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1、出会い


文中の[]は魔法カテゴリーの名前

『』は魔法自体の名前という風に分けております。


ドラ○エを例にすると[]は攻撃呪文や補助呪文の総称

『』はメラ○ーマやベ○マといった呪文そのものの名前といった感じです

 窓から差し込む光がやけにまぶしい朝。いつもの通り、何の変哲もなく、ラルド=エルジュは目を覚ました。


 「ふわ~あ。さてと、今日はどうかな。」


 ラルドは目覚まし代わりに、右手に魔力を集中させてみた。その結果、右手は薄い黄緑と灰色が混じったような光を纏った。


 「やっぱり、変わんないよな…。」


 はぁ、とつい溜息が出てしまう。


 ラルドは何年もこの動作を続けているため、もはやルーティンワークと化してしまった。しかしながら、その結果は何度やっても同じだった。



 魔力の色はその魔法の属性を表している。

赤色の'火炎属性'、青色の'水冷属性'、黄色の'大地属性'、緑色の'烈風属性'といったように。

本来色を持つ魔力は、今紹介した4つの自然魔法[ナチュラル]だけだが、ラルドが出した黄緑は、例外的に人工魔法[ティフィシャル]で色を持つ'治癒属性'の魔力である。


 自然魔法[ナチュラル]とは生まれ付きその人に備わっている魔力属性であり、その他の属性を習得することは不可能に等しい。

対して人工魔法[ティフィシャル]は、長い年月を経て開発された魔法であり、その種類も多種多様。

努力すれば誰しもが様々な魔法を習得できる。

ただし治癒魔法『ヒルラ』だけはどういうわけか先天的に適性が決まっているため、不適合者はどんなに努力しても習得することはできない。




 「兄さ~ん、もう起きてますか?朝食できてますよ~。」


 そうラルドを呼ぶのは、一つ年下の妹のエメルだ。


 「はいはい、今行くよ。」


 制服に着替え、ラルドはエメルのいる一階のリビングへ向かった。


 父親は物心ついた頃からおらず、母親は冒険家のため現在世界中を旅している。

 そのため、ラルドとエメルは兄妹二人暮らしである。

 ある程度家事は二人で分担しているものの、朝は早起きなエメルが料理するのがほとんどである。


 リビングに着くとすでに制服に身を包んでいるエメルがいた。

 そしてリビングいっぱいに、こんがりと焼けた香ばしいパンのいい匂いが広がっていた。


 「おはよう、エメル。」


 「おはよう、兄さん。」


 朝食の時の兄妹の会話はこの程度。特にしゃべることがないなら、基本的に無言で食事をする。

 かと言って仲が悪いわけではない。むしろ兄妹仲は良いほうである。

 家事、勉強、その他困ったことがあったらお互いに助け合ってきている。



 朝食を済ませ、簡単に後片付けをして、学校に行く前の身支度を進める。

 校章の付いた濃い赤のブレザーと灰色のズボンに身を包み、鮮やかな赤い布のマフラーを巻き、玄関で妹の支度を待った。

 やや遅れて、同じ制服を着て、先ほどはなかった明るい赤のリボンが頭に付けたエメルがやってきた。

 同じ制服とは言うが、女子用のためズボンではなくチェックの灰色のスカートである。


 「お待たせ、兄さん。」


 「それじゃ、行こうか。」


 「うん。」


 ラルドのマフラー、エメルのリボンは不器用な母が珍しく二人のために作ってくれた品である。

 特殊な布を使ってるらしく10年近く経つが、未だに切れたり破けたことはない。



 ラルド達が通う学校までは、歩いて20分ほど。その間は無言というわけにもいかないので、色々話したりしている。


 「兄さん、今日も帰りは遅くなりそう?」


 「遅くはなるとは思うけど、夕食を作る時間までには帰るよ。」


 「わかった。じゃあ今日の買い物は私がしておくね。」


 「ああ、ありがとな。」


 ラルドには、ほぼ毎日学校帰りに寄っている所がある。そのため、帰りがいつも遅くなっている。




「ラルドくーん、エメルちゃーん、おっはよー!」


 家と学校の中間に差し掛かった辺りで、不意に二人の名前を呼ぶ者が現れた。その声に反応し振り返ると、手を振りつつこちらに走ってくる、ゴーグルをかけた水色のショートヘアの女の子の姿があった。


