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Act. 12-2

<<<<  栗子side  >>>> 

 

 

「神薙先輩は元気にしてる?」

 

 一階のティーラウンジでお茶することにしたあたし達。

 

 お世話になったお礼に章くんがご馳走してくれると言うので、遠慮なくおごられることにした。とりあえずケーキ全種類制覇いっとくか?

 

 メニューと睨めっこしながら適当に答えるあたし。

 

「元気元気。もりもり元気。少しヘタレが抜けたかな」

 

「ヘタ……。神薙先輩をヘタレって言う人、君くらいなもんだよ」

 

「そう?」

 

 メニューから顔をあげたあたしは、さっと右手をあげて店員さんを呼ぶ。やっぱ太るからケーキは二個にしておくことに。

 

 そして視線を前に戻すと。

 

「そういう遠慮のなさが神薙先輩の本音を引き出す秘訣なのかな?」

 

 おしぼりで手を拭きながら、くすっと柔らかな笑みを浮かべる章くん。

 

 おや?

 

 なんだろう。少し驚いた。章くん、なんだか前より大人っぽくなった気がする。

 

 そういや以前、やつれていた顔はすっかり健康的な色になり、顔つきも、可愛さの中に精悍さが同居してる、余裕のあるものに変わっている。

 

「カッコよくなったね~、章くん」

 

 あたしは賞賛の言葉は惜しまない。素直に褒めると、章くんは照れたようにはにかんだ。

 

「もしかして、新しい彼氏できた?」

 

 ニヤリ、と我ながらちょっとイヤらしい笑みを浮かべて聞くと、章くんはぎょっとした顔で、

 

「ち、違うよ! もともと僕は男色じゃないし……って、こんなところでそんな話させないでよ、グリコちゃん!」

 

 慌てて否定しだす。

 

「今度は受けと攻め、どっちでいくの?」

 

 ニヤニヤ。受け経験のある美男子なんて、腐女子にとっちゃ格好の獲物以外の何者でもない。心ゆくまでいじらせてもらおう。

 

「もうその話は……あ、そうだ! えっとね、僕、両親と話をして、学校を変えることにしたんだよ」

 

「え! ホント!?」

 

 必死に話を換えようとする章くんにノッてあげたわけじゃなく、あたしは気になってた話題に思わず身を乗り出した。

 

「法学部やめるの!? どこに行くことにしたの!?」

 

「これ」

 

 短くそう言うと、章くんはテーブルの上に置いていたビニール袋から、多分、さっき買ったばかりの本を取り出した。

 

 それは介護関係の本と――介護福祉士の資格についての本だった。

 

「厳しい仕事だけどね。養成学校に行って、介護福祉士を目指すことにしたんだ」

 

 お・おおおおおおお。

 

「介護……福祉士……」

 

 ふわぁ~~~。

 

 

 なんかカッコイイ。

 

 

「似合ってる! うん、似合ってるよ! 章くんの優しい性格には介護とか看護とか似合ってる!」

 

 あたしは興奮に飛び上がりそうになるのを抑えつつ、章くんの顔にぐっと迫った。

 

「そうかな?」

 

 嬉しそうに言う章くんの表情には、もう以前の翳りなんてカケラも残っていない。

 

 吹っ切れたんだ。そして、そんな章くんの真剣な気持ちを、お父さんとお母さんは受け入れてくれたんだ!

 

「良かったね! 許してもらえて良かったね!」

 

 章くんの手を握ってぶんぶん振ると、章くんは困ったような照れたような笑みを浮かべた。

 

 そっか。精悍さが増したのは、そういうことか。

 

 夢を見つけた人特有の輝きが、章くんを大人びて見せていたんだ。

 

「ありがとう。君と神薙先輩のおかげだよ」

 

「いやいや、あたしはゲイカップルの美味しい場面が見られればそれで良かったんだけどね」

 

 あたしの正直な謙遜に、章くんはなんともいえない生温かい目になる。

 

「……あ、そう……」

 

「んじゃ、あとは新しい恋人を見つけるだけだね。にゅふふふ。めぼしい男性はいないのかな~?」

 

「またその話に戻るの!? グリコちゃんて……。神薙先輩の心労がわかる気がする……」

 

 なんだとコラ。

 

 これでも少しは遠慮してるんだぞ。朽木さんの中学時代の後輩だと思って……。

 

 …………ん? 中学時代?

 

 そこであたしはハタと顔を上げ、正面に座る章くんに見入った。

 

 なんとなく、もう一度章くんに会いたいと思ってたけど。

 

 その理由がわかった気がする。そうだ。章くんは……。

 

 

「中学時代の朽木さん……」

 

 

「ん?」

 

「見たい! 中学時代の朽木さんの写真! 章くん、朽木さんの写真とか持ってない!?」

 

 そうだよそうだよ! 同じ中学だったんだよ、章くん!

 

 どんなに頑張ってももう撮れない朽木さんの昔の写真、持ってるかもしれないじゃん! めちゃくちゃ尖ってた頃の朽木さん、絶対可愛いに決まってる!

 

 あたしは息巻いて章くんの顔にツバを飛ばしまくった。

 

「え? 神薙先輩の?」

 

「うん! スナップ写真はないにしても、卒業アルバムとかあるでしょ?」

 

 期待に胸を膨らませて迫ってみるけど。

 

「うーん……。残念だけど、僕は先輩の一学年下だから、卒業アルバムに先輩は写ってないんだよ」

 

 やや引け腰になりながら章くんは答えた。途端、みるみる口角を引き下げるあたし。

 

「えぇ~。使えないなぁ、章くん」

 

 朽木さんのことが好きなら、そこは写真の一枚や二枚はゲットしておこうよ。

 

「ごめん、さすがに同性の写真を手に入れる勇気はなくって……。誰かに追及されると恥ずかしいし」

 

 あたしの勝手なぼやきに章くんは素直に頭を下げる。うっ、そんなピュアさを見せられると文句を言いづらい。

 

 でも。

 

「ちぇー。朽木さんなら隠れファンクラブとかあって、隠し撮り写真がいっぱい出回ってただろうになぁ~」

 

 あたしがしつこく残念なため息を吐き出しながら言うと。

 

「そういや僕が所属していた文芸部の先輩が、神薙先輩の隠し撮りをいっぱいしてたよ。小遣い稼ぎにって。神薙先輩のクラスメイトだから、色んな場面を撮ってて、女子にすごい人気だったって」

 

 なんと! 章くんは意外と有効なカードを持っていた!

 

「それだ! 章くん、その先輩に写真を見せてもらえない!?」

 

「えっ? 文芸部の先輩に?」

 

「そうそう! 写真、残ってないかきいてみてよ!」

 

「う、うーん……」

 

「お願い! 朽木さんのファンの子が写真を買いたがってるとかなんとか言ってさ!」

 

 あたしは目をキラキラさせながら懇願した。だって、中学時代の朽木さんの写真、見たい!

 

 すると、そんなあたしの熱意にしばらく悩んでいた章くんだったけど。

 

「うーん……。まぁ、グリコちゃんにはお世話になったし、じゃあ、とりあえず頼むだけ頼んでみてもいいけど」

 

 と二つ返事で承諾してくれたのだ!

 

「よくぞ言ってくれた章くん!」

 

 バンッと満面笑顔のあたしは章くんの両肩を思いっきり叩く。

 

 椅子を後ろに蹴倒しながら立ち上がった勢いのまま、強く。力強く。

 

 ケーキを持ってきた店員さんの前で、章くんは恥ずかしそうに縮こまったのだった。

 

 

 

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