Act. 11-10
<<<< 朽木side >>>>
「うおっ! すっげー! こんなに酒を隠し持ってたのお前!?」
「隠してたわけじゃない。料理に使ったりするんだ。あとは……趣味かな」
「うっそお前、これ十年ものじゃねぇか! どんだけボンボンなんだよ!」
「大事に飲めよ」
「の割にはケチだよな……」
高地のハイテンションに少しホッとしながらウィスキーやバーボンの瓶を書斎部屋のテーブルに並べていった。このままここで飲むことになったのだ。
早速ウィスキーに飛びつく高地に釘を刺す。
しばらく拝島の顔を直視できなさそうだ。さっきあった、腕の中の仄かなぬくもりを思い出してしまう。
グラスに氷を入れていく拝島の横顔をちらりと盗み見ると、全く変わらぬ様子で楽しげに高地の話を聞いている。
気付かれなかった、よな……。
今は高地がいる。告白しても最後まで持っていくのは難しいだろう。
事は慎重に運ばねばならない。告白前から避けられるような事態になれば、押し倒すこともままならなくなる。
慎重に……。機会を待つんだ。
「よしっ。乾杯すっか!」
「何に乾杯するの?」
「えっと。俺のCBT合格……」
「まだ合格してないだろ」
「じゃあ俺たちの友情に」
「そんなものはない」
「拝島ぁ〜っ! 朽木が冷たいよぉ〜っ!」
「あははは。照れてるんだよ。じゃあこないだの推理レースでの優勝はどうかな? 高地だって二位だったろ? おめでたいじゃん」
「……それ、俺にとっては微妙におめでたくな……」
「優勝おめでとう! かんぱぁ〜い!」
「ちょっ! スルー!? 拝島も何気にいじめっこキャラ!?」
そんな風に騒々しく始まった飲みは、酒を味わうという当初の目的もどこへやら。宴会部長の高地によりあっという間に一気飲み会に変わり、一升瓶とバーボン一本が空になった。
「もっと大事に飲めって言っただろ! 二本をチャンポンするな! 邪道だ!」
「細かいんだよお前! 腹に入れば一緒だっつーの!」
「高地。朽木の酒なんだから、もう少し遠慮しないと……」
「拝島くぅ〜ん、飲みが足りないよキミ。もっと飲め飲め! こういう場では遠慮なんてしない方がいいんだよ!」
「それはお前の基準だろ」
「澄まし屋すぎるんだよ、お前らが! もっと弾けろ! 二人して女っ気ないしよ! ホモかお前ら!」
ぐっ
高地の思わぬ突っ込みで、口にくわえた豆が喉につまった。二度三度と咳き込み、慌てて酒で流し込む。
「そんなワケないだろ。俺も朽木も今は学業を優先してるだけだよ」
いやそんなワケあるのだが。
拝島のフォローを喉の音の向こうに聞く。冷や汗が背中を流れる。
「この世で一番大事なのはラブだぜラブ! 人類繁栄の基本だぞ! 拝島、お前、女の子とイチャイチャしてぇとか思わねぇのか?」
また余計なことを言い出したな、こいつ。
眉をひそめ、酔っ払いの見本品の如く拝島に詰め寄る高地を僅かな警戒の目で睨む。拝島は返答に困っている様子だ。
「思わないこともないけど……」
「俺と祥子ちゃんみたくアツアツカップルになりたいとか思わねぇのか?」
「お前と立倉のどこがアツアツだ。それにまだ付き合ってもないだろ」
「うるせぇ朽木! これからだよこれから!」
今度は俺に暑苦しく絡んでくる高地の頭を掌で押し返した。
鬱陶しいことこの上ない。
くぐもった呻き声をあげ、次に高地は少しよろけつつ自分のバッグに手を伸ばした。
「俺と祥子ちゃんの相性はバツグンなんだかんな! これを見よ!」
と印籠でも向けるかの如く取り出した物は携帯電話。
星空の背景に『らぶらぶ相性占い☆』との声に出すのも躊躇われる文字がピンク色に浮かんでいる。
「……高地って占いとかやるんだ? 結構ロマンチストだよね」
「しかしさすがにこれはないだろ。二十二の男がよく堂々とこんな画面出せるな」
俺も拝島も呆れを隠し切れず、生温かい目で恥ずかしいディスプレイを見やった。
「だぁぁっ! 恋する心に男も女も関係ねぇっ! 今クチコミで流行ってんだぞ! 当たるって評判なんだかんなっ!」
「分かったよ。ごめんごめん。で、祥子ちゃんとの相性はどうなの?」
拝島が優しくも聞いてやる姿勢で高地を促した。
