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Act. 12-11

<<<<  栗子side  >>>>

 

 

「みっ……みず…………うっぷ」

 

「大丈夫? 他に何か欲しいものある?」

 

 拝島さんの質問に答える余裕もなく、あたしは力なく首を横に振った。

 

 ジェット・コースターの近くにある休憩用の緑のベンチ。その上に寝そべったあたしの周りを、心配するみんなが取り囲む。

 

 欲しいものはないけど、できればあの極悪人をあたしから遠ざけてください。

 

 心が休まりません。

 

「これも遊園地の醍醐味ってやつだよな?」

 

 にっこり笑顔で水を差し出してくる朽木さんを無言で睨む。

 

 ぎりぎりぎり。この男、確信犯だ。あんなことしたらどうなるか、わかっててやったんだ。

 

 朽木さんを甘くみていた。

 

 まさかこれほど陰湿な嫌がらせをされるとは。しかも巧妙に計算されてて、不意を突かれる。

 

 さっきのジェット・コースターは真の地獄だった。

 

 バランスを崩した状態で落下の憂き目にあったあたしは、揺さぶられる三半規管に胸やけを起こしただけでなく。

 

 不自然な体勢を片腕で支えようと、変な力の入れ方をしたせいか、腰やら背中やら、あちこちにひきつった痛みを覚えて悶絶状態となった。

 

 朽木さんは最初の落下のあと、素早く自分の前のバーを握ったのだ。あたしの手を取ったまま。

 

 どんだけ振りほどこうとしても、頑として離さなかった。恐るべし、朽木さん。

 

「結構乗り物に弱いんだな。もう絶叫系はやめとくか? 無理しねーほうがいいぞ?」

 

 冗談じゃない。気遣ってきいてくる高地さんにあたしは首を強く振った。

 

 こんな嫌がらせに負けてたまるか。せっかくのタダ券。心ゆくまで遊び尽くす!

 

 根性で起き上がり、朽木さんの手から水をひったくって一気に飲み干す。

 

 執念の瞳をたぎらせて言った。

 

「次行くよ、次!」

 

 

 

 歩いているうちに、胸やけは落ち着いてきた。

 

 もともと内臓は強いほうなのだ。あたしは先頭に立ち、率先して次に乗るものを提案した。

 

 朽木さんの隣にはもう座らない。何されるかわかったもんじゃない。

 

「次はあのボートに乗ろ!」

 

 園内には大きな湖がある。真ん中に島のある湖で、半分は景観のひとつとして開けているけど、もう半分は樹木やら囲いやらで隠されている。

 

 その湖を遊覧するボートは木製の幅広い形で、ガイドさんが同乗して案内してくれるみたいだ。

 

 あんまり激しい乗り物ばかりだと祥子がつまんないだろうし、あたしもいい中休みになるので、丁度いいと思った。

 

 桟橋に並ぶと、探検隊のような格好をしたガイドさんがあたしたちを手招きする。

 

 十人は悠々と乗れるボートに、あたしたち六人の貸切で乗せてくれるそうな。ラッキー♪

 

 ボートの中の木でできた簡易座席はひとつが三人がけの広さ。

 

 朽木さんの隣にされちゃたまらん。あたしは素早く祥子の手を取った。

 

「一番前に乗ろー、祥子」

 

「ちょっと。あんまり引っぱらないでよ」

 

「だって待たせちゃ悪いじゃん。早く早く!」

 

 我先にと乗り込んで、無理矢理引っぱりこんだ祥子を隣に座らせる。

 

 祥子の隣には朽木さんが乗り込んだけど、クッションの祥子がいるから手は出せまい。

 

 あたしの真後ろには拝島さん、その隣に真昼、高地さんと座り、ボートは音もなく滑り出した。

 

「このボートはジャングルの中を進みます。道中、危険な動物に出くわすかもしれませんが、安全には万全を期しておりますので、ボートから身を乗り出さないよう、お願いします」

 

 なるほど。ジャングルの川を下るって設定なのか。

 

 それからキレイな声のお姉さんガイドさんが、次々と現れるジャングルの獣たちを面白おかしく説明してくれる。

 

「船頭さんいないけど、どうやって進んでんだろ」

 

 あたしは勝手に進むボートを不思議に思って後ろを振り返った。

 

 モーターがあるのかと思ったけど、水しぶきをあげるものなんか特に見当たらないから違うみたい。

 

「多分、湖の中にレールがあって、その上を機械が走ってるんじゃないかな。この船の底とそれがつながってるんだよ」

 

 目が合った拝島さんがそう教えてくれる。

 

「へぇ〜。そうなんだ。よくできてますねー」

 

「あくまで俺の想像だけど」

 

「あたしの想像では、実は船の底にイルカがいて、運んでくれてるんじゃないかなーと思ってたんですけど」

 

「すごいメルヘンだね。それもいいかも」

 

 くすっ、と拝島さんが笑う。いつもの楽しげな可愛い笑顔だ。

 

 良かった。拝島さん、最近元気がなさそうだったから。笑顔を見るとあたしも嬉しい。

 

 朽木さんを怒らせたのは自分だ、って相当気にしてたからね。絶対、勘違いだと思うんだけど。

 

 まったく……。朽木さんは何やってんだろうね。大事な拝島さんをほっぽって。

 

 あたしに意地悪してる場合じゃないじゃん! 拝島さんへのフォローしろっての!

