Act. 9-13
<<<< 栗子side >>>>
正門近くの待合室。
こないだ朽木さんちで宴会した時、皆と待ち合わせに使ったその場所に、半分涙の涸れたあたしと三名の鬼は辿り着いた。
「刑事さん〜〜」
がっくりとうなだれて零す言葉はもう何遍呟いたか分からない。
「しつこいぞ」
鬼の主格、朽木さんが冷たい声で言い放つ。
「ハンティングはうちの学外でやれ。俺のストーカーをやってるお前が腐女子だとバレたら、俺自身にも被害が及ぶだろ」
「細かい男はもてないよ〜」
「細かくない。常識の範囲で考えろ」
ほっぺをつねり上げられるが脱力状態のあたしは反撃する気力もない。
朽木さんに出会って以来の、久々の萌えメンだったのに。せめて名前と住所と電話番号が知りたかった……。
大体写真を撮るくらいで即、腐女子だなんてバレないよ。なんて心が狭いんだ朽木さんめ〜。
心の中でぶつぶつと際限なく呪いの言葉を吐きながら待合室の真ん中、立て札の立てられた場所に向かう。
建物に入る前からガラス越しで一目瞭然だったけど、ここに用意された物もクイズのようだった。
長椅子の上に並べられた三つの箱。今回は三択だ。またさっきみたいな問題だと助かるんだけど、問題の立て札を覗き込んだ途端、希望は潰えてがっくりと肩を落とした。
問題:
A、B、C、Dの四人がDの家でお茶しました。
Aがポットに茶葉を入れ、お湯を沸かしてポットに注ぎました。
Bが持ってきたリンゴをナイフで剥き、お皿に並べてスティックシュガーと一緒にテーブルに出しました。
Cが人数分のティーカップとティースプーンを出し、テーブルに運びました。
Dが最後にお茶のポットから各カップにお茶を注ぎ、皆に配って回しました。
そして皆でお茶会をした後、Dが毒物による中毒症状で死にました。
Dは辛党で、砂糖も入れず、リンゴも食べませんでした。
Dが辛党なのは皆が知っています。
さて、Dを殺した犯人は誰でしょう?
注:どんな毒物を使ったとか現実的な話、専門的な話は一切無視してください。
「えぇ〜〜お茶のポットに毒を入れたとしてAかな?」
半ばやけくそで言ってみる。
「そしたらお茶を飲んだ全員が死ぬわよ」
祥子からごもっともな突っ込み入れられ、じとっと朽木さんに目を向けた。
「こういう問題は納得いかないが……Cだな」
憮然とした顔でCの箱に手を差し入れる朽木さん。祥子も同意して頷いた。
「なんでCなの? 祥子ちゃん」
高地さんの質問に引き出した紙を一瞥してから顔を上げ、解説してくれる祥子。
「単純な排他的論理和よ。Dだけが口にした物がない以上、全員が食べる物に毒を仕込み、Dだけが食べない物に解毒薬を仕込む。Aが触れたのは全員が口にしたお茶とお湯。なので除外。Bが触れたのはどちらもDが食べなかったリンゴと砂糖。なので除外。消去法でCね。ティーカップに毒液を垂らし、ティースプーンに解毒薬を塗った。Dは砂糖を使わないのでスプーンも使わなかった。そんなところじゃない?」
「な、なるほどぉ〜〜」
感心してコクンと頷くあたしと高地さん。
ちなみに排他的論理和ってなに? っていう追加の質問は口に出さないでおいた。
祥子って、あたしと同じ文系の筈だよね?
