女性が発する美しさに。
長い銀髪は薄暗い橋の下に差すわずかな光で、周囲の空間を照らさんと輝いており、また服の上からでもわかるアスリートのように引き締まった身体は、色っぽいというより一種の彫刻のようで美しかった。
ふと我に返るラルド。その女性のもとへと駆け寄り、頬を軽く叩き安否を確認する。
「おい、アンタ!大丈夫か、意識はあるか!」
「………………………うぅ……。」
かすれるようにか細い声ではあったが、辛うじて意識があるようではあった。
「生きてはいるみたいだな。だけど…」
見るからに衰弱し切っている様子で、とても一人で動ける状態ではなかった。この公園の周囲に人は住んでおらず、また周囲の状況からして助けが呼ぶことはまず不可能。
ゆえにラルドが出した判断は―
「一回家までアンタを運ぶからな!」
そこからの行動は早かった。
その女性を背負い、自分のブレザーを羽織らせて荷物が置いてあるところまで戻った。
自分の上着を着せたのは衰弱している身を案じてのこともあるが、彼女自身かなり薄手のノースリーブにスパッツと人前に出させられる格好ではなかったため、今できる応急処置に近かった。
ラルドは彼女を背負い荷物のところまで来て一瞬動きを止めた。このまま人通りの多い道で帰っていいものか、と。
最短ルートを選ぶなら大通りを通った方が早い。
だがその道は何かとうるさい。未だその周辺でぶらぶらしている生徒もいるだろう。下手に見つかるとその後が面倒くさい。
やや回り道になってしまうが、ラルドは長年にわたり開拓した公園からの帰路で最も人目につかない道を選択した。
「た、ただい、ま…。」
時間にして15分、人ひとり背負ったまま走り続けようやくラルドは家にたどり着いた。
体力に多少の自信があっても、体の力が抜けている人を背負うのは通常のおんぶとは使う体力量が違う。
さすがのラルドも必要以上の疲労が蓄積し、疲れの色が見えていた。
「あ、お帰り、兄さん。」
夕食の支度をしていたであろうエプロン姿のエメルが玄関まで来た。同時に兄、ラルドの背中にいる人に目が行く。
「…兄さん、その人は?」
「あの公園に倒れてた。ちょっと俺のベッドまで運ぶから手伝ってくんないか。さすがに疲れてんだ。」
「う、うん…。」
エメルの力を借り二階の自分の部屋へとその女性を運び、ベッドに横たわらせた。
「夕飯の支度は私がやっておくから、兄さんはその人を看病してあげて。何か暖かいもの作って持ってくるから。」
「ありがとうエメル。助かるよ。」
階段を下りエメルはキッチンへと戻っていった。
――暗い。ただ真っ暗だ。
何があった?なぜ私はさまよっていた?
ダメだ、それより前のことが思い出せない。
『……き………ろ。――――――』
誰なんだろう。でも聞き覚えがあるような...。
『…ろき……を……ろ。そうすればお前の記憶も戻る。』
私の記憶が戻る?何を言ってるんだ?
もし記憶が戻るなら何をすればいい?
『黒き魔力を集めろ。そうすればお前の記憶も戻る。』
黒き…魔力。古より伝わる暗黒の魔法。だけどそれは何千年も前に封印されたはず。それがなぜ、今になって…。
それに私はなぜこの事だけ覚えている?
わからない、でもはっきり自分の名はわかる。私の名は......
うすらとその女性は目を覚ました。
「やっと目、覚ましたか。」
しばらく当たりを見回していたようだが、ラルドの声に反応し咄嗟に毛布を乱暴にかき寄せ身構えた。
その蒼い眼には恐れと敵意が込められていることは、明らかであった。
「おいおい、そんな身構えんな、何もしやしねぇよ。俺はラルド、ラルド=エルジュだ。アンタ、名前は。」
ラルドの言葉に警戒心を示したままではあるが、ゆっくりとその口を開いた。
「ら…ラザエル。」
「ラザエル、っていうのかアンタ。いろいろ聞きたいこともあるがまずは飯でも食え。少し冷めてるかもしれんが毒は入ってない。安心しな。」
15分前にエメルが持ってきたシチューとパンの乗ったお盆をラザエルに差し出した。
初めは抵抗があったのか食べようとしなかったが、空腹には勝てないらしく徐々に料理に手を付けるようになっていた。
「おいしい、です。とても。」
「口に合うようでよかったよ。」
もくもくとラザエルが食事をしているとコンコンと戸が鳴り、エメルが部屋に入ってきた。
「兄さん、あの人は……あ、起きたんだね。はじめまして、私はエメル。あなたは?」
やってきたエメルに驚いたラザエルだったが、危険がないと察知したのか優しく返す。
「ラザエル、と言います。」
少しは警戒を解いてくれたのか、心なしかラザエルの表情がラルドには和らいでいたように見えた。
「この食器は俺が片づけておくから、エメルは先に部屋に行っててくれ。」
「うん、あ、それと、ラザエル…さん?」
「は、はい、なんでしょうか。」
「兄さんのこと、嫌いにならないであげてね?」
ラザエルはその言葉の意味を理解する前に、エメルは「おやすみ」と言って戸を閉めた。
「エメルのやつ、余計なことを……。まあいい、これでゆっくり話ができる。」
食事を終えると、間髪入れずラザエルへの質問を開始した。
「いろいろ聞きたいけど、一つだけ聞かせてくれ。なんでアンタはあの場所で倒れてたんだ?あそこほとんど人なんて来ないのに。」
