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Act. 3-2.

 

 約束の時間になった。

 

 一応人との約束は守る主義なのできっちり時間通りに駅に着く。

 

 時間通りではあるが、どうやらあたしが最後だったらしい。あたしの姿を認めると、寺尾さん(今度は本当)は「さぁ行くよ!」と張り切って歩き出した。根っからの幹事肌な人だったようだ。

 

 女の子は、あたしを含めて四人。

 

 みんなばっちりメイクしてきてる。ナチュラルメイクといえど、してるとしてないとでは大違いだ。その化けっぷりには恐れ入る。

 

 あたしはというと、基礎化粧はしてるけどファンデーションの類はつけてない。地肌が白いのでつけてもつけなくても大差ないし。

 

 これは真昼に言わせれば「セールスポイント」らしいのだが化粧映えしないってのはどうなのよ。

 

 

 オンナ四人、男性陣への期待を話の華に、女子大生らしいきゃぴきゃぴさを振りまきながらしばらく歩いていると、カジュアルな雰囲気のバーに到着して、途端、女性陣の顔に緊張の色が浮かんできた。

 

 全員口をつぐんで、半透明のガラス扉をくぐる。

 

 店内は、青白い照明に彩られていた。

 

 ムーディなBGMも流れ、全体的に落ち着いた雰囲気を醸しだしている。

 

 程よくテーブルを仕切る、随所に置かれた観葉植物。白い制服のウェイター。

 

 お洒落。

 

 って、言うんだろうな。

 こういうところ。

 

 あたしはちょっと苦手だけど。

 

 

 奥に進むと、男性陣は既に到着してた。

 窓際の席で静かに座って待っていた。

 

 全員の顔を順に目で追い、あたしは心中「全員受け」とがっかりする。

 

 そこそこかっこいい人もいるにはいるけどあんまりランクは高くなかった。

 

 

 

『かんぱぁ〜い!』

 

 

 全然乾杯したい気持ちにはなれないけど、だからといって一人で反発して雰囲気壊すほどあたしも子供じゃない。

 

 でも一次会が終わったら早々に退散しようと固く心に決めた。

 

 

 

「へぇ〜栗子ちゃん、読書が趣味なんだ〜。なに読むの?」

 

 場もそこそこ盛り上がりを見せた頃、あたしの隣に座った男の人が質問してきた。

 

 席替えで男女混合席になったのだ。

 

 なにって……。

 

 どう答えようか一瞬迷った後、見栄は張らないことにした。

 

「やっぱ恋愛ものかな。乙女チックなのが好きです」

 

 男と男の、だけど。

 

「女の子ってラブストーリー好きだよね。何かオススメある?」

  

 いっぱいあるけど薦められるわけがない。

 

 あたしは自分が腐女子であることを広言して憚らないけど一応場の雰囲気に合わせて隠す時もある。

 

 ここであたしが「ありますよ。例えば銀○の桂×銀本とかむっちゃ萌えで」とか言い出すと一気にひかれて空気が氷点下に陥るのは目に見えてる。さすがにそれは寺尾さんに悪いので、

 

「男の人には読むのも恥ずかしいようなのばっかですよ」

 

 と、無難にかわしておいた。

 

「俺もさ、本結構読むんだよ。川端康成とか森鴎外なんて全部読んだし……」

 

 へーほーふぅ〜〜〜ん。

 

 そんなの自慢気に言われても凄いなんてちっとも思わない。

 

 男の人ってどうしてこう自慢話が好きなんだろ。

 

 そしてそんな風に語りワールドに入ってる時って、大抵相手がうんざりしてるって気付かないんだ。

 

 あたしは名前も覚えてないその人の話を右から左に聞き流し、さも聞いてるかのように顔を向けながら視線は窓の外に泳がせていた。

 

 この店は一面がガラス張りの窓なので外の景色が丸見えだ。

 

 つい、いつもの癖で、通りを行き交う人の顔を目で追ってしまう。

 

 この人もどうやらこの合コンで一番のイケメンだし悪くはないのだが、あたしは見る専門だから喋るのは苦手なのだ。

 

