Act. 11-5
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今の会話、聞かれたか?
心の中で舌打ちし、母を一瞬盗み見た後、即座に決断し、外向けの顔を作った。
「やぁ、拝島。奇遇だな。ここで働いてたとは知らなかったよ」
拝島は従業員用のエプロンを着けていた。
手にはペンと伝票を握っている。注文を取りに来たウェイターであることは一目瞭然だった。
「あ、うん。バイトなんだ。朽木は……もしかしてこの近くに住んでるの?」
「ああ、そうなんだ。こっちは俺の母。母さん、彼は僕の同級生の拝島君だよ」
拝島拓斗を紹介すると、母は多少困惑した顔を見せたものの、すぐに愛想顔を作り、「こんにちは、冬也の母です」と頭を下げた。
拝島もつられてお辞儀し、自己紹介した後、
「お話中のところお邪魔しちゃってすみません」
とすまなさそうに付け加えた。
そして注文を取ると「いいのよ」と笑う母に「ごゆっくり」と好青年らしい爽やかな笑みを送り、厨房に引っ込んでいった。
あの様子なら会話を聞かれてはなさそうだ。
聞かれていたとしても聞かなかった振りをしてくれることだろう。
俺は安心し、その後は他愛ない話で母との会合を終わらせ、さっさと喫茶店を退散した。
どうということのない出来事のはずだった。
しかし翌日。
「朽木」
最後の講義を終え、帰ろうと薬学部棟を出たところで背後から拝島に声をかけられた。
「ああ、拝島か。何か用かな?」
なんの警戒心も抱かず振り返ると。
「朽木のお母さん、素敵な人だね」
そんなことを言い出したのだ。
わざわざ呼び止めてまで言うことでもないだろうに。俺は多少ムッとしながら返した。
「それほどでも」
「いや、素敵な人だよ。朽木のことを本当に心配してるのが横から見ててもわかったし」
「……俺を心配? 拝島。何が言いたいんだ?」
「ん……。昨日、盗み聞きするつもりはなかったんだけど、二人の会話が聞こえちゃって」
「……」
「朽木、聞く耳持たないって感じだったよね? 多分、家庭の事情だろうから、部外者の俺が口を挟むことじゃないとは思うんだけどさ。……朽木、もっとちゃんとお母さんと向き合った方がいいんじゃないかな?」
余計なお世話だ。
一瞬、湧き上がる苛立ちと共に眉根が寄るが、
「……ご忠告どうも。昨日はたまたま親と喧嘩しててね。みっともないところを見られちゃったな。すぐに仲直りするから忘れてくれ」
軽く受け流し、背を向けた。それ以上踏み込ませないためのいつもの防御壁だ。
拝島はお節介焼きの正義漢ではない。引くべきところは知っている。
だからその話はこれで終わってくれるだろう。そう踏んでいた。
そして予想通り、「そっか……」と俺を見送った拝島が、しつこく食い下がってくることはなかったのだが。
何を考えているのか、それから拝島はことあるごとに、俺に話しかけてくるようになった。
「朽木。課題のことでさ、教えて欲しいところがあるんだ」
「朽木。これから学食? 俺も一緒していいかな?」
「朽木。ごめん、教科書忘れちゃったんだ。隣で見せてもらってもいい?」
一人で行動するのを基本にしているとはいえ、あまり付き合いを悪くし、クラスで浮いた存在となるのも好ましくない。そのため、男からの誘いはほどほどに受けていた。
拝島が寄ってくるのも、そう無下にはできない。
「……俺でよければ」
それが間違いのもとだったのだろうか。拝島の接近を許してしまったのだ。
そして五月。気づけば拝島は自然と隣に来るようになっていた。
多少疎ましさを感じながらも、好みの男を近くで見るのは悪くない、そんな理由から放置していた状態は、はたから見れば仲が良いととれる微妙な関係を着々と作り上げていた。
GWも過ぎたある日のこと。拝島が両手を合わせ、頼みごとをしてきた。
「朽木。今度の週末さ、ちょっと買い物に付き合って欲しいんだ。女の人への贈り物を買いたいんだけど、何選んだらいいかわかんなくてさ」