「お茶に溶かして化学変化なし、且つ無味無臭、少量で死に至る毒薬なんて便利な物があればお目にかかってみたいところだけどな。更にスプーンに仕込める解毒薬があるなんぞ現実離れしすぎてる」
薬学生としては許容できないものがあるのか、苦々しげに取り出した紙を広げながら、朽木さん。やっぱ気になるんだ、そういうトコロ。
「まぁな。確かに、んな薬があるなんざ聞いたことねーけどさ。世の中にはまだ発見されてない物質が無数にあるし、現実的な話は無視してくれって注意書きがあんだから、いいんじゃね?」
苦笑気味にフォローする高地さんも引っかかりを感じてはいるっぽいけど、まだしも大人。
そうそう。現実問題なんかに囚われない方が自由で楽しいと思うよ。
心が狭いな〜、朽木さんは。
「それで次の場所はどこなの?」
半ば呆れつつも先を急ぐべく朽木さんの袖を引っ張って訊くと、
「また工学部の建物だな……電子実験室。ここから歩いて5分てところだ」
言われて地図を確認する。南西のゾーンに注意深く目を走らせると……あった。頭の中にインプット完了。
ようやく少しはこの大学の地理を覚えてきたっぽい。
ガラスの扉を押して外に出ると、肩落とし状態で道の向こうからやってくる番号札を着けた男二人組が目に入った。
「もしかして、三位になったかな、あたし達」
あの二人組がハズレを引いて戻ってきたところなら三位になってる筈だ。少しテンションが上がって背後の朽木さんを振り返る。
だけど返ってきた返事はそのテンションを一気に下げるものだった。
「さぁな。もう今更順位なんてどうでもいいだろ。優勝することなんてあり得ないし、したいとも思わないさ」
ぴきっ
頬が引き攣るのを感じた。
殴ってやりたい。無性に殴ってやりたい。ムカつきが腹の底から湧いてくる。
なんだろう。今まで朽木さんには散々酷いこと言われてきたけど、ここまでムカついたことはなかったのに。
初めて、朽木さんに対して殺意のようなものを抱いた。
「ああ、そうですかっ。メンドくさいコトに付き合わせて悪かったですねっ!」
ぷんっ、と前に向き直って頬を膨らます。
分かってる。はなっからテンション低かったし、こういうイベント事が好きじゃない人だってのはとっくに分かってたことだ。
分かってて無理矢理引っ張り出したのはあたし。だからあたしが怒るのは筋違いだってのは、もちろんよく分かってる。
だけど。分かってるけど。でも――
どうしようもなく、腹が立つ。
その時、ストレスを発散させるかの如く荒々しい大股で進むあたしの前方で、黄色い声があがった。
「きゃーっ! 朽木さん〜!」
「ステキィ〜! 頑張ってください!」
どうやら朽木さんのファンのコ達のようだ。
ステージ上から見た化粧の濃い女集団の中にいたっけかな? 鬱陶しいくらいに秋波を飛ばしまくってる。
だけどそのソプラノを飛び越えた高音は、朽木さんの横にいる高地さんを見た途端1オクターブは下げられた。
「あれ、ナンパ王とか言われる高地って人じゃない?」
「やだぁ〜あの人、なんで朽木さんと並んでるの? まさか張り合ってるんじゃないよね?」
張り合ってるってゆーか二人は一応友達なんだけど。「やだぁ〜」って何が?
「まさかぁ〜。朽木さんに敵うわけないじゃん。優勝は朽木さんに決まりよね!」
バカギャルっぽさ満点の女四人組は、遠慮のない会話で盛り上がり始めた。
ファンとしてはそう言いたい気持ちも分かるけどさ。普通、もっと遠くから聞こえないように言うもんじゃない?
「でもあの人、足速いらしいよ。スポーツ部の助っ人のきなみやってるって」
「足は関係ないんじゃない? このレース」
「そうよね。それに朽木さんだって運動神経はかなりいいって噂だし。総合能力がダンチじゃない?」
「そうそう! 朽木さんはカンペキだから、走ったって勝てるわよ、きっと!」
背後の高地さんが今どんな顔をしてるか見てみたいけど、振り返れない。多分、目が合えば「おーまいがっ」とかおどけてみせたりするんだろうけど。
あたし達は微妙に気まずい雰囲気で横を通り過ぎた。
無視してさっさと進むにかぎる。
「きゃーっ! 近くで見ちゃったー!」
背後に遠ざかっていく黄色い声はそれでもまだ丸聞こえ。テンション上がりまくってる。
「やっぱ朽木さんがダントツよね、この大学で!」
「クールで頭もいいしね。カンペキ! 文句のつけようがないっていうか」
「拝島さんもいいわよ。二人並んで歩いてると、もうね〜うっとり」
「なんで今日は拝島さんと一緒じゃないのかな? あの人じゃ、横に並ぶと差がありすぎて」
「そりゃ比べたら悪いわよ」
「あの人も朽木さんの友達?」
「そりゃないでしょ。同じ科だから一緒にレースしてるだけじゃない?」
「だよね〜っ。でもあんまり仲良くして欲しくないな〜。朽木さんに軟派がうつっちゃう」
「確かに。女と見れば即飛んでくるって噂だし」
「あたしも前、ナンパされた。軽すぎ。すべりすぎ。最悪」
「50点」
「30点」
「10点」
ちょっ。いくらなんでも高地さんに失礼と違うか? 本人の近くで言うことじゃないだろっ。
一言言ってやろうかと足を止め、踵を返す。あたしはこれでも結構高地さんのコト気に入ってんだから。聞き流すなんてできない。
が、声を出すことはできなかった。
背後から漂ってくるヒンヤリとした空気に、喉の奥から凍り付いてしまったからだ。
「礼儀もわきまえない奴らが寄ってたかって人のことをどうこう言えた義理なのかしらね」