 苦手ってのは、口を開くとついバレそうになる自分の正体を隠しながら喋らなきゃいけないからだけど。

 

 その点、朽木さんと話すのは楽でいい。

 

 あたしは至上最高の攻め男の顔を思い出し、にへっと口許を緩ませた。

 

 あたし好みの冷たい眼差し、キツイ口調。

 全身から漂う俺様オーラがもう最高にしびれる。

 

 それでいて、あたしの言うことを軽蔑の眼差しで見下しながらも拒絶せずちゃんと聞いてくれるのだ。

 

 普通なら曖昧な笑みを返し、一歩ひいて翌日からは目も合わせてくれなくなるような話も、朽木さんは受け入れてくれる。

 

 だから、朽木さんの傍はすごく居心地がいい。

 

 拝島さんと話してる時の優しい顔も萌え〜だしね!

 

 

 なんて妄想の世界に浸ってたからだろうか。

 

 ふと、窓の外を歩く人の顔が朽木さんに見えた。

 

 幻覚を見るようになるとはかなりキテるのかあたし?

 

 と思ったけど、何度瞬きしてもやはり朽木さんの顔に見える。

 

 ってゆうかあれ、朽木さんじゃない?

 

 

「えっ!?」

 

 

 思わず声をあげてしまった。

 

 外の通りを歩く長身黒髪イケメン男性は、やはりどう見ても朽木さんだったのだ。

 

 べつに、ここは朽木さんちからさほど遠い場所じゃないしこの近辺では一番の歓楽街だから、朽木さんを偶然見かけるのもおかしな話ではないのだけれど。

 

 朽木さんの隣には、もう一人の男性がいたのだ。

 

 拝島さんじゃない。

 

 友達? ううん、あれはただの友達じゃない。

 

 朽木さんに、はにかんだ顔で話しかける青年。

 

 拝島さん程じゃないけどなかなかのイケメン。朽木さんの好みっぽいと直感する。

 

 彼を見る朽木さんの顔は甘い魅惑的な顔で、彼との関係がただならぬものであることを物語っている。

 

 実はこないだ朽木さんちに行った時、洗面台に歯ブラシが数本並んでるのを目にしたのだ。

 

 ニ本なら「同棲?」と怪しむところだが、五、六本あり、単に多めに置いてるだけ、と一見思わせられる。でも、だからこそあたしは「アヤシイ」と感じていた。

 

 きっと、特定の誰か、もしくは、朽木さんちに泊まる行きずりの人用なんだろうと。

 

 で、朽木さんの隣にいる『彼』は、行きずりの男性なのかというと、今日出会った風には見えない。

 

 多分……「セ」のつくフレンドだ。

 

 朽木さんめぇ〜〜拝島さんという想い人がありながら。

 

 

 ちゃっかりつまみ食いしてるんじゃん!

 

 

 まぁしても悪くはないけど。

 

 などと考えつつ、あたしの脳はしっかりその男性の顔をインプットしてる。

 

 新たな妄想のおかず、いただきました。ごっつぁんです。

 

 

 あの人、元はノンケかな。朽木さん、どんな風にオトしたんだろ。

 

 あたしを脅してきた朽木さんの、獲物を狙う肉食獣のような目を思い出し、それを彼に向けてうふんあはんな展開になるのを想像して頭がピンク一色になりのぼせてきた頃。

 

「栗子ちゃん?」

 

 目の前の男の人が怪訝な顔で覗き込んでることに気付いた。

 

 あ、合コンの最中だったんだ。

 

 やばいやばい。夢の世界に旅立っちゃうところだった。

 

 あたしは慌てて笑顔を繕った。

 

「あ、ごめんなさい、ちょっと酔っちゃったみたいです。少し、外の空気吸って来ますね」

 

 立ち上がって店の外に向かう。

 

 うぅ〜〜のぼせて赤くなった顔を戻さなきゃ。

 