 「おはよう、コハク姉。」


 「おはようございます、コハクさん。」


 少女の名前は、コハク=シュバルト。ラルドとエメルにとって幼馴染みたいな存在である。

「姉」の字を使っているが、年はラルドと同じ。「コハク姉」というのはラルドが小さい頃からのコハクに対する呼び名である。

 姉というよりは手のかかる妹に近いが、本人が姉と呼んでもらいたいらしいのでラルドはそう呼ぶことにしている。


 「ねえねえ、今日のお昼もさぁ、一緒に学食で食べない?」


 「もちろんよろこんで。」


 「楽しみに待っていますね。」


 そんな他愛もない会話をしつつ、ラルド達は自分たちが通う学校へと向かっていった。


 ラルド達が通う学校はマグドラド大陸中心部、「魔法都市セレスティア」の中央に存在する、『セレスティア魔法学校』。

 この学校では各々の自然魔法[ナチュラル]の属性に合わせたカリキュラムがあり、自分の魔法属性の学科に所属することになる。

 ただし治癒属性の魔力を持つものは、基本的に治癒と自然の双方の学科に所属することになる。

 なおラルドは治癒魔法科、コハクは水冷魔法科、エメルは火炎魔法科に所属している。



 学科によって校舎が違うので、ラルド達は校内で別れそれぞれの授業へと急いだ。

 ラルドが教室(小規模なホール)に着くと席の大半は埋まっていた。だが、いつもラルドが座っている窓際の最後列の席は空いていた。

 ほぼ指定席状態のその席に向かっていく時、周りの目がラルドに容赦なく突き刺さる。軽蔑の眼差し、という表現が似合うそんな視線が。


 治癒魔法『ヒルラ』は先天性の魔法で生まれたときに使えるかが決まっている。それに加えて治癒魔法を使えるのは、男女比率が1:9以上というくらい女性の比率が高い。

 ラルドは治癒魔法『ヒルラ』が使えたため治癒魔法科に所属しているのだが、なにぶん周りは女子しかいない。

 ごく数名男子もいるのだがその輪の中にラルドはいない。つまるところ、クラスで孤立状態にいる。


 実のところラルドが一部の人しか寄せ付けない、及び寄りついてこないのにはもう一つ理由がある。

それはラルドが治癒魔法科にしか《・・・》所属していないからである。

 本来治癒魔法科は任意で受けられる学科であり、必ずセレスティアの生徒は自然魔法科に所属しなくてはならない。

 そんな中ラルドは自然魔法科に所属していない。

 理由は単純で、ラルドは4つの自然魔法[ナチュラル]のいずれも使えないから、である。


 ラルドが自分の自然魔法[ナチュラル]がないことに気が付いたのは、6歳くらいの頃。

 周りの皆は自然魔法[ナチュラル]を扱えるようになっていく中、ラルドだけはいくらやっても使えなかった。

 代わりに誰も使えない、自然魔法[ナチュラル]を打ち消す正体不明の魔法が使えるようになった。

 その頃からだった、ラルドに対する魔力差別が始まったのは。

 人は自分よりも劣るもの、みんなとは違う特徴を持つものを下に見る傾向がある。地位や学力、身体能力などと同じように魔力属性も例外ではない。

 魔力差別は人種差別に似ているもので、気にしない者もいるが一度その考え方が根付くと取り除くのは容易ではない。

 ラルドの場合、気味悪がって近づこうとしない者が大半だったが、中には暴力を振るう者もいた。

 進級し、新入生が入ってきてもすぐにラルドのことは知れ渡り、新入生すらもラルドのことを避けるようになった。


 今となっては暴力を振るう者はいなくなったが、そんなことがずっと続いていたため、ラルドの心はどんどん冷たくなり、ある一時を除き学園内で笑うことはなくなった。


