Act. 11-9
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それから更に数時間後。
窓から射しこむ夕陽がの色が沈み、少し肌寒さを感じ始めた頃。
午前から淡々と勉強を続けていた高地の集中力がとうとう切れたらしく。
「だぁ〜〜っ! もうダメ! 朽木ぃ〜。今日はこのくらいにしてもいい?」
テーブルに突っ伏してギブアップ宣言した。
時刻は午後7時過ぎ。そろそろ夕食の時間なので承諾し、本を閉じる。
昼飯は弁当だったし、夕飯くらいは美味いものを食わせてやってもいいかもしれない。
何か作ってやるか。
仕方なくキッチンに立ち、冷蔵庫の中身と相談した末、魚介類とトマトたっぷりのパスタを作った。
できあがりを皿に盛り、運んでいると、ふと既視感に襲われた。
誰かの勉強の手伝いをして飯を作る……こういうこと、前にもあったような…………。
途端、頭の中に声が響く。
『わーい! 美味しんぼー!』
…………グリコか。
嫌なことを思い出してしまった。今はあいつの顔を思い浮かべるのすら腹立たしい。
即座に頭から閉め出そうと首を振った。
「うっひょー! ウマソー! 朽木、料理人になれるぞコレ!」
「そりゃどうも。ゆっくり味わってくれ」
「いいパパになりそうだよね」
「クッキングパパってやつか? ピッタリだなおい!」
調子に乗る高地の耳を軽く捻る。
「勝手に変な想像をするな」
長時間勉強に集中していた反動か、夕食は随分と賑やかなものになった。
料理の腕を褒められること自体は悪い気はしない。
拝島が喜んでくれるのも嬉しいしな。
美味そうな顔で頬張る高地と拝島を横目に、俺も自分の作品の出来映えに満足した。
勉強にエネルギーを費やしたからか、あっという間に空になる三つの皿。
そのうち高地がみやげの酒を飲もうと言い出した。
「せっかく覚えたことがアルコールで飛ぶんじゃないか?」
俺の冷ややかな視線にしかし高地は拳を固め、
「頑張ったあとのご褒美! 一日の締めくくりはやぁ〜っぱ酒だろ! せっかく高級酒あんだから飲まなきゃ!」
意地でも飲むぞと言わんばかりに日本酒の一升瓶を抱えて言い張った。
それでも俺は渋い顔をしていたが、拝島に諭すように肩を叩かれ、
「まぁまぁ。いいんじゃない? 確かに高地頑張ったし。俺もその酒飲んでみたいな」
「……はぁ。しょうがないな」
段々パターン化しつつある展開に諦めのため息をついた。
拝島に弱すぎるのはもう少しなんとかした方がいいかもしれない。
しかし、俺自身も飲みたい気分ではあった。
夢見が悪かった今朝から、胸の奥にもやもやする何かが溜まっていたのだ。
となれば今日はとことん飲むかと、つまみを探しにキッチンに向かう。
冷蔵庫の中にある物はハムとチーズが少々。ピスタチオやアーモンドの缶もある。
適当に皿に盛り付けていると、手伝いにきたのか、拝島がやってきて棚からグラスを取り出した。
「わお。この棚、バーのキープボトルみたい。凄いな朽木」
拝島が開いて感嘆の声をあげた棚はウィスキーやバーボンが並んいでる場所だろう。
「それも飲むか? ちょうどソーダも氷もある」
「うん。さんきゅー。あ、氷は俺が用意するよ」
瓶を掴んだ拝島がくるりとこちらを振り向く。その時、手が当たったのか、拝島の頭上で隣のウィスキーの瓶がぐらりと揺れた。
「っ! 拝島っ!」
俺の反応は素早かった。
咄嗟に拝島の肩を掴み、俺の胸に引き寄せる。そして落下しようとする角瓶に、もう片方の手を伸ばす。
ガラスの粉々に砕ける音を、一瞬想像した。
が、間一髪。ぎゅっと握った手の中にすり抜けようとする瓶の口がうまく収まった。
「……ふぅ……」
肺に溜まった息を深々と吐き出す。
拝島もウィスキーも無事だ。
……良かった。拝島もそそっかしいところがあるんだな。
そんなことに少し可笑しさを覚えつつ、肩の力を抜く。そして視線を拝島に戻したその時。
俺は、ようやく気が付いたのだ。胸元のぬくもり、微かな石鹸の香りに。
これは――。息が止まった。
なんというおあつらえ向きの状況だろうか。
――俺の腕の中に、拝島がいる――
どくん、と心臓が脈打った。
拝島は何が起こったのか分からない、という風に自分の手の中の瓶を見つめている。
「もしかしてぶつかった? ごめん朽木。瓶を割っちゃうとこだった」
「……いや、別に。酒のことは気にしなくても……」
肩を抱く手に拝島の柔らかな髪がかかる。
離れなければ、と思うのだが、体が動かなかった。拝島のうなじに目が吸い寄せられる。
俺を誘うかのような細さに。
――やばい。
抱き締めたい――
「朽木? どうかした?」
下から見上げる拝島の心配そうな顔に、体の中心が一気に燃え上がった。
熱くなっていく頬は色を変えてしまっただろうか。このままでは拝島に気付かれる。
「……なんでもない」
理性を総動員して拝島から離れた。