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Act. 9-16

<<<< 栗子side >>>>

 

「これであたし達、1位だね!」

 

 あたしのやや前方を走る朽木さんに、大きな声で叫ぶ。

 

「ああ、そうだな」

 

 素っ気無さそうで、その実、少し楽しそうな声が返ってくる。

 

 口元がびみょーに笑ってるよ、朽木さん。

 

 記念ホールのきらきらしたガラス窓が見えてくる。用があるのはここじゃないけど。

 

 大学の東北端を目指すのだ。部室棟は、グラウンドの端っこにあるから。

 

 また口をつぐみ、しばらく高地さんの背中を追いかけながら無言で走った。

 

 記念ホールがバックに去っていく。

 

 続いて十字路を左に曲がる。

 

 さすがにあたしも息が苦しい。

 

 朽木さんは、ほとんど息を乱さず走ってる。あたしにスピードを合わせてくれてるから涼しいもんだ。

 

 こうして一緒に走ってると、海に行った日のことが思い出され、自然と口元がにやけてきた。

 

 なんだろう。朽木さんとこうしてるのって、凄く楽しい。

 

 なんにつけても容赦ない朽木さんの隣に並んで走るのって、凄く心がウキウキする。

 

 ずっとこうしてられたらいいな。

 

 ふと、そんなことを思った時、見えてきたグラウンドの向こうに、部室棟らしき白いプレハブハウスが現れた。

 

 

 

「おっしゃ、到着!」

 

 結構立派な二階建てのハウスの敷地内に入り、高地さんが嬉しそうに叫ぶ。

 

 と。 

 

「とっととおろしなさいよ!」

 

 ぱぁ〜〜〜ん!

 

 いい音が鳴り響いた。祥子が高地さんの頬を引っぱたいた音だ。

 

「しょっ、しょんなぁ〜〜」

 

 目をうるうるさせる高地さんの腕からおり、真っ赤な顔を怒りにひきつらせながら祥子が地面に立った。

 

「ったく、恥ずかしいったら……。二度とこんな事したら許さないからね!」

 

「ごめんよ、祥子ちゃぁ〜〜ん」

 

 あ〜あ、可哀想に……。せっかく頑張ったのにね。

 

 もはや恒例化しつつある生温かい視線で見守った後、気を引き締めなおしたあたし達は、休憩する間もなく、早速、演劇部部室の捜索を開始した。

 

「演劇部。演劇部の部室は……」

 

 ざっと一階の部屋を走って見て回る。

 

「あった!」

 

 目的の部屋を一番最初に見つけたのは高地さんだ。

 

「一階にあったんだ。助かったぁ〜〜」

 

 ぜぇぜぇ息をつきながら安堵するあたし。たっぷり走らされた上に階段の昇り降りまであるのは勘弁ですたい。

 

 ちなみに、疲労状態の祥子と体力を大幅に消耗したあたしとは違い、男二人はさほど疲れた様子はない。

 

 朽木さんはともかくとして、高地さんは本当に化け物なんじゃないだろうか。

 

 扉を開き、中に入ると、ダンボールの山やテーブルの上に散らばった服、本や日用品などでごちゃっとした室内が現れた。

 

「お待ちしておりました!」

 

 部屋の中にいたのは警察官だった。まるで本物のように、きびきびと敬礼してあたし達を迎え入れてくれる。

 

「探偵殿。何か手がかりとなる物はないかとこの部室を捜索してたのですが、こんな物を発見致しました。どうぞご覧ください」

 

 手渡された物は緑の表紙の――台本だ。

 

 なんでここに台本が?

 

「古い台本の山に紛れていたものです。事件に関係あるかの判断はつきませんでしたが、念のためにと思いまして」

 

 頭に疑問符をつけながら覗き込む。朽木さんが警察官から受け取り、パラパラとページを捲ってみせた。

 

 どうってことはない普通の台本。さっき舞台の練習に使われていた物と同じだ。

 

 と思ったのは、最初の半分近くを捲るまでだった。

 

 普通と違うところは、呆気なく露見した。

 

 真ん中あたりのページが、数十ページにわたり、破り取られていたのだ。

 

 更にそこにはよーく目を凝らさないと見逃しそうだけど、小さな赤い点がふたつばかりあり、血飛沫のように見える。

  

 決定的だ。犯行当時、これは間違いなく現場にあった。

 

 それだけでも十分驚きだったのに、更にページを捲ると――

 

 一本の髪の毛が、挟まっていたのだ。

 

 長い茶色の髪――ロン毛の茶髪、山崎君の顔が頭に浮かぶ。

 

 やっぱり彼が犯人なのかな?

 

 考えを巡らせながらページをもっと捲る。と、今度は後ろの方に1ページ、薄っすらと斜めの筋がついてるページを見つけた。

 

 なんだこりゃ?

 

 マーキングとか何かのチェックとか、そんな意味のある線に見えない。インクが付いちゃったとか、そんな感じの線。印刷ミスかな?