 話を現実に戻すと、ラルドは軽い人間不信になってはいるが、授業は真面目に聞いている。

 今日の授業も薬草の見分け方や毒抜きについてのものだったが、ラルドにとっては楽なものだ。

 成績も学科内上位20位に入るほどなので勉学は優秀と言える。


 また授業を聞いているだけではなく、習った魔法もある程度使える。

 道具の修復をする修復魔法『リペル』、体の傷を癒す治癒魔法『ヒルラ』の基本的にこの2つ。

 ただし使える治癒魔法『ヒルラ』のスキルレベルは高くなく、効力としては外傷を治す程度。

 まだ毒や呪いなどは治せるレベルまで達してはいない。

 自然魔法[ナチュラル]が使えなくとも、ラルドは魔力量は平均より高いので人工魔法[ティフィシャル]なら使うことができるのである。


 しかしながら実際に治癒魔法『ヒルラ』を使いこなせる生徒は多くなく、その上成績までいいとなるとラルドに対する周りの生徒の嫉妬はすさまじい。

 試験でいい点を取ろうが取るまいが、陰口が発生する。

 いい加減ラルドも慣れてきてはいるがやはり居心地が悪い。




 ゴーン…ゴーン…。2時間に及ぶ午前の授業は鐘と共に終わりを迎え、1時間ほどの昼休憩の時間になる。

 今日はエメル、コハクと共に昼食をとる約束をしているのでラルドは学園の中央部に位置する食堂へと向かった。


 食堂は昼時のピークとだけあって、多くの人でにぎわっていた。が、料理を受け取る列はあまり並んでいなかったので、ラルドは混む前に早めに列に並んだ。

 ラルドが頼むのは決まって食パン1つ分のサンドイッチと牛乳のパック、ソイバー(大豆を棒状に固めた簡易食、美味)の3つ。

 マンネリの傾向があるため、ほかの料理に挑戦しようという気は全くないのである。


 レジで頼んだ料理を受け取り清算したところで、今度は2人を見つける作業に入る。

 これだけ多くの人がいると探すのは難しいかと思われたが、「お~い、ラルドく~ん。こっちこっち~!」と、コハクの呼ぶ声で2人がいる席を見つけることができた。


 「おまたせ、2人とも待ったか?」


 「ううん、私たちも今さっき来たところ。」


 「ねえ、ラルド君、いつまで立ってるの?早く座りなよ~。ほらほら隣空いてるからさ。」


 「うん、ありがと。」


 ラルドは促されるままコハクの隣の席に着くことになった。


 「ねえねえ、2人とも知ってる?最近マグドラドの各地で異変が起きてるってこと。」


 二人を寄せ、小さな声でコハクは話を切り出した。


 「あ、私知ってます。クラスの何人かが話してるのを小耳に挟んだんですけど、種族を問わず狂暴化する現象なんですよね。事例はまだ少なく、根本的な解決に至ってないとか。」


 「そうそう。セレスティアではまだ起きてないけど、いつ起こるかわかんないよね~。」


 「ふーん、今そんなことがあちこちで起きてるんだ。」


 ラルドがけだるそうに言った瞬間、2人が、「えっ?」みたいな顔をしてラルドの方を見た。


 「ラルド君、これ結構話題になってる話だよ。」


 「兄さん、いくらクラスの皆さんが嫌いでも知っててくださいよ、この話くらいは。」


 「はいはい、知らない俺が悪かったですよ。」


 「もう、そんなにふてくされなくてもいいのに。それでね、先生たちが話してるの聞いたんだけど、この学校から調査団を出すらしいよ。先生たちも大変だよね。あ、この話まだ公になってないから秘密にしておいてね。」


