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Act. 9-15

<<<< 栗子side >>>>

 

 全力全開になったあたしと朽木さん。

 

 次なるポイント、電子実験室の大きな扉の中に、二人同時に飛び込む。

 

 いかにも実験室な感じの機材が並んだ棚とか、大きなテーブルがいっぱいだとか、そんな外観はもうどうでもよくて。

 

 大テーブルの上に置かれたボードに素早く駆け寄る。朽木さんがクイズを解いてる間にあたしはシールをスタッフから受け取り、台紙に貼りつけた。

 

 それから慌しく実験室を飛び出す。次はひとつ北の建物だ。

 

『大会議室』のプレートが貼ってある大きな引き戸を開けて中に入り、コの字型テーブルの前で立て札を見てるところだった四人の人影を認め、競うように駆け寄った。

 

 驚いて振り返った四人の内の二人は知らない顔だ。多分上位三位以内のペアの一組。もう一組は祥子と高地さんだ。

 

「ど、どうしたんだよ朽木。血相変えて」

 

「悪いな高地。俺も本気を出すことにした」

 

「えっ!?」

 

 会話を短く切って、驚きを浮かべる高地さんをよそに、朽木さんは立て札の文字を目で追い始める。

 

 ここに用意されてたものもクイズだった。

 

 事態をいち早く察した祥子が、高地さんの手をグイと引いて実験室を出て行く。素早く取ったシールと次のポイントが記された紙を手にして。

 

「走るよバカ地!」

 

「分かった!」

 

 二人の姿が完全に消えた後、朽木さんが動き出した。

 

 箱から取り出した紙とシールを持って走り出す。遅れじとあたしも横に並んで部屋を出た。後に呆然とする一組を残して。

 

「次は右隣の理工学部棟の一階にある階段教室だ!」

 

「ほいさ!」

 

 朽木さんに指示されるまま、目的地目指して建物の外に躍り出る。

 

 隣の建物に入っていく祥子と高地さんの姿が見えた。二人との差は僅か。

 

 ドタバタと勢い良く飛び込んだ階段教室には、ここにも一組参加者がいて、さっきの参加者と同じく呆然とあたし達を見つめる。

 

 急いでボードの前に行くとまたもやクイズ。

 

 クイズクイズクイズ。どこまで引っ張りまわす気じゃこらぁ!

 

 焦りを見せる祥子と高地さんの行動は素早かった。あたし達が立て札を読み始めた時にはもう移動を開始する。

 

「祥子!」

「グリコ」

 

 すれ違う一瞬。視線を絡ませるあたしと祥子。

 

「負けないよ」

「それはこっちのセリフ」

 

 ニッと笑うあたしと微かに口角を吊り上げる祥子。

 

 滅多に見ないその表情に、祥子の本気を感じ取った。

 

 まったく。素直じゃないよね、祥子。

 

 そんだけ高地さんのコト大事なんじゃん!

 

「グリコ! 二階だ!」

 

「らじゃ!」

 

 朽木さんの声が発されるより早く、あたしの足は駆け出した。

 

 階段を先に昇る二人の後を、一足飛びに追いかける。次の教室に辿り着いた時には、あたし達四人は団子状態になっていた。

 

 ボードに駆け寄る祥子と朽木さん。見たと思った直後に二人の顔が振り返る。

 

「バカ地!」

「グリコ!」

 

「おう!」

「ほいさ!」

 

 即座に反応したあたしと高地さん、並んで身を乗り出し、ボードの文字をぱっと読み、

 

「聖なるほこらで、『雨雲の杖』と『太陽の石』を合わせとできるものは」

 

『A! 虹のほこら!』

 

 同時にAの箱に飛びついた。

 

 なんなんだこのレース。何故にここでドラクエ1?

 

 主催者の茶目っ気ぶりが窺える。

 

「なんでやねん!」のノリ突っ込みの手を差し込み、取り上げた紙を開く。出てきた文字を声に出す。

 

「部室棟演劇部部室!」

 

「ホールの少し北だ。また結構距離があるな」

 

 あたし達四人は競い合いながら理工学部棟の外に出た。

 

 しかし、出たのはほぼ同時だけど、ここで祥子に異変が起こる。

 

 足取りがふらついてきたのだ。

 

 もともと体力のある方じゃない祥子、こんなに歩いたり走ったりしたのは久しぶりなんだろう。

 

 額にびっしり汗をかき、苦しそうに息をつく。思わずあたしも足を止めてしまった。

 

「大丈夫!? 祥子ちゃん!」

 

 そのスレンダーな体を支えながら気遣う高地さん。

 

「大丈夫よ。走って」

 

「大丈夫なワケないだろ! 体力の限界じゃないか!」

 

 相変わらず強がる祥子に高地さんは少し怒った顔をする。

 

 高地さんが祥子に怒るなんて。これまたビックリな展開だ。

 

