Act. 12-10
<<<< 栗子side >>>>
「わっ! どうしたのその顔!? どこかに打ちつけたみたいに赤いよ!?」
打ちつけたんです。鏡に何度も。
あたしはよっぽど朽木さんの意地悪を拝島さんにチクってやろうかと思った。
ミラーハウスから出てきたあたしの姿を見て、驚いたみんなは心配そうに寄ってきてくれる。
「なんか疲れてるね、グリコ。そんなに迷ったの?」
「ちょっと休憩するか? ジュースでも買って来ようか、グリコちゃん?」
「おおかた壁に突っ込んだんでしょ。水で冷やしたハンカチでも当てときな」
ううっ。まともなみんなの優しさが胸に沁みる。えーん、みんなー。鬼がいじめるんだよー。
「俺が何度も道を間違えたせいだ。大丈夫かグリコ? ハンカチを濡らしてくる」
自分が元凶のくせに、いかにも心配そうにそう言うと、朽木さんは水場を探して駆けていった。
あのやろう。いけしゃあしゃあと。なんたるタヌキ。
まぁ、朽木さんの嫌がること、山のようにしてきたし。たまった鬱憤をここで一気に晴らしたくなる気持ちもわからないでもない。
おあいこってことで、今回は見逃してやってもいっかな。
それから約一時間後。
「次はこれいってみっか? ウォーター・シュナイダー。水の上を滑リ下りるやつ」
「あたしはそろそろジェット・コースターに乗りたいなー」
いくつかの軽い乗り物を制覇して、あたしと高地さんの意見は目玉アトラクションのどっちを先にするかで割れた。
お昼ごはんの前にジェット・コースター。コレ常識でしょ!
「私はどっちも遠慮させてもらうわ」
激しい乗り物に弱い祥子は、「俺も」と言いかける高地さんを手で制して後ろに下がる。
「朽木はどっちがいい?」
拝島さんが朽木さんに意見を求めると。
「俺はジェット・コースターだな。今ならすいてるみたいだしな」
待ちの行列を見やりながら答える。なるほど。確かに、さっきより人が少ない。
「じゃあジェット・コースターにしよう。祥子ちゃん、悪いけど待っててくれる?」
「了解」
「あたしも一緒に待つわ。ここのは何度も乗ったことがあるし」
だから休憩したいという真昼と一緒に祥子はお留守番。
あたしと男三人がジェット・コースターに乗ることになり、待ちの行列の最後尾に加わる。
見上げると、すんごい急カーブの連続。見ているだけで肝が冷えてくる。
ゴオーッとすさまじい音をたてる乗り物は、目に捉えられないスピードで、頭上のレールを通過していく。甲高い悲鳴を引きずって。
「ああいうの平気? 大丈夫?」
あっという間に遠のいていく乗り物を目で示しつつ、拝島さんが訊いてくる。
「大丈夫ですよー。吐いたら吐いたで、それもまた遊園地の醍醐味ってやつじゃないですか!」
「あー、わかるわかる。自分の限界を超えてみたくなんだよなー」
と高地さん。
「そそっ! 『乗れるもんなら乗ってみるがいい!』みたいな乗り物ほど燃えるっつーか、挑戦されてこたえないわけにはいかないじゃないですか! どこまも自分にムチ打ちますよ!」
あたしと高地さんは『絶対制覇! 絶叫系!』を叫んで高々と拳を突き上げた。
苦笑する拝島さんと、他人のふりでそっぽを向く朽木さんに、連呼を呼びかけ、あっさりと断られる。
そうこうするうちに、順番がまわってきた。
「そんじゃ、誰と誰が一緒に乗るか決めようか」
拝島さんに言われて、あたしは俄然、同じノリの高地さんと座る気満々でいたんだけど。
「じゃあ、俺とグリコだな」
ごく当然のように、朽木さんがあたしの隣に並ぶ。
「え? なんで?」
あたしはびっくりして目を丸くした。
「そうだね。栗子ちゃんは朽木とがいいね」
なんだソレ。なんか納得がいかない。
拝島さんたら、ホッとしたような、嬉しそうな顔で、さっさと高地さんと前に並ぶんだ。
あたしは高地さんと盛り上がりながら、こっそり拝島さんと朽木さんの様子を後ろから眺めることができるポジションが一番なんですけどっ!
でも高地さんの隣に座るの、祥子に悪いような気もするし、渋々と引き下がった。
もしかしてあたし…………拝島さんに嫌われてる?
こいつは何しでかすかわからないから、朽木に預けとけば安心だ、とか思われてたりして。
いやいや、拝島さんはそんな心の狭い人じゃない。朽木さんはセコイ人だったけど。
やっぱ、朽木さんの気持ちを知ってて、「他の誰かに心移りしてくれるといいな」とか思ってるんじゃなかろうか。
あたしはそう考えて、こっそり朽木さんに耳打ちをした。
「もしかして、告白した?」
途端。
ギロリッ
ぎょひぇーっ! すんごい目で睨まれたぁぁぁっ!
怖いっ。怖すぎるっ。殺気すら感じたよっ!
ドキドキする胸を手で押さえ、大人しく沈黙する。すんません。もうききません。だから命ばかりはお助けをっ!
やがて来る順番に従い、青いジェット・コースターの座席に乗り込む。
前の席には高地さんと拝島さん。楽しそうに座り心地について語り合っている。
隣に乗り込んでくる朽木さんは、さっきの形相などなかったの如く、涼しい顔であたしを向いた。
「少し、楽しみだな。ジェット・コースターなんて初めてだ」
「え? そうなの?」
「遊園地自体、初めてだからな。普通の家族が行くようなところは、ほとんど行ったことがない」
そっか。朽木さんは小学時代は神童って言われるほど本の虫だったし、中学時代は氷河地帯のような神薙家に監禁されてたんだっけ。
「じゃあめいっぱい楽しまないと!」
「そうだな」
ガタンッ
ストッパーが外される。ゆっくりと体が前に進みだした。
重力のなすがまま背もたれに背中を押しつけられ、あたしたちは地獄の淵へと、一歩一歩、確実に持ち上げられていく。
「怖いか? グリコ」
「そりゃちょっとはね。朽木さんは? 怖い?」
「初めての体験だから、怖くないといえば嘘になるな」
そうなのか。もっと意地張って「怖いわけがないだろ」とか言うと思ったんだけど。
予想外の可愛い返事に、あたしはニヤッと緩む頬を朽木さんに向けた。
「怖いんなら手を握っててあげよっか?」
もちろん、軽口を叩いたつもりで言ったんだけど。
「ああ、それはいいな。しっかりと握っててくれるか?」
涼しい笑みはそのままに、なんと朽木さん、いきなりバーを掴んでるあたしの手を上から包み込んだのだ!
「え? マジで? ちょっと待って」
びっくりした瞬間、傾きが切り替わる。前からかかってたGは、背中を押す方向に変わっていく。
落ちる。
その緊張感に意識を囚われた一瞬、あたしの注意は前方に向かった。
と、落ちだす前に、体のバランスが大きく崩れる。
なにっ!?
意識を戻した時はもう遅い。朽木さんに引かれた右手が、頭上より高く持ち上げられていた。
「げっ!!」
しかも浮いてる!? あたしの腰、少し浮いてるんですけど朽木さんっ!
やばい、と悟った瞬間にはもう、地獄の落下が始まっていた。
「ぎええぇぇええええぇぇぇええええぇぇぇぇぇえええっっ!!!」