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鹿角フェフ小噺集

エロ同人みたいにならないTAKASI

作者: 鹿角フェフ

 TAKASIは柔和な笑みに獣の如き獰猛さを隠していた。

 彼は負けるわけにはいかなかった。

 彼は現在、孤独な戦いのさなかにある。

 戦う相手は世界。

 その内容は……。


「えへへ、TAKASIお兄ちゃん。来ちゃった……♪」


 エロ同人みたいにならないことである。




 ――――エロ同人みたいにならないTAKASI――――

        Takasi is not Ero Doujin




「ねぇ、一緒に遊ぼ?」


 くるりとした瞳と、少女特有の無邪気な表情が愛らしいその娘は、Takasiが住むマンション302号室の隣に住む高梨ユイだ。


 両親が共働きのユイは、人寂しい年頃なのかこうやって時間を見つけてはTakasiの家へと半ば強引に遊びに来ている。

 Takasi自身、彼女に対してやんちゃな妹程度にしか思っていないし、彼女の両親からもよろしく頼まれているので特に問題はないはずだが……。

 しかしながら、彼女こそがTakasiにとって決して軽視出来ない恐ろしい敵であった。


「一緒に遊ぼうって。俺高2だよ? 外で友達と遊びなよ」

「え~、だって! 外は暑いんだもーん! お兄ちゃんの部屋だったらクーラーもゲームもお菓子もジュースもあって、快適だからね♪」

「はぁ……わかったよ」


 困り顔のTakasiの表情に、嬉しそうに笑顔を振りまくと、勝手知ったる我が家と言った様子で堂々と部屋へと向かうユイ。

 彼女の両親からお願いされている手前、強引に追い返すわけにもいかないTakasiは適当にゲームをさせて彼女の暇つぶしに付き合ってやる。

 だが、その瞬間も、Takasiに向かって魔の手は着々と伸びていた……。


「……あれぇ? お兄ちゃん、今どこ見ていたの?」


 突然、ユイが目を細めて何か咎めるような視線を向ける。

 チラリとTakasiがユイに視線を向けると、彼女は胸元をわざとらしく隠している。

 彼女の服装は夏らしい薄手のノースリーブシャツだ。

 角度によってはいろいろと見えなくもなかった。


「もしかして~、あたしのオッパイ見ていたとか~?」


 無邪気な表情から小悪魔のそれに変化させるユイ。

 わざと魅せつけるように胸元を広げると、無表情のTakasiに四つん這いのまま近づいていく。


「こんな小さな女の子に欲情しちゃうなんて、お兄ちゃんたら、へんた――」

「欲情してないよ」

「え!?」


 だがTakasiはこの程度で動揺するほど甘い男ではなかった。

 彼は戦っているのだ。

 それは世界と、この理不尽なエロ同人展開に対してである。

 そう、彼はまごうことなき戦士であった。


「と言うかユイちゃん来年中学生になるのに、あまりにもぺったんなんで逆に哀れみを感じているよ」

「お、お、お兄ちゃんのバカーっ!!」


 第一の敵は泣きながら尻尾を巻いて逃げた。

 ほっと胸をなでおろすTakasi。

 高梨夫婦から任された大切な娘である。いくら好意を持たれているとはいえ、エロ同人の犠牲にするわけにはいかなかった。


 Takasiはそっと自宅である302号室から出る。

 ユイの様子が気になったのだ。辛辣にあたっても彼女はTakasiにとって大切な妹だ。

 気にならないわけがない。

 だが、敵は一人ではなかった。


「あら……TAKASI君じゃないの?」

「……こんにちは。橘さん」


 301号室の人妻、橘さんだ。

 何故か異様にムチムチしており、熟れた団地妻の気だるい昼下がりと言った表現がこれでもかと言うほどに似合う女性である。


「ねぇ、最近旦那が出張に行っちゃって暇で暇で……。オバサンのお話し相手になってくれない?」

「オバサンのお話し相手にはなりません」


 だが、Takasiは負けない。

 こんな見え透いたフラグ、今の彼には児戯にも等しい。


「あっ! TAKASIじゃ~ん! 丁度良い所にいた! ちょっと家のクーラーの調子が悪いんだよね~。調子見てくれない?」

「業者を呼べ」


 待ち伏せしていた癖にわざとらしく偶然を装ったのは405号室に住んでいるTakasiの幼馴染み、松原優子だ。

 彼女の1時間に及ぶ待ちぶせはわずか5文字で水泡に帰した。


「わぁ、TAKASI君、丁度良い所にいたっ! ねっねっ、最近さー、ちょっとしつこく言い寄ってくる男がいて困ってるんだよね……だからさ、ちょっと彼氏の振りして口裏合わせてくれない? ねっ、この通り!」

