Act. 9-11
<<<< 栗子side >>>>
工学部棟大講義室に入り、用意されてたものがまたもやクイズだと分かった瞬間、あたしと高地さんはへなへなと床に座り込んだ。
クイズ、嫌いな訳じゃないけどこう連続するとさすがに頭が疲れちゃうよ。
が、四択の箱を見た途端へたりこんだあたしと高地さんに、
「グリコ、こっちへ来い」
「バカ地、これ見てみて」
頭脳派な二人からお呼びがかかる。
「あーもう好きにしてよ。どこへなりとついてくからさ〜」
あたしはふらふらと立ち上がって教卓に立てられたボードに近付いた。
「これ、お前の得意分野だろ」
「へ?」
朽木さんに言われてきょとんと顔を上げる。ついでにボードの文字が目に入った。
問題:次の有名なセリフを言った人は誰でしょう。
「ザクとは違うのだよ、ザクとは! 」
解答:
A.シャア
B.ランバ・ラル
C.ブッシュ大統領
D.ドズル・ザビ
…………ヲイ。
「どこが推理クイズやねん!」
思わずノリツッコミで叫んでしまった。
「分かるのか? 分からないのか?」
「分からいでか! 朽木さんとは違うのだよ、朽木さんとは!」
ぼふっとBの箱に手を突っ込み、紙を一枚取り出す。
「有名なセリフだもんなー。朽木と祥子ちゃんはガン○ム見たことないんだ?」
あたしに続いて高地さんもBの箱から紙を取り出した。
「アニメなんて観ないわよ」
「こんな知識が何の役に立つんだ」
くっ。このインテリ共め。
「ガ○ダムは万国共通の一般常識だもん!」
「あれはハマるよな〜。俺もDVD全巻買っちゃおうかと思ったよ」
「おおっ! 高地さん話がわかる! 巨大ロボは少年のロマンです! 偉い人にはそれが解らんのですよ!」
「お前は仮にも女じゃなかったのか」
「…………ごめん。自分でも自信ない」
そこは突っ込まないで朽木さん。
さて、箱から取り出した紙が示す次なる場所は――開いた瞬間、目を丸くしてしまった。
『薬学研究棟二階男子トイレ』
おいおい。あたしと祥子が入り辛いじゃないの。
とかツッコミつつも、ちょっと興味あったり。男子トイレなんて臭くて汚いだけだろうけどさ。女には一応禁断の場所だから、ドキドキしちゃうよね。
なんて思ってたあたしの思考を読んだのか、朽木さんから意地悪な言葉を投げかけられる。
「立倉は入り辛いだろうな。立倉は」
「それはつまり、あたしは全く躊躇なく入れると言いたいわけ?」
「自分の性別に自信がないんだろ?」
ふ。なかなか萌えーなセリフありがとう朽木さん。
お礼はこのハイキックで!
あたしは意地悪攻め男の横腹にキックを見舞った後、ダッシュで廊下を走って逃げた。
「……このっ! 待てグリコっ!」
しかし階段に辿り着く直前で、追いかけてきた朽木さんの放ったゴミ箱を後頭部に食らい、倒れたところをあえなく捕まってしまった。
「ひどい! 乙女にゴミ箱放る!?」
「誰のどこら辺が乙女だ!」
ぎゃあぎゃあ掴みあいの喧嘩をするあたしと朽木さん。後から追いついた高地さんが、ぼそりと呟いた。
「なんつーかすげぇなお前ら……」
「ここまで手加減なしにやり合うカップルも珍しいわ」
『カップルじゃない!』
力一杯否定した声が朽木さんと重なり、更にムカつきが増す。
ちくしょー。カップル扱いされた上に仲いいみたいにハモって。まるであたしと朽木さんがラブラブしてるみたいじゃん。
冗談じゃない。そういう目で見られるのは勘弁だ。
いくら顔と性格が好みでも、あたしとカップル視される朽木さんには興味ない。男とメイクラブしてる朽木さんがいいのだ。
てゆーか、この男はいつまでぐずぐずしてるわけ? さっさと拝島さんを押し倒すなりなんなりして、本番ビデオ撮ってこいっての。
どんだけ頭良いんだか知んないけどヒトのこと完璧に役立たず扱いだしさ。その割にはテンション低くてちっともやる気見せないし。
あたしはイライラしながら建物の外に出た。
なんでこんなにイライラしてるのか、自分でもよく分かんないけど。
もう朽木さんに話しかけるのはやめて、高地さんと事件について熱い議論を交わす。
「よくあるパターンだと、死体の第一発見者とか怪しいんだよね、確か」
「あ〜あの鈴木って奴な。うん、道具を取りに行くって自分から名乗り出たし。倉庫に行って待ってた金森を即座に殺して、凶器を隠してから皆のところに戻ったって考えられるよな」
「早川君もコピーに行くとか怪しい行動取ってるし。20分ホールを離れたんだから容疑者だよね」
「あぁ、あいつは怪しいよな! 台本なんか他の奴から借りりゃいいだろ、ってカンジだったもんな」
「部長も特に金森君を嫌ってたし、怪しいよね! なんかトリック使って間接的に殺したんじゃないかな!?」
「部長は伏兵だな〜。メール受信したなんて、捏造したかもしれないしな」
