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Act. 12-3

<<<<  栗子side  >>>>

 

 

 次に会う約束を交わして章くんと別れ、自転車置き場まで戻ってきた時、腕の時計を見ると時刻は4時半になろうとしていた。

 

 一刻も早く帰って原稿の続きをやんなきゃいけない。でもこの時刻はちょうど朽木さんが家に帰ろうとする時間なんだよね。

 

 もしかしたら、ちょっとだけでも姿を拝むことができるかも。

 

 最近ナマ朽木さんを全然見てないから、欲求不満がたまってるんだよね。

 

 あたしは即刻寄り道を決意すると、自転車にさっと跨って全力でこぎ始めた。朽木さんの大学へと。

 

「また来たのかこのストーカー!」なんてなじられることを思うと背中がゾクゾクしちゃう。

 

 やっぱ写真もいいけどナマだよね、ナマ。

 

 猛スピードで走ったおかげか、わりとすぐに天道大学の門が見えてくる。本屋からは駅ひとつ向こうくらいの距離だから近いのだ。

 

 と、ナイスタイミング! ちょうど門から出てくる拝島さんと朽木さん――ではなく、高地さんの姿が前方に現れた。

 

 あれ? 朽木さんは?

 

 不思議に思いながら二人の背中に声をかける。

 

「拝島さーん! 高地さーん!」

 

 あたしの大声に二人は揃ってこちらを振り向き、それから「やぁ」「よっ!」と挨拶をくれた。

 

 あたしは二人の前でキュッと自転車を止め、

 

「今、帰るところですか?」

 

「うん。帰るっていうか、これから祥子ちゃんと真昼ちゃんと待ち合わせだけど」

 

「え? 祥子と真昼?」

 

 なんでまた。今日は平日なのに。

 

「俺がデートしたいってしつこく誘ったら、二人きりじゃなきゃお茶してもいいって言われてさ」

 

 嬉しそうに頬を両手で包みこみながら教えてくれる高地さんにムムッと眉をひそめる。

 

 バリケードのあたしがいないのに誘いを承諾するとは。

 

「うーん。祥子も段々ガードが緩くなってきてるなぁ……」

 

 高地さんのあまりのしつこさに負けてきてるんだろうな。

 

「あんまり甘い顔しないよう、注意しとかないと」

 

「グリコちゃん……。お茶を承諾してもらえるまで、どんだけ厳しい道のりがあったと思うよ?」

 

 るーるるーと哀愁漂う高地さんの背中に木枯らしが吹く。

 

 うん、それぞ高地さんだ。やっぱりそうじゃなきゃね。ってそれはどうでもいいんだけど。

 

 暇潰しのからかい相手からはさっさと目を逸らし、あたしは拝島さんに顔を向けた。

 

「それで、朽木さんは先に帰っちゃったんですか?」

 

「ん……。まぁ、誘いをかける前に帰っちゃったんだけど」

 

 誘いをかける前に? 拝島さんを置いて?

 

「講義が終わると同時にソッコーでよ。あいつ、最近、みょーにカリカリしてんだ」

 

 真面目な顔に戻った高地さんがあたしの横に並ぶ。

 

 あたしはきょとんとそのツンツン頭を見上げた。

 

「カリカリ? 朽木さんの場合、それはデフォルトじゃないですか?」

 

「グリコちゃんに対してはそうかもしんねーけど、学校にいる時のあいつはどっちかっつーとにこやかだよ。なんか冷たいにこやかさだけどよ」

 

 そっか。いつもは朽木さん、人を寄せつけない笑顔のバリアを張ってるんだった。

 

「それで以前は声をかけづらい雰囲気があったんだけど、今はそれとは別に声をかけづれーよ。近寄る奴は斬る! みてーな殺気が漂っててよ」

 

「拝島さんに対してもそうなんですか?」

 

 聞くと、いつも明るい拝島さんの顔が途端にくもった。

 

「……うん……」

 

「珍しいよな。拝島にだけは優しかったのに、あいつ。今はめちゃくちゃ素っ気無いよな?」

 

 それは本当に珍しい。朽木さんが拝島さんに冷たいなんて。

 

 なんかあったんだろうか。

 

「ま、こんなところで立ち話もなんだから」

 

 グリコちゃんも一緒にお茶しに行こーぜ、と高地さんが誘ってくる。

 

 うーん。原稿の続きをやらなきゃなんだけど。

 

 でも朽木さんのことが気になったあたしは、結局、誘いに応じることにした。

 

 

 

 * * * * * *

 

 

「グリコも来たの?」

 

 祥子と真昼と待ち合わせしてるらしい駅前の喫茶店。

 

 店内に入り、奥の席に午前にも会った二人の姿を見つけて行くと、先頭に立つあたしの姿を見て、祥子と向かいあわせに座っていた真昼が目を丸くした。

 

「うん。ちょうど校門の前で会って、誘われた」

 

「今日は同人誌描くんじゃなかったの?」

 

「うん。そのつもりだったんだけど。やっぱ朽木さんの姿が見たくてさ」

 

 へらっと頬を緩ませて言うと、祥子が呆れた目で「病気ね」と素敵なひとこと。

 

 そうとも。ストーキング病は不治の病なのさ!

 

 中毒性もあるからかかると大変。

 

 それから各自好きなものを注文し、寄せ合った二つのテーブルを囲んで賑やかに雑談するあたしたち。

 

 祥子の顔を直接見るのは学祭ぶりだと、高地さんなんて大はしゃぎ。

 

 一月末にある試験の試験勉強で高地さん自身もなかなか暇がないらしい。

 

 それでも祥子と次に会う約束をとりつけようと、必死に涙ぐましい努力を続ける姿はさすが『不屈のナンパ男』と称されるだけはある。

 

 そんな高地さんに少しずつほだされてきたのか、相変わらず仏頂面の祥子だけど、高地さんが隣に座っても嫌そうに顔をしかめることはなくなった。接する態度は相変わらずだけど。

 

「美術館とかはどう? 来月、ゴッホ展やるとこあったよ。クレア=ビューラとかなんとかも」

 

「クレラー=ミューラー」

 

「そ、そう、それそれ! どう? 興味ある?」

 

「もう何度もみてるからいいわ」

 

「ぐあっ! え、えっとそれじゃあ……」

 

 微笑ましい二人のやり取りを横目に本日三個目のケーキを口に運ぶ。

 

 頑張れー。高地さん。まぁほどほどに。

 

 祥子と高地さんのそんな心温まる攻防をBGMに、一方、あたしと真昼と拝島さんは、

 

「ねぇねぇ、ペンタの神様みてる? 最近、ぱっとする人いないよねー」

 

「たまにみてるけどそうね。でもあたし、お笑いはよくわからないから……」

 

「友達が先週から始まったドラマが面白いって言ってたよ」

 

「あっ、知ってます! 検事さんがめちゃくちゃカッコイイ男優さんで」

 

 なんて最近のお笑い番組やテレビドラマについて盛り上がったりしてたんだけど。

 

 やがて、普通のデートのお誘いは無理だと高地さんも悟ったのか、

 

「それじゃあさ、二人きりが嫌なら四人でもいいからさ! ダブルデートってのはどう?」

 

「ますます気疲れするじゃない。そんなのは御免だわ」

 

「気心の知れた奴を誘えばいいんだって! 拝島! 真昼ちゃん! 一緒にどう?」

 

 突然、突拍子もないネタを拝島さんと真昼にふってきた。

 

 

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