 「「う、うん…。」」


 そんな大事なことをラルドとエメルに話すコハク。きっとそれは二人を信用しきっている証拠なのだろう。


 「あはは、なんか暗くなっちゃったね。そうだ、そういえばさぁ…。」



 ほかにも登校している時にしていた話の続きをしながら昼食とり、時間が過ぎていく。

 ラルドが笑ったり、気を許すことのできる数少ない時間が。


 そして、ゴーン…ゴーン…と授業開始10分前を告げる鐘が鳴った。


 「あ、もうこんな時間だ。それじゃあね。」


 そう言ってコハクは食堂を後にした。


 「俺達も行こうか、エメル。」


 「はい、兄さん。」


 午後の授業は実技。実技は大きく2つに分かれる。

 1つは魔術部門。授業で習った魔法などを実際に使い、日常的に使えるように練習するという内容。


 もう1つはラルドが所属する物理部門。主に人工魔法[ティフィシャル]の1つ、召装魔法『サモン』が使える人が所属する。

 自分に合った武器を使い、戦いの基礎の動きを練習したり生徒同士で模擬戦を行ったりする。


 午後の授業開始の鐘の音の直後、物理部門に所属するおよそ30人ほどの生徒が、指定の運動着に着替え、体育館のような建物に集められた。

 物理科の教師曰く、本日の授業内容は模擬戦。ラルドにとって一番好きな形式である。

 

 模擬戦のルールは至ってシンプル。召装魔法『サモン』を使い、自分の武器を呼び出して1対1の戦いをする。

 そして場外させるか、額、両手の甲、胸の四か所付けたターゲットのいずれかに一撃叩き込むかをした方の勝利となる。


 ラルドの初戦の相手は一学年上の先輩、ケイン=ラインズ。金髪ロングでやや細身、風貌は貴族を思わせる。

 模擬戦前だというのに髪をかき上げ自分に酔っているような、そんな仕草を見せる。

 正直ラルドが苦手とするタイプだった。早くいなくなってほしいと心底思った。


 「ふふん、君がラルド君かい?僕はケイン。君はずいぶんと皆から嫌われているようだね。この場で僕が君を倒したら、ここにいる皆が喜ぶだろう。君の勝利など美しくない、僕の剣の前に君が散ることこそが美しい!」


 その言葉がラルドを一層苛立たせた。が、この程度で怒りを露わにするほど気は短くない。


「じゃあ一言だけ言わせてもらいますけどね。」


 冷静に対応し改めて一息入れると、ラルドは言い返す。




「粋がって負けて恥かくのはアンタの方なんですよ?先輩。」




「き、貴様ァ…!!この僕を侮辱するのか!!」


「侮辱するも何も、ならまずは俺に勝ってみてくださいよ。口先だけならどうとだって言えますからね。」


 冷たくケインを突き放し、ラルドはその場を離れた。


 対戦相手など誰であろうと関係ない。ラルドからすれば皆等しく同じ、ただ倒すだけの存在なのだから。


 ラルドの学園内の他者への対応は基本冷たい。コハクやエメルと一緒の時だけが特別なのだ。



 他の試合を見ているうちに対戦の時間になった。お互いに15mほど離れた立ち位置につき向か合う。

 そして両者同時に「『サモン』!」と叫ぶと目の前に魔法陣が現れ、各々の武器が呼び出される。

ラルドが呼び出したのは自身の丈ほどの、黒い刀身に刃に沿って伸びる白いV字のラインと、中心に5つの赤い魔水晶が埋め込まれ、刃先が二又に分かれた両手剣であった。

 一方ケインは簡単な装飾が施された片手剣と小ぶりの盾を召喚した。

 対戦形式は、近距離武器のみ魔力装填なしの一本勝負だった。


 この世界の武器は特殊な作りをしている。どのような形の武器であれ、所有者の魔力を込めることでその武器の真価を発揮できるようになる。

 たとえば剣ならリーチが伸びたり切れ味が増す。

 銃なら魔力を弾丸にするので威力が増し、属性を付加させる、といった感じだ。もとより銃は実弾を使用しない構造なので、使用者の魔力が色濃く問われる。


 今回は使用武器が両者剣ゆえに、刃が当たっても切れず怪我が少なくするため魔力装填は無しということになったのだ。


 もとよりセレスティアの街全体には特殊な魔法結界が張ってあるため、魔力装填したところで武器に殺傷力はなく、せいぜい痛覚が増す程度である。



 「両者準備はいいな、双方魔力装填なしの一本勝負……始めッ!!」


 「はああああああッ!!」


 先に動き出したのはラルドの方だった。開始の合図とともに、ケインへと駆け出した。

 扱いなれているとはいえ、かなりの重量のあるであろう大剣の重さを感じさせないような、素早い動きだった。


 一方ケインは初めこそラルドの動きに驚きはしたが、すぐに盾を構え自分が得意とする戦闘態勢を作り上げる。


 (…!思ったより速い。でもそんな大ぶりな武器でこの僕に挑んだのが運の尽きだ!)