「……アンタ達、大事なこと忘てるわよ。ホール内に凶器は見つからなかったって言ってたでしょ」
白熱してたあたし達の議論に祥子からの水を浴びせるような突っ込みが入る。
「それはきっと……すぐには分かんない場所に隠してあるんだよ!」
「その可能性もないとは言い切れないけど……そんな複雑な話じゃないでしょ」
「ええーっ。もっと単純な話なの!?」
「さすが俺の祥子ちゃん……惚れ惚れするキレの良さだぜ」
「だから誰がいつアンタのモノになった!? このバカ地がっ!」
祥子の鋭いパンチが高地さんの頬にきまったのは、丁度目的の薬学研究棟が見えて来た頃だった。
男子トイレ。
女子禁制の男の園は、思ったよりキレイで目からウロコだった。
便器はピカピカで床に水溜りとかはなくて、そこはかとなくフローラルな香りすらする。
って、男子トイレにフローラルな芳香剤……なんかやだな。
男の園の唯一の証は、壁に並んだ男性用便器。女には使えない代物。
お、男の人は皆あれに向けてズボンを……。
「じろじろ見るな! こっちが恥ずかしくなるっ」
脳天に拳骨を捻り込まれ、仕方なく魅惑の品から視線を外す。
背後の朽木さんには振り返らず、洗面台の鏡に立てかけられたボードの方に顔を向けた。
「えーっと。ここでは何があるのかな」
「……また感じ悪いなお前」
またってなんだ?
先に前に出た高地さんと祥子の後ろからボードの文字を読み取る。
瞬間、朽木さんにムカついてたこととか、苛々してたこととか全てのわだかまりが頭から吹っ飛んだ。
刑事:「探偵殿! 凶器が見つかりました!」
最初の衝撃的な一文を読み、洗面台の前に立つスタッフの男性に目を向ける。
あたし達の様子を見ていたその人が、おもむろに手にした紙袋から取り出した物。それがあたしの視線を奪ったのだ。
――ナイフ。
黒いハンドルの、鋭く光るナイフだ。
見た目、刃の部分に赤い血は付着してないけど、ハンドルにぬめっとした液体が乾いてこびりついたような跡がある。色が微かに濁っているので判る。
スタッフの男性は、透明のビニールに入れたそのナイフをあたし達に見えるようにか、ビニールの端を持って前に出してくれる。
あたしはそれをしげしげと眺めた後、再びボードの文字を読み進めた。
刑事:「このナイフは、ここのゴミ箱に無造作に捨てられていた物です。刃の部分に付着した血は水で洗い流されたようですが、ハンドルはそのままにして捨てたようですね。今日は休日のため清掃員が来ないので、放っておけば週明けまで気付かれなかったかもしれません。一時的に隠してたものと思われます」
警官:「警部。供述の通り、演劇部部室からナイフの入った箱が見つかりました」
刑事:「ああ、ご苦労さん。――ん? なんのことかって? それはこれから説明します。実はこのナイフ、演劇部員の川田の物なんですよ。発見されてすぐに彼に確認を取りました。川田はナイフマニアで、いつも何本かのナイフを所持してるそうなんです」
刑事:「彼曰く、これは部室の自分のロッカーに、箱に入れて置いてた物らしいんですが、何故トイレのゴミ箱から見つかったのか分からないそうです。ここ数日ロッカーに入れっぱなしだったので、恐らく気付かないうちに盗まれてたのではないかと。本当かどうかは分かりませんがね」
刑事:「このナイフはハンドメイドのカスタムナイフで、ハンドル一体型のタイプです。折り畳みはできません。箱の中には全部で三本のナイフを入れてたそうなんですが、今、二本しか入ってないところを見ると、これはその中の一本ということですね。指紋は採取できましたが、やはり川田の指紋のみです。川田は自分は金森を殺してないと言ってますが、付着した血液が金森のものであることの確認が取れれば、連行しない訳にはいきませんね」
刑事:「しかし、このナイフ、全長が20センチはありそうなんですが……。折り畳みもできないし、どうやって持ち運んだんでしょうね。犯行時刻時、ホールにいた川田の服装は薄手のパーカーとシャツで他に荷物はなかったそうなんですよ。服の下に隠すにしても、結構長いし無理がありますよね。返り血を浴びた服が見つからないのも気になりますし……」
刑事:「その辺のことは、もう少し詳しく聞きだす必要がありますね。もちろん、何者かが川田に罪を着せるつもりで盗んだナイフを使った可能性も捨て切れません。自分のナイフを凶器に使うなど、あまりに間抜けすぎますし、ナイフには手袋を用いたらしき跡もあるんですよ。記念ホールに戻り、もう一度部員達から話を伺ってみましょう。彼らには、まだ控え室に待機してもらってますので」
はぁ〜〜なるほど〜〜……。
凶器はやっぱり川田君のナイフだったのか。
とすれば、誰かが川田君に罪を着せるために……? それとも自分から疑いの目を逸らすための、川田君の自作自演?