「ここからはゆっくり……」

「嫌よ。走る」

 

 断固とした口調で高地さんの手を払う祥子。

 

「お荷物なんて真っ平」

 

 ああもう。どこまでも意地っ張りなんだよな祥子ってば。

 

 レースをこのまま続けるか? あたしは迷った。

 

 でもここであたしが同情して、祥子に合わせて歩いたりしたら、祥子は絶対怒る。そりゃもう烈火の如く怒って、恨みさえするかもしれない。

 

 どうしたものかと考えあぐねてると、諦めたのか高地さんは、はぁ〜っと深くため息をついて祥子を説得するのをやめた。

 

「分かったよ。走ろう」

 

 そう短く言うと、祥子の肩をポンと叩き――

 

 

 いきなり、祥子をお姫様抱っこで抱き上げたのだ。

 

 

「きゃっ!」

 

 祥子が妙に可愛らしい悲鳴をあげる。真っ赤になった顔にずれた眼鏡がアクセントとなり、思わずきゅぅんとしちゃうかわゆさでござる。

 

「な、なにしてんのよバカ地! 下ろせ!」

 

「だって祥子ちゃん、走りたいんでしょ?」

 

「それは自分でってことで!」

 

「自転車で走ってるとでも思えばいいよ」

 

 祥子の抗議の声もものともせず、にへらと笑う高地さん。そしてもうそれ以上は言わせないとばかりに、 

 

「眼鏡押さえてて。全力で走るよ!」

 

 いきなり走り出したのだ。

 

 どぴゅんっ

 

 え。

 

 なに、あの速さ。

 

「グリコ! 追いかけるぞ!」

 

 朽木さんに促され、慌ててあたしも走り出す。

 

 工学部と理工学部の境界線のようなこの大通りを、東に向かい、一直線に駆け抜ける。

 

 凄い。

 

 前を走る高地さん、祥子を抱きかかえつつの走りなのに、あたしが全力で走っても全然距離が縮まらない。

 

 スポーツ万能は伊達じゃない。高地さん、本当に足速かったんだ!

 

「化け物かあいつは」

 

「高地さん、結構かっこいいじゃん」

 

 顔は普通だけど、これはなかなかポイント高いですよ! いいヒトに惚れられたね、祥子♪

 

「お前もああやって欲しいのか?」

 

 は?

 

 今の質問は隣の朽木さんからだよね?

 

 ああやってって……祥子みたいに抱きかかえられたいってことか?

 

 いやいやいやいや。

 

「あたしはいいわ。あんなの落ち着かないよ」

 

 お姫様抱っこなんて絶対に勘弁。想像するだけで寒くて背中が震える。

 

 あたしは眉根を寄せながら答えた。

 

 だいたい「イエス」って答えて、お姫様抱っこしてくれるのか? 朽木さんは。

 

「そうか。やってくれと言われなくて良かった」

 

 なら訊くなよ。

 

 顔を前に戻し、正門からグラウンドに伸びる大通りに出た。

 

 瞬間、ぎょっとする。

 

 いつのまにこんなに集まったのか。歩道いっぱいに、野次馬らしき人だかりが広がっていたのだ。

 

「なにこの人!?」

 

「突っ切るぞグリコ!」

 

 前を行く高地さんも焦った様子で「どけどけー!」と叫んでる。

 

 あたし達に気付いた人の群れが次々に道を空けてくれた。

 

 と、ひらけた先に現れた人影。丁度、大通りを横切ってるところだった二人組が、あたし達を振り返り、ぎくっと顔を強張らせた。

 

「一位のペアだよ!」

 

「抜くぞ」

 

 朽木さんの言葉に、全身の血が燃え上がる。

 

 気合を振り絞り、限界を超えるまで足に力を籠める。

 

 スピードアップしたあたし達は、焦って走り出す二人組の背中を瞬時に捉えた。

 

 男二人組。

 

 やっぱり最後は体力のある男同士のペアが残るものなんだろうか。

 

 でも女の底力を舐めんなよ!

 

 抜き去り際、ピースサインを二人にくれてやる。

 

 悔しそうに顔を歪めるペアから視線を戻し、とうとう最後にして最大のライバルになった高地さんと祥子の後ろ姿を見据える。

 

 恥ずかしそうに身を縮め、顔を手で覆う祥子。

 

 高地さんはそんな祥子をぴったりと胸に寄せ、飛んでるかのように地面を蹴り進む。

 

 スピードはまったく衰えを見せない。祥子が動けなくなっても、高地さんがいる限り、最大の強敵はやっぱりこの二人だ。

 

 相手にとって不足はなし! 燃えるシチュエーションだねこりゃ!

 

 体の底からワクワクが湧き上がり、口が自然と笑いを浮かべる。

 

 熱くなる頬を、薙でて行く秋の風は、忘れられないほどに心地良かった。

 

 

 

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