 

「あっ! ワニです! 皆さん、気をつけてください! ワニがやってきますよ!」

 

 と、突然、ガイドさんの張り声が響き、あたしはびくっとした。

 

 と同時に、右手の岸の草陰から現れたワニが、のそっ、のそっ、と手足を動かす。

 

 ワニ自体はいかにもニセモノっぽいぎこちなさを漂わせてるので怖くはない。それよりはガイドさんの大声に驚いたっつーかなんつーか。

 

 と気を緩めた瞬間、目の前にざばぁっとワニの口が現れた。水中から不意をついて飛び出したのだ。

 

「にょわっ!」

 

 思わず仰け反る。

 

 よく見ればそんなに近いわけじゃないんだけど、油断してたからモロびっくりしちゃった。

 

 これってお年寄りとか子供には結構キツイんじゃないだろうか。

 

 でも面白い。口の中とか意外とリアル。

 

 あたしは水の中に再び沈んでいくワニに手を伸ばした。

 

 届きそうかなーと思ったんだけど、微妙に届かない。

 

「栗子ちゃん。身を乗りだしちゃダメだよ」

 

 あちゃ。拝島さんに注意されちゃった。

 

「だってさわれるならさわりたいじゃないですか」

 

 そこに山があれば登る。海があれは泳ぐ。ワニがいればさわる。それが人間ってものだよね?

 

「危ないってば、もう!」

 

 それでもしつこく身を乗り出してたら、拝島さんに横から手を取られた。

 

 手首を強く掴まれてびっくり。

 

「落ちたらどうするのさ」

 

 ちょっと怒った顔で言う拝島さん。こんなところに落ちたって溺れやしないのに。心配性なのは相変わらずだ。

 

「落ちたら落ちたでいい話のネタになるんですよ」

 

「そういう問題じゃなくてね」

 

「アンタ子供じゃないんだから。拝島さんに迷惑かけちゃダメでしょ」

 

 って真昼にまでお小言言われちゃったよ。

 

 はいはい。わかりましたよー。ぶう。

 

 しぶしぶ手をひっこめる。と、高地さんがみょーなニヤニヤ笑いをこちらに向けて言う。

 

「どうかな〜。案外、喜んでたりしてな、拝島。グリコちゃんの手、いつまで握ってんだよ」

 

 おお、そういえば。

 

 別に全然気にしないけど。

 

 しかし言われた当の拝島さんは、後ろに仰け反り倒れるんじゃないかと心配になるほどの引きぶりで、あたしの手を放すと同時にずり下がった。

 

「ごっ、ごめん!」

 

 どこまで純情なんだろ、この人。この程度のからかいはさらっと流せばいいのに。

 

 過剰な反応されるほどからかいたくなる人間の心理がわかってないなー。

 

「謝ることじゃないですよ。あたし、いつも弟とプロレスごっこしてるし……」

 

 その時。

 

 ハッ!!

 

 殺気!!

 

 あたしは咄嗟に振り返った。

 

 たった今、背中にぞくっとしたものが走ったのだ。命を狙われる緊張感。突き刺さったのは、獲物を狙うハンターの視線。

 

 そして、その視線の主は当然――

 

「ガイドさんが困ってるだろ。あんまり騒ぐもんじゃないぞ」

 

 朽木さん。

 

 苦笑ともとれる微妙な笑みを浮かべ、あたしたちをたしなめる。

 

 困ったやつらだな、なんて言わんばかりの余裕を見せているが。あたしにはわかる。

 

 怒ってます。

 

 ウルトラ・激烈・テポドン級・怒ってます!

 

 今、突き飛ばされるかと思った。実際、みんながいなければ突き飛ばされていたに違いない。

 

 そう思えるほど、本気の殺気だった。

 

「だってよ。すぐあたふたするから面白れーんだよ、拝島。手ぇ握ったくらいでまっかっかになっちゃって、もー拝島君たら!」

 

 やめてください高地さん。朽木さんの目が笑ってマセン。

 

 怖いです。夜道を一人で歩けなくなっちゃいます。

 

「とにかく。大人しくしてろよ、グリコ」

 

 コクコクコク、とあたしは頷いた。

 

「いいじゃんいいじゃん。朽木はグリコちゃんが水に飛び込んでも気にしねーだろ?」

 

「はは、さすがに人前では勘弁して欲しいな」

 

 と笑って言った直後、一瞬、細めた目をあたしに向ける朽木さん。ぽそっと小さな声で呟く。

 

 

「…………偽物じゃつまらないしな」

 

 

 本物のワニの中に突き落としたかったと!?

 

 

 ガクガクガク。助けてみんな。殺されちゃうよ。あたしの墓石が建つ日も近いよ。

 

 石碑にはこう刻まれるんだ。『嫉妬深い男の手により、ライオンの檻に放り込まれたストーカー、ここに眠る』

 

 ちょっと手が触れただけなのに。恐るべし、攻め男の嫉妬。

 

「えー、それではまもなく船の旅は終了となります。みなさま、お忘れ物のないよう――」

 

 ガイドさんの声をどこか遠くに聞きながら。

 

 あたしは寒くて仕方のない体をしっかりとコートで包み、命の危険に震えていた。

 

 

 

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