Act. 12-4
<<<< 栗子side >>>>
「えっ!? 俺!?」
びっくり仰天した拝島さんは音を立ててティーカップを皿に落とす。
あたしは内心ため息をついた。高地さん、たまにこういう考えなしの発言で、気まずい空気を作ることがある。
案の定、困った顔をする拝島さんが何か言う前に、機転をきかせた真昼が素早くフォロー。
「そんなの、あたしと拝島さんがぎくしゃくしちゃうじゃないですか。お邪魔虫なんてポジションも嫌ですしねぇ?」
同意を求められて、「あ、うん。そう……だね」と相槌を打つ拝島さん。真昼に対して失礼にならないよう、気をつけようとしているのがわかる。
よかった。これなら心配なさそう。
高地さんはあっさり断られてムッとした顔で拝島さんを見た。
「なんだよ、男ならガツンと食いつけよ、情けねーなー拝島。せっかく真昼ちゃんとデートできるチャンスをやったのによ」
「俺には真昼ちゃんのエスコート役は無理だよ。きっと退屈させちゃうし」
「お前、自分がどんだけモテるか知んねーの? 俺の知り合いで真昼ちゃんに釣り合う奴ってお前くらいしかいねーぞ」
「逆にあたしが拝島にさんに釣り合うかって問題もありますよ?」
「いや、それはない! 真昼ちゃんほどランクの高いコ、祥子ちゃん以外にゃいねーし。拝島もなんだかんだ言いながら真昼ちゃんとデートできりゃ嬉しいに決まってる。男ってのはそういうもんなんだ」
つまり、高地さんもそういう男の一人だと。
バカだねー。墓穴掘って、祥子の目が冷ややかになってることに気づいてないのか、高地さん。
こりゃ当分、二人きりのデートは許してもらえそうにないな。
「男をひとくくりにしないで欲しいんだけど……」
横では拝島さんがなにやらぶつぶつと文句をこぼしてる。
と、視線を感じ、見上げると、何か言いたそうな拝島さんの目とあたしの目がぶつかった。
ん? 助け舟を出して欲しいのかな?
ま、あたしとしても、このままなし崩し的に拝島さんと真昼をくっつけられるのは困るし。
密かに心配していたのだ、この二人。真昼にその気はなさそうだけど、拝島さんが真昼を好きになる可能性はもちろんあるわけで。
朽木さんとくっついて欲しいあたしとしては邪魔せねばなるまいて。
とゆーわけで、空になったケーキ皿に荒々しくフォークを置くと、注目が集まる中、ズビシッと挙手!
「高地さん。あたしもいるのに、四人で遊ぶ相談ばっかするのって、あたしに対する挑戦状と受け取っていいですかね?」
ジト目で高地さんを睨みつける。
高地さんはハッとして、あたしの存在を今認めたと言わんばかりの焦り顔になった。
「ご、ごめん。グリコちゃんをのけ者にしたわけじゃ」
「遊びに行くんならあたしも誘ってください」
「じゃあ、グリコちゃんが一緒にダブルデートする? えっと……グリコちゃんの彼氏と」
なんでやねん。ダブルデートから離れんかい。
「彼氏? グリコに?」
と、その時、思ってもみなかった突っ込みが祥子から発された。
あ。やばい。
「あんた、彼氏なんていたっけ?」
「え、えっと……」
思わず言葉に詰まると今度は横から、
「男と自分がイチャイチャする図なんて寒すぎてごめんだ、とか言ってなかった?」
と真昼からも突っ込みを受ける。あうあう。
そういえば祥子と真昼には、あたしに彼氏がいるってウソついてるの、説明してなかったっけ。
「へ? 彼氏いないの? グリコちゃん」
「寒すぎる……って、どういうこと?」
あうあうあうあうあう。
「グリコは恋愛嫌いなん……」
「いいいいたんですけどね! あたしの理想がエベレスト級に高かったというかなんというか! 価値観の違う二人は些細なことですれ違い、やがて破局を迎えるのだったー的なアレで、まぁ、うまくいかなかったと!」
咄嗟に話を作るが、いかにもうそくさい。あたしは冷や汗をかきながら一気にまくしたてた。
そして祥子と真昼に目配せをする。そういうことにしといてマイフレンド!
「なんか、複雑そうな事情があるんだね……」
拝島さんがやや困惑気味ながらも、一応納得してくれる。
高地さんもあっさり信じたのか、うんうんと頷いた後にビッと親指を立て、明るい顔を作って言う。
「気落ちすんな、グリコちゃん。いつかグリコちゃんにも、俺にとっての祥子ちゃんみたいなベストラバーが必ず現れっからよ!」
「"lover"は"愛人"だっての、バカ地!」
祥子の右ストレートが決まったところで、この話はうやむやに終わってくれた。ホッ。
あたしは安心してコーヒーに口をつけた。さっき章くんとお茶した時は紅茶だったから、今度はコーヒーを注文したのだ。
まだ何かを問いたげな目であたしを見てる拝島さんは視界の端に追いやる。
これ以上なんか言ったらボロが出る。ごめんね、拝島さん。
「そんじゃやっぱダブルデートは拝島と真昼ちゃんに頼むしか」
「問題はそこじゃなくて、ダブルでもシングルでもあんたとデートする気はないってことなんだけど」
「えぇ~~っ、そんなぁ~~っ、祥子ちゃ~ん」
「デートにこだわらなくてもいいじゃん、高地さん。またみんなで遊べば。そうそう、こないだ推理レースでもらったやつ、遊園地の招待券がありますよ。団体もオッケーだから、みんなで行きません?」
あたしは、不毛な会話を断ち切るべく割って入り、バッグから細長い封筒を取り出した。
レースの賞品でもらった封筒。学祭からずっとバッグに入れっぱなしだったのだ、アハハ。
「へぇ~。これがレースの賞品か~。遊園地、面白そうだね」
封筒を開いて出てきた券に、みんなが注目する中、拝島さんが早速ノってくれる。
「今週末なら、あたしも丁度空いてるわよ」
と、これまた色よい返事の真昼。
「みんなで遊園地か~。ま、それでもいいっちゃいいかな」
「バカ地とペアを組まされるんでなきゃ行ってもいいわね」
高地さんと祥子の返事には全員苦笑いになった。
もくろみに釘を刺された高地さんは、頬をひきつらせたまま固まっている。
「んじゃ、あとは朽木さんだけですね」
言うと、拝島さんの顔がハッとなった。目の前で鐘でも突かれたかのように。
「朽木……来るかな……」
「めちゃくちゃ不機嫌だもんなー、このごろ。さっそいにくいよなー」
「あたしから言いますよ。今、家にいるんですよね? 電話してみよっと」
一番大事な人のことを忘れちゃいけない。あたしはバッグから携帯電話を取り出し、早速朽木さんちのダイヤルを押した。
「グリコちゃんて、対朽木の最終兵器だよな」
「周囲に無差別攻撃もしますけどね」
そんな高地さんと真昼の失礼なコメントは聞き流して、携帯を耳に押し当てる。
トゥルルル。トゥルルル。
そして十回目くらいだろうか。留守かなーと思い始める頃、ようやく通話状態になった。