 ケインはカウンターで戦うことを主としている。非力なケインが相手に(美しく)勝つにはこの方法が一番現実的なのである。

 そのためラルドが使用する大剣のように大ぶりな武器ほどカウンターのタイミングが取りやすい。


 (さぁ、突っ込んでくるがいい!そのまま返り討ちにしてあげよう!)



 ラルドはケインがカウンターをしてくるのは読めていた。盾を構えたままその場を動かず、機をうかがう典型的なスタイルが見分けるポイントだ。

 ラルドも比較的得意な方ではないが、今回ばかりはカウンターを突破できることを確信していた。


 「はあッ!!」


 ケインの少し手前でラルドは大きく飛び上がった。ケインは盾を構え、迎撃態勢に入るが…


 (空中に飛び上がるなんて逃げ場をなくすようなものだ。この勝負もらっ……え?)


 ケインは一瞬目を疑った。ラルドは所持している大剣を片手で振り上げて飛び、そのまま片手で大剣を振り下ろそうとしていたのだ。

 ラルドの思わぬ行動に驚きはしたが、ケインはこれを逆に好機と見た。


 (だけどねラルド君、両手剣を片手で扱うなんてこの僕にとっては好都合なのさ!)


 片手で両手剣をふるうということは、攻撃の威力を下げるということ。迎撃しやすくなるということ。故に受け流しやすくなるとケインは読んだ。 

 だがその油断が、防御できるというおごりがガードを甘くさせてしまった。

 

 「せあぁッ!!」


 ラルドの一撃がケイン目がけて振り下ろされる。ケインは盾で攻撃を受け止めるも、とても片手で振っているとは思えないラルドの力、そして内側に潜り込むようなベクトルのせいでうまく受け流し切れず、押し負け、態勢を崩された。


 「う…ぐぅ…。く、くそ…ッ!このォ!!」


 ケインも負けじと剣をラルドの胸のターゲットに向けて攻撃を仕掛ける。

 しかしながら落ち着きを失ってのカウンターなど、ラルドには通用しなかった。

 ラルドはケインの剣の動きに合わせ、体を大きく左に回転させ攻撃をかわした。


 「ふっ!」


 ラルドは回転を殺さず、その勢いのまま姿勢を低くして足払いをかけた。

 剣に意識の行っていたケインは、足元への急襲をかわせず転び、背中を地面へと打ち付ける。


 「ぐぁ!」


 ケインは倒れた体を何とか起こそうとするも、すぐさまラルドに右手首と盾を踏まれ身動きが取れなくなった。

 そしてラルドは両手剣をケインの額のターゲットに刃先を向けた。

 

「ケイン先輩、これで……チェックメイトだ。」


 剣の先がターゲットにコツンと触れ、ブザーが鳴り、試合終了を告げた。


 「そこまで!!勝者、2年のラルド=エルジュ!!両者、礼!」


 「「ありがとうございました。」」


 試合時間わずか20秒足らず。それは誰の目にも明らかな、圧倒的で一方的な試合だった。



 その後も何度か組手をしたが、結論だけいうとラルドは全勝した。

 ケイン戦の時のように早く決着がつくことも、苦戦を強いられることもあったが、勝ちは勝ち。組手の勝率はラルドがトップだった。


 ゴーン…ゴーン…。授業終了の鐘が鳴り響いた。


 「よし、今日の授業はここまで!各自解散していいぞ。」


 教官の一声がかかると皆着替えのために一斉に更衣室へ向かった。

 広めに作られているセレスティア魔法学校の更衣室だが、実技の生徒が全員入るとやや狭い。

 無論、今更そのことに不満を持つ者はいないが、狭いがためいろいろな生徒の話が嫌でも耳に入ってくる。今日の試合結果どうだった、放課後どこかに寄っていかないか、など様々だがラルドにとっては関係ないことだった。