俺は心底どうでもいい。
高地は胸を張り、何故か大威張りで答えた。
「なんと! 聞いて驚け! ラブラブ係数157だぞっ!」
驚くもなにもその数値の度合いが分からないんだが。
どうコメントすればいいのやら。
「えっと……最高でいくつなの?」
「わかんね。でも200いったやつはいないらしいぜ。大体100前後だってよ。157でも相当でかい数字だって聞いたけど」
「……もう一本ウィスキー持ってくるかな」
「くぉら朽木っ! 流すなっ!」
真面目に聞くのも馬鹿馬鹿しくなり、立ち上がった俺の足にしがみつく高地を引き摺りながら扉に向かう。
まったく。付き合いきれない。
だが諦めの悪い高地はどうしても俺を引き込みたいらしく、
「ホントに当たるんだって! そだ! お前とグリコちゃんの相性占いやってみるか?」
「なんで俺とグリコなんだ! 勘弁してくれ!」
「だってお前と仲のいい女の子、グリコちゃんだけじゃん。俺、こないだまでグリコちゃんのカレシはお前だと思ってたんだぜ?」
とんでもない台詞にぞわっと背筋が寒くなった。
「冗談じゃないっ! あんな女と付き合うのはよっぽどの物好きだけだ!」
「またまたぁ〜。レースの時だってかなり息合ってたじゃねーの。カレシの前だと案外可愛い女の子してるかもしんねーぞ?」
「そんなこと……」
あるわけがない。第一あの女が男と付き合うとは到底思えない。
「グリコちゃんの生年月日知ってるか拝島?」
「えーと確か十二月の……」
ちょっと待て。なんで知ってるんだ拝島。
「ほいほい。朽木は確か六月だったな。二人の生年月日と性格を入れて……」
「こら! 勝手に占うな!」
「じゃじゃーん! 出ました! ラブラブ係数は……」
携帯を取り上げようと腕を伸ばす。しかし横から拝島に阻まれた。
「まぁまぁ。占いくらいで目くじら立てることないだろ?」
「あんな女とカップリングされるだけで不愉快なんだっ!」
心からの叫びをあげつつ、高地のくだらないおふざけに加担する拝島を苦々しい顔で振り返る。
と。
むに。
そんな俺の頬に、僅かな痛みが走った。
俺は目を疑い、唖然と硬直してしまった。何が起こっているのか分からない。
拝島の指が俺の頬をつねっている……? はは、まさかな。
目の前にある拝島の顔は笑っているのだ。俺じゃあるまいし、拝島はにこやかに乱暴するような奴ではない、はず……。
むにむにむに。
「つねりすぎだっ!」
思わず拝島の手を勢いよく掴んで引き剥がした。軽く現実逃避している間に、これでもかとばかりにつねりまくられたのだ。
「だって朽木。意地っ張りなところ、全然変わってないからさ」
「俺が何に対して意地を張ってるっていうんだ!?」
不愉快続きで段々苛立ってくる。いつもなら拝島に対して声を荒げることはないのだが、さすがに意味不明なことを言われては黙っていられない。
しかし、拝島はそれ以上に意味不明なことを言い出したのだ。
「栗子ちゃんのこと。ホントは気に入ってるくせに。素直になりなよ」
なっ。
な・な・な。
なんだとぉぉぉっ!?
言葉を失った。その瞬間走り抜けた衝撃は百万ボルトどころではない。
グリコを気に入ってるなどという戯言に対する驚きも無論あるが。
俺とグリコの仲を取り持つような発言を、拝島が……俺の想い人である拝島の口から聞かされることになるとは。
「あ…………あり得ないだろ」
悪夢だ――――
「あり得ないってことはないだろ? 栗子ちゃんといる時の朽木、楽しそうじゃないか。なのにあんな女なんて言い方――」
そうじゃない。拝島が俺とグリコを仲良くさせようというのがあり得ないんだ。
これは非常にまずい事態だ。なんとかして誤解を解かなくては。
などと頭を巡らせていると、
「えーっと。盛り上がってるとこ悪いんだけど……一応結果言ってもいい?」
高地が言いにくそうに横から割って入って来た。
とりあえずは話題を変えてもらった方がありがたいので、俺は即座に飛びついた。
「あ、ああ。いくつだ? 俺も見たいな」
「これまたすっげぇ奇跡的な数字だぜ。なんと! …………9」
「9?」
目が点になる。
高地の数字と桁が二つも違う? それはどういうことなんだ?
