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Act. 12-9

<<<<  栗子side  >>>>

 

 

「うわ〜〜っ! ホントにどこもかしこも鏡だらけ!」

 

 天井も床も一面くまなく鏡張りとなっているその光景に感動して、あたしは呆然と立ち尽くした。

 

 ミラーハウスって言うだけはある。鏡の国にやってきたような不思議感たっぷりの空間は、自分がどこかに吸い込まれていきそうで少し怖い。

 

 ひとしきり周囲を見渡した後、恐る恐る壁に触れてみる。

 

 あたしがいっぱい。色んな角度から見えるあたしが四方八方に映ってる。

 

「これは……想像以上に目がチカチカするわね」

 

 視力の悪い祥子にはきついんだろうか。メガネを外して手のひらを目に押し当てて言う。

 

 スタートする前からそんなに目が疲れてるようで大丈夫だろうか。

 

「祥子ちゃん、ゆっくりでいいから、無理せず来な? 気分が悪くなったら、すぐ俺を呼んで! 飛んで迎えに行くから!」

 

 心配そうに覗きこんでくる高地さんをうるさげに押しのけ、

 

「気分が悪くなる前に出りゃいいんでしょ。行くわよ、真昼。こんな迷路、とっととクリアしてやる」

 

 真昼の手を引いて迷路の中に入って行ってしまう。あはは。祥子らしい。

 

「心配しないで、高地さん。祥子にはあたしがついてますから。じゃあ、お先に」

 

 祥子の後に続いて真昼も、ひらひらと手を振りながら鏡の中に消えていく。

 

 それでもまだ心配そうに頭をかいている高地さん。

 

「うう〜。また意地張ってんのかなぁ。俺が心配なんかしちゃったから」

 

 あははは。違う違う。ありゃ照れてんだよ。

 

 こないだのお姫様だっこでも思い出してんじゃないかな。恥ずかしくって顔が見れなくなっただけなのさ。

 

「行くぞ拝島! こっそり祥子ちゃんたちの後をつけるぞ!」

 

「はいはい。わかったよ」

 

 使命感に燃える高地さんが苦笑する拝島さんを伴い、祥子たちの後を追う。

 

 残るはあたしと朽木さん。あたしは迷路の入り口を見てフムと頷いた。

 

 スタート直後の道は二方向に分かれている。せっかくだから、先に行った二組とは違うルートで行ってみようかな。

 

「あたしたちはこっちから行こうよ」

 

 やや後ろに立つ朽木さんを振り返って声をかけると。

 

「そうだな」

 

 良かった。今度はちゃんと返事をしてくれた。

 

 やっぱ、さっきのはたまたまだったんだ。答えるのが面倒くさかったとか、朽木さんらしい理由で。

 

「んじゃ、しゅっぱーつ!」

 

 

 

 数分後。

 

 しばらく右往左往しながら進んだあたしは、段々とこの迷路が、思いのほか厄介であることがわかってきた。

 

 どこを見ても似たような風景で、しかもそれが混乱をきたす無限の自分。

 

 方向感覚が狂ってくるのだ。

 

 奥行きもさっぱりわからない。どこが壁でどこが道なのか。手探りで行かないと、そこに道があるということにすら気づけない。

 

「これってむちゃくちゃ頭が疲れるね」

 

「そうだな」

 

 あたしは壁を手で確かめつつ、道を探した。

 

 視覚の混乱は脳を混乱させる。視覚に頼るのはいっそやめてしまったほうがいい。

 

「ここに道があるぞ」

 

 と、朽木さんが反対側の壁を指差し、教えてくれる。

 

「ほいほい、そっちね」

 

 あたしはすぐさま朽木さんの示す方向に向かった。何の疑いもなく突き進む。

 

 そして。

 

 

 ゴイーン。

 

 

 ものの見事にぶつかった。

 

 想像して欲しい。何もないと思っていた目の前の道に、実は透明の壁があった。そんな時。

 

 ためらいなく進む体は、体重を前方に預けている。その無防備な状態で壁にぶつかると。

 

 まんま、体重分の衝撃が跳ね返ってくるのだ。自分の体に。

 

 

「ぶはっ!!」

 

 

 おでこやら肩やら鼻の頭やら、いたるところに痛みが走る。たまらずあたしは後ろにのけ反り倒れた。

 

「イタイタイタイっ! ちょっ、朽木さん! 思いっきり壁じゃんっ!」

 

 鼻頭を押さえながら涙目で頭上の朽木さんに訴える。

 

「おや、違ったか。悪かったな。道に見えたんだが」

 

 朽木さんは軽く首を捻って詫びた。少しすまなさそうに眉尻を下げる。

 

「大丈夫か? 立てるか?」

 

 自分のせいだから気にしてるんだろうか。珍しく、立ち上がらせようとあたしの手を引いてくれる。

 

「うん、だいじょう……」

 

「ああ、あそこに道があるな」

 

 パッと放された。立ち上がる前に。ちょっと待て。

 

 ドシン、と再び尻餅をついたあたしは、あたしを置いて奥に向かう朽木さんの背中を呆然と見つめた。

 

「あ、すまんグリコ。大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫。だけど」

 

 気のせいだろうか。今の、わざとじゃね?

 

 でも朽木さんがそんなセコイ意地悪をするとは考えにくいので、多分、わざとじゃなかったんだと思うことにして立ち上がる。

 

 半身をこちらに向け、あたしを待つ朽木さんのもとへと、痛む体を引きずって行く。

 

 うん。わざとじゃない。きっとわざとじゃない。

 

 朽木さんは、そんなセコイ人間じゃない。

 

 あたしは朽木さんを信じてる!

 

 

 

「グリコ、こっちに道が」

 

「ほいきた!」

 

 ドゴッ!

 

「あそこに道が」

 

「りょうかい!」

 

 バコンッ!

 

「やっぱりこっちか」

 

「まだまだ!」

 

 ゴイィーン。

 

 

 

 わざとだ。

 

 絶対わざとだ。

 

 わざとでしかあり得ない。

 

 段々すまなさげな表情もなくなって、涼しい顔で「すまんな」と謝る朽木さんをジトッと睨みつける。

 

 何度もひっかかる自分もバカなんだけど。朽木さん、ちゃんと道を教えてくれることもあるから、つい油断しちゃって。

 

 警戒心が解けたところを巧みに誘導されるのでひっかかってしまう。

 

「何度も間違えて悪かったなグリコ。安心しろ。もうゴールだ」

 

 爽やか笑顔を仮面のように被った朽木さんが、前方に見えてくる『GOAL』の文字をニッコリと指差す。

 

 くっそぉ〜〜っ。なんかスッキリした顔してないか!?

 

「後でジュースかなんかおごってもらうからね! 朽木さんのおかげでボロボロだよ!」

 

 鼻息も荒くドスドスと足を踏み鳴らしながらゴールに向かう。もうとっとと出たいよこんなとこ!

 

「わかったわかった。おごってやるよ」

 

「アイスとセットで注文してや」

 

「るっ」は「ぶっ」に取って代わった。

 

 頭から鏡に突っ込んだあたしは、半分目を回しながら、ずりずりと床に崩れていったのだった。

 

 

 

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