「そんなのは俺だって同じだよ。高地とかに訊いたほうがいいんじゃないかな?」
「いや、センスは朽木のほうが断然いいから! ……って、あ、高地にはナイショね」
人懐っこい笑みでそう言われれば悪い気はしない。面倒だとは思いつつも、付き合ってやることにした。
だが――
拝島はデパートに着くなり花屋に向かい、無邪気な笑顔で言ったのだ。
「やっぱりカーネーションが定番だよね! 朽木もどう? 母の日のプレゼント」
『しまった』と思い、笑みを凍りつかせた時にはもう、がっちりと腕をとられていた。目の前に差し出されるのは赤い花。
……嵌められた……。
説教めいたことを言われたはあの一度きりだったので、油断していた。まさか俺にカーネーションを買わせるためだけに近付いてくる奴がいるとは。
「誰が買うか! そんなくだらないことのためにここまで連れてきたんなら、帰らせてもらう!」
腹立ちのあまり仮面を被ることも忘れ、拝島の腕を振り解こうと手を引く。
だがあの細い体のどこにそんな力があるのか、拝島はすっぽんのようにくっついて離れなかった。
「くだらないことじゃないよ! 仲直りするきっかけに、プレゼントは有効な手段だよ! 試しに贈ってみなって!」
「仲直り? そんな簡単なものじゃない。ほっといてくれ!」
「きっかけが欲しいんだろ!?」
「俺が? 勝手に決め付けるな! アンタが俺の何を知ってるっていうんだ!」
「朽木、自分でわかんないのか? 喫茶店でお母さんを見てる時のお前、辛そうだったんだよ。冷たい目で睨んだ後、ふっと悲しそうに目を逸らすんだ。本当の気持ちはもう許してるんだけど、無理矢理憎もうとしてるみたいに」
「……っ!」
「仲直りしなよ! 意地をはらずに、自分の気持ちに素直になりなよ!」
「黙れっ!」
カッとなり、思わず鋭い肘打ちを食らわせた。
手を放し、苦しそうに胸を押さえる拝島を置き去りにして、荒々しく足を踏み鳴らしながらその場を立ち去った。
俺が母を無理矢理憎もうとしてる?
意地をはってるだと?
そうなのだろうか…………いや、恐らく、そうなのだろう。
だからカッとなったのだ。
あの優しい父と母が、強引な神薙のやり方を黙って見過ごすはずがない。
抗議を訴えでててくれただろうことは容易に察しがつく。
だが、神薙の力には到底敵わない。圧力をかけられれば、父の会社など簡単に潰れてしまう。
父と母は、きっと板ばさみになったのだ。
会社に抱える数百人の従業員と、俺との間で板ばさみになり、苦しんだのだ。
それくらい、朽木家に戻った時の二人の辛そうな顔を見れば分かることだった。だが許してしまえば、俺のこのやりきれない気持ちはどうなる? 俺はどこに怒りと憎しみをぶつければいい?
誰にも手を差し伸べられなかった俺の不満を、どうやって解消すればいいんだ?
たまらない不快感がこみあげてくる。息が苦しくてたまらなかった。
たった一度母との会話を聞かれただけの男に、ここまで心を乱されるとは。
己の精神の未熟さを痛感する。それまで直視を避けていた、狭量で幼い自分も含めて。
拝島拓斗――――
むかつく男だ。
人助けでもしているつもりか?
憐れな人間に親身になってやってる優しい自分にご満悦か?
何様のつもりだ。偽善者め。
俺は決心した。拝島拓斗を陥れ、あの無邪気な笑顔を壊してやると。
汚れを知らない無垢な体を徹底的に穢してやると。
人の心に土足で踏み入るとどうなるか、その身に教えてやる――
次は金曜更新予定でいきます。それから月・水と、できれば週三日ペースで頑張ります。(^ ^;)
Act.11、今年中に終わる予定だったのに・・・・すみません。(汗)
青春小説大賞の結果は、残念ながら受賞となりませんでしたが、大賞候補作に入ることができました。
皆さんの応援のおかげです!
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これからも頑張りますね〜!(>∀<)ノ