「お断りだ他を当たってくれ」


 204号室の大学生、一ノ瀬梨花がTakasiに助けを求めてくる。

 若い男をつまみ食いするのが大好きなサークラの姫だが、あいにくTakasiは全く興味がなかった。


「こんにちは! 隣に引っ越してきた――。あれ? もしかして……TAKASI? ほら、私だよ、小学生の時に転校した……」

「人違いです」


 フラグを根本から折られたのは、小学生の頃に結婚する約束をしておもちゃの指輪まで交換した新崎瞳だ。

 このセリフ以降、彼女の出番は永遠にやって来ない。


 Takasiは大きくため息を吐く。

 そうなのだ。彼の周りでは常にエロ同人的な導入が展開され、彼をなんだかそれっぽい世界に引きずり込もうとしている。

 Takasiはそれが己の運命であると理解し、同時に全力で拒絶していた。

 自らの運命は自らで切り開く。

 それが彼の信念であったし、なけなしの矜持でもあったから……。



 Takasiはあてもなく街へと繰り出す。

 マンションは敵がいっぱいだ。彼をエロ同人みたいにしようと今か今かと待ち受けている。

 だが、街に繰り出したからといって平和とは限らなかった……。


「あっ! TAKASIさんっ……」


 男女の営みを目的としたホテルから、脂ぎった男性と一緒に出てきた少女を見た瞬間、Takasiはしまった! と思った。


「あのっ! さっきの……見ていましたか?」


 慌てて駆け寄ってくる少女。

 彼女の名前は鹿角愛花。501号室に住んでいる作家、鹿角フェフの妹で中学生になる女の子だ。

 愛花が彼女の兄に溺愛されていることを知っていたTakasiは、目の前で見た衝撃的な光景に小さく動揺する。

 と同時に、この面倒な状況からどうやって逃げ出すか全力で頭を回転させた。


「え、見ていたよ。でも黙っているから安心して愛花ちゃん」

「このこと、お兄ちゃんには黙っておいて! 私が援交しているなんてお兄ちゃんに知れたら……」

「いや、だから黙ってるって」

「あっ、そ、そうだよね……。黙ってもらうんだから、お礼が必要だよね……」

「おい、耳はついてるか?」

「TAKASIさん……女の子のカラダ、興味……ある?」

「黙ってるって言ってるだろうが! てめぇの兄貴にチクるぞこの糞ビッチが!!」


 いつの間にかTakasiの手を取り、グイグイとホテルへと引っ張っていこうとする愛花。

 さっきまで脂ぎったおっさんとよろしくやっていたのに、更にTakasiを引っ張り込もうとする辺りとんだアバズレだ。


 愛花の腕を強引に振り解き、彼女の兄にチクリメールを送りながら逃走するTakasi。

 だが、彼が休まる時はない。


「TAKASI! た、助けてくれ!!」

「ああ、亮太か……ってどうしたんだそれ?」


 ついで現れたのは彼の親友である亮太だ。

 れっきとした男性で彼が心を許せる数少ない友人なのだが、どうしたことかその身体は全体的に丸みを帯び、胸は不自然に膨らんでいた。


「俺もわかんねぇよ、突然女になっちまってよぉ! どうすりゃいいんだよぉ……」


 亮太はTSしていた。

 その奇怪なる現象にTakasiの心の奥底で警鐘がなる。

 Takasiは早速親友である亮太を見捨てにかかった。


「面倒くさいやつだなぁ。とりあえずしばらくは女として生きればいいんじゃないか? 俺も元に戻る方法探してやるからよ」

「あ、ありがとう心の友――がふっ!」


 おざなりなその場しのぎの返事の後、間髪容れずTakasiは亮太を蹴りあげた。

 何故か亮太が抱きついてきたからだ。

 ごく自然な仕草だったが、小さなフラグとて見逃すTakasiではなかった。

 彼は、負けるわけにはいかないのだ。


「いいか亮太。勘違いするんじゃねぇぞ。お前男だろう? なんでいきなり抱きついてきてるんだ? そんな関係じゃないだろう? 次やったらぶっ殺すからな」

「ご、ごめん……」

「俺の知り合いに鹿角愛花って女子中学生がいるから、そいつに女としてのイロハを教えてもらえ。いいか、分かったら二度と馴れ馴れしくすんじゃねぇぞ」

