灰
サイトにあげようと思ったけど没にしたもの。
ジャンルは、以前に書いた「ボール」を「グッドプレイヤー&スレイブガール」をお書きになられた上月良一様から「文学的な雰囲気」と評されたので、それに倣いました。
自分で文学だと思ったわけではありません。「こんなの文学じゃねぇ」と思った方は、文句なら上月良一氏にお寄せください。
※親交もない赤の他人に罪をおっ被せてます。ご注意ください。
犬というのは一見、もこもこしているようでも、触ってみれば意外に硬い部分が多く、特に老犬であれば、体の肉が必要以上に削げ落ちている。
それはマルチーズのようだった。そのようだっただけで、雑種だったかもしれない。マルチーズはいるのに、何故、クレチーズはいないのか? 嘘吐きばかりではクレタ島が気の毒だ。自分は犬に明るくないので、これ以上の考察は不要だろう。
つまり犬に会ったのだ。
その姿は遠目からも見えていたが、その時点では何も考えていなかった。ところが、犬の方はそうではなかったらしく、頻りに地面の臭いを嗅いだかと思えば、不意に、啄木が如くこちらをぢっと見詰め、また数歩しては嗅ぎ、思い出したようにこちらをぢっと見……と、そんな調子では散歩は難しく、飼い主の女性は、その度に立ち止まらざるを得なかった。
そして到頭、犬と私の距離が詰まると、私は犬を撫でていた。
自分は昔から、犬には好かれる。今までの人生で、動物というもの全般に良いことをしてやった覚えはないが、なんの理由もなしに好かれる。理由なく嫌われる人との差は、どこにあるのだろうか? まぁいい。自分は人から大した理由なく避けられる傾向があるので、それで均衡は取れているのだと思う。これから思うに、おそらく何か臭うのだ。なんの臭いかは知らんが、思索するに胡散臭いのだろう。あまりにも不憫な気配から、犬が同情を寄せるのかもしれない。
……犬からも人からも嫌われる人は、きっと強運を備えているに違いない。そろそろ、年末のあれが売り出されている頃。富籤を買ってみては如何だろうか。当たらぬも八卦と言うだろう。違うか。ともかく、外れても恨みっこなしということでお願いしたい。
小さな犬を連れた飼い主さんは、眼鏡をかけている老女だ。近頃の老女には、老女らしい老女という者が珍しく、その老女も、老女と大声で名指しするのは、やや憚られる容姿であった。……たとえ、実に老女然とした格好だとしても、大声で老女だと指差したりはしないが。
その飼い主様の話を聞くに、この白い犬は足の手術をしたばかりらしい。それで今は、散歩とリハビリを兼ねているのだと言う。
さて、それを聞いていると、このわんちゃんに今の自分を重ねてしまうのは、少し感傷的になり過ぎているか。人は弱ると、情に流され易くなっていけない。
しばらく、適当に撫で回す。犬に声をかけようと思ったが、飼い主さんの話に相槌を打つのに忙しかった。何せ、矢継ぎ早に喋る。短い間に、できるだけ多くのことを伝えたいらしい。しかし、さっきから、同じことを繰り返しているだけなのは……気のせいではないだろう。
得られた情報は、散歩中、足を手術した、この犬は人懐っこい、だけだった。せめて、名前を訊ねるべきだったと、今でも思う。「お名前はなんですか?」の一言が思い付かなかったのは、不甲斐ないなんてもんじゃないが、こちらが考える余裕を与えないほどに喋るものだから、言葉を練るという考えにすら至らなかったのだ。それは情けない。
だが、ほとんど何も喋らなかったのは自分だけではない。犬も喋っていない。これで、お相子にしよう。そうしよう。
とある伝説によれば、犬は口に灰をぶち込まれたのが原因で、喉が潰れたらしい。なら、彼らは灰さえ漱げば喋れるのだ。その労を惜しむのは、ただ怠惰なだけである。……獲得形質が子々孫々の全てに例外なく遺伝するのも妙な話だが、伝説を否定してたって、口は疎か展望だって開けやしない。
自分も、灰を漱ぐべきか。と、貰ったおかきを噛りながら考える。冬の日差しが寒い。
マルチーズって、マルタ島で生まれた犬種なんですってね(Wikipediaで調べた並の感想)。
あと、画像を見たら実際に会った犬とは全然違いました。
あの犬、なんて種類なんだろう?
老いて毛が少なくなっていただけなのかもしれないけど。