 着替え終わり、朝に言っていた通りラルドは学校から15分のところにある人気のない大きめの公園に足を運んだ。

 周りが木々で囲まれ川も通る綺麗な公園である。しかし位置が悪く町はずれにあるため、人が訪れるのはそれこそ休日程度だろう。

 だからこそラルドはこの公園を選んだ。誰にも邪魔されず、トレーニングを積むことができるからである。


 公園に到着してみるとやはり人ひとりいない。いつもと違うのは少し水鳥の鳴き声が騒がしいぐらい。

ラルドはブレザーと荷物をベンチに置き、召装魔法『サモン』を唱え大剣を呼び出した。


 ただ剣を振り上げ、振り下ろすのを繰り返すだけの単純なトレーニング。

 単純な動きだが剣の質量はかなりのもの。ふつう学生が振り続ければ5回と持たないが、ラルドはこれを軽く100回以上は振るう。

 他にも目の前に敵がいる状況を想定しながらの実践的なトレーニングなどを行っている。


 元々ラルドの持つ両手剣は世界中を旅している母から譲り受けたもの。

 どこで手に入れてきたのかは定かではないが、ある日旅から一時帰宅した母が当時7歳のラルドにお土産感覚で渡してきたのだ。

 無論、当時は振るうどころか持ち上げることすらままならなかった。


 だが自分を差別し、いじめてくる学園のみんなを見返すため、いじめられないためにラルドが出した答えは一つ。『魔法で負けるならそれ以上の力で勝てばいい』と。

 その一心でほぼ毎日のようにトレーニングを続け、結果、ラルドは現時点学生徒内の物理部門最強にまで上り詰めた。


「今日も頑張ってるね、ラルド君。」


 不意にかけられた声に振り向くと、いつからいたのかコハクが立っていた。


「コハク姉か、ちょっと遅い時間だけど図書館で勉強でもしてた?」


「うん、水冷魔術と魔術回路について調べてたの。それで気が付いたらこんな時間になってて、急ぎ足で帰るとこ。だから今日は長居できそうにないの。」


 コハクの家はこの公園をルートに入れると、少しばかり遠回りになる。それでも日課としてわざわざ公園に足を運んでくれているのである。

 それがラルドには嬉しく、自然と笑みがこぼれた。


「ありがとな、わざわざ来てくれて。」


「いいのいいの、アタシも好きで来てるわけなんだしさ。ラルド君も遅くならないうちに帰るんだよ。それじゃ!」


 ラルドからの返答を待つ間もなく、コハクは走り去っていった。






 そして日が傾き暗くなりだす頃、ラルドはトレーニングを終了した。

 そろそろエメルも買い物を終え、夕食の支度を始める時間だろうと思い、帰ろうと荷物をまとめる。


 だがラルドには一つ気になることがあった。それはここに来た時から感じた、いつも以上に水鳥の鳴き声が大きいこと。

 最初は気に留めてなかったが、それが未だに続いていたからこそ異変に気付いた。


 荷物を置いたまま水鳥の鳴き声のする方へと向かい茂みを抜けると、橋のかかる川へと出た。

 同時に水鳥の鳴き声が一層強まる。やかましいと思いながら橋の下の、鳥が集まる中心へと進む。

 ラルドの気配を察知した水鳥は一斉に逃げるように飛び立った。橋の下の出口は二か所しかないため一部の鳥はラルドに向かって飛んできたが、何とかこれを払いのけた。


 そしてすべての鳥がいなくなり、そこにいた、いや倒れていたのは…




 長い銀髪で、背中にわずかばかり白い羽の生えた、ラルドと同い年くらいの女性だった。





 この、あるはずのなかった《・・・・・・・・・》出会いが、すべての始まり。無の魔法の謎を解き明かす旅への序章となる。

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