「う、うん。ありがとうTAKASI」


 もはや彼の味方は男にもいない。

 亮太をドビッチである愛花に押し付けた後、Takasiは顔を顰める。

 目の前には、彼の高校の先輩である鳳凰院刹那が立っていた。


「待っていたぜTAKASI……」

「先輩……」

「俺のモノになれよ……。返事は、イエスしか聞かねぇぜ?」


 ぐいっと迫られてからの壁ドン。

 イケメンで有名な刹那がその様な行動を出ると流石に様になる。

 Takasiは問答無用でキラキラと謎の光を放っている刹那に向けて、その股間を蹴りあげた。



 Takasiは走っていた。

 あてもない疾走……否、逃走であった。


「くそっ! 負けてたまるか! エロ同人みたいに、なってたまるか!」


 Takasiは負けたくなかった。

 運命に、世界に、女の子に、なにより自分自身に負けたくなかった。


「こんなありきたりの導入なんかに、こんなありふれた展開なんかに負けてなるものか!!」


 Takasiは叫ぶ。

 それは慟哭だ。彼の抵抗は世界にとっては小さなものであったが、だが彼にはもはやそうするしか残されていなかった。


「年上の女も年下の女も、同い年も男も、全部いらねぇ。そんなのにかまってられるか!」


 彼の後ろを誰かが追ってくる気配がする。

 きっとどこかの誰かがフラグと導入を持ってきたのだろう。

 Takasiは振り返ることなく足に力を込める。

 将来結婚できずとも、一人ぼっちになったとしても、Takasiは負けることだけは嫌だった。


「ふざけんな世界! 俺は負けねぇぞぉぉ!!」


 ………

 ……

 …


 やがて、Takasiはおぼつかない足取りで自らの住むマンションへと戻ってくる。

 日はすでに暮れ始め、夕日が赤々と彼を照らしだす。

 今日一日の騒動を思い出しながら、Takasiはこの日々が永遠に続くのかと絶望に支配される。


「おっ!?」

「あっ……」


 その出会いは唐突だった。

 引っ越しの準備か、マンションの入り口に大きなダンボールを持った男がいる。

 いや、ダンボール以上に男は大きかった。

 身長は2メートルを超える。

 ガッシリとした身体は褐色の毛に覆われ、湿った鼻の下では牙を見せながら快活な笑みを浮かべている。

 人とは違う容貌、ぴょこんと頭から二つ生えている耳。垂れ下がる尻尾。


「うっす! 俺は最近近所に引っ越してきた獣人の五郎って言うんだ! よろしくな!!」


 そんな、どこかで見たような既視感を覚える獣人の男が、Takasiの目の前にいた。


「う、嘘だろ……」


 Takasiは驚愕に目を見開き、膝をつく。

 もはや彼には立つ力も残されておらず、目の前の現象にワナワナと震えることしかできないでいる。


「お、おい! 坊主! どうしたんだ、大丈夫か!?」


 Takasiの豹変を心配した五郎が慌てて彼の前までやって来る。

 大きな体格の癖に、やけに小心者で心優しいのが五郎の魅力だ。

 Takasiは息を呑む。

 分厚い毛むくじゃらの胸板が視界いっぱいに広がり、鼓動は急激に加速する。

 頬は紅潮し、何故か吐息が荒くなる。


 TAKASIはうずくまった。

 そうして、慌てる五郎を尻目に突然大きく天を仰いだかと思うと――。


「ケモホモは…………卑怯だろうがぁぁっ!!」


 TAKASIはエロ同人みたいになってしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 相変わらずフェフさんの思考回路はぶっ飛んでるなぁ... [一言] この時期は寒いので、頭と体に気を使って体を温めてお休みになってください。 まだ、頭は大丈夫だと思いますが、万が一というのも…
[一言] ケモホモに弱かったのかよTAKASIwwwケモホモはずるいね!しかたないね!
[一言] ケモホモは卑怯すぎるでしょう(震え声)
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