Act. 9-12
<<<< 栗子side >>>>
中継するスタッフと野次馬達に見送られ、あたし達は薬学研究棟を後にした。
刑事さんが最後に言ってたセリフに従い、記念ホールへと足を運ぶ。
ホールの控え室に着くと、演劇部員達が集まって楽しそうに談話してた。
待ち時間は退屈だよね、うん。人一人死んでる筈なのに、ほんわかして全く気が緩みまくってるコトは突っ込まないであげとくよ。
あと密かに部長と加藤さんのコイバナで盛り上がってたことも、聞かなかったことにしてあげるよ。
「……犯人は部長かな」
「ああ。加藤さんとの三角関係のもつれとかかもな……」
「あ、ど、どうぞこちらです!」
あたしと高地さんの生温かい視線に気付いた部長が慌てて席を立ち上がった。
部屋の中央にあるでっかいテーブルに置かれたキャンディーやらポッキーやら山盛りのお菓子の皿を「どうぞ」と持って来てくれる。
「ちなみにさっきの会話は事件には……」
「全然関係ないれすから!」
焦りまくって思いっきりかんでるよ部長。いじり倒したくなっちゃう可愛さだね。
最初のポイントにいた刑事役の人が立ち上がり、コホンと咳払いして場を仕切り直した。
「ここでは私がこれまで得た情報をまとめ、犯人について少し推理してみます」
あたしもポッキーに一本噛り付いてから、気を引き締めて話に耳を傾ける。
「まず、1時頃、被害者金森幸太郎君が舞台を出て行き、1時45分頃、倉庫で刺殺体となって発見されました。第一発見者は道具係兼務の鈴木君。発見してすぐ舞台に戻り、皆に報告しました。金森君の死因は鋭利な刃物で胸を一突き。凶器は薬学研究棟のトイレのゴミ箱で発見されたナイフと思われます」
こくん、と頷く。
「このナイフは演劇部員川田君の物で、部室のロッカーに数日前から置かれていた物です。昨日の時点では三本揃っていたそうなので、盗まれたとすれば、昨日の夜から今日の昼までの間に誰かが盗んだのでしょう。ナイフは全長23センチのハンドル一体型で、何かに収納して持ち運ばないと大変目立ちます。前もって凶器を倉庫に隠しておくのが自然でしょうが、このホールは今日部員達が来るまでずっと鍵がかけられてた筈ですので、練習に来る際こっそり持ち込んだということになります」
ほむほむ。凶器の持ち運びがポイントなのね。
「犯行時刻は部長が1時半に被害者からメールを受け取ったことと、被害者のポケットから、『PM 1:30 倉庫にて待つ』との呼び出しの手紙が見つかったことより、1時半から45分までの間と考えられます。ここで1時から1時45分までの部員達の行動を振り返ってみましょう。1時5分、早川君が台本のコピーのため、舞台を出ます。鞄は持たず、財布のみ持って出て行ったそうです。複数人がその姿を目撃してます」
刑事さんが言うと、部員の何人かが立ち上がって、
「はい、確かに鞄や袋の類は持ってませんでしたし、服も上着を脱いだ軽装でした」
と証言した。
「次に1時20分、部員の山崎君が舞台に現れます。彼は友人の屋台を手伝っており、ホール前の広場で別れるまでその友人と一緒でした。この時リュックを持ってましたが、友人の供述によれば、その中に刃物類は入ってなかったそうです」
「山崎君は舞台にやってきて、台本を失くしたことに気付き、早川君を追ってまたすぐ舞台を出て行きました。この時リュックを持って行ったことは複数人が目撃してます」
また部員達が立ち上がり証言する。
「山崎君はいつもリュックを持ち歩く癖があったので、特に不審には思いませんでした」
部員達が座ると刑事さんはひとつ頷き、話を続ける。
「彼が出て行った後、1時25分、早川君が舞台に戻ってきます。早川君のすぐ後には川田君がやってきます。彼の荷物は……」
「手ぶらだったと思います。服も、パーカ一枚で薄着でした」
証言したのは加藤さんだ。さっきの話などなかった風の涼しい顔。部長は尻に敷かれてそうな気がする。
「というわけです。もちろん袋か何かで持ち込んだ凶器をホール内のどこかに隠して舞台にやってきたとも考えられるでしょう、この時は」
「それから1時半、金森君から部長の貝原君にメールがあり、1時40分、山崎君が舞台に戻ってきます。少し部員たちと話した後、山崎君はお茶を置いて、借りた台本を持って再びホールを出て行きました」
刑事さんは何かを考え込むようにあたし達の前で部屋の端から端を行き来した。
「続いて川田君も舞台を出ていき、それを最後に、金森君の死体が発見されるまで、ホールを出て行った者はいないそうです。もちろん、警察が駆けつけるまでの間、トイレに立つ者はあったので、こっそり出ていないとは言い切れませんが、皆すぐ戻って来たので薬学研究棟にまで凶器を捨てに行けたとは考えにくいそうです。これらのことを踏まえると――」
足を止め、こちらに向き直る刑事さん。
「容疑者は、おのずと絞られます。金森君が殺されたのが1時半以降であることを考慮に入れると、殺して凶器を外に運ぶ機会があったのは、山崎君と川田君のみとなります。しかし川田君の犯行可能時間は1時40分から研究室に戻るまでの5分弱……。倉庫に行って金森君を殺して凶器をトイレで始末して戻るには、時間的に苦しい気がします。しかも自分のナイフを凶器に選ぶのは不自然という問題があり、今最も疑わしいのは――」