「倒れていたところを助けてくれたことには感謝しています。ですが、私にも分からなくて。以前の記憶も焼切られたように思い出せなくて。」
「記憶喪失か…、厄介だな。何一つ覚えてないのか?」
ラザエルの記憶をとり戻す手がかりがあればいいと、わずかな望みを信じラルドは問うた。
しばらくの沈黙の末にラザエルの「一つだけ」という言葉にラルドは反応した。
「一つだけ、覚えていること、正確には今しがた思い出したことがあります。ある魔力を集めることで記憶が戻るということです。」
「ある属性?火炎、水冷、大地、烈風のどれかってことか?」
魔力は魔水晶として物質化することができる。
ラルドはこの世界の主となる自然魔法を挙げてみたが、その返答は予想と大きく異なっていた。
「そのいずれでもありません。黒い魔力、暗黒魔法のことです。」
「暗黒、魔法…?」
「はい、ですから厚かましいようですが、お願いがあります。」
ラルドにはどんなことをお願いされるか、話すより早く直感で察した。
「その暗黒魔法とやらを集める手伝いをしてくれ、ってところか?」
「まさにその通りです。」
案の定、ラルドの予想通りだった。
だがそもそも暗黒魔法というのが、ラルドには理解できなかった。聞いたことすらない魔法の名に、どう反応すればいいのかも分からなかった。
嘘か真かも判断できない、そんな話を切り出されてラルドが出す答えはおのずと決まった。
「…悪いが、断らせてもらう。」
「そんな、なんでですか!」
「本当なら困っている人がいるなら助けてやりたい。だがその話に確証がないし、面倒事に首を突っ込みたくない。それに俺は…」
うつむき、言葉をつなげようとしたが途中で話すのを止めた。
「…いや、何でもない。この話はなかったことにしてくれ。」
「待ってくださ…、あっ!?」
食器を持って部屋を出ていこうとするのを呼び止めようとしたとき、支えてた腕に力が入らずラザエルは崩れ落ちた。
間一髪、素早く反応したラルドに受け止められ、ケガには至らなかった。ラザエルはただ、「すみません」と小さく謝るのだった。
「そんな状態で動こうとするから…。」
申し訳なさそうにうつむくラザエルを見て、やはり見過ごせないという気が心の奥底から沸いてきた。
「なぁ、一つだけ約束できるか。俺を、裏切らないって。」
兄妹揃って奇妙なことを聞いてくると疑問を抱いたが、ラザエルは、「はい」と答えた。それに対しラルドは安心したように「そうか」と呟いた。
「動かないでちょっと待ってろ。」
ラルドは机の脇にある棚の引き出しから、円の中に五芒星と逆三角、その円を囲むように文字が書かれた一枚のカードを取り出した。
「それは?」
「見ていればわかる。ちょっと手の平を出してみろ。」
言われるがままラザエルは手を差し出す。その上にカードを置き、ラルドは蓋をするように手を重ねる。そしてそのままラルドは目をつぶり、詠唱を唱え出す。
「!?これは…」
詠唱を読み始めた数秒後、互いの重ねた手の甲が光り出した。詠唱が終わるとともにカードが消え光も収まり、そこにはカードに書かれていた文字と模様が刻まれていた。
「今、どんな感じだ?」
「どんな感じって……!」
ラルドに言われて少しずつ感じ始めていた。自分の体に魔力が戻りつつあることに。
「今やったのは、魔力共有って魔術だ。術者の魔力を紋章を通じて対象の者へ分け与えるってもんなんだが、簡易的なものだから対象者の半分程度が限度だがな。」
「それってつまり...」
私に魔力を吸い続けられる、そう思ったがこの介抱者が行ったことを悪く言う気がして、「いえ、なんでもありません。」とつなげた。
「今日はひとまずベッドを貸してやるから安静にしてろ。体が弱ってるなら魔力を回復させるのが一番早いんだ。それにもう遅いから追い出すわけにはいかないからな。」
そう言うなりラルドは食器を持って足早に部屋を後にした。
食器をキッチンの流しに置いた直後、ガタンッ、とラルドは膝から崩れ落ちた。体に思うように力が入らず、視界が霞み、しばらく立ち上がれずにいた。
「ハァ……ハァ……、アイツの前じゃ何とかなったけど、正直キツイな…。」
魔力とは生命エネルギーに等しい。風邪などで体調を崩せばうまく魔法を使えなくなるし、逆に魔力が尽きると命にかかわることを意味する。
魔力共有は術者の魔力を削るためかなりの負荷がかかる。
特に魔力をリンクしてすぐが負担が大きい。
ラルドも何度か応急処置してこの魔術をしたことがあるが、今回のようにラルド自身が動けなくなることはなかった。
それは同時に、ラザエルの魔力量が人並以上に大きいことを示していた。
「ハァ…、しかもこの感じ…アイツが本来持つ魔力の上昇が感じられない…。まさかアイツ……ハァ…、自分で魔力を作り出せていない、のか…?」
術者には対象者の魔力回復の様子が、紋章を通じて感じ取れる。
基本的には分け与える魔力のほかに対象者の自己回復分が加わるため、若干早く回復する。
それがラザエルの場合、ラルドが注ぐ魔力と回復量がまったく同じだということを感じていた。
理由を考えようにも頭が働かない。
「……もう、寝よう。こんな状態じゃ何もできねえし……。」
重い体に鞭打ち、リビングのソファまでフラフラした足取りで移動した。
そのまま倒れこむようにソファに顔をうずめ、そのままラルドは深い眠りについた。




