Act. 12-5
<<<< 栗子side >>>>
『はい、朽木です』
低くて通りのいい声が、しかし、いかにも面倒くさそうなテンションで流れてくる。いかにも朽木さんだ。
うぅ~ん、久しぶりのクールボイス♪ あたしは発奮まくりでがっついた。
「あ、朽木さん? あたしあたし!」
プツッ。
へ?
通話終了。
画面に寒々しい文字が残される。
ちょっと待て。用件も何も言ってないぞ?
「いきなり切るかヲイ!」
あたしは一も二もなくリダイヤルボタンを押した。
なんだよなんだよ朽木さん! 今日はとことん無視ってわけ!?
「オレオレ詐欺だとでも思ったんじゃねー?」
「ある意味、グリコに対する正しい反応だとは思うけど」
そうなんですか? 正しい反応なんですか?
ふん。甘いな。あたしがこのくらいで引き下がると思うなよ!
トゥルルル。トゥルルル。
呼び出し音が十五回くらい続いた後、通話状態に切り変わる。ようやく取ったか? と思ったけど、流れてきたのは留守録を促す女性音声ガイドだった。
「やっぱ、朽木は無理かも……」
あたしの失意を感じ取ったのか、拝島さんが沈んだ顔でうつむく。
なんの! あたしは諦めない! 居留守ってのはわかってんだしね!
「なにをスネてんだか知んないけどね! 子供みたいなコトしてんじゃないよ、朽木さん! 今、拝島さんも高地さんもいるんだから! 出ないとご近所にあるコトないコト1対9の割合でばらまいてやる!」
『うるさいぞお前は!』
サルゲッチュ! 捕まえやしたぜ親分!
ようやく電話に出た朽木さんを、逃がすかとばかりに気をひくような言葉でもって釣りあげる。
声を低くしてあたしお得意の匿名電話モード。
「お友達の命は預かった。返して欲しくばこちらの要求をきいてもらおうか」
『何の用だ?』
ありゃ。いつもよりノリが悪い。
冷たく放たれた言葉に、気が削がれたあたしは、普通の声に戻って「えっとね」と話を続けた。
確かに、いつも以上に不機嫌だこりゃ。突っ込みにキレがない。
「今週末、みんなで遊園地に行こうって盛り上がっててさ。朽木さんも当然来るよね? という意思確認の電話なんだけど」
『当然行くわけないだろう』
「あらあら。絶叫マシーンが怖いんでちゅか、ぼうや?」
電話の向こうのため息が聞こえてくる。朽木さんを怒らせるのはあたしのライフワークなんですの☆
『……拝島も行くのか?』
「もちろん。高地さんも祥子も真昼も行くよー」
『なら行ってもいいけどな……』
そこで朽木さんの言葉は途切れた。
なにやら言いよどんでる風な空白が少し置かれた後、
『……グリコ。拝島から何か言われたか?』
唐突な質問にあたしはきょとんとした。
拝島さんから? あたしに?
「別になんも言われてないと思うけど……何かって、ナニ?」
『いや……なんでもない』
微妙な濁し方をして、それから朽木さんの声が、不機嫌声に切り替わる。
『とにかく、遊園地には付き合ってやるが、それ以上のことは期待するなよ。やる気がない、とかこないだみたいに怒り出したら、即刻帰るからな!』
「優勝がかかってなけりゃ、やる気がなくても隅っこでのの字書いてても気にしないよー。でも写真はいっぱい撮らせてね」
『断る! お前のそういう無神経な態度がカンに障るんだ!』
「まぁまぁ、そんな大人げないこと言わな……」
『大人げないがどうした! お前みたいな変態よりはよっぽどマシだっ!』
おわっ。
なんだ? びっくり。
いきなりの開き直りもそうだけど、朽木さんがこんなに余裕もなく怒鳴り返してくるなんて。
「……どしたの? なんかむちゃくちゃ機嫌悪くない?」
さすがのあたしもこれはおかしいと思えてきた。
朽木さん、むっちゃカリカリしてる。
『……ああ。不機嫌だとも。俺の神経を逆なでするどこかのストーカーのおかげでな!』
ガチャンッ!
受話器を叩きつけるような音と同時に通話が切れる。
あたしはしばらくポカーンと携帯を握り締めていた。
……あたしのせい? 確かに、身に覚えは山ほどあるけど……。
なんだか今更すぎてピンとこない。
「朽木はどうだった? 栗子ちゃん」
呆気にとられて固まってると、拝島さんが様子を窺ってきた。
「あ、うん。遊園地はオッケーもらいましたよ。大丈夫です」
「朽木さん、そんなに機嫌が悪いの?」
真昼も心配そうにきいてくる。
それが、あたしに対する心配だとなんとなくわかったので、あたしはにへらっと笑ってみせた。
「まー確かにいつもより5割り増しくらいに不機嫌だったけど。いつものことだよ。こないだボイスレコーダー仕掛けようとしたこと、まだ怒ってるのかも」
「ボイスレコーダー?」
「色っぽい寝言がとれるかな~と思って。へへっ」
「……グリコ……。いい加減、犯罪はやめなって」
呆れたため息をつく真昼に「だってさ~」と首をすくめてみせる。
と、拝島さんがなにやら神妙な顔でぼそっと呟いた。
「それは違うよ…………」
へ? あたしたちは揃って拝島さんに目を向けた。
「なんか知ってるんですか? 拝島さん」
率先して確認の質問をすると、拝島さんの顔はますます沈んで痛々しさが加わってくる。
「ごめん…………。俺が朽木を怒らせたんだ……」
拝島さんが!? 朽木さんを!?
びっくり! 目が点点点!
「俺のせいなんだ……」
な、な、なんだその意味深なセリフわぁぁぁぁぁぁ!
気になる! 思いっきり気になるぞぉぉぉぉぉ!!
「朽木さんと何かあったんですか?」
正確には「ナニ」があったかどうかを知りたいんだけど。
もしかしたら告白!? も、もしかしなくても押し倒し!?
朽木さん、とうとうやったのか!? そして拒否られたのかっ!?
最後までいったのかどうかを、いっちょ絵付きで解説よろしくお願いしますっ!!
「ごめん。俺と朽木だけの話だから……」
そんな~~~~~~~っ!
「朽木とまた今度、よく話し合ってみるよ」
そこで拝島さんは固く口を閉ざしてしまった。
あたし以外のみんなは困惑顔でそれ以上は触れず、落ち込んだ様子の拝島さんを見守る。
あたしは一人、ウキウキと思案を巡らせていた。
これからどうやって朽木さんから美味しそうな事情を聞きだすか。そのことでもはや頭はいっぱいになっていたのだった。