山崎君。
あの、軽い調子の、明るい山崎君が犯人ということになる。
とても人を殺すような人には見えないけど、そこはまぁお芝居だからな。マンガとかでもいかにも人殺ししそうな根暗な感じの人より、明るい好青年が犯人だったりするんだよね。
「ふっ……。山崎が犯人なら、俺は喜んでムショにぶちこんでやるぜ」
あの〜。思いっきり私情を挟んでる人がここに約一名。パッキンのツンツン頭が危険です。
刑事さんは鋭い眼差しであたし達全員を見回した。あたし達が情報を呑みこむのをゆっくり待っているかのように。
そして不意に、
「と、ここまでが私の推理となります。ここからは探偵殿の洞察力にお任せしますので、よろしくお願いしますよ」
それまで真面目だった顔を、にこっと崩して言ったのだ。
緊張感をふっと緩ませる大人の笑顔。同じ大学生とは思えない落ち着きが大人の色気を一瞬漂わせた。
むむむ。ギャップにちょっと萌えた。
普段真面目な人の笑い顔ってなにげに攻撃力あるよね。
「しかし、なんにしろ証拠がないことには犯人を逮捕できません。まずは証拠集めが最優先です。今、部室や薬学研究棟、もちろんこのホールも全力で証拠となる物を探してるところですので、何か見つかり次第ご連絡しますよ」
あ、そっか。証拠がないと逮捕できないんだっけ。
めんどいなー。細かいところがリアルだなぁ、このレース。
まぁともかく、あとは物的証拠のみってことは、終わりが近いってことだよね。
逆転優勝、キビシそー……。
その時、控え室の扉が開き、一人の男性が姿を現した。
「警部!」
わ。警官の制服。こんな物まで用意してたのか。
警官は一礼して部屋に入ると、刑事さんに何かを差し出した。
「薬学研究棟のトイレからこのような物が発見されました。個室の洋式便座の傍の床に落ちていた物です」
刑事さんは頷いてそれを受け取り、あたし達にも見えるように目の前に掲げる。
ビニール袋に入れられたその物体は――
なんのことはない。ただの白い紙の切れ端だった。
2cm四方くらいの小さな切れ端。
なんだこれ。
「ふむ。なんの変哲もなさそうな紙の切れ端ですね。破られた物の一片といった感じです。事件に関係あるかは分かりませんが、一応鑑識に回すことにしましょう」
そう言うと、刑事さんは紙の入ったビニール袋を警察官に戻した。
胸ポケットから黒い手帳とペンを取り出し、何かをさらさらと書き込みだす。
不意に顔を上げ、あたし達を見やり、
「申し訳ありませんが、ナイフに付着した血液の鑑定結果が出るまでお待ちいただけませんか。そうそう、正門入ってすぐの所に待合室がありましたよね。あそこでお茶でもしていてください」
再び穏やかな微笑と共に言ったのだ。
こ、これはキタ……!
ハードボイルドなトレンチコートに大人の落ち着き。生真面目な顔の下にきゅっと結ばれたネクタイ。
今まで刑事モノはノーチェックだったけど、これは新境地だわ。刑事って萌えジャンルだったのね!
「す、すみません。写真撮ってもいいですか?」
あたしは我慢しきれず、バッグからデジカメを取り出した。鼻息も荒く刑事さんにぐぐっと迫る。
「はい?」
きょとんとあたしを見返す刑事さん。その顔もまた可愛い。結構イケメンだし、テンションアップキタコレ。
「できれば咥えタバコで俯いたポーズがいいんですが、静かに笑った顔も欲しいです。あ、全身とアップの両方で」
ごんっ!
次の瞬間、頭に加わる衝撃があたしの言葉を遮断した。
なんだよう邪魔しないでよう。てか舌噛みそうになったよ今。
いつもの鉄拳をあたしに食らわせたのはもちろん朽木さんだ。
「なんでもありません。シールをもらってもいいですか?」
爽やかな笑顔で朽木さんはあたしの頭に拳骨を乗せたまま、もう片方の手で首ねっこを掴んで言った。
「邪魔しないでよ朽木さん! 刑事さんにお目にかかる機会なんて滅多にないんだから、ここで一枚撮っておかないと!」
「次は待合室だな。行こうか高地、立倉」
あたしの抗議の声は聞こえないフリで移動を開始するみんな。
あぁ〜〜〜〜。ずるずると後ろに引きずられて行くぅ〜〜。
「やだー! せめて一枚! 一枚撮らせてぇ〜〜!」
逃れようともがいてみれど、必死の抵抗は、首を羽交い絞めで封じられた。
ぐげっ! すんげーチカラ!
そのままホールドされ、とうとう扉の外に引きずりだされる。く、苦しいんですけど。
「さっさと進めて終わりにしたいところだな」
「朽木……。グリコちゃん、その恰好で引きずってくのか……?」
「縄で縛ってくのもいいわね。ったく恥ずかしいったら」
呆気に取られた様子の部員達と刑事さんの姿は通路を曲がった瞬間、見えなくなってしまった。
それでもまだ諦めきれず、虚空に手を伸ばすあたしを朽木さんは容赦なく引きずっていく。
ずるずるずるずる。遠ざかっていく控え室の扉。魅惑の笑顔。
ああああああっ。貴重な萌えメンがぁぁぁっ!
「やだやだやだっ! 刑事さんの写真撮るんだぁぁぁっ! はなせーっ! はなしてぇぇっ!!」
ばかばかっ! 朽木さんのいけず〜〜っ!!
あたしの悲痛な叫びは外に出るまで、静かなホールに虚しく響き続けたのだった。
しくしくしく。