 といっても店の扉を開けるとむわっとした空気が絡み付いてきて、頭を冷やせるような季節じゃなかったことを思い出す。

 

 店の中の方が全然涼しいじゃん……そりゃそうだ。

 

 外に出て、朽木さんと彼氏が去って行った方角を見つめる。当たり前だけどもう二人の姿は見えなかった。

 

 今度、これをネタに朽木さんをからかってやろ。

 

 と思ってると、

 

「大丈夫? 栗子ちゃん」

 

 さっきまで話してた男の人があたしを追いかけてきてくれたようだ。

 

 後ろから声をかけられた。

 

「ん? あ、平気平気。大丈夫ですよー」

 

 なかなか優しい人だ。きっとモテるんだろうな。

 

 にこっと笑顔で返すと、その人はあたしに歩み寄ってきて。

 

「なんなら、このまま二人でどこかに行く?」

 

 目を細めて言ってきた。 

 

 

 ん?

 

 なんか、近すぎないか?

 

 名前も覚えてないその人は、どことなく厭らしい笑みを浮かべながら。

 

 

 どんどん、にじり寄ってくる。

 

 

 ちょっと待て待て?

 

 知らず、あたしは後ろにさがってたらしい。

 

 背中に建物の壁がぶつかった。

 

「どこかって……喫茶店ですか?」

 

 さすがにそんなわけがないとは分かってるけど。一応、訊き返しておいた。

 

「もっと静かな場所で、飲み直そうよ」

 

 はて。

 

 あたし、そんな誘いをかけられるような行為をしたかな?

 

 人の話を大人しく聞いてただけだし、化粧だって全然気合入ってない。

 

 それともこれはあたしの考えすぎで、単に他の店に行きたいってだけなんだろうか。

 

 男と女の駆け引きには詳しくないのでよく分からない。

 

 あたしが返答に詰まってると、その人はぐっと顔を近づけてきて言った。

 

 

「顔、赤いよ」

 

 

 はっ!

 それかぁぁぁっっ!!

 

 

 あたしがのぼせたのが、誘ってるように見えたのか!

 

 いやいやいやいや。

 

 違うんだ。これは違うんだよマイケル。

 

 淫らな妄想にふけってたからであって……ってますます誤解されるやん!

 

「可愛いね。このままキスしたら、どうなるのかな?」

 

 

 ぞわぞわぞわっっ

 

 

 寒いものが全身を駆け抜ける。

 

 猫だったらまさに全身逆毛状態。

 

 BL本の中で読むと甘くて鼻血もんなセリフも、自分が言われるとこんなにお寒いものなのか!

 

 栗子、またひとつ大人の階段昇っちゃった…………。

 

 

 あたしが声も出せないでいると、男は調子にのってますます顔を近付けてきた。

 

 もう、あと僅かで唇が触れそうになるほど、息遣いが伝わってくるほど――近い。

 

 

 この、寒冷前線スケコマシ男がぁぁぁ〜〜〜!

 

 

 あたしはぎりっと奥歯を噛みしめると、

 

 

「こうなるんです!」

 

 

 一旦腰を落とし、かがむ姿勢になった後、一歩前に身を乗り出しながら、勢いよく立ち上がった。

 

 

 がつんっ!

 

 

 頭に衝撃が伝わるのと同時にええ感じの音が鳴り響く。

 

 あたしの渾身の頭突きは、男の顎に見事クリーンヒットしたようだ。

 

「ぃってぇぇ――――っ!」

 

 男は顔を両手で覆いながら悶え苦しみだした。

 

 ざまぁみろ。

 ではあるのだけど……。

 

 

 ごめん、寺尾さん。

 あちき、やっちまいました。

 

「もう酔いは醒めたみたいなんで、あたし、席に戻りますね」

 

 男が怒りに我を忘れて反撃してくる前に、あたしはそう言い置いて素早く店内に戻っていった。

 

 一度だけ笑顔を送り、それからもう二度と振り返ることなく。

 

 

 やっぱ合コンって苦手だわ。

 

 席に戻りながら、ペロリと舌を出した。

 

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