うーん、複雑な話になってきたな〜。
思索にふけってると、不意に首のひもが引っ張られ、思考の泡がパチンと弾けた。
「シールを貼るぞ」
朽木さんだ。台紙にシールを貼ってくれる。
朽木さん。どう思う?
と、口を開いてそう訊こうとした瞬間、ドヤドヤと騒々しい足音がトイレに踏み入ってきた。
「こちらには今、ゼッケン1番、朽木・桑名ペアと、ゼッケン2番、高地・立倉ペアが既にシールを貼ったところです!」
突然の騒ぎに目が点状態になる。
なんだなんだ?
マイクを持った人が実況してるような口調でまくしたてる。
その横にはカメラをこっちに向けて構える人。その後ろには数人の野次馬らしき人達。
ああ、これはまさに実況中継ってやつか。
半ば呆然としながらもなんとか理解した。
「あなた方の順位は、ただ今同列の四位ですが、上位三組とは僅差ですのでまだまだ巻き返せるチャンスはありますよ!」
多分実況アナウンサーとでも言うべきそのマイクを手にした人は、訊いてもいないのにあたし達の順位を教えてくれた。
「いかがですか? 今の気持ちを一言!」
あたし達四人にマイクを向けて質問してくる。
いかがって言われても、四位って微妙な数字だし、嬉しくも悲しくもないっつーか。なんて言えばいいのやら。
横と後ろをささっと見回すと、祥子は一言も発する気はないといった風にそっぽを向いている。高地さんは何を言おうか一生懸命考えてる様子で、朽木さんは「お前が何か言え」と言わんばかりにあたしに目配せしてきた。
「えーっと、じゃあ、優勝できるように頑張ります」
頭の後ろに手をやり、何故か愛想笑いを浮かべてへこついてしまった。
「優勝に対する意気込みのほどはいかがですか!?」
知るか。そんなのあたしが訊きたい。
あたしはもちろん、「優勝するぞ!」ってな気合十分なんだけど、横と後ろの三人はたいして気合が入ってるように見えない。
高地さんはできれば優勝したいなーと思ってるだろうけど祥子優先だし、その祥子は勝負事に熱中するタイプじゃないし、朽木さんに至っては心底どうでもよさそうだ。ホントにただ付き合ってるだけオーラが全身から漂ってる。
だけど「優勝なんかできるかボケ!」なんて負け犬宣言をあたしの口から吐くのは嫌だ。負けを認めたくなんかない。
だから。
「ももももちろん優勝しますよ。気合100%です。これからぶっちぎりの快進撃で一位に浮上してやりますとも!」
冷や汗かきかき、どもりつつも言い切ってみせた。
そんなあたしの心中も知らず、報道陣は期待通りの受け答えに満足し、ここぞとばかりに盛り上げていく。
「おぉ〜〜! 優勝宣言が出ましたぁ〜〜っ! 注目株の二組、これからどう順位を上げていくのか見ものですね!」
まったく見ものだよちくしょー。
あははと乾いた笑いを浮かべながら、心の中で吐き捨てた。
毎日拍手を10個くださってる方がいます。
どうもありがとうございます!頑張りますね!(>∀<)ノ