 

「なるほど。そういうことね」

 

 既に答えが出たらしい祥子がひとつ頷いて顔を上げる。

 

「これで証拠は揃ったことになるんじゃないか?」

 

 朽木さんも顔を上げ、警察官に目を合わせて質問した。

 

「それが証拠になるかは分かりませんが、警部から、関係者を全員集めたので、犯人が分かったなら記念ホールの舞台にまで来て欲しい、との伝言を賜わっております」

 

 犯人が分かったなら……。

 

「ってことは……」

 

 朽木さん、祥子、高地さんの顔を順々に見回す。皆、同じことを考えてるのがその目で分かる

 

 

「ああ。犯人逮捕劇。最終舞台だな」

 

 

 全員の顔に、緊張の色が走った。

 

 台紙の空欄は、あとみっつ。その中のひとつに警察官からもらったシールを貼り、残すところ僅かとなった台紙をじっと見つめた。

 

 長かった……やけに長いレースだったけど。

 

 

 とうとう次で最後だ!

 

 

 * * * * * *

 

 部室を出たあたし達は体を休めるためスピードを早足に留め、記念ホールを目指して進んだ。

 

「結局台本の使いどころは?」

 

「ホールで説明する」

 

 質問をすげなく返され、しょんぼりんこ。

 

 仕方なくまた一人で推理に挑戦してみる。

 

「多分、凶器の持ち運びに使ったんだよね。台本に挟めば袋に入れなくても凶器を持ち運べるもんね。それに持ってるのが台本だけだと金森君に警戒されにくい。あんだけページが破り取られてたところを見ると、返り血を防ぐのにも使われたっぽいかな」

 

「なんだ、分かってるじゃないか。その通りだ」

 

 お。褒められた。

 

 そこで高地さんも推理に加わってくる。

 

「とすれば、台本に関わってる早川と山崎が怪しいってことになるな。早川は1時5分にホールを出て1時25分に戻ってきた。犯行時刻はずっと会場にいた。山崎は1時20分にホールに来てすぐ出て行った。1時40分に戻ってくるまでのアリバイは一応あるけど、お茶なんて用意しとけばいいことだし、結局犯行可能なのは山崎だけってことで山崎がアタリ……ってのは単純すぎるよなぁ」

 

「そだね。きっとなんかのトリック使って遠隔殺人したんだよ!」

 

「そんな複雑な話じゃないって言ったでしょ。単なるアリバイ工作ものよ、これは」

 

 祥子がヒントをくれる。

 

「そうなの?」

 

「そもそもなんで犯行時刻を1時半から45分だと思ったのか、言ってみな」

 

「それはえーと、携帯にメール来たのが1時半で、手紙で呼び出されてた時間も1時半だから」

 

 言いながら記憶を思い起こしてみる。

 

 呼び出しの手紙……。

 

 金森君の胸ポケットから出てきた手紙。印字で書かれたそっけない手紙。

 

 あれで、呼び出された……?

 

「あっ!」

 

 途端、頭の靄が晴れたような気分になった。

 

 あれは、呼び出されたんじゃない。

 

 あの手紙は後から胸ポケットに入れることもできたんだ。

 

「そもそもあの手紙は呼び出しに使うには不適切だ。ホールにはピアノ倉庫、大道具倉庫もある。どの倉庫のことを指してるのか分かりにくいだろ? 相手が迷うかもしれない。手紙で呼び出すなら隣の機械室の方がよっぽど確実だ」

 

「それにあんな手紙でノコノコやってくるなんて無用心すぎるわよ。多分、犯人は直接被害者に声をかけて連れて行ったんだわね」

 

 そ、そうかっ。手紙は偽装だったんだ!

 

 って手紙一枚でそこまで読めるこの二人って……疑り深い証拠か?

 

「でも、携帯からのメールはどうなるんだ? 携帯は金森が持ってたんだろ?」

 

「本人が送ったとは限らないでしょ」

 

 高地さんの質問に祥子がそう思考を促すように切り返した時、前方に人だかりが見えてきた。

 

 記念ホール前の広場。

 

 レース開始時は人影もまばらだったそこに、さっきの大通りと同じく人が集まっていたのだ。

 

 うひゃ。なんか、どんどん人が増えてきてない? どうなっちゃってんのコレ?

 

 これからコンサートでもあるのかってくらい広場が人でごった返してる。

 

 唖然とするあたし達四人の姿を認め、中継のカメラマンが近寄ってきた。実況アナウンサーの人がマイクを構え、早速実況を開始する。

 

「来ましたぁぁぁ〜〜〜〜っ! 現在同列一位の朽木・桑名ペアと、高地・立倉ペアです! とうとう犯人を逮捕すべく、この記念ホールに現れましたぁ〜〜っ!!」

 

 うは。滅茶苦茶盛り上げられてる。広場中の視線が集まってきてさすがに怖い。

 

 祥子と朽木さんは、そんな大衆など見なかったとばかりにホールへの最短距離をひた進む。アナウンサーを意地でも視界に入れようとしない。

 

 調子に乗って手を振り出す高地さんを置いて、あたし達三人は最終舞台である記念ホールの中へと突入した。

 

「あっ! 待ってみんな! 置いてかないで〜〜!」

 

 さっき上がった株は今ので見事に下がったよ高地さん……。

 

 舞台への入り口に着いた時は、なんとか追いついた高地さんと、四人並んで扉に対峙した。

 

 そして朽木さんが、ギィと軋みを上げる赤い革張りの扉を開いた中。

 

 荘厳と陳列する座席の奥――舞台の上に、全てのキャストが揃っていた。

 

 

 

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