「こんな低い数字聞いたことねぇぞ。この二人の恋愛関係が成立することは難しいでしょう、だってよ」
画面を見せてもらうと、絵文字だらけで読みにくいが確かにそう書いてある。
しかしその下に――
「だけど友情係数は197! 二人はお互い失いがたい唯一無二の親友になれるでしょう、だとよ。すっげぇ極端な結果だなコレ」
それもなんだか嫌な気分だが。
まぁラブラブ係数が高くてひやかされるよりはマシだろう。
「確かに、あいつは滅多にない珍獣だし、友人でいる分には楽しくていいだろうな。けれど恋人にするにはやっぱり無理があるんだよ。拝島。これで分かっただろ? この際はっきり言わせてもらうが、俺はグリコに対して恋愛感情なんてこれっぽっちもない」
俺は携帯の画面を拝島に見せつけながら、ここぞとばかりに強調した。
「そう……なんだ。友人……。朽木、栗子ちゃんと友達でいいの? 本当に?」
困惑している様子の拝島に、更に念を押す。
「もちろんだ。友人以上にはなり得ない。グリコをそういう目で見ることは俺にとって100%あり得ないんだ。絶対に。信じてくれ、拝島」
じっと拝島の目を見て言うと、ようやく納得してくれたのか、
「……分かったよ。朽木がそう言うなら……」
まだ少し迷ってるような上目遣いで俺を見ながらも、小さく頷いてくれたのだ。
良かった。これでキューピッド役になることを諦めてくれただろうか。ホッと安堵の息をつく。
「お前ら浮気疑惑で揉めてる夫婦かよ……」
うるさいぞ高地。
「ま、どっちにしろグリコちゃんはカレシ持ちなんだろ? 友達にしかなんねぇよな。んじゃ次は……拝島も占ってやろか? とりあえずグリコちゃんと」
「え? 俺と? い、いいよ俺は」
まだやるのか。拝島とグリコだと? 冗談でも聞きたくない組み合わせだ。
「そう言うなって。やってみると案外ハマるんだよこれ。誕生日いつだっけ拝島?」
「七月……だけど」
「ほいほいっと。えっとな……おっ。ラブラブ係数146だってよ。彼女の傍若無人な振る舞いも男性側がうまく受け止め、フォローすることができます。意外と奥手な彼女を上手くリードしてあげましょう」
耳を疑う。
146? 嘘だろう?
奥手? 誰が?
「えっ……へ、へぇ。結構高いんだ」
俺はムッとして高地の手から携帯を奪い取った。
「もういいだろ。大の男三人が相性占いで盛り上がってる姿なんかハタから見たら寒いぞ」
携帯をパチンと二つに折り、テーブルの離れた場所に置く。
面白くない。
拝島とグリコの相性が高いこともそうだが、拝島のまんざらでもない様子が妙に気にかかって面白くない。
こんなのはでたらめだ。適当なことが書いてあるだけだ。
とは思うのだが、もし、万が一、グリコが拝島に恋心を抱くことがあったりしたら……?
拝島がそれを受け入れる、などという事態になったりは――――
駄目だ。まかり間違って拝島が女と付き合いだしたとしても、グリコだけは絶対に認めん。断固阻止してやる。
あいつと拝島を奪い合うなど、考えたくもないが。
「ったく、遊び心のないヤツだな。もっと心に余裕を持てよ」
「余裕がありすぎるのも問題だろ。進級が怪しくなるくらいなら余裕なんかない方がいい」
嫌味混じりに高地の文句を蹴り返す。
途端、「うっ」と言葉を詰まらせ、落ち込んだ風にテーブルにのの字を書き出す高地。
「……CBT……落ちたらどうしよ……」
「もう一年」
「言うな朽木ーっ! 落第したら退学させるぞって親父に言われてんだよ俺!」
喚きながら寄りかかってくる泣き上戸に肩を叩かれるが、まぁ仕方ない。好きにさせておいてやる。
まったく。テンション上がったり下がったり泣き喚いたり忙しい奴だ。
「大丈夫だって。この調子で勉強していけば落ちないよ。来年の実務実習のことだけ考えてなって」
「拝島ーっ! 心の友よーっ! 俺が女ならお前に惚れてた!」
「そ……そう? あんまり想像したくないけど」
「飲むぞーっ! 今日はとことん飲む! 飲んで忘れてやるーっ!」
こうして正真正銘酔っ払いと化した高地が中心となり、三人で酒瓶を次々と空けていくうちに夜は深まり。
結局今日もお泊りコースの酔っ払いが部屋に寝転がるはめになりそうだと、ため息を落とした時には既に日付が変わっていた。